小さなコンセントの隣に、誰かの住処が―― 『Mozu アートワーク -ちいさなひみつのせかい-』鑑賞レポート
『Mozu アートワーク -ちいさなひみつのせかい-』より《こびとのベランダ》(部分) (C) MOZU STUDIOS
マルチアーティスト・Mozuをご存知だろうか? ミニチュアアーティストと言ったほうがピンと来る人が多いかもしれない。部屋のコンセントの隣にしれっと構えられた、こびとの秘密基地、駅の改札口……。彼の作品はSNSを通じて公開され、実物と見まごう精巧さとクスッと笑えるユーモアで大きな反響を呼んでいる。実は筆者も以前、SNSで流れてきた《こびとの秘密基地》の画像をひと目見て、「キャーッ!」と興奮気味にいいねを押したことをハッキリと覚えている。
『Mozu アートワーク -ちいさなひみつのせかい-』エントランス
大丸東京店11階催事場にて2022年8月9日(火)まで開催される『Mozu アートワーク -ちいさなひみつのせかい-』では、Mozuがこれまでに制作したほぼ全ての作品が一堂に展示される。ミニチュア以外にも、コマ撮りアニメーション、トリックラクガキといった遊び心溢れる作品が勢揃いだ。創作のアイデアノートや絵コンテも公開されているので、作者の脳内にググッと迫る貴重な機会となるだろう。
Mozuにインタビュー
開幕前日に開催されたメディア内覧会では、Mozu本人が登場して簡単なインタビューの場が設けられた。
Mozuこと水越清貴。会場内のフォトスポットにて、少しはにかみながらポーズしてくれた。
ーー展覧会の開催を迎え、今の気持ちはいかがですか?
僕自身が楽しみながら作っていた作品を、このような立派な場所で多くの方に見て頂けるのが半ば信じられなくて、夢のような気持ちですね。とても嬉しいです。
ーー特に見てほしい、おすすめの作品は?
全作品が大好きなのでイチオシは決められないんですが、ポスターの真ん中にもある《こびとの秘密基地》は海外でもすごくバズった作品なので、それをぜひたくさんの方に生で見ていただきたいなって思います。やっぱり、ミニチュアは画像や動画ではなく生で見るのが最高だと思うので!
ーー作品作りの中で苦労されたこともありましたか?
そうですね……。僕、結構「楽しくてしょうがない」とインタビューで言うんですけど、実際は8割ぐらいは「嫌だ」とか「もう厳しい」とか「投げ出したい」と言ってますね(笑)。どの作品でも絶対どこかに難しい箇所があって、楽しい部分だけじゃないんですよね。でも苦しくて嫌な工程っていうのも、それを乗り越えて作品を完成させて、自分が見たかったものが見られたときに全部忘れちゃって。で、また次の作品で同じ地獄に踏み込んでいって……ということの繰り返しです。
ーー反対に、どんなときが楽しいですか?
やっぱり、アイデアを思いついた瞬間がすごく楽しいです。まだ技術的な問題とかも生まれる前なので、本当に自由になんでも考えられると言うか。あとは、完成した作品をお見せして、皆さんの反応を見る時間が僕は一番好きですね。
ーーこの展覧会を見て、自分も作品作りをやってみたいな、と感じた方たちにメッセージをお願いします。
一番大事にしてほしいのは、いいものや完璧なものを作ろうというより、自分の好きなものを自分の手で再現しようって思う気持ちというか……。楽しむことが大切だと思うんですよ。やっぱり僕も、こうやって作品が作れるのは、好きなものを再現したいって気持ちがあるからこそなので。まずは、これが好きだなっていうものを見つけることが一番だと思います。
始まりは《自分の部屋》から
展示風景
それでは、展示の見どころをご紹介していこう。まず冒頭の展示室では、Mozuが高校1年生の時に初めて制作したというミニチュア作品《自分の部屋》に注目だ。
《自分の部屋》(部分) (C) MOZU STUDIOS
あまりのリアルさから「本物にしか見えない」とTwitterで話題となり、それをきっかけに、Mozuは本格的にアーティストとしてやっていくことを決意したのだという。なお、展示されている一部の作品では、キャプションのQRコードをスマホなどで読み込むことで制作過程の映像を見られるようになっている。鑑賞の際はイヤホンを持っていくのがおすすめだ。
《自分の部屋》(部分) (C) MOZU STUDIOS
窓側から見ると、まるで人の部屋を覗いているような背徳感でいっぱいになる。棚のマンガ(親近感を覚えるラインナップ!)を一冊ずつ確認していると、デスクライトに貼られた付箋のメモが目に入ってきた。
「ふんどし 逆転負け」
全く意味はわからないけれど、リアルさにニヤリとしてしまう。こういう自分にしか分からない、自分にさえ分かればいい謎のメモ……貼りますよね。
アーティスト直伝・写真撮影のコツ
Mozu曰く、ミニチュアを撮影するコツは「欲張らないこと」。
「引きで全部を入れてやろうって思うんじゃなくて、結構グッと寄って、写さないものは思い切って写さない。例えば《自分の部屋》を撮ろうとした時に、壁があるのでそんなに引いて撮れないじゃないですか? ミニチュアの中に自分が入ったらどこに立つのかって考えると、自然な写真になるのかなと。あと目線ですね。自分がこの部屋に入ったら多分目線はこれぐらいだろうな、っていうのを考えて撮ると、かなり自然になると思います。」
