人生や運命、複雑な人間の心情を超えたその先へ~二都市リサイタルを控えるピアニスト・髙木竜馬にロングインタビュー
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音楽を通して伝えるメッセージ
――後半はラフマニノフの前奏曲「鐘」から始まります。ラフマニノフは多くの作品の中で鐘の音のモチーフを多用していますが、髙木さんは“鐘”というのはロシア人にとって何を象徴するものだと思いますか?
ヨーロッパ的な視点ですと、一般的に鐘は街や故郷を象徴するものですし、生活にリンクしているものです。ただ、もう一つ深い意味で、宗教的には現世とあの世を結ぶ象徴的なものなのかもしれないとも感じています。そう考えると、このラフマニノフの作品自体も、とてもシンプルなものですが、弾き重ねていけばいくほど本当に深い曲に感じられます。
後半部分のドラマティックな箇所や技巧的な部分においては、若き日のラフマニノフの「聴衆を熱狂させたい」「世に出たい」という野心や強い意欲のようなものも感じられます。もう一つ、重厚な和音が続くという意味では、前半のプログラムで演奏するブラームスの終曲となる4曲目にテクスチャーが良く似ているので、休憩を隔ててもどこかリンクしているというのを感じながら第二部も続いて聴いて頂けると嬉しいですね。
――そして、この後、ラフマニノフの小曲が数曲入って、最後は プロコフィエフの「戦争ソナタ 第7番」です。昨今の世情を踏まえてこの作品を演奏してみたいという思いが芽生えたのでしょうか?
個人的には、プログラミングに政治的な要素を過度に投影するのはどうなのかなという気持ちはあります。音楽を通して何か政治的なメッセージを届けることが大切な場面も、もちろんあるかもしれませんが、バランスや節度を保つことは大切だと思っています。もちろん、ロシアとウクライナが戦争しているこの現状を全く見据えていないわけではないのですが、今回のプログラムにおいてそこだけにフォーカスするつもりはありません。
――現在髙木さんが師事している先生のお一人はロシア出身のペトルシャンスキー先生ですが、この作品についてはどのようなアドバイスがありましたか?
この作品はソナタといえども、標題に “戦争” というタイトルがついていますので、文字通り戦場のシーンを模写している部分があります。なので、先生からは、これはもちろんごく一部の例ですが「この箇所はミサイルや爆弾が落ちたように弾かなくてはいけない」というような指示を多数頂きました。ただ、それも「どのようなタッチ、どのような強弱を持って表現するのか」ということから始まって「それは決してただのフォルテであってはならない。それは亡くなった人々の悲痛な叫びであり、そこにあえて不協和音をぶつけることの意義を考えなさい」と言うように具体的なアドバイスを頂きながら考えを深めていくことができました。このように新たな解釈の可能性というものをたくさん示唆して頂いて、レッスンに行くたびに新たな世界が広がっていくようでした。
複雑な要素が絡み合う、人間の心情のその先へ
――髙木さん自身としてはこの作品全体を通して何を最も伝えたいですか?
このような戦争をテーマ的に扱った作品はどのような視点から描くかによって、時にはプロパガンダ的に用いられてしまう要素や危険性も孕(はら)んでいるのですが、この作品に関しては、私自身、プロコフィエフが感じた戦争の惨状がリアルに描かれているように感じています。
ただ、その中でも、例えば第3楽章の機械的にも近い打楽器的なメカニズムは、人間と機械の争いというのでしょうか、戦車なのか戦闘機なのか銃なのかわかりませんが、無機質なものと人間という有機物の“争い”や“闘い”、それは、もしかしたら “共存” なのかもしれませんし、少なくとも対立する二つものが象徴的に描き出されているようにも感じられます。
この二元的な対立はこの作品を通してどの楽章においても描かれていて、特に第2楽章では、人間の最も深い部分にある悲しみを抉り出しています。戦場で、もし自分が引き金を引かなかったら自らが殺されるわけですし、家族もその悲しみを背負うことになる。しかし、引き金を引いてしまえば、即座に相手に同様の悲しみを与えることを意味します。このように、この作品には戦争という惨状の中に生きている人間が抱く相反する(アンビバレントな)感情がリアルに描かれているように思えるのです。
この曲を聴いて何を感じるのか、どのようなメッセージを受け取るのかというのは人それぞれだと思いますし、戦争というものをどのように受け止めるのかということも含め、この曲は、その余地がとても広いように思えます。そのような意味では、複雑な要素が絡みあった人間の心情を超えたその先にあるものに迫っていけるような演奏ができたらと思っています。
――その文脈の中で、第三楽章は、ある種、壮大な盛り上がりの中で終結します。
私自身としては、プロコフィエフは、ある種、運命に抗って勝利したのではないのかという風に受け止めています。戦争そのものに勝利したというよりも、彼自身が闘っていた ≪個人的な運命に打ち勝った!≫ というような前向きな大きなエネルギーを秘めたものを感じます。
――その思いの中でプログラムを締めくくるというのは大きな意義がありそうですね。
リサイタルを行う際、1曲目には少し静かな内向的な作品を選ぶのが私自身のポリシーとしたら、プログラムの最後は華やかにポジティブなメッセージやエネルギーを伝え、少しでも前向きになってもらえるようなメッセージを残して演奏会を締めくくりたいという思いがあります。この作品を通して少しでもポジティブなエネルギーを客席にお送りできたらいいですね。
――それにしても精神的には重量級の内容ですね。
一つのプログラムの流れの中で様々な国の作曲家の作品を行き来するのは意外と難しいですね。精神が分離するというと大げさかもしれませんが、私自身、一曲ずつ分断されるような感覚を抱いてしまう傾向があるので、今回はその点にどう対峙してゆくのか、という点は興味深くもあり、挑戦でもあると思っています。
――では、最後にファンの皆さんにメッセージをお願いします。
今、この瞬間だからこそ実現できる演奏をしたいと思っています。ベストなものをお届けできるよう、日々解釈を深め準備しています。一口に “深淵” といっても万華鏡のようにいろいろな世界が広がっていくように感じていますので、少しでも多くの皆様にお越し頂けたら嬉しく思っています。
リサイタルというのは作曲家たちの世界観を私自身のフィルターを通してお届けする場という側面もありますので、今、自分自身が弾きたい曲を選んでプログラミングしました。それらの作品をお客様に聴いて頂けること、しかも、こんなに素晴らしい二つのホールで演奏させて頂けることを、とても嬉しく楽しみにしています。
取材・文=朝岡久美子 撮影=中田智章
公演情報
日程:2023年3月11日(土)13:30 開場 14:00 開演
会場:あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール
日程:2023年3月17日(金)13:15 開場 14:00 開演
会場:紀尾井ホール
※未就学児のご入場はご遠慮願います。
主催:イープラス