谷桃子バレエ団 髙部尚子芸術監督に聞く~バレエ団の至宝『レ・ミゼラブル』12年振りの復元上演の想い

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2022.7.31
 (C)スタッフ・テス 谷岡秀昌

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谷桃子バレエ団 髙部尚子芸術監督

谷桃子バレエ団 髙部尚子芸術監督

谷桃子バレエ団のオリジナルバレエ『レ・ミゼラブル』が、2022年8月10日・11日、メルパルクホール東京にて、12年振りに上演される。谷桃子バレエ団の元芸術監督、故・望月則彦(1946-2013)演出・振付・選曲による作品で、2005年に初演、2010年の再演では第65回文化庁芸術祭舞踊部門大賞を受賞したバレエ団の宝だ。しかし振付家が故人となったことなどから「もう再演は不可能では」といわれていたこの作品を、バレエ団の元ダンサーにして現在芸術監督を務める髙部尚子が、このほど復元に取り組み、8月の上演へ向けて指揮を執っている。髙部芸術監督に復元への思いと見どころなどを聞いた。(文章中敬称略)


 

■「レミゼ」の時代と現代がリンク。「上演する時が来た」

――今回上演される『レ・ミゼラブル』、復元を決められたきっかけはどのようなことだったのでしょう。

この『レ・ミゼラブル』は文化庁の芸術大賞もいただいた、バレエ団にとって大切な作品ですが、望月先生も、バレエ団創設者の谷(桃子)先生も亡くなられ、長らく上演の機会を失していました。しかし近年始まったコロナ禍がもう3年ほどになり、また国内で政治を含めいろいろな問題や事件が起こったり、世界でもウクライナが侵略されたりするなど、今の時代はヴィクトル・ユーゴーが『レ・ミゼラブル』を書いた時代とリンクするものがあるなと感じていました。

というのも、『レ・ミゼラブル』の時代もコレラ菌が蔓延し、フランス革命(1789年)以後もナポレオンの台頭や王政復古、7月革命など、フランス国内では政変や動乱が絶えず、国民は苦しみ、支配する者・される者との対立もあったわけです。またユーゴーの『レ・ミゼラブル』の序文には「本書のごとき性質の訳書も、『地上に無知と悲惨とがある間は、おそらく無益ではないであろう』」(※編集注:『レ・ミゼラブル(一)』序文/岩波文庫/豊島与志雄:訳/1987(昭和62)年4月16日改版第1刷発行)というようなことが書かれており、予言のような言葉だとも感じました。そこで倉庫を調べてみたら装置も衣装も残っていたので、「これは今やるべきだ」と思い、再演を決めました。

――「時は来た」という感じですね。「再演不可能」と言われた振付などは、どのように復元されたのでしょうか。

私は現役時代、初演時と再演時のコゼット役を踊らせていただいていました。また再演時に今井智也さんがジャン・ヴァルジャンを、三木雄馬さんはジャヴェール警部を踊っているなど、望月先生がご存命中に主要なところを踊ったダンサーが数名残っていたことが大きかったです。振り起しはかなり難儀な作業で、私が映像記録から起こして、それを皆に渡し、経験者の記憶も合わせながら作って行きました。

振り起こしをする際は、芸術大賞をいただいた作品ですから先生の世界観を極力壊さずに、そのまま伝えるようにしました。ただ物語を伝えるうえで足りないところを補うために、初演と再演をそれぞれ見直しつつ、双方の良いところをミックスした感じになっています。

――監督が特にこだわったところは。

コゼットの子供時代です。初演時は子供時代のコゼットを子役が踊り、再演時は子役ではなく、小柄な若いダンサーが踊りましたが、今回、私は初演時の子役に戻しました。ジャン・ヴァルジャンとコゼットが出会う、物語的にも重要なシーンで、ここだけはやはり子供が演じた方が自然なんじゃないかと思うところがあったのです。この部分だけは本当に、私のこだわりになります。

(C)スタッフ・テス 谷岡秀昌

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■時代考証を重ねて選ばれた音楽。「曲に突き動かされる」選曲の妙