この話を聞く直前に、ちょうど “残念な例” の典型のような写真を撮っていたので、アドバイスを踏まえて再撮影してみた。こちらがビフォー(Before)。
《教室》 (C) MOZU STUDIOS
こちらがアフター(After)。実際に自分が教卓側に立っているつもりで撮影してみた。
《教室》(部分) (C) MOZU STUDIOS
おおっ、急に風景がいきいきとして、下校チャイムの音が聞こえてきそうな写真に! 本展では作品の撮影がOK(一部作品を除く)なので、ぜひアーティストからのアドバイスも参考にして、満足いく一枚を追求してみてほしい。やってみると、非常に燃える。
《教室》はMozuが高校3年生のまる一年をかけて完成させたという労作で、自身の学んでいた教室を細部まで丁寧に再現している。机も椅子も、ひとつひとつ微妙に色合いが異なり、誰もいなくなった放課後の一瞬をそのまま切り取ったようだ。
知られざるこびとたちの世界
展示風景
続いては、こびとシリーズの作品が並ぶコーナーへ。作品の光の表現を大事にするため、会場内は照明が落とされ、スポットライトで各作品が浮かび上がるように工夫されている。小さい子どもでもじっくり鑑賞ができるように、踏み台が設置されているのもこだわりのポイントだそう。
《こびとの階段》 (C) MOZU STUDIOS
記念すべきシリーズ第1作《こびとの階段》。当初は自宅の壁に直接制作しようと構想していたMozuだったが、家族の反対にあって壁ごと制作するスタイルに変更したのだとか。
《こびとの秘密基地》 (C) MOZU STUDIOS
そしてこちらが、Twitterで60万いいねを獲得した《こびとの秘密基地》。コンセントのカバーをパカっと開くと、驚くほどリアルな小部屋が現れる。テレビやパソコンの画面、さらに電源タップのスイッチに至るまでがチカチカと光っている。毎月の電気使用料金の一部がこうしてこびとの生活を豊かにしていることを、家主はきっと知らない。
《こびとの秘密基地》(部分) (C) MOZU STUDIOS
電子レンジの中にも、料理の入った皿がうっすらと見える。本当にここでこびとが暮らしていて、今はちょっとトイレに行っているだけ、といった風情だ。冷蔵庫の付箋は、買い物リストかな? と目を凝らすと……
「たまご 牛乳 ふんどし」
と書かれていて、思わず吹き出してしまった。
彼らの、想像以上に彩り豊かな日常
数々のこびとシリーズの中から、個人的にテンションが上がったものを、あと2作品紹介したい。まずは、駅である。
《こびとの駅》 (C) MOZU STUDIOS
人間用の駅とそっくりな看板には「MR室内 冷蔵庫前駅(南口)」の文字が。なるほど台所はコンセントが豊富だし、きっと北口もあるのだろう。
《こびとの駅》(部分) (C) MOZU STUDIOS
この作品では手前から奥に向かって緩やかな上り坂が作られており、遠近法を使って巧みにホームまでの奥行きを表現している。そして空間のリアリティもさることながら、「リビング線」「台所エクスプレス」といったネーミングにも説得力がある。こびとたちが壁の向こうの電車でビュンビュン移動している姿を想像すると愉快だ。
そしてもうひとつ。本展の展示作品の中でどれかひとつを自宅にお迎えできるとしたら、筆者は迷わずこの作品を選ぶだろう。《こびとの旅館》である。
《こびとの旅館》 (C) MOZU STUDIOS
旅館の窓辺にある、なんとも言えないくつろぎスペースを見事に再現! ちなみにあのスペースの名称は「広縁(ひろえん)」と言うらしい。
《こびとの旅館》(部分) (C) MOZU STUDIOS
壁際を覗き込むと、やっぱりあった! 貴重品入れのミニ金庫、茶棚、冷蔵庫にポット。
《こびとの旅館》(部分) (C) MOZU STUDIOS
飲みかけのドリンクに、スピードで遊んだであろうトランプのあと。左手の冷蔵庫は閉めが甘かったらしく半開きになっていて、中にスポーツドリンクがチラリと見える。温泉から戻って「あ〜冷えてない!」と笑うこびとの姿が目に浮かんでくる。
じっと眺めているうちに、旅館で過ごすときのゆるやかな時間や、布団カバーのぱりっとした質感が次々に思い起こされてうっとりしてしまった。この作品が自宅にあったら、いつでも最高の気分転換ができるだろうな、と思う。
脳バグ必至! 「トリックラクガキ」の世界
展示風景
マルチアーティスト・Mozuの才能はミニチュア作品だけにとどまらない。会場後半で出会う「トリックラクガキ」にもきっと驚かされるだろう。念を押しておくと、ここに展示されているのはすべて、ノートの落書き風に描かれた平面作品である。作品ごとに、鑑賞・撮影におすすめの角度が赤い矢印で示されている。その位置に立って写真を撮ると……
《虹》(部分) (C) MOZU STUDIOS
ノートに虹が架かった!
