ローレンス・オリヴィエ賞で6冠 舞台『となりのトトロ』は「演劇として完成された」歴史的な作品

2023.4.4
インタビュー
舞台
アニメ/ゲーム

Photo by Manuel Harlan (C) RSC with NTV

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スタジオ・ジブリの名作アニメ映画を舞台化した、舞台『となりのトトロ』。2022年10月8日から2023年1月21日まで、イギリス・ロンドンのバービカン劇場で上演された本作は、2月12日に発表された演劇賞「第23回WhatsOnStage Awards」で最優秀演出賞など最多の5冠を獲得するなど、今なお大きな話題を呼んでいる。さらに、英国演劇界で最も権威のある「ローレンス・オリヴィエ賞」には、演出賞など最多9部門にノミネートされ、最多の6冠という快挙を成し遂げた。日本での上演については何も発表されていない状況であるが、世界的に高い評価を得ている作品ということもあり、関心を寄せている日本の演劇ファンは多いのではないだろうか。そこで、今回は、2022年末にロンドンで本作を観劇した、イープラスの牛田直人氏に観劇を通して感じた本作の魅力を聞いた。


本作は、映画で音楽を手がけた作曲家の久石譲が舞台化を提案し、宮﨑駿監督がこれを快諾したことで始まったプロジェクト。久石がエグゼクティブ・プロデューサーを務め、イギリスの名門演劇カンパニー、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)と日本テレビが共同製作した。

まず、牛田氏は「正直にいうと“アニメ作品の舞台化”を想像して観に行ったので、全く違う仕上がりの作品に驚き、素直に感激したというのが最初の感想です」と話す。

「アニメや漫画などを舞台化した作品というのは、舞台を観ていてもその原作の“絵”が浮かぶものだと僕は思っています。ですが、『トトロ』はそれが全くなかった。もちろん、映画の象徴的なシーンは登場しますし、そこへのリスペクトは感じるのですが、一つの演劇として全編楽しめたというのが素晴らしいと思いました」。

そう感じたのは、長い歴史を持ち、常にクオリティーの高い作品を作り続けてきたRSCが製作したということも大きかったようだ。

「僕自身は、RSCについてそれほど予習をしていたわけではないのですが、それでも作品から演劇に対するリスペクトを強く感じました。『トトロ』には表現するのが難しいようなシーンも出てきますが、それも演劇として成立させている。“舞台化”“実写化”と簡単に言ってはいけないなと思いました。これまでもいわゆる2.5次元作品やアニメ原作の舞台は観てきましたが、それは初めての感覚でした」。

2022年に日本で上演されたジョン・ケアード演出の舞台『千と千尋の神隠し』も演劇的手法を多用し、高い評価を得たが、それともまた違うと牛田氏はいう。

「もちろん『千と千尋の神隠し』も素晴らしい作品でしたが、僕は『ああ、あのシーンはこう表現するんだ』と、舞台表現と映画のそのカットをすり合わせながら観ていた感覚がありました。ですが、それが『トトロ』にはなかった。しかも、僕は英語のセリフを全ては理解できていなかったと思いますが、それでも細かな心情表現まで芝居で理解できた。それは、演劇的な演出と演者さんの力なのではないかと思いました。それから、これは『千と千尋の神隠し』も同じだとは思いますが、日本に対するリスペクト、原作に対するリスペクトも非常に感じました」。

演出という点で気になるのは、やはりトトロやネコバスの表現だ。

「ネタバレになるので詳しくはお話ししませんが、小トトロも中トトロも大トトロも見事に再現されています。特に、メイが草むらを抜けた先で大トトロに遭遇するシーンやバス停でトトロに傘を渡すシーンなどは、そのまま舞台で表現されています。すごいの一言ですし、ぜひ観ていただきたいシーンです」。

そうしたシーンを実現することができたのは、「操演(そうえん)の技術の高さがあったから」。作品世界を作り上げるため、本作ではパペットを多用しているが、それが大きな感動を呼んでいるという。

「現代の技術であれば、工夫をすれば映像や照明などで表現できることも、演劇で表現することにこだわり、人の力を使っています。ステージ上には、いわゆる“黒子”が登場し、彼らがさまざまな操作を行なっていますが、この方たちが、とにかくすごい。カーテンコールで、彼らに対する観客の反応が一番大きかったのですが、それほど彼らの役割が大きかった」

Photo by Manuel Harlan (C) RSC with NTV

ほかにも、「天井の高いバービカン劇場のステージを利用した壮大な美術」や「生演奏と歌」など見どころは数多いと牛田氏は話す。

「久石さんがエグゼクティブ・プロデューサーを務めているだけに、音楽も非常に効果的に使われていたと思います。転換シーンには歌唱もあり、映画の楽曲を聞くことができました」。

さらに、日本の昭和30年代の文化を色濃く描いた原作をイギリスで舞台化するにあたって、「心情面でのすり合わせがあり、それがまた見事だった」とも明かす。

「日本の文化は、そういうものとしてそのまま描かれていましたが、心情面ではより現地の人たちが感情移入しやすいよう表現されている部分もありました。映画と舞台を見比べて答え合わせをすれば違いは多く見つかると思うのですが、それは違う。やはりこの作品単体で演劇作品として完成されているからだと思います。舞台を観ていても映像が思い浮かばないので、そのまま目の前で起こっているひとつの作品として観ることができるのです」。

