唐組『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』共同演出+出演の久保井研に聞く~「人間くさいやり取りが、唐十郎らしいレトリックで描かれた作品」/【岡山公演は延期】

インタビュー
舞台
2022.4.15
唐組『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』共同演出+出演の久保井研 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

唐組『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』共同演出+出演の久保井研 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

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劇作家・演出家の唐十郎が率いる「唐組」の、春恒例となっている、紅テントの全国ツアー公演。今年(2022年)は東京・兵庫・長野に加えて、10年ぶりに岡山県での公演が実現する(注:4月14日に岡山公演の延期が決定。詳細は記事文末に)。今回上演するのは、唐組の前進「状況劇場」で76年に発表され、再演は何と38年ぶりとなる『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』。実際に起こった芸能スキャンダルと『メリー・ポピンズ』をミックスして、予想もできない世界へと観客を導いていく、唐十郎らしい破天荒な幻想譚だ。公演に先立ち演出+出演の久保井研が、大阪市内で会見を行った。

状況劇場『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』より、右はカナを演じる李麗仙(当時李礼仙)

状況劇場『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』より、右はカナを演じる李麗仙(当時李礼仙)


2012年から、唐と共同という形で演出をつとめるようになり、今年で10年の節目を迎えた久保井。それこそ千本ノックのように、唐十郎の過去の名作群にぶつかり続ける中で、自分なりの演出スタイルを、少しずつ見出してきたという。

最初は「唐さんならどう作るのか」を一番に考えていましたが、今は「その戯曲を、僕はどう読み解いたのか」ということをやればいいのかな? という風になりました。書かれた当時に唐さんが何を思ったかを、追体験するのも必要でしょうが、その物語がどのように今の我々に有効なのかも、考えなければならない……というか、物語の世界に逃げ込むしかなかったです、自分が(笑)。でもそういった中で、登場人物の論理とか、唐さんの言葉を追っかけていくうちに、何かが救われるようになってきたと思います。

唐さんは、それぞれの演じ手の肉体の中にある特権的要素を生かせば、何かを生み出せるはずだという「まずは身体ありき」な考え方。でも僕は、誰でも持っているような肉体でも、戯曲に書かれてある“言葉”によって、何かを生み出す力になれるんじゃないか? と思ってます。テントの中だからといって、勢いで見せてしまうのではなく、言葉が観客の想像力を導くような作り方ができればいいな、と。

「当時(の舞台)はこうでした」というだけの再演ではまったく意味がないし、現代風にアップデートしなければならないけれど、だからと言って設定や台詞は、一言一句変えたくはない。唐十郎の戯曲には、そういうものに耐えうる許容力があると思うし、その言葉が今現在をとりまく状況に、ちゃんと刺さっていくように作っていきたいです。でもまだどこかで、自分のことを演出家とは思ってない所がありますね(笑)。

久保井研(唐組)

久保井研(唐組)


 

物語の舞台は、とある横丁の傘屋。人のいい店主のおちょこ(久保井)は、傘の修理を依頼してきた少女・カナ(藤井由紀)に恋をして、その傘をメリー・ポピンズのように、風に乗って空を飛ぶことができる傘にしようと、居候の檜垣(稲荷卓央)と飛行実験にいそしんでいる。しかし檜垣とカナの間には、ある大物歌手のスキャンダルをめぐる、深い因縁があることが判明。さらに死体発掘を依頼された保健所職員たち、盗まれた鉄道の壁を探す鉄道員などの、奇妙な人々が3人に絡んでいく──。

状況劇場『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』より、空を飛ぶ檜垣(左/小林薫)とおちょこ(右/十貫寺梅軒)

状況劇場『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』より、空を飛ぶ檜垣(左/小林薫)とおちょこ(右/十貫寺梅軒)

人間模様が面白い作品なので選びました。とても人間くさいやり取りが、唐さんらしい詩的なレトリックで描かれています。ハチャメチャで軽妙なシーンがありつつも、人間同士の距離が離れたと思うと急激に近づくなどの緊張感もあり、男と女の物語と言ってもいい。実際の事件の女性はメディアに相当叩かれて、虚言癖ということで落ち着いたようですが、唐十郎はそれだけでは終わらせずに、妄想の世界に入っていく。実際の事件とは、まったく違う方向にいろんなものが動いていくのが、熱くて面白いと思います。

人間っていい面でも悪い面でも、相反するものをあわせ持つという両義性があるはず。だから「(どっち)側」なんてないんじゃないの? という、唐十郎のアプローチが描かれた作品だととらえました。今は本当に「それは正義か? 悪か?」を決めつける、不寛容な時代に入ってきていますが、それに対して「もっと曖昧でもいいんじゃないかい?」という、唐さんの言葉が聞こえるような気がします。

唐さんがまだ30代の時に書かれた戯曲なので、筆がものすごく走ってるんですよ。その速さでしゃべらずに、演じ手の生理なんかで成立させると、芝居がのろくなってしまうから、膨大な台詞量でもスピードを落とせない。それでいて、お互いの気持ちを探り合うような、呼吸を引っ張り合うみたいなやり取りもあるので、ジェットコースターみたいですね。体力というか、神経の上下動がすごく多くてしんどいので、今稽古しながら、僕がこの役(おちょこ)をやるべきではなかったのでは? と後悔しています(笑)。

