「否定するより受け入れたい」シンガーソングライター・みらんの変化、届けたい歌ーー新曲「レモンの木」を経て、叶えたい夢

インタビュー
音楽
2023.2.8
みらん

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情景が浮かぶメロディー。なにげない日常の風景が美しく見えて、やりどころのない切なさや焦燥すらも愛おしく感じさせてくれる歌詞。そしてモヤがかかった心に寄り添っては、晴らしてくれるあたたかさが、シンガーソングライター・みらんの歌にはある。そんな彼女の真骨頂ともいえる新曲「レモンの木」が昨年12月にリリースされた。歌詞世界の暮らしと心象描写に共感せずにはいられない、壮美なバラードとなっている。本作ではみらん本人がガッドギターを弾き、 バイオリンにHomecomingsの楽曲等への参加でも知られる安田つぐみを迎え入れ、 前作「夏の僕にも」同様に久米雄介がプロデュースを担当。今月からは本作を引っ提げたライブツアー『星を飛ばす』が、2月10日(金)に名古屋・KDハポン(w/秋山璃月)、11日(土)に京都・UrBANGUILD(w/リコ(ヤユヨ))、3月3日(金)に東京・月見ル君想フ(ゲストあり)で開催される。


今回のインタビューでは、活動開始から約5年の間での変化を紐解きながら、本作の制作過程や今後の展望について話を訊いた。彼女は今、何を感じとり、歌に昇華しているのだろうか。そこには、彼女の描く「私/僕」と「君」のように、込み上げる感情と折り合いをつけながらも、ひとりではなく誰かと関わることで生まれる可能性、そしてそのバランスを保つことでえられる平穏や地平線のような広がりに希望を感じているように思えた。ぜひ楽曲を聴きながら、そしてライブで彼女の歌を目の当たりにしながら、自分自身の経験や感情と照らし合わせてみてほしい。きっと晴れやかな気持ちで、次に向かう活力が湧いてくるはず。

みらん

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ーー初めてみらんさんのライブを観たのは、2019年あたりで。1999年生まれなので、その頃は20歳でしたよね。そもそもライブ活動はいつ頃から始めたのですか?

高校を卒業してからなので、18歳です。在学中に竹原ピストルさんのライブを観て、感動して「私も弾き語りをしたい」と思ったことがキッカケでした。その頃は実家が兵庫県の宝塚だったので、よく神戸のVARIT.にThe Songbardsを観に行っていたんですけど、その頃からオリジナルの楽曲を作っていたので、ライブハウスのスタッフの方に「歌いたいです」と伝えて出してもらうことに。なので初めてのライブハウスでのライブはVARIT.でした。たまに記事などで「神戸発」と書かれていたり、今も神戸在住というプロフィールになっていることもあるんですけど、よく神戸に出ていた当時のイメージがあるからだと思います。

ーーそれから数えて約5年、最近ではメディアでもよく見かけるようになりました。昨年の3月には、映画『愛なのに』(監督・城定秀夫、脚本・今泉力哉)の主題歌として、プロデューサーに曽我部恵一さんを迎えた「低い飛行機」が起用され、同曲を含む2ndアルバム『Ducky』が初めて全国リリースされたり。活動の幅がグッと広がりましたね。

NOTTというレーベルにお世話になりはじめてから、いろいろな方面で活動させていただけるようになったと思います。1stアルバムの『帆風』まではずっとひとりで活動してきて、宅録してリリースしてもどう広げていけばいいのか分からず……。リリースツアーとかもしていなかったから、反響とかもあまりわからないまま、リリースして終わり、みたいな。だけど、NOTTの方が声をかけてくれたことで、一気に新しい活動がスタートしたような感じがします。

ーーレーベルとの出会いのキッカケというのは?

大阪のLive&kitchen 歌う魚によく出ているんですけど、そこのブッキングしている方と今のマネージャーがつながっていて、SNSで知ってくれたのか声をかけてくれて。

ーー今まで全てひとりでやってきた分、他のことなど任せられると楽曲作りに集中できるようになったり変化はありましたか?

いままでよりも曲を作るようになりましたね。ひとりだとそこまで曲作りをしようとは思わないタイプで。『帆風』もコロナ禍で外に出れなくてほかにできることがないから作れたところもあるので、「次はこういう曲を出したらいいんじゃない?」とどんどん言って後押ししてくれるから助かっていますね。

ーー意外ですね。みらんさんの楽曲は、日常の中で浮かんでくるモヤモヤした感情だとか、逃したくないキラキラした情景が詰まっているものばかりだと思っていて。日々そういった感情や景色を歌わずにはいられないような、原動力があってどんどん曲作りをしてきたタイプなのかなと思っていました。

そうでもないんですよね。もちろん生活している中で、溜まっていくような気持ちはあるんですけど、私の中で音楽はその気持ちを昇華するひとつの方法で、美味しいご飯を食べて発散したりすることもあるんですよね。だから、ひとりだと音楽じゃない方法に、溜めてきたものを出しちゃうことがあるので、しっかり溜まってきたなというところで、タイミングよく促してくれる人がいると、音楽に注いでみようかなと思えるんです。

ーーSNSでよく、美味しそうにビール飲んでる姿をアップしているのも、ひとつのアウトプット(発散)だったのですね。

そうなんです(笑)。

みらん

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ーーそれというのは、VARIT.に「ライブがしたい!」と飛び込んだ頃とは、やはり音楽へのモチベーションが少し変化してきたからでしょうか?