日本で舞台スチールが公開された際には、メイやサツキを大人の役者が演じたことも話題となったが、役者陣の演技について尋ねると「メイとサツキそのものでした」という。

「彼女たちはオーディションで選ばれたと聞いていますが、当然、頑張って子どもを演じているという印象は全くありませんでした。そこに居たのはトトロとメイとサツキでしかない。純粋にひとつの物語として観ることができましたし、素晴らしい演技でした。これはもう見ていただくしかない。」。

昨年5月17日にが発売開始されると、初日だけで約3万枚を販売し、ベネディクト・カンバーバッチ主演の『ハムレット』(2015年)の数字を抜いてバービカン劇場の初日販売記録を更新。連日万雷の拍手とスタンディングオベーションで迎えられたというが、実際に現地で感じた観客たちの様子はどうだったのだろうか。

「僕が観劇したのは土曜日のソワレでしたが、30代から40代が中心で、ファミリー層は多くありませんでした。むしろ、目の肥えた演劇ファンが中心だったと思います。当然スタンディングオベーションでしたが、演劇を見慣れている方々もこの作品を評価しているのだとその熱狂を見て感じました。実は、ロンドンでは原作映画を知っていて観劇をした人というのは20パーセントほどしかいなかったと聞いています。『となりのトトロ』自体は、それほど多くの人が知っている作品ではないんです。日本人の僕たちからしたら『あのジブリのトトロが舞台になる』という思いが先に立ちますが、現地の方にしてみれば、『原作はよく分からないけど、とりあえず舞台を観てみよう』という感覚のようで、純粋に舞台・演劇として評価された結果が今の快挙に繋がっていると思います」。

日本での上演は現在決まっていないが、牛田氏は「RSCのカンパニーの公演をぜひ1度現地で観ていただきたい」とオススメする。

「今年11月からのバービカン劇場での再演も発表されました。あの感動は生で観ていただかなければきっと伝わらないと思います。僕はたまたま機会をいただいて、初演をロンドンで観ることができましたが、これはきっと生涯、自慢できることになる思っています。日本のコンテンツが海外で初演されて、こうした記録を作るというのは、それくらい歴史的なんです!」

 

詳細情報

My Neighbour Totoro ローレンス・オリヴィエ賞2023 受賞一覧

◆Best Entertainment or Comedy(最優秀作品賞エンタテインメント部門)- My Neighbour Totoro
◆Best Director(最優秀演出賞)- Phelim McDermott(フェリム・マクダーモット)
◆Best Set Designr(最優秀舞台美術賞)- Tom Pye(トム・パイ)
◆Best Costume Design(最優秀衣装デザイン賞)- Kimie Nakano(中野希美江)
◆Best Lighting Design(最優秀照明デザイン賞)- Jessica Hung Han Yun(ジェシカ・ハン・ハンユン)
◆Best Sound Design(最優秀音響デザイン賞)- Tony Gayle(トニー・ゲイル)

My Neighbour Totoro 再演
会場:ロンドン・バービカン劇場日程:2023年11月21日(火)~2024年3月23日(土) 

舞台「となりのトトロ」について

(C)Studio Ghibli

本作は映画で音楽を手掛けた作曲家の久石譲が舞台化を提案し、宮崎駿監督がこれを快諾したことで始まったプロジェクト。久石譲のもと、イギリスの名門演劇カンパニー、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)と日本テレビが共同製作し、舞台化しました。昨年10月から今年1月までロンドンのバービカン劇場で上演した舞台は、久石譲の音楽、原作を尊重した世界観、そしてRSCならではの作劇力で観客の心をつかみ、13万3,000枚のは完売、連日万雷の拍手とスタンディングオベーションが続きました。

初演 メインスタッフと上演データ
エグゼクティブ・プロデューサー:久石譲
原作:宮崎駿「となりのトトロ」
音楽:久石譲
脚本:トム・モートン=スミス
演出:フェリム・マクダーモット
製作:ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー/日本テレビ
美術:トム・パイ、衣装:中野希美江、照明:ジェシカ・ハン・ハンユン、ムーブメント:山中結莉、舞台にはバジル・ツイストによって創られたパペットが登場。さらに誰もが知る久石譲の音楽をウィル・スチュアートが新たにオーケストレーションし、ライブ演奏の音響デザインをトニー・ゲイルが担当。
会場:ロンドン・バービカン劇場
日程:2022年10月8日(土)~2023年1月21日(日) ※全118回で133,000人を動員(完売)

となりのトトロ/My Neighbour Totoro
1988年公開、宮崎駿監督のアニメーション映画。音楽は久石譲。病気の治療で病院にいる母親の近くに住むため、郊外へ引っ越してきたサツキ、メイの姉妹が森で出会った不思議ないきものトトロとの交流を描く物語。

ロイヤルシェイクスピアカンパニー/ Royal Shakespeare Company (RSC)
シェイクスピア生誕の地、英のストラットフォード・アポン・エイボンを拠点とする英国の代表的な演劇カンパニー。
シェイクスピア作品のほか、現存の劇作家による新作の上演や、演劇プロデューサーのキャメロン・マッキントッシュの共同製作したヒット作品「レ・ミゼラブル」や「マチルダ・ザ・ミュージカル」など、世界中で愛される良質な作品を産み続けている。

フェリム・マクダーモット/Phelim McDermott(演出)
1963年、イギリス・マンチェスター生まれ。「真夏の夜の夢」をはじめとしたシェイクスピア作品のほか、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場でのオペラ作品「アクナーテン」(音楽=フィリップ・グラス) 、ブロードウェイミュージカル「アダムス・ファミリー」などを手がけている。「となりのトトロ」で第23回WhatsOnStage Awards最優秀演出賞受賞