名作が揃う、歌舞伎座『團菊祭五月大歌舞伎』観劇レポート~菊五郎に、松緑、菊之助、海老蔵、尾上右近たちが縁の演目に挑む
2022年5月2日(月)に『團菊祭五月大歌舞伎』が始まった。会場は、歌舞伎座。「團菊(だんきく)」とは、明治時代に活躍し、今につながる歌舞伎の礎を築いた名優、九世市川團十郎と五世尾上菊五郎のこと。2人の功績を顕彰した興行が「團菊祭」だ。1日三部制で行われた、第一部から第三部までの公演の模様をレポートする。
■第一部 11時開演
一、祇園祭礼信仰記 金閣寺
天下の大悪党、松永大膳に尾上松緑、豊臣秀吉をモデルにした此下東吉に片岡愛之助。女方の大役「三姫」のひとつ、雪姫を、中村雀右衛門が勤める。気品あふれる将軍の母・慶寿院尼には中村福助。
第一部『祇園祭礼信仰記』(左より)此下東吉後に真柴久吉=片岡愛之助、松永鬼藤太=尾上左近、松永大膳=尾上松緑 /(C)松竹
舞台は京都の金閣寺。庭に大きな桜の木があり、そばに滝が見える。座敷は金箔貼りの豪華な造りで、大膳は優雅に弟の鬼藤太(尾上左近)と碁を打っている。大膳は、将軍を殺害し、その母・慶寿院尼をおとりに金閣寺に立てこもっている最中だ。さらに絵師の狩野之介直信(上村吉弥)を捕らえ、その妻の雪姫も幽閉していた。大膳は雪姫に横恋慕していた。夫の代わりに天井に龍の墨絵を描くか、あるいは自分のものになるか、雪姫に迫っているのだ。そこへ此下東吉が、十河軍平(坂東亀蔵)に伴われて現れると、大膳は東吉と碁を打ち始めるのだった……。
大膳のモデルは、松永弾正久秀。史実では、将軍を毒殺し、東大寺を焼き払った戦国武将で、茶人としても知られていたと伝わる。松緑の大膳は端々に悪の影を落としながらも、パワーと色気が漲っていた。愛之助は、颯爽とした二枚目の東吉を体現。大膳の悪と拮抗する明朗さを発揮した。井戸の中の碁笥(ごけ。碁石の入れ物)を拾うミッションでは、躍動感のある身のこなしで楽しませた。福助は、愛之助の芝居を高雅な佇まいで受け止め、物語に奥行きを生む。脇をかためる亀蔵や、赤っ面の役に挑戦する松緑の長男・左近の活躍も見逃せない。
第一部『祇園祭礼信仰記』雪姫=中村雀右衛門 /(C)松竹
「三姫」に数えられる雪姫だが、武家のお姫様ではなく、水墨画の大家・雪舟の孫娘という設定だ。雀右衛門の雪姫が、思い悩み柱にもたれ、ずり落ちていく横顔は、たまらなく美しかった。爪先でねずみを描く名場面では、終始可憐でありながら、縄に抗うからこそ顕在化する、一心不乱の強い思いと色気に目をみはった。
大詰では大膳が白綸子の着付けに長刀を手に花四天を追い払う。七三での大きな踏み込みは圧巻。しびれるような迫力で、花道の外側にいた学生グループは一斉にのけぞっていた。歌舞伎座は熱い拍手に沸いた。
二、あやめ浴衣
第一部『あやめ浴衣』(左より)船頭=中村鷹之資、町娘=中村玉太郎、芸者=中村魁春、あやめ売り=坂東新悟、水売り=中村歌之助 /(C)松竹
充実の配役で魅せた『金閣寺』のあとは、長唄舞踊『あやめ浴衣』。暗転からパッと明かりがつくと、中村鷹之資の船頭、中村歌之助の水売り、中村玉太郎の町娘が登場。瑞々しい3人に続き、坂東新悟のあやめ売り、さらに中村魁春の芸者も揃い、最後は華やかな総踊りに。5月の清涼感ある空気の中で、長寿を祈り端午の節句の菖蒲酒を酌み合い、芳醇な風を感じさせた。
