刀剣と武者絵がランデブー ボストン美術館所蔵『THE HEROES 刀剣×浮世絵-武者たちの物語』内覧会レポート

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2022.2.2
ボストン美術館所蔵『THE HEROES 刀剣×浮世絵-武者たちの物語』アンバサダー・黒羽麻璃央

ボストン美術館所蔵『THE HEROES 刀剣×浮世絵-武者たちの物語』アンバサダー・黒羽麻璃央

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2022年1月21日(金)から3月25日(金)まで、森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52F)にて、ボストン美術館所蔵『THE HEROES 刀剣×浮世絵-武者たちの物語』が開催される。

《太刀 銘 安綱》平安時代(11世紀)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

《太刀 銘 安綱》平安時代(11世紀)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

世界一の日本美術コレクションで知られる、ボストン美術館。今回はその自慢の名品たちの中から、武者絵、刀剣、刀の鐔(つば)といった「武者たちの物語」を想わせてくれる品々が、来日……ならぬ“里帰り”をする。ちなみに武者絵とは浮世絵の1ジャンルで、フィクション・ノンフィクション問わず、英雄像やその戦いっぷりを描いたもののことをいう。

実用品(武器)である刀剣・刀装具と、描かれ広まったイメージである浮世絵。それらを共通する物語によって同時に読み解いていく、意欲的な展覧会だ。本記事では内覧会の様子と、いくつかの見どころを紹介する。

開幕を記念して、アンバサダーの黒羽麻璃央が登場

アンバサダー、音声ガイドを務める俳優の黒羽麻璃央

アンバサダー、音声ガイドを務める俳優の黒羽麻璃央

内覧会に先駆けて開催されたオープニングイベントでは、本展のアンバサダーを務める俳優の黒羽麻璃央が登場。黒羽は5年にわたりミュージカル『刀剣乱舞』のキャラクター・三日月宗近(みかづきむねちか)役を演じており、この展覧会には並々ならぬ思い入れがあるようだ。

アンバサダー、音声ガイドを務める俳優の黒羽麻璃央

アンバサダー、音声ガイドを務める俳優の黒羽麻璃央

本展を内覧して、刀剣たちの神秘的なオーラに圧倒されたという黒羽。『THE HEROES 刀剣×浮世絵-武者たちの物語』のタイトルにかけた「自身にとってのヒーローとは?」との質問には、コロナ禍に立ち向かい戦い続ける医療従事者たち、そして人の心を動かすエンターテインメントを生み出す人たちへの、深い尊敬の思いを語った。

なお黒羽は声優の小西克幸とともに、本展の音声ガイドを担当している。会場では、黒羽による日本刀の鍛錬の体験映像も上映されているので要チェックだ。

いざ武者たちの世界へ

展示風景

展示風景

本展で鑑賞できる武者絵は計118点。その全てが日本初出展のものだ。展示は描かれた主題の時代に沿って、関連する刀剣や鐔を織り交ぜながら、古い順に並んでいる。まずは神代〜平安時代からスタートだ。

《直刀 無銘》古墳時代(6世紀)國學院大学博物館蔵

《直刀 無銘》古墳時代(6世紀)國學院大学博物館蔵

入口付近に展示されているのは、なんと古墳時代(6世紀)の刀。日本での鉄を使った刀作りは弥生時代に始まり、古墳時代には全国に広まっていたという。この頃はまだ平べったい直刀だが、平安時代の中期頃になると、日本刀らしい反りのついた姿が形成されていく。

ジャンルを超えて味わう「物語」平安編

武者絵の中でまず気になるのは、「紅葉狩」を描いた月岡芳年の作品だ。月岡芳年は江戸時代末期〜明治時代に活躍した絵師で、グロテスクな「血みどろ絵」でよく知られる。この作品では、まるで目の前にあるレースのカーテンが揺らいでいるような、左から吹き込む強い風の表現にハッとさせられる。

月岡芳年《美談武者八景 戸隠の晴嵐 平惟茂朝臣》慶応4年(1868)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

月岡芳年《美談武者八景 戸隠の晴嵐 平惟茂朝臣》慶応4年(1868)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