弾き語りを始めた頃は、ライブがしたくて、そのために曲を作っていたんだと思います。だけど、徐々にライブが活動のベースになって、定期的に出演したり声をかけてもらえるようになって。今度はそのライブでどういう姿を見せていくのかとか、お客さんの反応を気にしたり、いろいろなことを考えながら曲作りをするようになりました。なので、その頃とは違っているし、今までずっとアプローチは変化し続けていると思います。

ーー変化を続けてきた中で、特に今のスタイルにつながる曲作りのターニングポイントのようなものはありましたか?

『帆風』もその後に出したEP「モモイロペリカンと遊んだ日」も宅録しているんですけど、どうしても作りたい音に対して限界を感じるようになったんですね。生音のドラムを入れたいなとか、当然ひとりで全部ができるわけじゃないから。それからバンドメンバーでレコーディングをしようとなったあたりから、バンドでの音作りを考えるようになってから曲作りが変わったと思います。

ーー弾き語りのみらんさんも、シュウタネギさん(WANG GUNG BAND、ex.バレーボウイズ)の演奏で歌うみらんさんもとても魅力的ですが、バンドセットで歌っている時はとにかく楽しそうですよね。

周りに人がいると、身を任せられたり、手が空くから動きとかも開放的になるので、その楽しさはあるかもしれない。単純にステージに立っているだけでも、お客さんの目の散らばり方もあるから。やっぱりひとりだとステージに出た時にドキッとするんですよ。みんなの視線が自分だけに注がれるので。なので空気もぜんぜん違うのもあると思います。

ーー安心感もあったり、出せる音の幅も広がりますしね。あと、個人的には歌い方の変化も感じていて。初めてライブを観た時は、まだ活動を始められた頃だと思うのですが、歌がすごくエモーショナルでなにかを燃やしているような、こんなに声が出るんだという印象でした。それはもう圧倒されるぐらい。

たしかに(笑)。

ーーそれが、最近は流れるような繊細さや柔らかさであったり、曲によって押し引きのある展開が印象的でした。それは意識的に変えていった部分でしょうか?

最初の頃は、自分の思いが詰まりすぎた曲が多かったので、どうしてもそうなってしまっていたところがあるんだと思います。最近はいろいろな歌い方だったり、曲に寄り添ってみたり、その曲の雰囲気に合わせて歌うようには意識していますね。

ーー今回の久米さんのように、プロデューサーを迎えられるようになっての変化でしょうか?

そうですね。自分が持っていない引き出しを出してくれるから、それがおもしろくて。私が弾き語りでつくってイメージを共有してから、一緒にいろんな音を入れていくと自分の曲が「こういう表情も見せられるんだ」という発見があるんです。今までは自分の意思を込めて100%で歌っていたけど、最近は歌う曲に導いてもらっている感じがある。ライブの途中でも「今日はこんな感じなんや」と変化していくのがとても楽しいです。なので、ライブで聴いてくれている人にも、そういう変化を感じてほしいなと思っています。

みらん

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ーー前作「夏の僕にも」同様に、今回も久米さんをプロデューサーに迎えられた決め手というのは?

今後も見通しつつお願いさせていただいて、ひとまず「夏の僕にも」が完成して、実は同じタイミングでまだ出してない曲もあるんですね。その2曲どちらもすごく楽しくて、つくるたびに前向きな気持ちになれるというのがあって今回もお願いしました。

ーーその楽しさというのは、具体的にどういったところでしょう?

久米さんのお家にセットが全部あるので、デモとかはそこでつくるんですね。年も離れているから友達という感じでもないし、ふたりともめっちゃ仲がいいというわけでもない。だけど「いいものをつくろう」というテンションは同じで。そのテンション感と関係性が、絶妙なバランスを保っているところが良い感じなんです。つくっていると、アイディアがどんどん出てくるんですけど、お互いが出しすぎず、ちょうどいいところでトン、トン、と出していく。そのコミュニケーションがすごく楽しい(笑)。

ーー可能性が広がるだけでなく、絶妙なバランスと安心感があるのですね。バンド編成の楽しさのお話とも少しリンクしますね。そういった中で、「レモンの木」はどういったところからスタートしたのでしょうか?