《立体あみだくじ》(部分) (C) MOZU STUDIOS
あみだくじが画面から垂直に飛び出して来た! これは脳みそが大混乱である。展示室で実際に作品を前にしてもそうだが、写真に撮って見るとますます立体にしか見えなくなるのが不思議だ。
《三角定規》(部分) (C) MOZU STUDIOS
こちらは2018年にSNS上で大きな話題を呼んだ《三角定規》。紙の上に、よく見る市販の三角定規が置いてあるようにしか見えないけれど、もちろんこれも平面。描き手の、唸るほどの力量を感じる作品だ。「夢中になって仕上げたので、制作時間は1時間ほど」と語っているのも驚きである。
《消しかす》 (C) MOZU STUDIOS
払っても払っても取れない、精巧に描かれた《消しかす》にも笑ってしまった。「まさか、こんなものを……」という何でもないモノを超絶技巧で描くMozuの創作の原動力は、“人を驚かせること” なのだという。西洋古典絵画でキャンバスに実物大のハエを描いたり、額縁からはみ出して見えるよう描いたりする騙し絵技法を思い出した。
そして「トリックラクガキ」に続く最後の展示室では、Mozuのアイデアノートやコマ撮りアニメ作品の数々、さらにアニメ『クレヨンしんちゃん』とのコラボ作品を見ることができる。なかでも、すべて一人で制作したというコマ撮りアニメ《故障中》は、アジア最大の映画祭である『DigiCon6』JAPAN Youth部門の最優秀賞を受賞した代表作なので要チェックだ。
すごくって、可笑しくって、愛おしい
物販コーナーには、トリックラクガキのポストカードやこびとのドアなど、魅力的なグッズが並ぶ。
ミニチュアも「トリックラクガキ」もコマ撮りアニメも、対象への愛情と見る人へのサービス精神に溢れた作品ばかりだった。テクニックに唸り、遊び心にニヤニヤして、最終的には「自分の好きなものをじっくり見つめるって、いいなあ」とほっこりする。訪れれば、きっと親しい誰かに教えたくなる展覧会である。
『Mozu アートワーク -ちいさなひみつのせかい-』は、大丸東京店 11階催事場にて、2022年8月9日(火)まで開催。その後、2022年8月11日(木・祝)から29日(月)まで、横浜高島屋ギャラリーへの巡回も予定している。この夏は小さな秘密の世界へ、お出かけしてみては。
文・撮影=小杉美香
展覧会情報
■会期:2022年7月22日(金)〜8月9日(火)
■会場:大丸東京店11階催事場
■入場時間:午前10時〜午後7時30分(午後8時閉場)※最終日は、午後5時30分まで(午後6時閉場)
■入場料(税込):一般1,300円(1,000円)、高・大学生900円(700円)、小・中学生700円(500円)、未就学児無料
※小学生以下のお客様は保護者同伴でご入場ください。
※会場内の混雑緩和のため入場制限や整理券対応を行う場合がございます。あらかじめご了承ください。
※無料招待者は、混雑状況により整理券対応やご入場いただけない場合がございます。
※株主カード、大丸松坂屋お得意様ゴールドカード、大丸お得意様ゴールドカード、松坂屋お得意様ゴールドカード、大丸松坂屋ゴールドカード、障碍者割引対象カードのお客様は、同伴者1名様まで無料
展覧会情報
■入場時間:午前10時~午後6時30分(午後7時閉場)
※最終日は午後4時30分まで(午後5時閉場)
■会 場:横浜高島屋ギャラリー<8階>
■主 催:「Mozuアートワーク -ちいさなひみつのせかい-」横浜実行委員会
■監 修:MOZU STUDIOS
■企画制作: サンライズプロモーション東京
■運営協力:「Mozuアートワーク -ちいさなひみつのせかい-」制作委員会
■公式サイト: https://mozu-exhibition.com/
■入場料〈税込〉:一般1,000円 大学・高校生800円 中学生以下無料
※事前日時予約ができる前売券はイープラスにて、 6月11日(土)から8月28日(日)までお求めいただけます。
※会場の混雑状況により入場制限をさせていただく場合がございます。
※本展は障害者手帳デジタル障害者手帳をご提示いただいたご本人様、 ならびに、 ご同伴者1名様までの入場無料とさせていただきます。
※安全のため、 小学生以下のお子さまは必ず保護者の方同伴でご入場ください。