「紅葉狩」の物語は、平安末期の武将・平惟茂(たいらのこれもち)が山で美女の宴会を発見し、招かれて一緒に良い気分で酔っていたら、実はその美女の正体は鬼で……というもの。いわば平安ハニートラップである。

《紅葉狩図鐔》 銘 生涼軒勝寿(花押)江戸〜明治時代(19世紀)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

《紅葉狩図鐔》 銘 生涼軒勝寿(花押)江戸〜明治時代(19世紀)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

こちらは同じ物語をモチーフにした鐔。激しく舞い散る紅葉と、引き剥がした着物の下から鬼がドゥルン! と飛び出す瞬間が彫られている。この鐔を装備していた人物は“女には気をつけよ”と心に刻みたかったのかもしれない。

平安時代のコーナーでは他にも「大江山酒呑童子」の物語を描いた武者絵と、同モチーフの鐔、さらに日本刀の祖・安綱による貴重な太刀も見どころの一つだ(安綱は、酒呑童子を切ったとされる国宝「童子切安綱」の刀匠)。3つを併せて鑑賞することで、イメージがより立体的になるだろう。

ジャンルを超えて味わう「物語」義経編

歌川国貞《武蔵坊弁慶 御曹子牛若丸》文化10〜11年頃(1813〜1814)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

歌川国貞《武蔵坊弁慶 御曹子牛若丸》文化10〜11年頃(1813〜1814)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

牛若丸と弁慶の物語も、多くの絵師の創作意欲をかき立てた。本展では歌川国貞(三代豊国)の描く《武蔵坊弁慶 御曹子牛若丸》と、その弟弟子でありライバル・歌川国芳の描く《天狗の加勢を得て戦う牛若丸と弁慶》の2作を並べて見ることができる。

歌川国芳《天狗の加勢を得て戦う牛若丸と弁慶》嘉永3年(1850)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

歌川国芳《天狗の加勢を得て戦う牛若丸と弁慶》嘉永3年(1850)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

力強い線の国貞に対し、緩急のついたタッチの国芳。人気の物語は大体二人とも描いているので、両人の比較を意識しながら鑑賞を進めていくのも面白い。

左:《橋弁慶図鐔》無銘(宗典派) 右:《橋弁慶図鐔》銘 連行(花押)、ともに江戸時代(19世紀)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

左:《橋弁慶図鐔》無銘(宗典派) 右:《橋弁慶図鐔》銘 連行(花押)、ともに江戸時代(19世紀)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

隣には、牛若丸モチーフの鐔が展示されている。ひらりと欄干を飛ぶ牛若丸の姿がお茶目なので、ぜひ近くで見てみてほしい。鐔にこのような透かし彫りを施すのは、芸術性はもちろん、重量を軽減する実用的な狙いもあったという。

源氏の重宝「薄緑」

源平時代を主題とした作品の展示室では、ひときわ強い輝きを放っている刀剣がある。源氏の伝家の宝刀「薄緑」である。「膝丸」「蜘蛛切」「吼丸」と多くの名で呼ばれ、名前の数だけの逸話を持つ名刀だ。

展示風景

展示風景

源頼光が「土蜘蛛退治」の物語で夜討ちの迎撃に使ったのも、枕元にあったこの「膝丸」とされている。ちなみに「薄緑」と風流な名前をつけたのは、のちの時代の義経だ。

《刀 折返銘 長円(薄緑)》部分 平安時代(12世紀)個人蔵

《刀 折返銘 長円(薄緑)》部分 平安時代(12世紀)個人蔵

細身で反りが高く、鋒(きっさき)はスッと小さい。ケース越しに見つめるだけでまつ毛が切れてしまいそうな、緊張感みなぎる姿だ。

《太刀 銘 来国俊 元享元年十二月日》鎌倉時代 元享元年(1321)刀剣博物館((公財)日本美術刀剣保存協会)蔵

《太刀 銘 来国俊 元享元年十二月日》鎌倉時代 元享元年(1321)刀剣博物館((公財)日本美術刀剣保存協会)蔵

本展では武者たちの世界をより深く知るため、ボストン美術館以外にも国内からいくつかの名剣が特別出品されている。上杉謙信の愛刀も登場するので見逃せない。

この国芳がスゴイ!