実はこの曲は「夏の僕にも」より前に、家でゴロゴロしていた時にワンフレーズぐらい作っていて。その中では「レモン」という言葉は登場してなかったんですけど、「いい曲になりそう」と思ったので少しずつつくっていこうとおいておいたんです。「夏の僕にも」が先に完成して、しばらくしてレモンの旬が冬だという発見があったんです。最初はふたりの暮らしみたいなものを、この曲で表せたらいいなと思いつつ、ひとつキーワードになるような言葉があれば、もっと聴いている人が曲を掴めそうだなと思っていて。フレーズをメモに溜めていて、それを見ながらつくっている時にその発見があって、キーワードとして「レモンの木」がそこにハマってコレだと。ちょうど冬もシングルを出せたらと話していたので、寝かしていたこの曲を完成させました。

ーー聴くと「夏の僕にも」と合わせて1枚にまとまっていても不思議ではない、フィット感がありますよね。どちらも久米さんがプロデュースしていることだったり、「レモンの旬は夏」と勝手に思い込んでいたのでしっくりくるのかと思っていたのですが、この2曲の地続きな印象は同時期に作られていたというのもあったわけですね。その時のみらんさんが感じていたことだったり、描きたいテーマが繋がっているというか。

たしかに、そうかも。

みらん

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ーー歌詞については今までの楽曲よりも、いろいろな感情を受け入れていこうとする姿勢や歩幅を合わせていく寄り添い方が、大人になったといいますか……円熟しているような印象を受けました。

最近の曲は、答えはないし私も言いたいことはあるけど、折り合いをつけていくという歌詞になっていると思います。いろんな人がいて、いろんな意見があるから、私はこうだと歌ったり、否定するよりも受け入れたいなとより強く思うようになって。

ーーそういう考え方は、なにかキッカケがあってですか?

活動している中で、いろんな人と出会ったことが大きいかもしれません。みんな悪い人じゃないし、いろんな立場があって。だけど音楽は1曲にしないといけなくて、その1曲でいろんな人に聴いてもらうためにはどうするのかを考えると、偏りすぎないようにしようと意識するようになりました。

ーー歌詞もバランスをとりながら微調整していくと。

めっちゃ見直して、細かいところまで変えていきますね。メロディーはストーンと最後までつくれるんですけど、歌詞はできたと思ってから何回も、言葉のニュアンスとか見直す作業をしています。

ーーこの言葉で誰かを傷つけるんじゃないかとか?

というよりも、ちょっとニュアンスを変えるだけで、こっちの人にも届けられるんじゃないかなとか、そういう可能性ですね。

ーーいろいろあって、<たてる寝息 外の雨と相まって朝方 これ以上求めない>という美しい、落とし所がすごく納得できました。自分にも共感できるなと感じさせてもらえたり。

伝わってうれしいです(笑)。落とし所を最後につくるのは、クセですね。まとめたがってしまうんです。1曲の中で最後はまとめて、次に取り掛かるクセです。

みらん

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ーーさて、リリースを経て名古屋、京都、東京でライブが開催されますがツアー『星を飛ばす』のこのタイトルはどこから着想を?

いまつくっている曲とリンクしていたり、夏の僕にもで<目星をつける>という歌詞のようなイメージで、私の持っているものをピッと、観にきてくれた人たちに、小さいキラキラを飛ばしたいなという思いでつけました。名古屋は秋山璃月くんと、京都はリコちゃん(ヤユヨ)と同じ年のゲストを招いて、東京もゲストが決まっています。新曲もたくさん披露するのでぜひはじめましてのみなさんにもライブを見ていただけたらうれしいです。

ーー最後にツアーを経て、これからの活動の展望もお聞かせください。

弾き語りで全国いろいろなところに行きたいなという思いはあります。まだ関西と東京、名古屋でしかライブをしたことがなくて。九州の方からもSNSで「来てください!」と言っていただけていたりするので、いろんなところに行きたい。今回はまだまだ叶わなかったので、これからどんどんいろんなところに行けるように頑張りたいですね。韓国語の「개냥이 」「얼마?」という曲も出しているので、韓国にもライブで行ってみたりしたいな。(「개냥이 」「얼마?」は、みらんと同じく韓国にルーツをもつ、猫戦のボーカル・美桜と「美桜 美藍」名義でリリースした楽曲)

ーー全国だけでなく、海外でもライブをするとまた曲づくりの可能性も広がっていきそうですね。

そうなんですよね。ライブ活動を本格的に始めた頃にコロナ禍になったので、そもそもいろいろなところでライブをするという考え方があんまりなくて。私は曲にも外の景色をたくさんとりいれたい方だから、またより世界を広げていけると思っています。だからこれからはもっといろいろなところに行けるように頑張りたいです!

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取材・文=大西健斗 撮影=ハヤシマコ


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