父役の堤真一と長男役の森田剛が語る、アーサー・ミラーの家族愛憎劇『みんな我が子』-All My Sons- への想い
(左から)森田剛、堤真一
『セールスマンの死』や『るつぼ』などで世界的に知られるアメリカの劇作家、アーサー・ミラーの代表作のひとつ『みんな我が子』。1947年にニューヨーク・ブロードウェイで初演後、1948年と1987年には映画化もされている、この作品がイギリスの鬼才リンゼイ・ポズナーの演出で上演される。
舞台は第二次世界大戦後の、アメリカのとある地方都市。飛行機の部品工場を経営し、戦争特需で財を成したジョー・ケラーは、妻のケイト、長男クリスと幸せそうに暮らしてはいるが、次男ラリーが戦争で行方不明になっていることがこの一家に暗い影を落としていた。そのラリーの婚約者であるアンと、密かに彼女に恋焦がれていたクリスは、長い時間の経過と共に徐々に心を通わせていく。しかし、アンの父とジョーとは決して消せない過去があり、それが両家の深い確執にもなっていた……。
すべて家族のためを思って生きてきた父親であるジョーを演じるのは、アーサー・ミラー作品は『橋からの眺め』(1999年)、『るつぼ』(2016年)に続く三作目であり、リンゼイ・ポズナー演出は一昨年の『十二人の怒れる男』で経験済みの堤真一。長男クリスに扮するのは、昨年末にV6を解散し、この作品が改めて俳優人生としての新たな一歩ともなる森田剛。テレビドラマでは共演経験があるものの、舞台ではこれが初共演となる二人に、『みんな我が子』への想いを語ってもらった。
ーーまずは75年前のアーサー・ミラー作品、それもこの『みんな我が子』という作品へのオファーが来た時、どんなことを思われましたか。
堤:確かに、75年も昔に書かれた作品ではありますが、登場人物たちの、それぞれの立場によって正義の概念が違ってくるという部分では、現代に通じるものがあるなと思いました。権力や経済的な理由があれば、日本でも起こり得ることにも思えますし。
堤真一
森田:今、堤さんがおっしゃられていたそれぞれの正義についてということも含め、それぞれの想いが強く出ている作品だなと思いました。それに、堤真一さんと舞台に一緒に立てるということも、僕の中では大きかったです。自分自身としても環境が大きく変わるタイミングでもありましたし、この作品で声をかけていただいたことはありがたく感じました。
ーー脚本を読まれて、どんなところに魅力を感じられましたか。
堤:さきほども触れましたが、現代の日本にも通じる部分があるというところです。それぞれの目線の違いや、立場によっても正義の貫き方が違ってくる。その点は時代を越えた普遍性がありますよね。僕はこれまで、アーサー・ミラー作品に二度出演していますが、最初に演じた『橋からの眺め』は移民の話でした。その時も愛情というものの方向性、そのほんのちょっとした違いで人が争うことになったり、反発し合ったり。そういうことって、やはり現代でも身近に起こり得ると思うんです。つまり、良い作品というものは、設定された時代を描いてはいても、やはり結局は人間の本質を描いているんだなと思いました。
森田:僕は、これは家族の中でのお話でもあるので、家族の中においての人と人との距離感ということに、すごく興味が湧きました。家族だからとても近いとはいえ、見えない部分があったり、許せること、どうしても許せないこと、そして憧れ。そういった、いろいろな想いがあって。その距離感についても、舞台で表現してみたいなと思いました。
ーーお二人は、舞台では初共演ですね。お互いの印象や、今回期待していることなどは。
堤:昔、ドラマではチラッと共演しているんですけどね。当時は、剛くんがどちらかというとワイルドな雰囲気を漂わせていたんで(笑)。
森田:ハハハ!
堤:でも、そのドラマでの役柄的にはそれがピッタリだったんです。だけどこうしてお互いに年を取り、丸くもなり……ということで、二人とも変わったところも多いと思うので、一緒に稽古できることが今からとにかく楽しみです。それにしても、実際の年齢的からしたら、なんぼなんでも剛くんが僕の息子役っておかしいやろ! と思うんだけど(笑)。そのあたりの若作りをどういう風にしていただけるのか、そして僕自身は逆にもっと老けるようにするのか。それが大変かもしれないな(笑)。
森田:そう、堤さんとはドラマで共演はさせていただいていて。だけど今回は、舞台での堤さんの役のとらえ方や稽古の進め方を身近で感じられるので、それに関してはすごく贅沢だと思うし、そこで自分も勉強できたらいいなとも思うし。僕も、息子役としての若作りを(笑)、なんとかがんばっていきたいなと思っています。
森田剛
ーージョー・ケラーという父親役を演じるにあたり、堤さんは共感できるところはありましたか。
堤:共感は正直、できないですね!(笑)。このオッサンにはひとつも共感できないですよ。昔の映画に出てくるような典型的な強い男なんでしょうけど。でもこのジョーという人は、最終的には自らを裁くんです。この父親に唯一共感できる点は、自らの罪は認めていて、そのことにずっとさいなまれつつ生きていたというところ。そして最終的にも「俺は関係ねえ」と言い張ることはなかった、というところですね。そこ以外は、共感できるものがなにひとつないタイプだと言えます(笑)。
ーー森田さんは長男のクリス役に、どこか共感できる部分はありましたか?
