イ・ソンジュン、韓国ミュージカル界を代表する音楽監督が語る、KAIら出演者の印象ーー『BRANDON LEE コンサート』インタビュー第3弾
イ・ソンジュン
韓国で最も愛された創作ミュージカル『フランケンシュタイン』と『ベン・ハー』の楽曲を、出演俳優の歌声とともに堪能できるコンサート『BRANDON LEE ミュージカル シンフォニー コンサート』が、6月17日(土)に東京の文京シビックホール、6月19日(月)に大阪のフェスティバルホールにて開催される。第1回のパク・ミンソン、第2回のミン・ウヒョクに続き、出演者インタビューの最後となる第3回は、本コンサートのマエストロ、作曲家BRANDON LEEこと、イ・ソンジュン音楽監督が登場。各出演者とのエピソードを語ってもらった。
今や韓国ミュージカル界を代表する作曲家、音楽監督のひとりと言われるイ・ソンジュン。幼少期にピアノ教師である母親に音楽の才能を見出されたものの「ピアノを弾くのは嫌いだった」というから意外だ。
「私は幼いころ、とてもやんちゃな子供だったので、じっと座ってピアノを弾くのが嫌でした。母が試行錯誤の末、いつでも持ち歩いて弾けるクラシックギターを習うよう勧められたのが、小学校1年生のときでした。その後、小6のときにパリ・バスティーユ管弦楽団を指揮するチョン・ミョンフンさんを偶然テレビで観たんです。それがどんな芸能人よりも私にとっては強烈な影響力がありました。その時ビゼーの『カルメン』組曲を聴いたのですが、家にあるCDで聴いたものとは全く違うチョン・ミョンフンさんの曲の解釈に飛び上がるほど驚きました。それからより深くクラシックを勉強するようになったのです」
高校はソウル芸術高校、大学はソウル大学校、と韓国でクラシック音楽家を目指すには、完璧すぎる超エリートコースへ進学。大学1年のときには世界三大クラシックギターコンクールのひとつに数えられる『フランシスコ・タレガ国際ギターコンクール』で韓国人初のファイナリスト進出を果たすなど、クラシックギタリストとして将来を嘱望されていた。しかし、家族や周囲の反対を押し切ってまでミュージカルの道に進んだそうだ。
「クラシックも楽しかったけれど私とは合わない部分もあるなと感じていたなか、高校2年生のときに偶然『ウエスト・サイド・ストーリー』を学校の団体観覧で観たのです。この時に私が求めていた音楽はミュージカルだ! と分かって、それから今までずっとミュージカルだけを見て生きています。具体的にどんなことをしたいかは成長しながら探してきましたが、ミュージカルの音楽ほど私を喜ばせ、時に悲しくさせたものはないと思います」
イ・ソンジュン
大学では、クラシックギターの勉強を続けながらミュージカルを筆頭にさまざまなジャンルの編曲を始め、アレンジャーとしてめきめきと頭角を現してゆく。
「大学でオーケストレーションを学んだので、それでお金を稼ぐようになりました。最初は『ボニー&クライド』や『モーツァルト!』などミュージカルの編曲を主にやっていたのですが、そんななか私が直接曲を書いたら、さらにもっと面白いだろうなと思ったものの、不安や怖さがありました。果たして私の曲をお客様が愛してくださるのか? という迷いがずっとあったのです」
そんな彼が初めて作曲に着手したのが『フランケンシュタイン』、『ベン・ハー』でもタッグを組んだワン・ヨンボムが演出を手がけ、来日公演や日本版も上演された『ジャック・ザ・リッパー』だった。
「私の長年の心配を勇気に変えるキッカケがありました。2010年バージョンの『ジャック・ザ・リッパー』で、「灰色の都市」という曲を初めてお客様にお披露目した日のことは、いまでも忘れられません。この曲のシーンが終わった後も劇を進めなくてはならなかったのに、拍手がずっと鳴りやまず約1分くらい進行が止まった、ということがあったのです。そんな経験をしながら、私が考えるミュージカルの音楽を、また違った方法で表現することに一度挑戦してみたいと思うようになりました。それが『フランケンシュタイン』に繋がりました」
2014年に初演された『フランケンシュタイン』は破格の大ヒットを記録して、同年の『ザ・ミュージカルアワード』8部門で受賞。彼も音楽監督賞を受賞し、それまでの韓国創作ミュージカルのイメージを大きく塗り替えた。
『フランケンシュタイン』 写真提供=EMKミュージカルカンパニー
