色彩豊かな舞台に悪人ばかり! 松本幸四郎が挑む40年ぶりの足利義教~『花の御所始末』取材会レポート
『花の御所始末』主演の松本幸四郎。ポスターの撮影・題字は荒木経惟。
2023年3月3日(金)から26日(日)まで歌舞伎座で上演される『花の御所始末(はなのごしょしまつ)』。主演の松本幸四郎は、足利義満の次男、のちの室町幕府六代将軍足利義教を演じる。「これほど悪を貫き通す人ばかりが出てくるお芝居も珍しいです。良い意味での問題作になれば」と幸四郎。父の松本白鸚のために作られ、40年ぶりの上演となる本作の開幕に先駆けて、取材会で意気込みを語った。
■白鸚から40年、幸四郎の義教へ
初演は1974年。帝国劇場で「帝劇新歌舞伎」として初演され、1983年に新橋演舞場で再演された。どちらも主演は白鸚だった。
「新橋演舞場で再演された時、僕は(同月公演の)『勧進帳』で太刀持ちを勤めていました。当時の僕にとっては“お芝居イコール歌舞伎”。(『勧進帳』のような)歌舞伎以外のお芝居をほとんど知らない年頃でしたから、ギャァー! グワァー! と叫び声が聞こえたりする『花の御所始末』に衝撃を受けました」
それから40年。自ら義教を演じる日がくるとは思っていなかったと言う。
「松竹さんから『花の御所始末』を提案された時は驚きました。父に報告したところ、驚きか戸惑いか嬉しさか。微妙な苦笑いをしていました(笑)」
作者は宇野信夫。宇野は、シェイクスピアの史劇『リチャード三世』に着想を得て、当時すでに翻訳劇でも活躍していた白鸚のために本作を書き下ろした。
「演舞場での再演を観たという方は、義教が人を殺めるたびに呼び出される『珍才、重才』という声が記憶に残っていると。父独特の台詞回しを全面に生かした演出だったのではないでしょうか。世話物的ではなくシェイクスピア劇のような音楽的な喋り方で。父の世界観と宇野先生の作風がぶつかり合って生まれた作品だと感じます」
■想像し理解し、新たな解釈を
演出は齋藤雅文(劇団新派文芸部)。近年の歌舞伎座上演作品では幸四郎主演の『荒川の佐吉』(2022年4月)、幸四郎の息子・市川染五郎主演の『信康』(2022年6月)を手がけている。
「これだけ殺戮が起こる作品を堂々とおみせするためにどうしたらいいか。良い意味での問題作となるよう齋藤さんと検討しています。当時の映像は残っていないので音声と舞台写真から想像し、理解した上で新たな解釈を加えます。このような時(休刊中の専門誌)『演劇界』の舞台写真は頼りになりますね。初演の筋書はヤフオクで買いました(笑)。新作に挑むように進めています」
新作を手掛けるときには「新たにテーマ曲を作るのがこだわり」だと幸四郎。本作のための楽曲は、映画、宝塚、ミュージカルに数々の名曲を提供してきた甲斐正人が担当する。
「おどろおどろしい音楽の暗い舞台ばかりではありません。花の御所(足利将軍家の邸宅)は、四季のすべての花がこの庭にある、と言われたことからその名前がついたそうです。そのような美しい舞台で殺戮が起き、密談が行われる。それでも沢山の花々は咲いている。色彩豊かで美しい舞台と、そこで起こるドラマ。そのギャップは前回以上に強めてお見せしたいです」
この日、義教の顔が大胆にレイアウトされたポスターが公開された。撮影は荒木経惟。
「荒木さんの作品は毒々しく尖っていながら、芸術としての美しさがある。ドキドキする、生き物のように見える写真だと思っています。撮影の時、荒木さんは『役の写真なのは分かっているけれど、僕は君を撮りに来た。荒木は幸四郎を撮る』と。どれだけ作りこんでも荒木さんには見透かされる。だからこそ撮っていただきたいと思い、お願いしました」
