ロイヤル・バレエ『うたかたの恋-マイヤリング-』主演の平野亮一が語る、傑作ドラマの真価~英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズンにて映画館上映
Ryoichi Hirano ©Johan Persson, 2020
英国ロイヤル・オペラ・ハウスの直近のオペラ&バレエを映画館で堪能できる「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2022/23」の一環として、ロイヤル・バレエ『うたかたの恋 -マイヤリング-』が2022年12月16日(金)よりTOHOシネマズ日本橋ほか全国公開される。
同作は19世紀末に実際に起きたオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子ルドルフが、17歳の愛人マリー・ヴェッツェラと心中したマイヤリング事件に想を得ている。この事件は『うたかたの恋』という題名で2度映画化され、オードリー・ヘップバーン主演でテレビ映画化もされた。ルドルフの母エリザベート皇妃が主人公でルドルフも登場するミュージカル『エリザベート』も名高く、2023年新春には宝塚歌劇団花組がミュージカル『うたかたの恋』を上演予定だ。
世界中の人々を長らく魅了する題材であるが、ロイヤル・バレエ団によるケネス・マクミランの傑作バレエ(1978年初演)も見逃せない。今回上映される映像は2022年10月5日、新シーズン初日を飾る舞台を収録。主役のルドルフを演じたプリンシパル(最高位)の平野亮一に、役作りで心がけたことやマクミラン作品の魅力、名門の中核として踊る現在の心境を聞いた。
■ルドルフの「感情」を繊細かつ大胆に 役作りのこだわりとは?
――シーズン初日を飾る大舞台で、映画館上映される映像収録が行われた公演でもありました。踊り終えた時の率直な気持ちは?
平野亮一(以下、平野):本当に疲れと安心感と達成感でいっぱいでした。拍手・歓声がミックスジュースのようになって聞こえてきました。僕がブレンダーになって体の中で一緒になっているような感じでしたね。
Mayerling ©2018 ROH. Ph by Helen Maybanks
――映像を拝見しました。平野さんが演じた皇太子ルドルフはエモーショナルではありますが「狂気」や「苦悩」を過剰に強調してはいないと感じました。妻のステファニー王女や愛人たち、母親である皇妃エリザベートらとの愛が実らず次第に精神を病んでいく様子が自然に伝わりました。物語や役柄を解釈して踊るに際し、どこにこだわりましたか?
平野:役作りは好きな時間のひとつです。ルドルフには「怖い」「悪者」というイメージもありますが、僕は彼を可哀そうだとも思うんです。そういうふうに育てられた被害者でもあるんじゃないかなと。人間は皆さまざま感情を持っていますが、ルドルフはその波が激しいだけではないかと。最初からやんちゃな不良青年ではないし喧嘩腰ではありません。僕はそれを見せたかったんです。第1幕最後のステファニーとの場面は暴力的ですが、全部が全部その感情だったならば、そこは際立たないでしょう。ルドルフを演じるにあたって、コントラストがあると見え方が違ってくると思うので、さまざまな感情を付け加えてスパイスにしました。
気を付けたのは、次のシーンにいく時の感情のきっかけを見せたいということでした。なぜこういう感情になっているのか。何がきっかけでこの感情が次の感情に入っていくのか。一シーンの感情を表すのではなくて、シーンとシーンのその間にあるきっかけを見せたかったんです。
Ryoichi Hirano as Crown Prince Rudolf in Mayerling ©2018 ROH. Ph by Helen Maybanks
――6人のバレリーナとパ・ド・ドゥ(2人での踊り)があります。何を大事にしましたか?
平野:サポートは安全でないと駄目です。ステファニーとパ・ド・ドゥや最後のマリーとのパ・ド・ドゥはアクロバティックなので、お互いの安全が大切です。安全にしながらどこまでバイオレントな演技ができるか。これは演技なんです。だから本当にやってしまって演技ではなくなると、怪我をしたりアクシデントが起こったりする確率が高くなると思うんですよ。なので、どこまで安全に、正確に、なおかつどうすれば効果的に見えるのか。先ほどお話しした感情のコントラストにも通じますが、弱を見せると強が強調される。そういう心理も考えていきます。安全を大切にして、相手のことをしっかりと理解し感じることを僕は大切にしています。
Natalia Osipova as Mary Vetsera and Ryoichi Hirano as Crown Prince Rudolf in Mayerling ©2018 ROH. Ph by Helen Maybanks
■「伝統」こそが強み ロイヤル・バレエでマクミラン作品を踊る誇り
――ルドルフは、死への甘美な憧れを持つ若い女性マリー・ヴェッツェラに惹かれていきます。今回マリーを演じたナタリア・オシポワとの共演で感じたことは?