「『フランケンシュタイン』では人間の苦悩を表現しました。ビクターとアンリ、2人の葛藤と苦悩を見せようとしたのですが、ビクターを音楽的に表現するにあたり、ベートーヴェンと重なるところが多いと思いました。特にベートーヴェンは彼の曲を求める人だけに作曲していた時期があって。それで貧しくなったうえ、病にも苛まれることになった気難しい人物だと認識していました。ビクターがベートーヴェンのようにヒステリックで自分の信念を強く持っている人物とするならば、対してその逆の魅力を持つアンリはモーツァルトのようだと思いました。モーツァルトが天才と呼ばれていたように、アンリもビクターにも劣らぬ素晴らしい知識を持っているんです。特に、一般的にはあまり知られていないことですが、モーツァルトは自分の曲を無償で提供したり、必ずしも貴族の前だけで演奏したわけではありませんでした。そのような献身的な部分や自ら犠牲を払うところが、アンリととても似ていると思いました」
全キャストが1人2役を演じるなか、最もお客様に支持されたのがビクターの生命創造の実験を支える盟友アンリ。聖人君子のようだった人物がビクターの罪をかぶって命を落とし、彼を復活させようとしたビクターの手により「怪物」と化してしまう。今回のコンサートに出演するKAIやパク・ミンソンも、アンリを熱演して俳優としての評価をグンと上げた魅力的な役柄だった。
イ・ソンジュン音楽監督とは高校時代からの友人というKAIが歌う、ミュージカル『フランケンシュタイン』「私が怪物」
「『フランケンシュタイン』の曲のなかで一番難しかったのが、怪物についての曲でした。特に「私が怪物」という曲を作曲する時には、私が実際に寝そべって怪物になりきり、どういう動きをすればどんな音がするのかを考えながら曲を作ったのです。難しい曲にはなりましたが、俳優たちが歌を稽古するときに、私の意見を話したりはしません。俳優たち自身の解釈を尊重しなくてはならないと考えているからです。もし俳優が気になるポイントがあれば私の考えも話しますが、絶対に強要はしません。私が世に送り出した曲ではありますが、最終的には俳優が完成させるものだと思っています」
『フランケンシュタイン』の成功を経て制作されたのが、1959年の同名ハリウッド映画が名作クラシックスとして必ず挙げられる『ベン・ハー』だった。この作品も『フランケンシュタイン』と同様に主人公ベン・ハーと幼なじみだったメッサラの男同士の友情と葛藤が描かれている。
『ベン・ハー』 写真提供=EMKミュージカルカンパニー
「『ベン・ハー』はユダ・ベン・ハーが逆境に打ち勝つ過程を伝えたくて、「赦し」というキーワードで作曲しました。ローマ帝国のダイナミックな部分と、属国となったユダヤの民の痛みを楽曲を通じて表現しています。今回のコンサートで「懐かしい土地」という曲を演奏する予定です。お客様にどうやって曲を作っていったかを、作曲時と同様にギターを演奏しながらお見せしたいと思っています。この曲は、ユダヤ人の「痛み」を表現するために、当時のアラビアンスケール(アラブ民族音楽の音階)にポップさも織り交ぜているのですが、それがクラシックギター特有のスパニッシュな部分とも似ていると思ったんです。また痛みというキーワードに合わせて、ギターを弾くときにもあえて指が痛くなるよう広げる運指(フィンガリング)の音階をたくさん使いました。もちろん歌を直接聴くほうが物語の美しさや痛みもより感じられますが、それはYouTubeなどでも観られるので(笑)、今回は私がギターオーケストラ編成で特別な舞台を準備しています」
今回のコンサートには『フランケンシュタイン』、『ベン・ハー』をはじめ、ワン・ヨンボム演出家&イ・ソンジュン音楽監督コンビの作品に多数出演してきた、いわばファミリー的俳優が揃っている。パク・ミンソンは彼を評して「くまのプーさんみたいな人」と冗談ぽく話していたが、俳優たちとのエピソードを訊ねると長年付き合いがある親しい間柄だけあって、興味深い裏話が次々と出てきた。
『ベン・ハー』 写真提供=EMKミュージカルカンパニー
「ユ・ジュンサンさんは、俳優だけでなく音楽活動もやっていて、とにかく常に情熱的な方なんです。週に一度は必ず電話がかかってくるのですが、電話口で1曲最後まで歌を歌うんですよ(笑)。曲のダメなところを指摘して欲しいらしいんです。正直なところ、指摘するようなところはなくても電話を切るために仕方なく指摘するのですが、それを1週間後に直してまた電話で歌われるんです(笑)。今後機会があればコンサートなどで、もっとたくさんの歌を歌いたいという願いがあるそうです。私もいつかそんな日が来ることを願っています」
高校、大学の同級生だというKAIについては「特に『ベン・ハー』初演のときは一緒に準備したので、彼にかなり頼ったところがありました。他の方は分からないかもしれませんが、私はKAIさんがいつ息をすればどんな発音になるか、というのを良く分かっています」とKAIとの密接な関係を感じさせた。