三月大歌舞伎『花の御所始末』特別ポスター
冷徹な凄みの中に湿度のある色気を感じさせる。
「荒木さんはフィルムカメラで撮影されました。ポラロイドでのテスト撮影もなかったので、現場で写真を確認することはありませんでした。ポスターの現物は今日初めて拝見したのですが……ほら、やっぱりすごいでしょう? と感じています」
■いま悪を演じること
リチャードは生まれながらの身体的特徴に、強いコンプレックスを持つ人物だった。手段を選ばず王位を狙う。義教もまた将軍の座を狙うが、外見的には恵まれている。義教を凶行に駆り立てるものとは。
「たしかに義教は、将軍になることを目指しました。しかし将軍になったところで達成感を得たようには思えません。望むものをすべて手に入れるのに満足しない。何かに追われて生きているのか、より大きな何かを目指しているのか。分からないところが義教の魅力にも思えます。あえてハッキリさせないまま、義教をいかに成立させるかを考えています」
1月は『十六夜清心』の清心、3月に本作、そして4月は『絵本合法衢』で左枝大学之助と太平次。悪党の役が続く。「僕はこんな良い人なのに」と冗談を言い、「その後に映画『鬼平犯科帳』の撮影に入ります。善と悪のバランスはとれているのかな」と笑顔をみせる。時代は「悪」を求めているのだろうか。
「『穏やかで平和』な作品ばかりが求められているわけではない気はします。理性があるから、人間は社会で生きていけるけれど、誰もがそれぞれの中に『悪』を隠しもっているようにも思います。決してやってはいけないことですが、悪いことをするには決断力と行動力がいる。それをあくまでもフィクションの芝居として見る。人間の根底にありながら、普段は表に出てこないものが欲されているのかもしれません」
『花の御所始末』は、歌舞伎座『三月大歌舞伎』第一部にて3月3日より上演。
「父がやった義教を僕がやり、(坂東)楽善さんがなさったお役を(坂東)亀蔵さんが勤めます。(四世中村)雀右衛門のおじさまがなさった役を当代の雀右衛門さんが勤めます。3組の親子が、二代にわたり同じ役。あらためて今この作品を上演することに巡り合わせを感じます」
畠山左馬之助役では染五郎も出演。義教の悪事を手助けする畠山満家役には中村芝翫。芝翫とは同公演の第二部『仮名手本忠臣蔵 十段目』でも共演する。
取材・文・撮影(取材会)=塚田史香
公演情報
畠山満家:中村芝翫
安積行秀:片岡愛之助
足利義嗣:坂東亀蔵
陰陽師土御門有世:中村亀鶴
茶道珍才:澤村宗之助
同 重才:大谷廣太郎
畠山左馬之助:市川染五郎
執事一色蔵人:市村橘太郎
執事日野忠雅:松本錦吾
明の使節雷春:澤村由次郎
廉子:市川高麗蔵
足利義満:河原崎権十郎
入江:中村雀右衛門
大星由良之助:松本幸四郎
竹森喜多八:坂東亀蔵
千崎弥五郎:中村福之助
矢間重太郎:中村歌之助
医者太田了竹:市村橘太郎
丁稚伊吾:市川男寅
大鷲文吾:中村松江
義平女房おその:片岡孝太郎
太郎冠者:河原崎権十郎
侍女千枝:坂東新悟
同 小枝:中村玉太郎
奥方玉の井:中村鴈治郎
平重衡の亡霊:片岡愛之助
善信尼:河合雪之丞
町の女小環:中村歌女之丞
女房長門:坂東新悟
蒲原太郎正重:中村亀鶴
烏男:市川男女蔵
阿証坊印西:中村鴈治郎
吉田屋喜左衛門:中村鴈治郎
太鼓持豊作:中村歌之助
阿波の大尽:片岡松之助
喜左衛門女房おきさ:上村吉弥
扇屋夕霧:坂東玉三郎