――バレエのプロモーション動画ではスメタナの「モルダウ」が使われており、この作品の独特の世界を感じました。音楽はどのように選ばれたのでしょう。

音楽は望月先生が全て選びました。この作品を振付するにあたり、望月先生、さらに衣装を担当された故・合田先生、舞台美術を担当された橋本先生は非常に綿密に時代考証をされました。音楽はそうした時代考証のなかかから選りすぐられたもので、19世紀や20世紀のクラシック音楽やジャズ、歌の付いた曲などを含め、様々な音楽が使われています。

使われている曲の中で一番有名なものの一つが、スメタナ作曲の「モルダウ」(連作交響詩『わが祖国』より第2曲『モルダウ』)ですが、望月先生はその曲を実に印象的に、戦いの場面とかぶせて使っているので非常に引き込まれるのではないかと思います。「モルダウ」とフランスの関係性に一瞬「なぜ?」と思われる人もいるかもしれませんが、でもほんとうに、マッチしているんです。

なぜなら踊っているダンサー達もそうですが、毎日お稽古をつけている私もミストレスたちも、ほんとうに「音に持っていかれる」――音に引っ張られている感じがするのです。私も現役時代、音楽に連れて行かれるように踊っていたなという記憶があります。望月先生の選曲の妙、ミュージカリティ、その才能を今、改めてひしひしと感じています。

(C)スタッフ・テス 谷岡秀昌

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■楽譜を読みながら振付。ダンサーの個性を尊重しともに創り上げた作品

――髙部監督は初演のときから踊られていたので、この作品が誕生する過程をすべてご覧になっていたかと思います。その時の特に印象に残っていることは。

望月先生は楽譜が読める方なので、スタジオに必ず楽譜を持っていらしてたんです。自分が選んだ曲の全ての楽譜をスタジオに持ち込まれて、その楽譜を見ながら振付されていた。非常に珍しいタイプの振付家だったのではないでしょうか。私も振付をしますが、音楽を聴いてあらかじめ振付を考えて、紙にかくなり覚えるなりして振付を渡すのですが、望月先生は本当に楽譜だけ持って来る。楽譜を見て「うーん」って考え、「はい、じゃこうやってみて」と。ダンサーもその雰囲気を汲み取りながら動くと「あ、それいいね」と。

だからすごく、一緒に作品をつくっているという感覚がありました。ただ先生は振りを記憶しているわけではないので、振付けられたその場で、私たちが覚えなければならなかった。翌日はさらにそこに手直しが入って作品が徐々に作られていく――そんな感じでした。

ですから自分がその役柄を踊るうえでちょっと気持ちがついて行かないという時は、生意気でしたが望月先生に「後半この気持ちになるためには、今この動きで持っていくのはむずかしい」とお伝えすると「そうか、じゃあ変えてもいいよ」と仰る。すごく心の広い先生だったなと思います。

再演のときに今井さんと三木さんが初参加しましたが、当時の彼らに合わせて作った部分もあります。彼らは今回もそれぞれの役に再挑戦しますから、再演時の振付はかなり忠実に踊られるのではないでしょうか。

――ダンサーの個性や思いも尊重してくれたのですね。髙部監督が新たに振り起した『レ・ミゼラブル』に当時を知る経験者に若いダンサーらが加わって、作品に歴史が刻まれるという感じですね。

はい。ただ経験者は4、5人ほどで、あとは初めてこの作品を踊るダンサーたちです。その新しいダンサー達が、今の時代の中で『レ・ミゼラブル』という時代ものの作品を、当時の時代感覚を思いながら踊るのはなかなか難しいでしょう。ですから今の時代ならではの実感の仕方――テレビの争いの場面や、例えば人間はピストル一発で、一瞬で命がなくなってしまうんだというようなことなど、そういう現代社会で何か感じたものを、演技に生かしてもらえればなと。「今の時代に感じることでいいんだよ」と、そういう話を毎日ダンサー達としています。

公演まであと1カ月を切りましたが、今日練習見ていて、かなりみんな自分たちで考え始めています。今までは膨大な振り付けを覚えることに終始していたのですが、自分で作り出したんですよ。いろいろ言い過ぎて演技をつけすぎてしまうのは私の悪い癖なのですが(笑)、私も「言いすぎちゃいけない」と踏みとどまっています。今日はこうやってみよう、明日はこうやってみよう、どっちがいいのかという思いはみんなにもあると思うので、そこをこの1、2週間で見ていこうと思っています。

(C)スタッフ・テス 谷岡秀昌

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■新旧噛み合う新キャスト。殻を破り「踊る役者」へさらにステップアップを