「パク・ミンソンさんは『フランケンシュタイン』の「偉大なる生命創造の歴史が始まる」という曲を初めて歌ってくれた俳優です。実は彼がミュージカル俳優を続けるか、辞めるか、というとても大変な時期に初めて会って、私が『ジャック・ザ・リッパー』に推薦して出演するようになったのです。元々彼はとても上手い俳優で、私にとっては自分が発見した俳優だと思っていましたが、最近はいろんな作品に起用されてとても忙しく、私の作品に容易にキャスティングできなくなってしまいました(笑)。KAIさんとパク・ミンソンさんは、私にとって常に癒しを与えてくれる声をもつ俳優なんです。最後に、ミン・ウヒョクさんは信じがたい存在です。そう思う理由は、イケメンで歌も演技も上手いし、すべてを持っている俳優だからです。こんな誇らしい俳優たちと共に、日本のお客様にご挨拶出来るのを今から楽しみにしています」
『フランケンシュタイン』 写真提供=EMKミュージカルカンパニー
今回のコンサート企画は昨年10月、韓国屈指の施設を誇るロッテコンサートホールで先行して開催され、翌月アンコール公演も開催されるほどの好評を博した。
「当初韓国のお客様の反応は、まるで『フランケンシュタイン』を初演した時のような反応でした。期待よりも憂慮の方が大きかったのですが、私は確信していました。この新たな魅力をたくさんの方が喜んで下さると。私は個人的にミュージカル『アラジン』が大好きなのですが、舞台ももちろん素晴らしかったけど、オーケストラ編成で再編曲したOST(オリジナルサウンドトラック)を聴いて、「私の曲もこんなふうに表現したらどうだろう?」と勇気づけられました。期待と不安のなかでコンサートに臨んだのですが、あまりにも熱い反応があって、1か月後すぐにアンコール公演を続けて開催することが出来たのです。映画音楽をオーケストラで演奏するコンサートはたくさんありますが、まだミュージカルの曲を今回のようにシンフォニーオーケストラで聴けることは世界的にもまだ多くはないそうです。私がとても尊敬している東京フィルハーモニー交響楽団と大阪フィルハーモニー交響楽団が、共に冒険してくださることだけでも私にとっては光栄で、とても有難い機会だと思っています」
新型コロナのため韓国へ行けなかったミュージカルファン同様、イ・ソンジュン音楽監督もこの3年ほどの間、日本に行けなかったことを悔やんでいたという。「6月が来るのが待ち遠しい!」と日本の観客との再会を心から楽しみにしている様子だった。
「私は『ジャック・ザ・リッパー』や『三銃士』でも作曲をしました。そのときも日本の多くの方たちがとても愛してくださって、「その関心に応える方法は何だろう?」とずっと考えて来ました。このコンサートを通して、舞台とはまた違った、オーケストラで聴くミュージカルナンバーの世界を期待していただきたいです。舞台に出演した俳優たちがオーケストラをバックに歌う公演に新たな醍醐味を感じていただけると思います」
イ・ソンジュン
イ・ソンジュン音楽監督は現在、韓国で12月から上演予定のミュージカル『ベルサイユのばら』を準備中。韓国での上演後は、作品の日本上陸は必至とみられているだけに、期待しているファンも多いだろう。
「韓国でもとても人気がある作品なので、かなり緊張しつつドキドキしながらいま曲を書いています。フランス革命の時代が背景にありますが、ある意味、現在の世界ととても似ている部分が多いと思います。私が子供の頃、同級生の女の子たちが『ベルサイユのばら』を読んでいたんですけど、幼い時は単に外国の話、そしてここにある話ではなく、マンガのなかのお話だと思っていました。ですが、今回はちょっと現代的に解釈したいと考えています。例えば私たちが人に出会ったときに感じるようなときめきを表現したいと思っていますし、ちょっとポップな感じにする予定です。いま頑張って準備しているので、この作品にも大きな関心と愛をいただけると嬉しいです」
文=さいきいずみ(韓劇.com) 撮影=オフィシャル提供
公演情報
日時:2023年6月17日(土) 18:00開演(予定)
会場:文京シビックホール
料金:S席16,000円、A席10,000円、VIP席22,000円
https://kyodo-osaka.co.jp/search/detail/6596
<大阪公演>
日時:2023年6月19日(月) 18:00開演(予定)
会場:フェスティバルホール
料金:S席16,000円、A席10,000円、VIP席22,000円、 BOX席25,000円
https://kyodo-osaka.co.jp/search/detail/6597
作曲:BRANDON LEE / 指揮:イ・ソンジュン
出演:韓国キャスト:ユ・ジュンサン(大阪公演のみ)、KAI、パク・ミンソン、ミン・ウヒョク(東京公演のみ)
日本キャスト:加藤和樹
演奏:
<東京公演>東京フィルハーモニー交響楽団
<大阪公演>関西フィルハーモニー管弦楽団
主催:キョードーマネージメントシステムズ
企画制作:VOICE
問い合わせ:
(東京)0570-00-3337(平日12:00~15:00)
(大阪)0570-200-888(11:00~18:00、日祝休)