初舞台で主演の寛一郎と演出家のウィル・タケットにインタビュー これまでにない戯曲『カスパー』に挑む思いとは
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(左から)ウィル・タケット、寛一郎
大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や映画『菊とギロチン』など 映像の世界で活躍中の寛一郎が、戯曲のあまりの面白さに初めての舞台出演を決意した。それほど魅力的な戯曲とは、実在したカスパー・ハウザーの物語。ノーベル賞受賞作家・ペーター・ハントケが実話を元に描いたとてつもない作品である。16年間、外界から切り離され孤独に生きてきたカスパーが、外の世界に出て言葉を学んでいく。たくさんの言葉を学んだカスパーは世界をどう認識するのか——。
初舞台で何も知らない寛一郎に舞台の楽しさを伝えるのは、英国人演出家・ウィル・タケット。渡辺謙主演の『ピサロ』やアダム・クーパー主演の『兵士の物語』などを日本で手掛けてきた奇才である。ダンス、オペラ、演劇と幅広いジャンルを縦断するタケットがこれまでにない戯曲に、寛一郎と共に挑む。膨大な言葉の渦のなかから、寛一郎とタケットがカスパーを通して見つけるものは——。
ーーおふたりが最初に出会ったときの印象を教えてください。
寛一郎:いま、そこで会ったばかりなんです。でも目が合った瞬間に、一緒にやっていけそうな気がしました
寛一郎
ウィル・タケット(以下 タケット):信頼している毛利美咲プロデューサーが「才能のある俳優を見つけた!」と太鼓判を押した俳優なので、お会いすることを楽しみにしていました。寛一郎さんが『カスパー』を読んで惚れ込んだということ、この作品に出ることで俳優としてステップアップしたいと望んでいると聞いて、頼もしく感じています。なにしろ、この戯曲はひねりが効いていて、演じることを熱望するか、演じることを躊躇するかきっぱりふたつに分かれます。この作品をやると表明した以上は、興味をもって100%やる覚悟があるということなので、その時点で苦労を共にして楽しめる仲間と思っています。
ーー寛一郎さん、たびたび頷いて聞いていましたが、英語のヒアリングができるのでしょうか。
寛一郎:いや、全然わかってないです(笑)。ただ、にこやかに聞いていただけです(笑)。
タケット:なかには、演出家を「先生」と呼ぶ方がいますが、僕は俳優を教育する立場とは思っていません。一緒に話しながら、お互いの良い部分を発見していきたい。例えば、洋服をひとつ作り上げるような作業を一緒にやっていきましょう。
ーー台本のどこに惚れ込んだのでしょうか。
寛一郎:作家の視点の深さです。“言葉”を通して世界を捉えていくことや、今日を生きる僕とカスパーの共通点である“公共性”というものに興味を持ちました。人間とは何かという根源的な問いがあるような気がして。それは昔、カフカの『変身』を読んだときの感情に近いです。
タケット:抽象的な面もあれば、概念を扱った面もあり、決してわかりやすいとは言えない作品です。戯曲を読む前にカスパー・ハウザーのことを知っていましたか?
ウィル・タケット
寛一郎:はい。
ウィル・タケット:映画は見ましたか?
