ピアニスト上原彩子、デビュー20周年のプレミアム・リサイタルを開催 大ホールならではの音響空間を活かし「楽器が持つ響きを超えた何かをお届けできれば」

インタビュー
クラシック
2022.7.27
上原彩子 (c)武藤章

上原彩子 (c)武藤章

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今年2022年でデビュー20周年を迎えるピアニストの上原彩子。来る8月7日(日)、大阪のザ・シンフォニーホールで、上原自身のデビュー20周年、そして、ザ・シンフォニーホール開館40周年という二つのアニバーサリーをかけてのリサイタルが開催される。予定されている演奏曲目も、前半にシューマンの幻想小曲集全曲、リストのソナタ ロ短調、後半にムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」全曲と、上原らしい壮大なものだ。リサイタルに向けての意気込みを聴いた。

大ホールならではの音響空間を活かして

――まずは今回のリサイタルへの意気込みをお聴かせ下さい。

私にとってもデビュー20周年、そして、ザ・シンフォニーホールにとっても開館40周年という機会にリサイタル開催が実現したのは、とても光栄に思っています。私自身、これまで何度もザ・シンフォニーホールで演奏させて頂いておりまして、“シンフォニーホール” と聞いただけで、「あの時の、あの曲で、あのホールの感触ね」というように数多くの思い出のシーンや写真が頭の中に甦ってきます。

昨年の8月、今年の2月、4月と続けて(ザ・シンフォニーホールでは)ラフマニノフやチャイコフスキーのピアノコンチェルトの演奏が続いていたのですが、今回はリサイタルということで、お客様と私自身が一つになれる点をより多く見出せる部分もあるのでは、と期待しています。普段コンチェルトを聴きに来てくださっているお客様にも、新たな視点で存分に演奏会を楽しんで頂けたらと思っています。皆さんとより深く、より良い時間を創りあげていければ嬉しく思います。

――(ザ・シンフォニーホールの)ホール空間については、どのような印象をお持ちでしょうか。

キャパシティも空間自体も大きいのですが、ステージ上にいると不思議とそこまで大きさを感じさせないですし、オーケストラと共演していても自分自身に響きが返ってくるのを感じながら、とても良い感触で演奏しています。リサイタル形式だと、さらに一つひとつの音の表情などがよく伝わるのでは、と自分自身でも期待感を抱いています。

上原彩子

上原彩子

――前半がシューマンの幻想小曲集全曲とリストのソナタ ロ短調、そして、後半が組曲「展覧会の絵」と超重量感のあるプログラミングですが、その意図は?

広い空間でこそ、より作品の良さが伝わるものを弾きたいと思いました。例えば、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」は小さなホールで演奏しても、それはそれで迫力が伝わると思うのですが、より管弦楽的ともいえる作品ですので、大きなホールにこそふさわしいと感じています。広い空間だと音に遠近感が生まれるので、おのずと弱い音から強い音までより響きが広がってゆき、表現においても、より多彩なものが実現できると思っています。これだけ大きいホールでのリサイタル開催はそうあるわけではないので、今回はそのような特性を生かせる作品を演奏したいと考えました。

――リストのソナタにも、また広い空間でこそ見出せるものがあると。

リスト自身ピアノが上手かったということもあり、ピアニスティックな大作品であることも確かですが、この作品には、私たちが通常認識している世界の枠組みを超えたものが表現されているということをつねに感じています。そして、内容的なものだけではなく、ピアノの音というものをも超越した作品であるようにも思えます。そのような意味でも、ホールの広い音響空間を活かすことで、ピアノという楽器が持つ響きを超えた何かを皆さんにお届けできるのではないかと、自分自身でもとても楽しみにしています。

前半プログラムは「夢の中にいるように」

――プログラムの冒頭はシューマンの幻想小曲集ですが、上原さんは大変シューマンがお好きで、共感できる部分も多いと。

シューマンは弾き手や聴き手が思いもよらない方向に音楽を進めてくれるので、その点がいつも新鮮です。既存の概念にとらわれず自分自身の直感的な発想や想像力であそこまで曲を発展させたということに、とても惹かれています。本当に天才だと思います。

――数多いシューマンのピアノ作品の中から幻想小曲集を選ばれた理由は。

幻想小曲集は、抜粋で有名なピースが演奏されることも多いと思うのですが、8曲全曲を通して弾くと、一つのテイストの中でいろいろな色を伴って変化してゆくのが感じられます。個人的にその点がとても素晴らしいと思っていまして、お客様には演奏会冒頭の30分を夢の中にいるような感覚で楽しんで頂けたらいいなと思っています。そうしたことで、シューマンの後に続く、リストのソナタと後半の「展覧会の絵」という二つの大曲もすんなり聴いて頂けるのではと思っています。

――リストのソナタに関しては、上原さんの中でどのように対峙すべきと考えていますか。

先ほども少し触れましたが、この作品の根底にあるものとして、人間の意識下の世界のような暗い世界を感じています。その部分があるからこそ、対称的な天上の世界というものが存在する――。というように、意識下の世界というものをイメージしながら演奏するようにしています。

