ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番に挑む崔文洙に聞く ~ ソロ・コンサートマスターを務める大阪フィルの演奏会にソリストとして登場

2023.3.1
インタビュー
クラシック

大阪フィルハーモニー交響楽団ソロ・コンサートマスター 崔文洙     (C)飯島隆

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今年(2023年)に入って、「英雄の生涯」や「シェエラザード」で素晴らしいヴァイオリンソロを演奏してきた、大阪フィルハーモニー交響楽団ソロ・コンサートマスターの崔文洙(ちぇ むんす)が、10年ぶりにソリストとして大フィルのステージに登場する(2023年4月6日 大阪・ザ・シンフォニーホール)。曲目はモスクワ音楽院に留学していた崔にとって特別な曲、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番。練習の合間にハナシを聞いた。

「モスクワ音楽院で学んでいた私にとって、ショスタコーヴィチは特別な存在です」    (C)H.isojima


 

―― 崔さんが大阪フィルでソリストとして協奏曲を弾くのは、2013年6月の第469回定期演奏会以来です。あの時はレオン・フライシャーの指揮で、ベートーヴェンの協奏曲を弾かれました。今回はショスタコーヴィチの協奏曲第1番ですので、また向き合う気持ちも違うのではないでしょうか。

モスクワ音楽院で学んでいた私にとって、ショスタコーヴィチは特別な存在です。ショスタコーヴィチは少年時代にロシア革命を経験し、帝政から共産党政権への移行、スターリンの恐怖政治の時代を生きました。彼の作品には二面性があります。真実を語るのが困難だった時代に、命を懸けて曲を書き、作品にメッセージをちりばめました。混沌とした今の時代にショスタコーヴィチの音楽を演奏することは、大変意義のある事だと思います。彼の弦楽四重奏曲全15曲を、5年間かけて制覇するプロジェクトを立ち上げるなど、ライフワークとして取り組んでいます。

大阪フィル「第469回定期演奏会」ヴァイオリン協奏曲のソリストは崔文洙(2013.6 ザ・シンフォニーホール)  (C)飯島隆

この日、崔文洙はレオン・フライシャーの指揮でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のソリストを務めた(2013.6 ザ・シンフォニーホール)  (C)飯島隆

―― 崔さんは1988年、ソヴィエト連邦時代に留学されています。帰国されたのが1997年ということですから、まさにソヴィエト崩壊からロシアへの切り替わりを体験されたのですね。

ショスタコーヴィチが過ごした環境や生活状況など、よく理解できます。街を覆う閉塞感なども。大変な環境の中であれだけの作品を書き続けていたことはまさに驚異です。交響曲はどうしても注目されがちなので比較的おとなしめですが、彼の弦楽四重奏曲は社会に対する皮肉や矛盾、問題意識が凄まじいほど曲に込められています。

室内楽にも力を入れる崔文洙。チェロはトップ奏者 花崎薫、ピアノ野田清隆  大阪クラシックより(2020.9)   (C)飯島隆

―― ソヴィエト時代を知る崔さん、昨今の戦争の話題では胸を痛めておられるのではないですか。

当時はロシアもウクライナも一つの国で、モスクワにもキーウにも各地に友達が沢山います。色々な街の情景が浮かんできて、複雑な思いですし、一刻も早く両国に平和が訪れてほしいです。

―― 崔さんはどういった経緯でソヴィエトに留学されたのですか。崔さんのご家庭は、ご両親も音楽家だったのですか。

両親は音楽が好きだったようで、家ではクラシック音楽が流れている環境でした。自分達が音楽を出来なかったので、子供にはやらせたかったのかもしれません。初めはピアノを弾いていました。ナタン・ミルシティンやマイケル・レヴィンなどの演奏をレコードで聴いているうちに、ヴァイオリンって格好良いなぁと思うようになりました。その後、ダヴィッド・オイストラフのシベリウスの協奏曲を聴き、衝撃を受けました。それ以降オイストラフが私のアイドルです。オイストラフが活動したソ連に行ってみたい。オイストラフの教えを受け継いでいる弟子達にヴァイオリンを教わりたいと思い、モスクワ行きを決めました。

「ダヴィッド・オイストラフが私のアイドルです」    (C)H.isojima

―― その結果、望みが叶って1988年にモスクワ音楽院に留学されます。今では日本を代表するコンサートマスターとして活躍されていますが、ソリストで行くのか、オーケストラで弾くのか、進路を決められたのはモスクワ時代でしょうか。

20歳でモスクワに渡った時は、オイストラフのようなソリストになるのが夢でしたが、ムラヴィンスキーやロジェストヴェンスキー、スヴェトラーノフ、フェドセーエフといった個性的な指揮者とオーケストラの奏でるチャイコフスキーやショスタコーヴィチの作品を現地で聴いて、オーケストラの魅力にも目覚めました。オーケストラの作品は膨大なレパートリーがあり、これらを余す事なく弾いてみたい。そう思って、積極的にオーケストラで弾くようになりました。現在、コンサートマスターと活動出来ていることは幸せな事です。

現在、大阪フィルと新日本フィルのソロ・コンサートマスターを務める崔文洙  (C)飯島隆

―― 現在は、大阪フィルや新日本フィルでソロ・コンサートマスターとして活躍されているだけでなく、腕利きメンバーの集まりでもあるジャパン・ヴィルトゥオーゾ・シンフォニー・オーケストラでもコンマスを務めておられます。コンマスとして「英雄の生涯」や「シェエラザード」などでソリスト並みのソロを弾かれますが、やはり協奏曲のソリストとして弾くのとは違うものですか。

