《連載》もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜 Vol.4 吉田玉助(文楽人形遣い)

2023.5.2
インタビュー
舞台

自分の身体と向き合って

人形遣いの修業と並行して、玉助さんがしばらく学んでいたものがある。日本舞踊だ。

「文楽に役立つのではないかということで、初めは山村流の山村梅園先生、その後、母が昔通っていた正派若柳流の若柳吉三次先生、のちの鵬翁先生に習って。今は行っていないのですが、20代から30代の10年間ほど通いました。日本舞踊を習う技芸員はあまりいないのですが、文楽にも『蝶の道行』のような舞踊作品がありますし、以前、博多座で急に『二人禿』の禿の役がついた時にも踊りの経験が役に立ちました」

身長が180センチ近くある玉助さん。だからこそのダイナミックな動きが魅力だが、特に足遣いの頃は苦労も多かった。

「足遣いは後ろに引いた片足の膝を曲げ、腰を落として人形の足を持つのですが、僕がやると後ろの膝が90度くらいにしないと邪魔になる。それだけ曲げても『邪魔やその足。足切れ』と叱られたり、『お米を横にして食え』とからかわれたり。文楽には170センチぐらいがベストかもしれません。特に、朝日座は小さい劇場でしたから、余計に邪魔だったでしょうね。朝日座、国立劇場の小劇場、国立文楽劇場と、時代があとになるほど大きくなっていて、そのせいか、今は“体のこなし”ができる人が少なくなってきています」

さて、主遣いは公演中、舞台下駄と呼ばれる、高さが20〜50センチもある高下駄を履いて人形を遣う。そうすることによって人形の位置が高くなり、足元にいる足遣いが動きやすくなるのだ。しかし、高身長の玉助さんなら、必ずしも下駄を履かなくても問題ないのでは。にもかかわらず、時には膝を曲げながら下駄を履くのはどうしてなのだろうか?

「初めて勉強会で1時間ぐらい下駄を履いた時には、腰が痛くなりました。それくらい高下駄を履くのって難しいんですよね。でもやっぱり下駄を履くと腰が据わるというか踏ん張りが利くというか、身体が必要以上に動かないから安定する気がします。だから、他の人より少し低いけれど、下駄はやっぱり履くようにしていますね」

(左)ずらりと並ぶ舞台下駄。人によって高さが違う (右)やや低めの玉助さんの下駄。吉田玉誉さんのもの(向かって右のもの)と比べると一目瞭然だ。    提供:吉田玉助

ボーカロイドや『刀剣乱舞』『戦国BASARA』ともコラボ

玉助さんの活動を特徴づけるものの一つに、若者文化を意識した新しい試みがある。玉助(当時幸助)さんが遣う文楽人形が初音ミクの曲で踊る「メルトの舞」。ボーカロイドが歌う中で人形が演じる短編映画「ボーカロイドオペラ葵上with文楽人形」。2018年の国立文楽劇場での「吉田幸助改メ五代目吉田玉助襲名披露公演」時には演目の『本朝廿四孝』が戦国時代ということで、玉助さんが遣う人形と「戦国BASARA」のキャラクターがコラボしたポスターなどが作られた。さらに2021年、2022年には、国立文楽劇場で上演される『小鍛冶』や『紅葉狩』に「刀剣乱舞-ONLINE-」の小狐丸や小烏丸と同じ名前の刀が登場することから、玉助さんが文楽人形に「刀剣乱舞」の小狐丸や小烏丸の“拵え”をして劇場ロビーに展示するなど様々なコラボが展開した。

「これは、ひとえにご縁ですね。今から10年前、週刊アスキーの編集長だった福岡俊弘さんという方のご提案で世界ボーカロイド大会に出て、初音ミクの『メルト』という曲で文楽人形の踊りを披露したら話題になり、イベントや映像のお話が来るようになりました。『刀剣乱舞』の人形は、文楽の衣裳さん床山さんと一緒に『本来、女方の人形の胴体は短いけれど小烏丸だからちょっと長くしましょう』などとどこまでもこだわって作ったんですよ。だから時間がかかって、周囲には『まだやっているの?』なんて言われましたが、最後、飾る前に楽屋へ持ってきて整えていたら、皆に感心されました。飾るだけで、実際に舞台で遣うことがなかったのは残念でしたが……。今は歌舞伎でもアニメなど様々なものを題材にしていますよね。僕自身はそこまでしなくてもいいようにも思いつつ、あまりにも殻に閉じこもったら博物館に入ってしまうから、入り口は広げて、そこから古典を観てもらうことが大事だと考えています」

『刀剣乱舞』ファンにも話題沸騰だった小狐丸

その大切な古典として、5月の国立劇場の公演では第1、2部『菅原伝授手習鑑』で宿禰太郎、第3部『夏祭浪花鑑』で一寸徳兵衛を遣う玉助さん(8月に大阪でも上演)。『菅原伝授手習鑑』は宿敵・藤原時平に陥れられて苦難に見舞われる菅丞相(菅原道真のこと)とその周囲の人間模様を描いた作品で、宿禰太郎は時平の依頼で丞相暗殺を企みる悪役だ。

「祖父や父も遣い、その足や左を僕もやってきた役を、今回初めて主遣いとして遣います。猩臙脂(しょうえんじ)という濃い色合いの顔の人形で、『仮名手本忠臣蔵』に出てくる(善人の)寺岡平右衛門も同じ色なのですが、善人には見えないようにしなくては、と。(吉田)簑二郎さんが遣う父・土師兵衛と共に、(吉田)一輔くんが遣う妻・立田前を殺す『東天紅の段』は見せ所なので、どう面白く作れるか。続く『宿禰太郎詮議の段』では床(ゆか)が(人間国宝の鶴澤清治など)すごい方々なので、その中でさせてもらうのも楽しみです」

『夏祭浪花鑑』は主人公・団七九郎兵衛ら侠客とその妻達の義侠心溢れる生き様を描いた作品。玉助さんが遣う一寸徳兵衛は団七とは義兄弟の契りを交わす人物で、夏祭りの日に二人して色違いの格子柄の浴衣を颯爽と着て出る姿は実に絵になる。2017年の大阪公演でも、玉助さんはこの一寸徳兵衛を、勘十郎の団七を相手に勤めた。

「団七九郎兵衛は“文七”、一寸徳兵衛は“検非違使”というかしらを遣うのですが、この組み合わせは『菅原伝授手習鑑』の松王丸、梅王丸と同じなんです。文七も検非違使も主役級のかしらですから、勘十郎兄さんの団七九郎兵衛に見劣りしないようにしないといけません。2017年の時も、人形の高さや骨格の大きさを出すよう心がけてやっていました。あまり大仰にせず、スマートにカッコよく遣いたいですね」

現在、57歳。60代、70代と、人形遣いとしていよいよ輝いていく時期に差し掛かる。

「色男から荒事まで幅広く遣わせてもらっているので、その経験や踊りをやっていたことも生かして、骨格の大きい、色気のある人形遣いになれればと思います」

玉助さん(左)が一寸徳兵衛を遣った『夏祭浪花鑑』。右は桐竹勘十郎の団七。     提供:国立劇場

 
≫「技芸員への3つの質問」