長年取り組み変化してきた「展覧会の絵」 次の20年に向けて

上原彩子

上原彩子

――組曲「展覧会の絵」は2005年にソロ演奏で全曲録音もしていますね。

この作品はピアノ独奏曲の中で最も演奏した回数が多いと思います。自分自身でも  “そのまま” の自分で演奏できる部分が多いように感じていて、最も共感を覚える作品です。

――「そのままの自分で弾ける」という言葉の真意をお聞かせください。上原さんが得意とされるロシア・ピアニズム的な意味での “共鳴” というのがあるのでしょうか。

そういう意味ではなく、この作品は基本的にキャラクターピースで、私自身、昔からこのようなスタイルの作品のほうが得意でした。キャラクターピースと言っても、ロマン派の世界のように、ある種の世界観に飾られているわけではなく、シンプルに、むしろ庶民的ともいえるタッチで描き出されています。

もちろん “バーバ・ヤーガ” など現実ではない世界のキャラクターもいくつか出てきますが、それが夢の中の架空のストーリーの想像物ではなく、土着的な民話の登場人物であるというようにある程度の現実感を伴ったものであることなどからも、この作品に出合った最初の頃からすんなりと理解できて、弾きやすかったように感じています。

――早い時期からのこの作品に親しんでいたということですが。

初めて演奏した時は高校生だったのですが、最初のレッスンでは先生からのダメだしばかりでしたね(笑)。その後も先生はあまり期待していなかったみたいなのですが、本番で弾いた時に見違えるようにうまく弾いたようで、実際、弾いていて自分でもすごく楽しかったのを覚えています。あの時の感激と感動は今でも忘れられないですね。

――高校生からこの作品を演奏し続けてきて、描き出す情景や、展覧会に展示された絵画一つひとつに対する思いや情景なども、ご自身の中で変化してきていると感じますか?

曲によりますが、例えば第3曲目の「古い城」は、自分の中では随分、弾き方が変わってきたと思います。また数曲置かれている「プロムナード」の扱いに関しても、それまでは一曲一曲を独立したもののように個々に感じていました。今もそれぞれに感情は違うのですが、一つの流れの中で感じられるようになってきました。むしろ、一人の視点の中でと言ったらよいのでしょうか。

――絵画館の空間においての遠近感や、作曲者自身の視点などの距離感的な音楽表現も求められると思うのですが、その点はどのように考えていらっしゃいますか?

その点では、まさに「プロムナード」の挿入効果が大切なカギになっていて、「プロムナード」が前面に出ていることもあれば、むしろ薄っすらとした印象を与える部分もあり、作品全体をまとめる鍵はそこにあると思います。

そう考えたところで、この作品の流れの中で一つの頂点を描き出しているともいえる重要な曲は、第8曲の「カタコンベ」と、その次に配置された(第6曲目の「プロムナード」でもある)「死せる言葉による死者への呼びかけ」です。絵画を前にして、そして、作曲家自身の内面の思いや気持ちがこの二曲に端的に表されています。最後の第10曲目の「キエフの大門」も、もちろん重要ですが、私自身の中では、むしろ外に向かっていく感じと捉えています。

――”外に向かっていく” というのは ”来る未来を見つめている” という意味合いなどがあるのでしょうか

そうだと思います。

――時節柄「キエフの大門」で締め括られるこの作品をどのような思いで捉えていますか。

正直なところ、私自身は演奏する際にはその点はあまり考えませんが、今、若い学生たちを教えていて、彼らの中では戦争の話なんて遠い世界の話だったのが、今回の件で身近に感じられるようになり、日々、その変化を目の当たりにしています。ショパンの作品を演奏する際など、ポーランドがかつてロシアやドイツに追われていたというような史実を懸命に理解しようとしている彼らの姿を見て、感慨深く思っています。

――最後に、これからの20年に向けて思うことがあればお聴かせください。

今までの20年は、上手く弾けたこともあった反面、「まだ、ピアノを扱いきれてないな」と思うこともありました。ただ、いろいろな経験を重ねたことで、仲良くなれてきているような気はしていますので、あともう20年でもっと仲良くなれたらと思っています。今まで弾いた曲も、弾いたことの無い曲も、今までとは違った表現も可能になってくると思いますし、その時の年齢で感じたことが素直に音楽に出てくるような20年が過ごせたら素敵だな、と感じています。

取材・文=朝岡久美子

公演情報

デビュー20周年×ザ・シンフォニーホール開館40周年
上原彩子 プレミアム・リサイタル
 
【日程】2022年8月7日(日) 14:00開演
【会場】ザ・シンフォニーホール
【料金】全席指定 5,000円
※未就学児入場不可
 
【出演】上原彩子(ピアノ)
【プログラム】
シューマン:幻想小曲集 op.12(夕べに/飛翔/なぜ/気まぐれ/夜に/寓話/夢のもつれ/歌の終わり)
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S. 178 / R. 21
ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
 
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