森田:うーん、そうですね……。たとえば、仲間への想いとか、父への、母への、弟への想い、というものは純粋で、とても真っ直ぐな気持ちだと思うんです。すごくシンプルなことではありますけど、そこを突き詰めた時に何を感じられるだろうということには興味がありますし、そこはブレずに演じてみたいなと思っています。共感という意味では、今はまだわからないですね。
ーー特に、ここは苦労しそうだと思われている場面はありましたか。
堤:いや、この場面がというより、とにかく今回は役の年齢的なことですかね。あとは物語のまま、素直に演じていけば、少しずついろいろな真実がわかっていく展開だと思います。その真相、事実関係を真実味を持って芝居にしていけば、自然と進行していくお芝居ですから、僕自身の役については、共感できないまでも(笑)、難しいという感覚はないので、戯曲のままに演じていきたいと思っています。それよりも、西野七瀬さん演じる、次男の婚約者であるアンはめちゃめちゃ難しい役だなと思いました。結局どういう心の持ちようで、この一家のもとにやって来たのか。
ーー狙いがどっちなのか、わかりにくいですよね。本当にクリスを愛しているのか、それとも何か企みがあるのか。
堤:そうなんですよ。父親が最終的に取る行動のことも考えての動きという風に取れなくもないし、だけどまったく純粋に、すべてを知りながらもクリスのことを愛しているようにも思える。そのあたりを考えても、とても難しい役だなと思いました。
(左から)森田剛、堤真一
ーーリンゼイさんがそれぞれの役の思惑をどう解釈して、どんな指示をされるかということも楽しみですね。
堤:そうですね。本格的な稽古に入る前に、必ずみんなで話し合うと思うんです。みんなで真実の部分を共有することがすごく大切になってくると思います。でも、この作品では変な伏線を張った芝居はしなくてもいいんじゃないかと思っていて。実際に伏線はあるにはあるんですけど、それをあえて匂わせるような芝居はする必要がないと思っています。だから、そのシーンそのシーンの関係性を大切に作っていけばいいし、恐らく、そういうコミュニケーションの取り方で稽古を進めていくだろうと思うので、その点は全然心配していないですね。
ーーつまり、自分の感情を大事にして動けば大丈夫だということ。
堤:そうですね、その時に言っているセリフを100%信じて話すいうこと。実はそこで嘘をついているんですよみたいな、引っかかった芝居をする必要はない、ということですね。
ーー森田さんは、苦労しそうだな、やりがいがありそうだなと思う場面はありますか。
森田:特に後半に感情を爆発させるような、感情を表に出すシーンもありますし。逆に感情を抑えているシーンもありますし。そういう場面での居方も、すごく大事だなと思うので難しいですね。稽古を通して、いろいろなことを感じられたらなと思っています。
ーーデリケートな演技が必要な、こういう難しい役を演じられる際、たとえばどういうことを一番意識されますか。
森田:そこはやはり、先ほど堤さんがおっしゃった通りに余計なことは考えず、セリフを大事に、そしてその時感じたものを素直に出せたらいいんじゃないかなと思っています。
ーー今回、特にご自分に課している目標、テーマ、やりとげたいことなどがありましたら教えてください。
堤:剛くんが、稽古の前に全部セリフを覚えちゃう人なんですよ。ですから僕も、今回はなるべく早く、セリフを入れていこうと思っています。
堤真一
森田:僕は……実は堤さんの年齢くらいの、年の離れている方とご一緒する時って、ちょっと緊張するんです。いまだに、イヤなんですよ(笑)。
堤:ハハハ。イヤって(笑)。
森田:だから稽古で、それに早く慣れていきたいなと思います。
ーーどうしてイヤなんですか?(笑) 先輩だからですか。
森田:まあ、そうですね(笑)。
堤:そういうことか(笑)。
森田:なんか、必要以上にピリッとしちゃうというか。その緊張感も大事ではあるので、それを保ちつつも、もう少しくだけて話せるようになれたらいいなと思っています。
ーー今回の、稽古と本番を通じて一番の楽しみは。
堤:もう、このコロナ禍のせいで、稽古のあとにみんなで飲みに行くことも、打ち上げもできなくなっていますからね。僕は、それのためだけに芝居をやっていたようなところもあったというのに(笑)。でもしっかりと、舞台上でいいコミュニケーションを取りたいですね。役者同士で通じ合うものをたくさん作りたい。それが、一番の楽しみです。明日もまた舞台に立ちたいという、そんな想いで立てるように。この戯曲は、そういう感情をかき立てる作品だと思うので、しっかりと向き合って本当の家族のようになれればいいなと思います。
森田:僕も同じです。本番中に、心が通う瞬間というか、楽しいと思える瞬間が今回もたくさんあったらいいなと思っています。
ーーカンパニーの中で今、気になる人はどなたですか。