■第二部 14時30分開演
一、歌舞伎十八番の内『暫』
『暫』では、市川海老蔵が鎌倉権五郎を勤める。江戸歌舞伎を代表する、これぞ荒事! の主人公だ。
第二部『暫』全景(花道)鎌倉権五郎=市川海老蔵 /(C)松竹
権五郎は登場前、揚幕の奥から「しばらく」と声をかける。舞台ではない場所から、マイクを通さず直に響いてくる迫力には、劇中の台詞のまま“首筋がぞくぞく”とさせられる。期待が高まる中、ついに権五郎が登場。人間離れしたスケールとオーラは、期待や想像を鮮やかに上回るもので、場内は万雷の拍手に揺れた。どれだけ大きな拍手の波がこようと、すべてを余裕で懐におさめてしまいそうな、大きな権五郎だった。
『暫』では、権五郎を勤める役者が花道でオリジナリティある挨拶をする。海老蔵は、歌舞伎座の舞台がひさしぶりであること、オリンピック以来の『暫』であることを織り込み、客席を楽しませた。
第二部『暫』(前列左より)加茂次郎=中村錦之助、鎌倉権五郎=市川海老蔵(後列左より)東金太郎=市川右團次、成田五郎=市川男女蔵、清原武衡=市川左團次 /(C)松竹
舞台は鎌倉の鶴岡八幡宮。頭上には、歌舞伎座の座紋と成田屋の三升の紋の提灯が並ぶ。悪役の中納言・清原武衡の市川左團次をはじめ、中村又五郎、中村錦之助、片岡孝太郎、海老蔵と共演の多い市川右團次や中村児太郎たちも揃った盤石な布陣。個性豊かな役たちを手堅く勤め、團菊祭を大いに盛り上げた。
二、新古演劇十種の内『土蜘』
幕間をはさみ『土蜘』。松羽目の舞台に、尾上菊五郎の源頼光と尾上丑之助の太刀持ち・音若が登場した。頼光の艶やかで格調高い物腰、音若の長袴もはきこなす凛々しい姿が、あっという間に世界を変える。
第二部『土蜘』(左より)源頼光=尾上菊五郎、叡山の僧智籌実は土蜘の精=尾上菊之助 /(C)松竹
病の頼光を、家臣の平井保昌(中村又五郎)が見舞い、古風で美しい侍女胡蝶(中村時蔵)が薬を届けにくる。その後、いつのまにか、僧の智籌実は土蜘の精(尾上菊之助)が現れる。不穏な空気に緊張感が高まる中、音若の気づきをきっかけにお芝居はダイナミックに動き出す。客席は宙を飛ぶ蜘蛛の糸に沸き、間狂言では和やかな笑いに包まれた。
第二部『土蜘』(左より)坂田公時=中村種之助、平井保昌=中村又五郎、叡山の僧智籌実は土蜘の精=尾上菊之助、渡辺綱=中村歌昇 /(C)松竹
菊之助は智籌の不気味さを緻密な芸で描き出す。見た目は妖しく冷たいが、立廻りでは触れたらやけどしそうな熱さを見せた。手負いとなってからの奮闘には、人ならざるものの凄みと悲しみをみせた。保昌と四天王がついに土蜘の精を追い詰め、お芝居、演奏、観客の盛り上がりがシンクロする中、蜘蛛の糸が美しく広がり、喝采の中、幕となった。
■第三部 18時15分開演
一、市原野のだんまり
第三部『市原野のだんまり』(左より)平井保昌=中村梅玉、袴垂保輔=中村隼人 /(C)松竹