寛一郎:ヘルツォーク監督の映画『カスパー・ハウザーの謎』を見ました。
タケット:おそらく、戯曲は映画で描かれた前の時期を描いたのではないかと思います。カスパー・ハウザーは孤児で、16歳まで地下の牢獄に閉じ込められていました。社会から完全に隔絶されていた彼が外界に出て、社会に適合するための教育を受けていく物語です。
寛一郎:教育——主に言葉を学ぶことで、社会に適応できる人間になるんですね。
タケット:ただ、何を“人間”と考えるかが問題です。たとえば、僕の祖国・イギリスと寛一郎さんの祖国・日本では文化が違い、イギリスではふつうと思っていることが他の国から見たら不思議なことに思えることがありますよね。言葉が話せず常識を知らないカスパーは“人”ではなく、言葉を話し常識を知ると、“人”と認められるということ自体、社会が勝手に決めつけたことです。自分たちが慣れ親しんだ場に、ルールを知らない者が入ってきたときの違和感は、その世界にいる者の価値観でしかありません。果たして、カスパーのような存在が社会で通用するのか、その葛藤が描かれた戯曲です。
寛一郎:言葉が話せる話せないが人間であるかないかを決めるわけではなく、言葉を学ぶことで、自分の考えや感情を言語化することができるということですよね。
タケット:はい、言語が武器となることが戯曲には書かれています。
(左から)ウィル・タケット、寛一郎
ーーカスパーが学ぶ「倫理」や「秩序」は、はたしてほんとうに必要なのか、戯曲を読んでいるとわからなくなります。どう思いますか。
寛一郎:倫理や秩序が必ずしもいいものとは言い切れないとしかいいようがないですよね。社会性というのは誰かが定めたルールのうえで成りたっている。でも『カスパー』では、言葉を学ぶことによって、秩序や倫理のような何者かによって築かれた価値観を通さずして、自分なりの確かなものを見つけることができるかがポイントだと思うんです。それは、カスパーのみならず、今日を生きる僕らにも必要なことであると感じています。
タケット:まさにその問いこそが、この作品が観客に問いかけているものだと思います。東京のことはわからないのでロンドンの話を例にあげると、デモを行うことは迷惑行為として違法とされています。『カスパー』でもルールがときに圧力になるのではないか、という問いかけがあります。ただ、その答えは、イエスでもあるしノーでもあり、どちらとも言えない。答えがわからないことはいいことだと僕は思っています。僕はハントケの作品をすべて読んだわけではないですが、作家にしては珍しく、自分の思想を押し付けない、偏見のない描き方をしていると感じました。たいていの作家には自分なりの思想があって、最終的には、観客にその考えに近いものを持ち帰ってほしいという欲望を感じるものですが、ハントケの書くものにはそれがない。戯曲を演じる者たちのエネルギーやテンションを引き出すことを重要視している気がするんです。
ウィル・タケット
ーー「言葉の拷問劇」と言われるだけあって、セリフもト書きもすごく多いです。どう思いましたか。
タケット:確かにト書きが多いです。でも完璧に再現しなくても構わないと思っています。例えばテネシー・ウィリアムズの劇などだったら、「下手(しもて)から入ってくる」というストーリーの助けになるト書きがありますが、『カスパー』のト書きはそういうものではなく、この戯曲を読み解くためのアイデアのような気がします。それを採用するかどうかは、その匙加減を寛一郎さんと稽古しながら一緒に探っていきたいと思っています。
寛一郎:ほんとうにセリフもト書きも多くて、覚えられる気がしません(笑)。いつもは、セリフ覚えがいいほうですが、これまで、これほど長いセリフは覚えたことはないです。長期的集中力がどれだけ僕にあるのか——あることを願います(笑)。
タケット:文字だけ読むと大変そうだけれど、じっさいに動いてみたらわかりやすいと思います。
寛一郎:安心しました。この戯曲をどうエンタメに昇華して、お客さんに見せるか。タケットさんが言ったように、皆さんとディスカッションしながら作りあげたいと思います。
寛一郎
ーーちなみに16歳のとき、おふたりはどうしていましたか?
タケット:16歳、それはごく最近のことです(笑)。ここでは言えないことをやっていました、というのは冗談で、ロイヤル・バレエ団でバレエを学んでいました。
寛一郎:僕はタケットさんのように、その後の人生に大きく影響するような勉強を、16歳のときにはまだしていなくて、毎日遊んでいた記憶です。ぎりぎり日本語をしゃべれましたけれど(笑)、カスパーと同じように何もわかっていなかった気がします。
ーー
寛一郎:この演劇をどうポップに話したら、皆さんが興味を持って見に来てくれるのかなと思っていて……。とりあえず、僕にとって最初で最後の舞台になるかもしれません、と(笑)。物語の舞台は19世紀のはじめですが、今の話でもあります。生きにくい世の中で、僕らが再定義しないといけないことのヒントになると思うので、ぜひ観に来てほしいです。
タケット:頭のなかが爆発するような、今まで見たことのない演劇になると思います。お客様が見て、わかりにくいというストレスを感じないように、カスパーの成長の物語がよくわかる演出プランを考えています。この演劇体験から、自分とは何なのか、問い直してみてください。
(左から)ウィル・タケット、寛一郎
取材・文=木俣 冬 撮影=荒川 潤
公演情報
カスパー・ハウザー 寛一郎
プロンプター 首藤康之
下総源太朗
萩原亮介
カスパーの分身たち 王下貴司
高桑晶子(大駱駝艦)
小田直哉(大駱駝艦)
坂詰健太(大駱駝艦)
荒井啓汰(大駱駝艦)