堤:『十二人の怒れる男』でもご一緒した、山崎一さんが今回もいらっしゃるので。一さん以外は、ほぼ初めての方ばかりじゃないのかな。
ーーでは、新鮮ですね。
堤:そうですね。まあ、一さんの、常にボケかましてくれる感じを支えにしたいと思います。
ーー山崎さんは、アーサー・ミラー作品にも思い入れがありそうですし。
堤:そうなんですか。じゃあ、一さんにたくさん質問して、いろいろ教えてもらおう。
森田:僕も今回は、初めましての方が多いんですけど。大東駿介くんと、伊藤蘭さんとは舞台で一度共演させてもらっていて。大東くんとは、何年か前に。
ーー『金閣寺』(2011、2012年)ですね。
森田:そうです。あの舞台で、ご一緒させてもらっていたので。あれから年月が経っているので、お互いにどういう感じになっているかということも、すごく楽しみにしています。
ーー伊藤蘭さんとは、どんな母子関係になりそうでしょう。
森田:いや、そこはまだ全然わからないです(笑)。だけど前回ご一緒させていただいた時には同じシーンがなくて、あまりお話しができなかったので。今回は家族ですからね、たくさんお話しできたらいいなと思っています。
森田剛
ーー演出のリンゼイ・ポズナーさんについては、堤さんは『十二人の怒れる男』でご一緒されていますね。あの時はリモートでの演出でしたが、どんな演出家さんだったか、その時の印象は。
堤:リンゼイさんは、非常に穏やかな人です。リモートでの稽古の時、役者も大変なんですが、きっと演出家のほうがよりストレスがたまると思うんですよ、見たいところが見られないから。それにもかかわらず、常に穏やかで常に的確に演出してくださいました。今、何よりも心配なのは、リンゼイさんがこの状況下で日本に来られるのかどうか。今回はお願いだから直接肌で感じ取れるように、ぜひともリモートだけというのは勘弁してくれという気持ちでいます。
ーー森田さんは今回リンゼイさんとは初めてですが、『FORTUNE』(2020年)の時にはショーン・ホームズさんの演出を受けていらっしゃいます。海外の演出家の方との稽古では、日本の方と違う点があったりしますか。あるいは楽しみに思うことなどありますか。
森田:『FORTUNE』の時には、なんだか、めちゃくちゃたくさん話すなあ! と思った記憶がありますね(笑)。個別での話し合いもありましたし、みんなでひとつのテーマについて「君はどう思うの?」と話したり、立ち稽古に入る前に方向性についてもとても細かく話し合いました。僕も最初はとまどいつつも役との共通点とか、共感できる部分とか、自分だったらこう思うというような話をたくさんした覚えがあるので、外国の演出家の方にはそういうイメージがありますね。ぜひ今回も、自分の意見や想いを早い段階で言えるようにしたいなと思っています。
ーーでは最後に、お客様に向けてメッセージをいただけますか。
堤:家族というものを、もう一度振り返って考えてみるような作品になればと思います。やはり家族って一番近い他人でもあるので、何かお互いに感じることも違ってくるでしょうし、心震わされるところもたくさんあるのではないでしょうか。さらに家族のことだけでなく、社会全体に今、起きていることなど、大きなものにも気づいたり、感じてもらえたらうれしいです。
森田:こういう時代だからこそ、生きること、生きなきゃいけないということを考えていただけるのではないかと思うんですよね。人との関わり方や、自分を大切にするということ、ほかにもシンプルに大切なことがいろいろ詰まっている舞台です。ぜひ楽しみにしていただきたいですし、自分自身もとても楽しみに思っています。
(左から)森田剛、堤真一
取材・文=田中里津子 撮影=池上夢貢
公演情報
DISCOVER WORLD THEATRE vol.12
『みんな我が子』-All My Sons-
作:アーサー・ミラー
翻訳:広田敦郎
演出:リンゼイ・ポズナー
美術・衣裳:ピーター・マッキントッシュ
出演:堤真一 森田剛 西野七瀬 大東駿介 栗田桃子 金子岳憲 穴田有里 山崎一 伊藤蘭
【東京公演】
日程:2022年5月10日(火)~30日(月)
会場:Bunkamuraシアターコクーン
発売日:2022年3月27日(日)AM10:00~
※3月28日以降の販売は残席がある場合のみ取扱い有
※未就学児童の入場はご遠慮いただいております。
に関するお問合せ:Bunkamuraセンター 03-3477-9999(10:00~17:00)
公演に関するお問合せ:Bunkamura 03-3477-3244(10:00〜18:00)
https://www.bunkamura.co.jp
主催/企画・製作:Bunkamura
【大阪公演】
日程:2022年6月3日(金)~8日(水)
会場:森ノ宮ピロティホール
発売日:2022年5月8日(日) AM10:00~
料金:11,500円(全席指定・税込)
https://kyodo-osaka.co.jp/
主催:サンライズプロモーション大阪