合戦の様子を描く武者絵は、引いた視点で画中にたくさんの人物を描き込む一大スペクタクルだ。源平〜鎌倉時代のコーナーでは見応えのある合戦の絵が多く展示されているが、ここでは特に歌川国芳の演出力・画面構成力に注目したい。

歌川国芳《義経之軍兵一ノ谷逆落シ之図》天保11〜12年頃(1840〜41)個人蔵

歌川国芳《義経之軍兵一ノ谷逆落シ之図》天保11〜12年頃(1840〜41)個人蔵

個人的イチオシは、一ノ谷の戦いでの奇襲作戦「逆落とし」を描いたこちらの作品。左手には、急斜面を先陣切って駆け降りていく義経の姿が。中央に描かれた兵士たちは、もはや自由落下に近い角度であとに続いている。ちなみに右手には、愛馬の脚を慮り、逆に馬を背負って駆け降りた(!)という畠山重忠の姿も確認できる。

歌川国芳《長門国赤間の浦に於て源平大合戦平家一門悉く亡びる図》弘化2〜3年頃(1845〜46)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

歌川国芳《長門国赤間の浦に於て源平大合戦平家一門悉く亡びる図》弘化2〜3年頃(1845〜46)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

こちらは平家の滅亡となる壇ノ浦の戦いのクライマックスシーン。三枚続きのそれぞれに見どころを用意しつつ、中心には堂々と死に向かう二位尼と幼い安徳天皇を配置している。この二人だけが真っすぐに正面を向いて描かれており、戦乱の中で一瞬、そこだけ時がゆっくり流れているような感覚を覚える、見事な構図だ。

左:歌川重宣《新田義貞稲村ヶ崎奉剣》嘉永2〜5年頃(1849〜52) William Sturgis Bigelow Collection  右:歌川国芳《「勇魁三十六合戦 四」新田義貞》嘉永4〜5年頃(1851〜52) Gift of the Anne Gordon Keidel Trust of June2016 ともにボストン美術館蔵

左:歌川重宣《新田義貞稲村ヶ崎奉剣》嘉永2〜5年頃(1849〜52) William Sturgis Bigelow Collection  右:歌川国芳《「勇魁三十六合戦 四」新田義貞》嘉永4〜5年頃(1851〜52) Gift of the Anne Gordon Keidel Trust of June2016 ともにボストン美術館蔵

会場では、戦いの脇役をじっくり鑑賞してみるのもおすすめだ。キメ顔で描かれる主役に対し、脇役たちは痛そうな顔をしていたり、性格悪そうに嘲笑っていたりと、伸び伸びしたリアクションをとっていることが多い。例えば上の2作品はともに「太平記」中の「義貞奉剣」(龍神を鎮めるため、新田義貞が黄金作りの太刀を海に投げ入れる)の場面を描いたもの。皆が緊張の面持ちで見つめるなか、端にいる兵が(勿体ない……)と微妙な表情をしているのが面白い。

推しキャラをカラーで

展示風景

展示風景

武者絵に描かれる英雄譚は、古典軍記モノとは限らない。江戸時代後期、空想活劇小説・読本(よみほん)の大ブーム到来とともに、小説の登場人物も武者絵に多く登場するようになった。人気キャラクターの鮮やかな錦絵は、解説によれば“漫画雑誌のカラー口絵”感覚で喜ばれたのだとか。

左:歌川国芳《本朝水滸伝剛勇八百人一個 宮本無三四》天保4〜6年頃(1833〜35)Bequest of Maxim Karolik 右:歌川広重《英勇五人傑 宮本無三四》弘化4〜嘉永元年頃(1847〜48) William Sturgis Bigelow Collection ともにボストン美術館蔵

左:歌川国芳《本朝水滸伝剛勇八百人一個 宮本無三四》天保4〜6年頃(1833〜35)Bequest of Maxim Karolik 右:歌川広重《英勇五人傑 宮本無三四》弘化4〜嘉永元年頃(1847〜48) William Sturgis Bigelow Collection ともにボストン美術館蔵