――今回のキャストは、ジャン・ヴァルジャン以外はダブルキャストが組まれています。キャスティングの際に重視したことは。

その人が持っているキャラクターや雰囲気に合わせて役を選ぶというのがありますが、私がダンサー時代に感じていたのは、そうするとどうしても演じる役が同じ役になってきてしまい、ダンサーにとってはつまらない、ということでした。私は、現役時代は常に女優同様、役によってガラッと人が変わったように見せられるダンサーを目指していた。だから私はあえて最近は、本質とはちょっと違う配役をして、演じることを通して殻を一つ破ってもらおうと思っています。「これが定番」など、こちらがイメージを当てはめちゃいけない。一度トライさせ、ダンサーらがどう表現してくるかというのを見てみたいと思い、キャスティングをしました。

ジャヴェール警部は経験者の三木さんのほか、今回初めて牧村直紀君が踊ります。とても技術力の高いダンサーで踊りは上手い。演じるという部分では、徐々に出てきた、と思っていたので満を持して、今回はかなり演じなければならないという役につけてみました。

(C)スタッフ・テス 谷岡秀昌

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コゼットは山口緋奈子さんに齊藤耀さんで、これは2人ともイメージはぴったりの配役ですが、ともに初役です。

「殻を破る」という意味での配役はファンティーヌの馳麻弥さんですね。彼女は『ドン・キホーテ』のキトリや『白鳥の湖』の黒鳥など、強い役に合うダンサーなのですが、この前の公演『ジゼル』(2022年1月)の主演のように、今回も彼女の中にはちょっとないような役をやってもらっています。

エポニーヌを演じるのは演技が達者なダンサーの竹内菜那子さん、そして初の大役を担う永倉凜さんともども、全然違うものができてくるのかなと期待しています。ですからできればぜひ、2日間ご覧いただいて、その違いも見ていただきたいですね。
 

■バレエ団の宝『レ・ミゼラブル』。伝えたい「人間の生き抜く力」

――お話を伺っていて、今回の公演はバレエ団にとって演技力・表現力の向上のさらなるステップアップを目指すものである感じもします。

はい。私は芸術監督をさせていただいた際に、バレエ団を「演劇的集団にしたい」という目標を掲げ、それをダンサーたちに言い続けてきました。古典バレエのレパートリーをたくさん持っているバレエ団ではありますが、文学作品の創作物も多く上演していきたいと思っているなかで、2021年は『オセロ』を、そして今年はこの『レ・ミゼラブル』を上演します。バレエですから踊りももちろん大切なのですが、ダンサー達にはこうした文学作品を通して、「演じる」ということをより意識してほしいなと思います。

そしてお客様には谷桃子バレエ団の公演を観たあとには、物語を見たという感想を深く持って劇場を後にしていただきたい。お客様の胸に迫るように、バレエ団全員で演じたいと思います。

私達は今回の舞台では、「無償の愛」を掴み取るために戦う人々の「命の叫び」を軸に、人間の生き抜く力を舞台の上から訴えたい、表現したいと思っています。それが何か今のこの時代に私達が言いたいことでもあるのかもしれません。それを踊りで表現して感じていただければと思います。

――ありがとうございました。楽しみにしています。

取材・文=西原朋未

公演情報

谷桃子バレエ団本公演
Les Miserables レ・ミゼラブル

<第65回 文化庁芸術祭舞踊部門大賞受賞作品>
 
■日時:2022年8月10日(水)18:00~/11日(木・祝)14:00~
■会場:メルパルクホール東京

■演出・振付・選曲:望月則彦
■芸術監督・改定振付・再演出・指導:髙部尚子
■舞台美術デザイン:橋本潔
■衣装美術:合田瀧秀

■出演
【2022年8月10日】
ジャン・ヴァルジャン:今井智也
ジャヴェール警部:三木雄馬
コゼット:山口緋奈子
ファンティーヌ:馳麻弥
マリユス:檜山和久
エポニーヌ:竹内菜那子
【2022年8月11日】
ジャン・ヴァルジャン:今井智也
ジャヴェール警部:牧村直紀
コゼット:齊藤耀
ファンティーヌ:加藤未希
マリユス:昂師吏功
エポニーヌ:永倉凜

ほか 谷桃子バレエ団

 
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