平野:彼女の演技力を評価しています。はっちゃかめっちゃかに見える時もあるかもしれませんが、結構考えて演技しているんですね。彼女と踊っていて楽しいのは、一回一回の演技が違うこと。僕も凄くやりやすく楽しいですし、向こうも楽しんでくれているんじゃないかな。彼女も僕を信頼してくれているので、身を投げるようにパ・ド・ドゥができました。
Artists of The Royal Ballet in Mayerling, The Royal Ballet ©2018 ROH. Ph by Helen Maybanks
――振付指導はつい最近までプリンシパルを務めていたエドワード・ワトソンでした。彼はルドルフを当たり役にしていました。どのような助言を受けましたか?
平野:エドワードは自分が思うルドルフと違った解釈をしていました。本当にちょっとした一瞬の感情、ピンポイントの部分なのですが。でも彼のやり方が面白いなと思って付け加えたりもしました。エドワードは「自分と同じようにしろ」とは言いません。ちょっとしたアイデアがあるみたいな感じで「こういう考え方もあるよ」と言ってくれるんです。僕の消化力を信頼してくれていたので、アイデアをもらったあとは任せてくれました。それでもまだ伝わらないと「もう一度違うようにやってみたら?」と言ってくれて、それをやってると「それ!」という感じになるんです。そうしたやりとりが今回よかったのだと思います。
Artists of The Royal Ballet in Mayerling, The Royal Ballet ©2018 ROH. Ph by Helen Maybanks
――今年はマクミラン没後30年です。『うたかたの恋 -マイヤリング-』をロイヤル・バレエと同時期にパリ・オペラ座バレエ団が初めて上演したことが話題になりました。ほかにもウィーン国立バレエ団、ハンガリー国立バレエ団、ポーランド国立バレエ団、シュツットガルト・バレエ団などのレパートリーに入っています。『ロミオとジュリエット』『マノン』に比肩するマクミランの大作という評価がいよいよ高まってきた感もありますが、本家だからこそ「ここは負けない!」と自信を持って言える点はありますか?
平野:僕たちには何年も何年も何年も『うたかたの恋 -マイヤリング-』を受け継いできた伝統があります。ルドルフを初演したデイヴィット・ウォールが次の時代の人に渡して、その人がまた下の人に教えてというように伝えてきました。伝統が続いているんですよね。バレエ団としての経験と情報量が違います。クリストファー・サウンダース(プリンシパル・キャラクター・アーティスト)はマクミランが健在だったころからバレエ団にいた一人ですし、エリザベス・マクゴリアン(プリンシパル・キャラクター・アーティスト)はマクミランと何十年も仕事をしてきた人です。そういう人たちが周りにいて学べることがいっぱいあるのは本当にラッキーです。
Ryoichi Hirano as Crown Prince Rudolf and Sarah Lamb as Marie Larisch in Mayerling ©2018 ROH. Ph by Helen Maybanks
■「言葉を使わない演劇」「ドラマを、演技を味わってほしい」
――ロンドンで絶賛され「一世一代の名演」と堂々銘打って日本公開されます。日本の観客・ファンの皆様に向けてメッセージをお願いします。
平野:『うたかたの恋 -マイヤリング-』はバレエですが、ダンスアクト、バレエアクトといっていい作品です。言葉を使わない演劇なので、ドラマを、演技を味わってほしいですね。ボディランゲージだからこそ伝えることができるというか、言葉では伝えることができない繊細な部分が伝えられるんじゃないかなと思います。神経を鋭くしてご覧いただきたいですね。
――今シーズンは年末年始の『くるみ割り人形』の後も多彩なラインナップが続きます。そして2023年6月~7月には「英国ロイヤル・バレエ団2023年日本公演」が東京・大阪で行われ、4年ぶりにカンパニーとして来日予定です。目標・抱負をお聞かせください。
