新国立劇場バレエ団 広瀬碧と池田理沙子にインタビュー~「こどものためのバレエ劇場 2022」『ペンギン・カフェ』のペンギン役を踊る二人
池田理沙子(左)、広瀬碧
新国立劇場が2009年より企画する「こどものためのバレエ劇場」。2022年はデヴィッド・ビントレー振付『ペンギン・カフェ』が7月27日(水)から31日(日)まで、新国立劇場 オペラパレス(東京・初台)にて上演される。ペンギン役を演じる広瀬碧と池田理沙子に、作品の魅力や公演に寄せる想いを聞いた。
『ペンギン・カフェ』より (撮影:鹿摩隆司)
■明るく楽しいダンスの中に込められた強いメッセージ
『ペンギン・カフェ』(原題:'Still Life' at the Penguin Café)は、イギリスの振付家デヴィッド・ビントレーが1988年に発表し、現在に至るまで上演され続けている人気作だ。主人公のペンギン(オオウミガラス)をはじめ、オオツノヒツジ、カンガルーネズミ、ウーリーモンキー、ケープヤマシマウマなど、可愛らしいキャラクターが次々に登場して陽気に舞い踊るが、実は彼らは皆絶滅した、或いはしつつある動物たち。ポップな明るさの中に環境問題に対する批判的まなざしを織り込んだ本作が持つ力は、初演から30年以上経った今も色褪せない。
『ペンギン・カフェ』より (撮影:鹿摩隆司)
—— 『ペンギン・カフェ』はどのような作品でしょうか?
広瀬碧 一見すると、明るい曲に軽快なステップで、楽しくなるような踊りやシーンが多いのですが、環境破壊という深刻に考えなくてはいけない問題が題材になっていて、メッセージがしっかりと伝わってくる作品です。メッセージ性のある作品は重たい雰囲気になりがちなのですが、この『ペンギン・カフェ』は明るいシーンが多く、決して押しつけがましくないところが魅力だと思います。
広瀬碧
池田理沙子 動物のキャラクターがたくさん出てきて、小さいお子さんから大人の方まで楽しめると思います。シアタージャズやフォークダンスなど、クラシック・バレエとは異なるジャンルのダンスも登場して、特にラテンアメリカ風のカーニバルのシーンは最高潮に盛り上がります。しかし最後は雨が降るなか動物たちが逃げ惑うのですが、彼らの悲痛な叫びが聞こえてくるようで……見終わった後にズシンとくる、考えさせられる作品になっています。
池田理沙子
■ペンギンのあり方が作品の重みを左右する
新国立劇場バレエ団では、2010年の日本初上演以来、これまでに3度の上演や無観客ライブ配信を重ねてきた。今公演には、2021年からペンギン役を踊る広瀬碧、今回が初役となる池田理沙子と赤井綾乃の3名が、回替わりで出演する。
—— ペンギン役を演じる上で大切にしていることは何ですか?
池田 ウェイター姿のペンギンが佇んでいる最初のシーンと、同じく1人で佇んで動かない最後のシーンが好きで。ペンギンは、そのあり方次第で作品の重みを左右する役ですよね。
広瀬 そうですね。冒頭のカフェのシーンでペンギンが少し踊るのですが、その一瞬でいかに愛されるキャラクターになれるかが重要だと思います。(池田)理沙子ちゃんが触れたように、最後の嵐のシーンには、何も踊らずにただ立っているだけの時間が8カウントあるのですが、その姿がどう受け止められるか、つまり「助けてあげたい」と他人事ではなく受け止めてもらえるかどうかは、冒頭の印象次第なのではないでしょうか。環境問題や動物の絶滅といった重いことからは、つい目を背けたくなりますよね。でも、例えばペットのような自分の愛しい動物たちが苦しんでいる姿を見れば、多分必死になって助けようとすると思うのです。ですから踊る上では、最初のシーンはもちろん、それが後々のシーンまで繋がっていくよう、仕草やステップの見せ方を大事にしています。
池田 被り物をつけてのリハーサルはまだ始まっていないのですが、その大変さは(広瀬)碧さんから伺っています。照明の暗さもあって、横を向くと相手との距離感が掴めずにぶつかってしまうことがあるとか。早い動きの中で色々なフォーメーションを作っていくことになるので、技術的にもマスターしたいです。
『ペンギン・カフェ』より (撮影:鹿摩隆司)
■シーンが持つ意味から 動きのニュアンスを自分で創っていく
—— 振付やリハーサルの方法は、古典作品とは異なるのでしょうか?
池田 マイム的要素があるクラシック・バレエに比べると、『ペンギン・カフェ』の振付は抽象的な部分が多いかもしれません。振付を構成する動き1つ1つに意味を持たせるというよりは、全体像を見た時にその振付の持つ意味が浮かび上がってくるという感じです。例えば、このシーンは人間の無関心さを強調するためにある、というように。バレエ・ミストレスの先生方からも、シーン毎に大枠となるイメージの方を重点的に伝えられています。
広瀬 振付も、カウントに合わせて「右、左、右、合わせる、ぴょん」みたいな感じなんですよ(笑) 振りを頂く時も、実際に動きを見せてもらうというより、紙に書かれたノーテーションを見ながら、どうニュアンスを創り、ペンギンらしくするかを自分で考えていきます。形の見せ方をどんどん細かく深めていくクラシック・バレエとは対照的です。その点でこの作品は、ニュアンスを磨いていくことが大切なのだと思います。あとは、表情でしょうか。同じ被り物をつけているのに、最初は可愛く笑っているように、最後は泣いているように見える。顔の動き以外で「表情」が見えるように作っていくのも、普段とは大きく違う点ですね。
『ペンギン・カフェ』より (撮影:鹿摩隆司)
■本物のペンギンの仕草に学ぶ
—— ペンギンらしく見せるために、工夫していることはありますか?