コンサートマスターのソロとひと言でいっても、様々なパターンがあります。ブラームスの1番やドヴォルザークの8番のように、交響曲の中の一部である場合は、指揮者と奏者のパイプ役としてのコンマスの職務を果たしながら、アンサンブルを重視して弾くように心掛けています。シェエラザードなどはソリストとしての役割とアンサンブルのリーダーの役割を行き来する必要があります。マーラーの交響曲第4番のソロは、調弦の違うヴァイオリンで弾かねばならず、また違った難しさがあります。

「シェエラザード」でヴァイオリンソロを弾く崔文洙 「第565回定期演奏会」より(2023.2 フェスティバルホール)   (C)飯島隆

終演後、指揮者 デイヴィッド・レイランドと握手  第565回定期演奏会 より(2023.2 フェスティバルホール)   (C)飯島隆

―― 崔さんが大阪フィルの客演コンマスのポジションに就かれたのは2009年ですが、1997年に日本に戻って来られたタイミングから新日本フィルのコンマスとして活動続けておられます。1997年というと、朝比奈隆さんがまだお元気で、新日本フィルでもブルックナーを中心に指揮されていましたね。

そうですね。新日本フィルの練習場が大井町のJR工場内、大食堂の2階にあった時代に、朝比奈先生は「この階段を自分の足で昇れなくなったら、僕は指揮を辞めるよ」と仰っていたのが懐かしいです。晩年の先生の人気は凄まじく、毎回終演してからのカーテンコールが延々と続いていたのを覚えています。

大阪フィルハーモニー交響楽団 創立名誉指揮者 朝比奈隆  (C)飯島隆

朝比奈隆の写真と一緒に写る崔文洙    (C)H.isojima

―― 崔さんがコンマスに就任されて以降、大阪フィルは大植英次、井上道義、そして現在の尾高忠明とシェフが変わっていきました。今の大フィルのメンバーの大半が朝比奈隆を知らない世代となっています。

そういう意味では新日フィルも同じだと思います。現在は小澤征爾さんが指揮している時代を知らない若い世代が大半です。それでもDNAというのでしょうか。大阪フィルは今でも良く鳴りますし、尾高さんもその辺りは意識してその特徴を生かすような音楽作りをされているように思います。

大阪フィルハーモニー交響楽団 音楽監督 尾高忠樹   (C)飯島隆

メンバーの大半が朝比奈隆を知らない世代ですが、大阪フィルの重厚なサウンドは健在です  (C)飯島隆

―― 楽器の編成は同じでも、オーケストラによって奏でる音楽が違うところがオーケストラの魅力ですね。

今年はじめに尾高さん指揮の大阪フィルで「英雄の生涯」を演奏しました。実は昨年10月に新日本フィルでも「英雄の生涯」を尾高さんの指揮で演奏したので、手の内はわかっていましたが、オーケストラが変わると音楽も変わりますね。大阪フィルでは2020年に大植英次さんの指揮で演奏しましたが、尾高さんとは全く違うアプローチでした。

大阪クラシックの最終公演を指揮する桂冠指揮者 大植英次。コンサートマスターは崔文洙(2019.9 フェスティバルホール)   (C)飯島隆

―― ソリスト並みのヴァイオリンソロが聴かせどころとなっている「英雄の生涯」を、崔さんは何度くらい演奏されましたか。

回数は覚えていませんが、この名曲を演奏する機会に恵まれている方だと思います。小澤征爾さんや井上道義さん、クリスティアン・アルミンクさん、ダニエル・ハーディングさん、アラン・ギルバートさんとも演奏しました。大変光栄なことです。

「〝英雄の生涯〟をいろいろな指揮者で演奏させて頂いています」 第565回定期演奏会 より(2023.2 フェスティバルホール)   (C)飯島隆

―― 今回はショスタコーヴィチの協奏曲第1番のソリストをやられます。平日マチネのコンサートというと比較的軽めコンサートが多い中、大阪フィルの「マチネ・シンフォニー」は、定期演奏会並みに重量感のあるプログラムが特徴です。

井上道義さんの指揮でショスタコーヴィチという定期演奏会のようなプログラムです。楽団初演となる「黄金時代」もあり、一回きりではもったいないプログラムです。

2024年で引退を表明している大阪フィルハーモニー交響楽団 前首席指揮者 井上道義  (C)飯島隆

―― 最後に「SPICE」の読者にメッセージをお願いします。

2024年で引退を表明されている井上道義さん、まだまだ素晴らしい音楽をオーケストラから導き出せるマエストロなので残念です。井上道義さん最後の出演となる「マチネ・シンフォニー」にぜひお越しください。遠方からでも日帰り出来ます。沢山のお客様のご来場をお待ちしています。

大阪フィルハーモニー交響楽団をよろしくお願いします   (C)飯島隆

「マチネ・シンフォニー」に、ぜひお越しください!」    (C)H.isojima

取材・文=磯島浩彰

公演情報

大阪フィルハーモニー交響楽団
マチネ・シンフォニーVol.29

 
■日時:2023年4月6日(木)14:00開演(13:00開場)
■会場:ザ・シンフォニーホール
■指揮:井上道義
■独奏:崔文洙(ヴァイオリン)
■曲目:
ハイドン/交響曲 第103番 変ホ長調「太鼓連打」Hob Ⅰ: 103
ショスタコーヴィチ/ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 作品77
ショスタコーヴィチ/バレエ組曲「黄金時代」作品22a
■料金:A席:5,100円、B席:3,100円
■問い合わせ:大阪フィル・センター 06-6656-4890
■公式サイト: https://www.osaka-phil.com/