第三部は、初日の高揚感に加えて、直前の土砂降りの天候などが影響してか、開演前の場内に独特のソワソワした雰囲気があった。しかし『市原野のだんまり』が開幕し、笛の音とともに揚幕から中村梅玉が現れると、夜風が吹き抜けたように客席は落ち着きを取り戻した。本舞台には月が上がり、ススキの原が広がる。
第三部『市原野のだんまり』(左より)袴垂保輔=中村隼人、鬼童丸=中村莟玉、平井保昌=中村梅玉 /(C)松竹
梅玉は、『土蜘』にも登場した平井保昌役。雅な風情を舞台に行き渡らせる。中村隼人は袴垂保輔に扮し盗賊らしい男ぶりを、莟玉は鬼童丸に扮し牛の皮の下から美しい顔を見せた。だんまりという歌舞伎独自の様式美によって、3人がそこにいることそのものが、見どころとなる一幕だった。
二、弁天娘女男白浪
河竹黙阿弥の傑作『弁天娘女男白浪』では、尾上右近が、初めて本興行で弁天小僧菊之助を勤める。「白浪」とは盗賊のことで、盗賊仲間の日本駄右衛門、南郷力丸、赤星十三郎、忠信利平を、それぞれ坂東彦三郎、坂東巳之助、中村米吉、中村隼人が勤める。
第三部『弁天娘女男白浪』(前列左より)南郷力丸=坂東巳之助、弁天小僧菊之助=尾上右近(後列左より)浜松屋倅宗之助=中村福之助、浜松屋幸兵衛=中村東蔵、日本駄右衛門=坂東彦三郎 /(C)松竹
はじまりは、弁天小僧が振袖のお嬢様に、南郷が付き添いの侍に変装し、呉服店に乗り込む「浜松屋見世先の場」。正体を疑われた弁天小僧が、顔を伏せたまま沈黙する場面では、化けの皮がはがされるドキドキに加え、「右近の弁天小僧がついに!」の期待も相まって、客席の温度が1、2度上がるような無言の盛り上がりがあった。ついに正体をあらわすと、お嬢様の見た目×やんちゃな弁天小僧のギャップの可笑しさに、一気に緊張が解かれ、お芝居はギアを上げていく。
右近の弁天小僧は、いまの右近の魅力が爆発していた。「知らざあ言って、聞かせやしょう」の名台詞も、この瞬間に生まれた言葉のように瑞々しく響かせる。また、思い切りの良い芝居は、弁天小僧の大胆不敵さとオーバーラップ。白浪五人男の一味であることの矜持と、背中は任せた! という仲間への信頼を感じさせた。劇中でも実年齢でも先輩にあたる彦三郎は、日本駄右衛門役の底知れない大きさをみせ、年上の同世代である巳之助は、「兄い」と慕われる南郷役で、お手本のような強請たかり。本当にこわかった。浜松屋の主人の中村東蔵や番頭の市村橘太郎が、生世話物の風合いを色濃くする。
第三部『弁天娘女男白浪』(左より)日本駄右衛門=坂東彦三郎、南郷力丸=坂東巳之助、赤星十三郎=中村米吉、忠信利平=中村隼人、弁天小僧菊之助=尾上右近 /(C)松竹
クライマックスは、米吉の赤星、隼人の忠信利平も加わり、捕り手に追われる「勢揃い」。番傘を手に、5人が名乗りを上げる。右近はもちろん、旬な出演者がお互いを高めあうようにボルテージを上げ、勢いのある一幕を立ち上げる。「勢揃い」だけでなく「浜松屋」の結びにも、花道で見どころがある(あれほど大胆だった弁天小僧と南郷が、ずいぶん細かいことで、ごにょごにょ揉めはじめる)。観劇の際は、花道を見やすい席をおすすめしたい演目だ。名作、名場面に彩られた歌舞伎座『團菊祭五月大歌舞伎』は、5月2日から27日まで。
取材・文=塚田史香