広瀬 子どもの頃、動物番組をよく見ていたのですが、なかでもペンギンの回は印象的だったんです。振付の中にもペンギンの仕草が入っているので、これは活かせるなと思って、SNSで改めてペンギンの動画を探してその仕草を練習したりして。先ほどの「愛される動物キャラクターになる」という話にも繋がりますが、細かい部分を工夫して可愛らしいペンギン像を創ることを心がけています。
池田 私も水族館が好きでよく行っていて、特にペンギンコーナーでは長居してしまうのですが、それこそ動きに活かせるなと思ったのは、羽洗いの仕草ですね。あとは、実際振付にも出てくる直線的な動きや、膝をなるべく曲げずにぴょんぴょん跳ぶ動き、手をピッと伸ばす動きなども意識するようにしています。それだけでペンギンらしさが出て、初めて見た方にも「あ、これがペンギンなんだな」ってわかっていただける。おそらく被り物がなくても、動きで伝わるものがあるのではないかと思います。
広瀬 そうそう。振付のセンスがすごいですよね。
■振付家デヴィッド・ビントレーの持ち味が凝縮された『ペンギン・カフェ』
本作の振付家であるデヴィッド・ビントレーは、2010年から14年まで新国立劇場の舞踊芸術監督を務めた。
—— デヴィッド・ビントレーは、おふたりから見てどのような振付家でしょうか?
広瀬 昔「DANCE to the Future」[註:コンテンポラリー・ダンス作品を上演する新国立劇場バレエ団のシリーズ企画]で自分の作品を発表した時に、ビントレーさんから「あなたの作品は明るくて楽しい気持ちにさせる点がすごく良い」というフィードバックを頂いたんです。彼がよく言っていた「苦悩とかを表す作品を創る人がどうしても多いけれど、そもそも踊りは人を楽しませるものなのだから、楽しくなる作品にすることは大事」という言葉もとても印象的で。悲しいだけではなく、むしろ明るい雰囲気なのに観る者に訴えかけてくる『ペンギン・カフェ』には、ビントレーさんが話していた内容がまさに凝縮されています。40分の上演時間のうち、ほとんどは楽しい気持ちで過ごせるのに、「これから自分が変わらなくてはいけないんだ」と深く心に響くものがあり、素晴らしいと思います。
池田 私が素晴らしいと思うのは、音の使い方です。『ペンギン・カフェ』はカウントがとても複雑で難しいのですが、その音やカウントの1つ1つに全て動きが当てはめられていて、音と動きの調和が考え尽くされています。そしてそれが繋がった時に、ムーブメントとしてしっかりと現れてくるんですよね。さらに、全く違うカウントで全く違う動きをするキャラクターが同時に舞台上にいる時には、その対比が立体的に浮き出るようにできています。舞台全体を客席から見た時に、メッセージが伝わるような作りになっているのです。
広瀬 ビントレーさんがいらしていた時に、チラッと見たら、劇場の外のベンチで楽譜を見ながらずっと振りを創っていたんですよ。時には1つの音に2つ入れたり、あえて外したりと全てが計算されているから、見ていて面白いんです。
池田 だからこそ、ビントレー作品は今もこうして愛され、上演され続けているのだと思います。
『ペンギン・カフェ』より (撮影:鹿摩隆司)
■子どもの頃に印象に残った瞬間は 大人になっても残る
—— 最後に、公演を楽しみにしている子どもたちに向けてメッセージをお願いします。
池田 子どもの頃に、『白鳥の湖』で白鳥たちがワッとたくさん出てきた時の空気の綺麗さに感動したことは、今でも忘れられないですね。当時は、作品の持つ深い意味はあまりわかっていなかったと思うのですが。
広瀬 私も似たような感じで、『ラ・バヤデール』の白の場面が印象に残っています。何か「感じる」だけで、絶対に変わると思うんです。それがどのような感情だったのかは、大人になったらわかってくると思うから。だから構えずに、感じるままを純粋に楽しんでいただけたらと思います。
池田 この作品のテーマである「人間による環境破壊」は、残念ながら現在ますます加速してしまっています。この舞台が、受け取った方の意識や行動を変えていくきっかけの1つになれたらいいなと思っています。「バレエだから」とかしこまらずに、ぜひ自由に『ペンギン・カフェ』の世界をお楽しみください。
『ペンギン・カフェ』より (撮影:鹿摩隆司)
今回初の試みとして、作品上演前に専門家を迎えたトークショー「いっしょに考えよう!消えゆく生き物たちを救うには?」が開催されるほか、劇場ホワイエにて絶滅の危機に瀕した動物の剥製や模型などの展示も行われる。舞台鑑賞だけではない劇場の楽しみ方が広がる、とっておきの夏の5日間となりそうだ。
取材・文=呉宮百合香
公演情報
こどものためのバレエ劇場 2022
『ペンギン・カフェ』
Ballet for Children 2022
'Still Life' at the Penguin Café
■音楽:サイモン・ジェフス
■美術・衣裳:ヘイデン・グリフィン
■照明:ジョン・B・リード
■出演:主要キャスト→こちら
■公演期間:2022年7月27日(水)~7月31日(日)
2022年7月27日(水)12:30
2022年7月28日(木)12:30
2022年7月29日(金)12:30
2022年7月29日(金)16:00
2022年7月30日(土)12:30
2022年7月30日(土)16:00
2022年7月31日(日)12:30
2022年7月31日(日)16:00
■予定上演時間:約1時間30分(休憩含む)
■公式サイト:https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/kids-penguin-cafe/