宮本武蔵をモデルにした読本、「絵本二島英雄記」のエピソードを描いたこの2枚に注目してみたい。左が歌川国芳、右が歌川広重による武者絵だ。“歌川の三羽烏”と称され、一派の黄金期を築いた国芳・広重・三代豊国(国貞のこと)。当時の評判記に「豊国にかほ(似顔)、国芳むしや(武者)、広重めいしょ(名所)」と記されているように、それぞれが不動の人気を誇る得意分野を持っていた。こうして並べて見てみると、画面いっぱいに組み合う迫力重視の国芳と、余白を生かした対角線の構図で空間の広がりを感じさせる広重とで、全く異なった魅力があるのがわかる。

帰ってきた厳選20口(ふり)

さて、最後の展示室ではボストンからやってきた刀剣が勢揃い。ここでは備前長船派の祖・長船光忠による刀や、京都の来(らい)派の来国宗による貴重な作例を鑑賞できる。

展示風景

展示風景

一つひとつ眺めていると、日本刀と言っても時代や刀匠によってさまざまな表情がある。わかりやすいのは、刃文と呼ばれる刃の部分に浮かび上がる模様だ。なるほど、大きく分けると「真っすぐな刃文」と「波打った刃文」があるのね……と思うと、次の瞬間に裏切られる。

《太刀 銘 三条吉則作》室町時代(15世紀)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

《太刀 銘 三条吉則作》室町時代(15世紀)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

皆焼(ひたつら)と呼ばれる珍しい刃文を持つ《太刀 銘 三条吉則作》だ。刃文が刀身の全体に広がり、光に当たると迷彩模様のように見える。隣にはこの太刀のための刀装具が展示されているので、併せて見てみよう。
※三条吉則の「吉」の正しい表記は、下の棒が長い「つちよし」

加納夏雄《蝋色塗鞘打刀拵 牡丹図鐔 牡丹図揃金具》江戸時代〜明治時代(19世紀)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

加納夏雄《蝋色塗鞘打刀拵 牡丹図鐔 牡丹図揃金具》江戸時代〜明治時代(19世紀)William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵

鞘は磨き上げられた黒漆塗りで、細部まで牡丹の花で統一した装飾が施されている。驚くほど繊細な細工は、いずれも幕末〜明治時代を代表する金工師の加納夏雄によるものだ。武士の矜持と美意識が炸裂した刀装具である。よーく見ると、「猪目(いのめ)」というハート型の魔除け模様も織り交ぜられていて可愛い。

純粋な「格好良い」は人生を豊かにする

会場内には、物語の内容を伝えるキャプションは豊富な反面、意外なほど解説文が少ない。「浮世絵の技法は〜」「刀剣の見方とは〜」などのお勉強はひとまず置いておいて、武者絵に心躍らせた江戸時代の町人たちのように、ヒーローたちの活躍を直感的に楽しもう。

同フロアにある「THE SUN & THE MOON」では、家紋などをあしらった展覧会コラボメニューが登場

同フロアにある「THE SUN & THE MOON」では、家紋などをあしらった展覧会コラボメニューが登場

家でどんなに包丁を見つめてみても、こんなふうに興奮はしない。きっと刀剣の向こうには、人間が遥か昔から繰り返してきた「戦い」や「人の生命」が透けて見えるからだ。太平の世にあっては、それは甘く危うい非日常の体験である。もしかしたら私たちは刀や武者の物語を見るとき、暴れたがっているもう一人の自分をそっとそこに解放しているのではないだろうか。

ボストン美術館所蔵『THE HEROES 刀剣×浮世絵-武者たちの物語』は、森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52F)にて、2022年3月25日(金)まで開催。


文・写真=小杉美香

展覧会情報

ボストン美術館所蔵『THE HEROES ⼑剣 × 浮世絵-武者たちの物語』
会場:森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)
会期:2022年1月21日(金)~3月25日(金)(休館日なし)
展覧会公式サイト:https://heroes.exhn.jp/
巡回:
2022年4月23日(土)~ 6月19日(日)新潟県立万代島美術館
2022年7月2日(⼟)〜8月28日(日)静岡市美術館
2022年9月10日(⼟)〜11月20日(日)兵庫県⽴美術館
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