久保井研(唐組)

久保井研(唐組)

唐組の春公演は、毎年大阪から始まるのが恒例だった。しかし昨年に引き続いて、大阪市が公共の公園でのテント設営を拒否したため、今年も神戸で開催されることに。久保井は大阪市の態度に疑問を呈すると共に、神戸は神戸の良さがあることも明かす。

大阪市からは「公園はそういうものに貸す場所ではない」という返答があって、今は唐組に限らず、どこにも貸してはいないそうです。公園をめぐる行政との戦いは昔から……それこそ新宿西口中央公園で、機動隊に囲まれる事件とかがあったけど(笑)。でも今回は、他の都市は行政の持つ公園でやらせていただけるのに、なぜ大阪市だけはダメなのか? と、すごく疑問です。

やっぱり何か、想像力が欠如してるんじゃないかと思うんですね。人間は想像力を失うと、考えが悪い方向に行ってしまうんだろうなあ、と。杓子定規に物事を考えずに、そういう場所を、表現をする人たちに提供していくことで、何かが生まれる……という想像力を、お役人さんには持っていただきたいと思います。

(神戸の)湊川公園は、昨年16年ぶりに上演しました。昔はちょっと震災の様子が残っていたけど、今はキレイになっててビックリしましたね。神戸は人懐っこい方が多くて、例えばテントを建てていると、東京の人たちは素通りしてから(こっちを)見て、大阪の人はジッと見ながら通り過ぎていくけど、神戸は一直線に向かってきて「何やんの?」って声をかけてくる人が多いんです(笑)。(湊川公園のある)新開地という街自体が、芸能を受け止めるポテンシャルのある街だと改めて思うし、受け止めてもらえる嬉しさを感じます。

状況劇場『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』より

状況劇場『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』より

久保井が唐組の演出をするようになって、いつの間にか10年が過ぎた。訳が分からなくてもいいから、とにかく役者の肉体のパワーをほとばしらせることを重視する唐の演出に対して、一見すると野放図な言葉の奥に隠れた、人間の闇やセンチメンタリズムを浮き上がらせ、物語性を際立たせた久保井の演出。その変化に違和感を覚える人も当然いるが、唐戯曲はこんなにも多義的に捉えられるという、可能性の扉を大きく開いたのは間違いないし、それこそ“どっちが正義でどっちが悪か”を決めつける必要はないのだろう。

そして今回の『おちょこの……』は、初演の記録や感想がほとんど残っていなくて、謎に包まれた所が多い分、さらに自由度の高い世界になると思われる。メリー・ポピンズよろしく、唐組が日本各地を飛び回る季節は、もうすぐそこに迫っている。そして今回は公演グッズとして、なんと唐組デザインの折り畳み傘の販売を予定! 公演グッズしては大変珍しいアイテムだけに、これはぜひゲットしておきたい。

唐組『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』公演チラシ

唐組『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』公演チラシ

 

【追記】4月23日(土)初日の岡山公演は、公演関係者にコロナ陽性者が出たため、この記事の入稿直前に延期が決定しました。振替公演は6月頃を予定。残りの都市については、劇団の公式発表を随時チェックしてください。

取材・文=吉永美和子

公演情報

唐組 第68回公演『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』
 
■作:唐十郎
■演出:久保井研+唐十郎
■出演:久保井研、稲荷卓央、藤井由紀、福原由加里、加藤野奈、大鶴美仁音、重村大介、栗田千亜希、升田愛、藤森宗、松本遼平、西間木美希、工藤梨子/全原徳和、友寄有司、影山翔一、オバタアキラ、岩田陽彦

 
〈岡山公演〉
■日時:2022年4月23日(土)・24日(日) ※公演延期
■会場:岡山市旭川河畔 京橋河川敷(岡山市北区京橋町地先)
■問い合わせ:086-233-5175(NPO法人アートファーム)
 
〈兵庫公演〉
■日時:2022年4月29日(祝・金)~5月1日(日)
■会場:湊川公園
■問い合わせ:090-8168-5353(TRASH2)
 
〈東京公演〉
■日時:2022年5月7日(土)・8日(日)/13日(金)~15日(日)/19日(木)~22日(日)/6月2日(木)~5日(日)
■会場:新宿 花園神社
■問い合わせ:03-6913-9225(唐組)

 
〈長野公演〉
■日時:2019年6月11日(土)・12日(日)
■会場:長野市城山公園 ふれあい広場
■問い合わせ:026-217-0608(ISHIKAWA地域文化企画室)

 
■開演時間:19:00(全都市共通・雨天決行)
※途中休憩あり。
■料金:一般=前売3,800円、当日4,000円 学生=3,300円 小学生以下=2,000円(全都市共通)
は長野公演以外発売中。長野公演は5月3日(火・祝)から発売開始。
 
■公演サイト:https://karagumi.or.jp/information/1031/

 
※この情報は4月14日時点のものです。新型コロナウイルスの状況次第で変更となる場合がございますので、公式サイトで最新の情報をチェックしてください。
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