平野:体には気を付けたいです。体が第一というのは毎シーズンのモットーではありますね。それから一つひとつの舞台を大切にしていきたいです。僕は39歳、引退が近くなってきている年齢になりました。舞台数も数少なくなってくると思うので、ロイヤル・バレエの舞台に立てる時間を大切にしたいですね。無駄にはできないので、思い切って踊りたいと思っています。
Mayerling cinema trailer 2022 (The Royal Ballet)
取材・文=高橋森彦
上映情報
ロイヤル・バレエ『うたかたの恋‐マイヤリング‐』
オーストリア=ハンガリー帝国皇太子ルドルフと、ベルギーのステファニー王女との結婚を祝う舞踏会が華々しく開かれるが、ルドルフは新妻ではなく、その妹ルイーズに魅かれたそぶりを見せる。宴の後、ルドルフは元愛人のラリッシュ伯爵夫人に、ヴェッツェラ男爵夫人とその娘、マリーを紹介される。そこへ割り込んできたルドルフの友人の高官たちが、滔々とハンガリーの分離独立運動について囁く。ルドルフは政略結婚した妻ステファニーを愛しておらず、母、皇后エリザベートに同情を引いてもらおうとするが拒絶される。初夜のベッドでルドルフは新妻を拳銃と骸骨で脅す。
妻を伴って居酒屋に気晴らしに出かけたルドルフは、なじみの高級娼婦ミッツィー・カスパーに心中を持ちかけるが拒絶される。父、皇帝フランツ・ヨーゼフの誕生日の宴で、エリザベートと愛人ベイ・ミドルトンの様子を苦々しく思い、マリーと初めて二人きりで過ごす。狩猟場での誤射事件で人を死なせてしまい、あやうく母にも弾丸を当てそうになったルドルフは、マリーに心中を持ちかけたところ、マリーは愛と死の甘い幻想に魅せられ同意する。マイヤリングの狩猟小屋で最後に激しく愛を交わした二人は、破滅へと突き進んでいく。
【音楽】フランツ・リスト
【美術】ニコラス・ジョージアディス
【指揮】クン・ケセルズ
【出演】
ルドルフ皇太子(オーストリア・ハンガリー帝国皇太子):平野亮一
マリー・ヴェッツェラ(ルドルフの愛人) ナタリア・オシポワ
ラリッシュ伯爵夫人(エリザべート皇妃の侍女でルドルフの元愛人):ラウラ・モレ―ラ
皇妃エリザベート(ルドルフの母):イツィアール・メンディザバル
ステファニー王女(ルドルフの妻) フランチェスカ・ヘイワード
ミッツィー・カスパー(高級娼婦でルドルフの愛人):マリアネラ・ヌニェス
ブラットフィッシュ(ルドルフのお気に入りの御者):アクリ瑠嘉
フランツ・ヨーゼフ皇帝(ルドルフの父):クリストファー・サウンダース
ベイ・ミドルトン(エリザベート皇妃の愛人):ギャリー・エイヴィス
ハンガリー将校:リース・クラーク、カルヴィン・リチャードソン、ニコル・エドモンズ、レオ・ディクソン
【上映時間】3時間23分
※上映時間について、公開日が近づきましたら上映劇場へ直接お問い合わせ下さい。
宮城フォーラム仙台2022/12/16(金)~2022/12/22(木)
東京TOHOシネマズ 日本橋2022/12/16(金)~2022/12/22(木)
東京イオンシネマ シアタス調布2022/12/16(金)~2022/12/22(木)
千葉TOHOシネマズ 流山おおたかの森2022/12/16(金)~2022/12/22(木)
神奈川TOHOシネマズ ららぽーと横浜2022/12/16(金)~2022/12/22(木)
愛知ミッドランドスクエア シネマ2022/12/16(金)~2022/12/22(木)
京都イオンシネマ 京都桂川2022/12/16(金)~2022/12/22(木)
大阪大阪ステーションシティシネマ2022/12/16(金)~2022/12/22(木)
兵庫TOHOシネマズ 西宮OS2022/12/16(金)~2022/12/22(木)
福岡中洲大洋映画劇場2022/12/16(金)~2022/12/22(木)
【配給】東宝東和