【韓国・ソウルから現地リポート】「2025第五回 K-Musical Market」開催~日韓ミュージカル界のスター達がオリジナル作品を紹介/韓国オリジナルミュージカルの現在を知る(後編)
2025 K-Musical Market 主要会場のひとつ、Theater ON。 写真提供:韓国芸術経営支援センター(KAMS)
※前編(https://spice.eplus.jp/articles/339247)からの続き
グローバルな公演関係者向けの韓国ミュージカルの国際見本市、「2025 K-Musical Market」が、2025年6月2日から6日にかけて韓国・ソウルの大学路(テハンノ)劇場街にて開催されたことは、当記事の前編でも紹介した通り。
毎年6月の韓国といえば、今年(2025年)で19回目を迎えた大邱(テグ)国際ミュージカル・フェスティバル(DIMP)と、今年5回目を迎えたこのK-Musical Marketが同月に開催され、大学路の街中にその告知が出ていたりと、何かしらミュージカルに触れられる‘国家的なミュージカル月間’であり、そのうえ今年にいたっては6月9日に海の向こうの米国で開催されたトニー賞授賞式で韓国発の『メイビー・ハッピーエンディング』が主要6部門を制覇したこともあり、2025年6月は韓国のミュージカル界にとって歴史的な月となった。
前編では、K-Musical Marketの成り立ちから韓国政府がどのように関わっているか、そして、作品紹介の「ピッチング」(短時間で作品を紹介すること)の内容等の概要をお伝えしたが、今回の後編では業界の威信をかけたオリジナル・ミュージカルの作品紹介に関して、コンペで選抜された作品を中心に紹介しよう。
毎年マーケット期間中には、約30本以上の韓国オリジナル・ミュージカル作品(ピッチング作品が20+α以上、ハイライト・ショーケースが8本)とそのクリエイター達に触れることができるのだが、年々その規模はだんだんと豪華になってきている。なぜなら、まだ韓国内で公演として発表されていない[未完成オリジナル作品]のピッチングと、すでに商業ベースで発表された[完成オリジナル作品]のピッチングの、全ての部門で、ミュージカル俳優によるナンバー発表(歌唱実演)が義務付けられたからだ。今年で言うと、[未完成]12作品、[完成]10作品の、計22曲以上もの代表的ナンバーが、韓国内で活躍するプロの俳優達によって披露された。
発表の仕方も、冒頭でいきなりビッグナンバーが披露されたり、クリエイター達が説明している流れで俳優たちが話すように登場したり、最後の挨拶代わりにハイライト・ナンバーを歌って置いて行ったりと、チームごとに多種多様である。発表全体が各チームの競争力を表しているので、観たことのない作品や初見の作家・作曲家であるにも関わらず、観ていて応援したいチームが自然と出てくるのがこのピッチングの素晴らしいところだ。
また、ピッチングの時間で目を見張るのが、発表者であるクリエイター達のそれは若いこと。20代後半から30代後半がほぼメインになっており、この年代が現在の韓国オリジナル・ミュージカルを創作し続ける軸となっていることが分かる。
これら参加作品は全て、公演界の現場の第一線で活躍している韓国内の審査員(制作プロデューサー、ミュージカル学科の教授、評論家、等)ならびに日本・米国・英国・カナダ・中国・台湾、等の招聘審査員による細かい審査を受けることとなる。
プレゼン用に特別な映像を用意するチームも(写真左)。日本で行われるショーケースへの選抜ということで、日本語の字幕を用意したチームも。(写真右。) 2025.6.3 Theater ON
■[未完成作品ピッチング]
韓国内で未だ本公演を上演していない、未完成の候補作品12本の中から審査で選ばれたのは『カタリーナ』、『スペクトラム~君と友達になるための完璧な計画~』、『ゴースト・ノート』だった。この3作品のチームは、2025年内に日本・東京で開催される、クリエイターが主役のショーケースに駒を進める。
左から『カタリーナ』、『スペクトラム~君と友達になるための完璧な計画~』、『ゴースト・ノート』。個性的なポスターを見るだけでも、若い才能の輝きがわかる。
『カタリーナ』(チョン・ハンピッ作家&ビョン・ジミン作曲家)
韓国は日本と比べシェイクスピア作品の上演の歴史や上演数が非常に少ないのが特徴だが、そんな逆境に目もくれず、若手クリエイターが全く新しい『じゃじゃ馬ならし』を創作した。ヒロイン・カテリーナとその求婚者のペトルーキオの結婚騒動こそ原作通りだが、描き出されるヒロイン像は求婚者や父親等周りの男どもに左右されずに人生の自由を渇望する若い女性という、現代の観客たちの心にもストレートに届くミュージカル作品を目指してる。披露されたナンバーは、求婚を断ったことに理解をしない父親の前で感情が爆発し、文字通り「じゃじゃ馬になってやるっ!」と宣言する〈私こそ嵐〉。それはもう力強い曲で、明日にでも完成作品を見たいと思わせてしまうパワーに満ち溢れていた。
『スペクトラム~君と友達になるための完璧な計画~』(キム・スミン作家&キム・チャンミ作曲家)
登壇の順序がトップバッターであったにも関わらず、素晴らしい発表で見事選出されたのが本作。ホームスクーリング(在宅教育)で育てられてきた、アスペルガー症候群のジュヌが初めて高校という集団生活の環境に入り、自らのアイデンティティや友達との関係を模索していく現代ミュージカル。自分とは‘違う’相手をいかに理解し、受け入れていくかをテーマにしているのだが、クリエイターのプレゼンと実演ナンバーの歌詞を見るだけでも、選び抜かれた言葉を通して繊細なメッセージを観客に伝えられる作品であることが伝わってきた。
『ゴースト・ノート』(イ・セユン作家&ファン・イェスル作曲家)
日本でも上演された『伝説のリトル・バスケットボール団』の作曲家であるファン・イェスルが放つ最新作で、男性二人のミュージカル。『伝説の~』では成仏できない高校生の幽霊たちがいじめられっ子に憑依するという、楽しい中にも切ない背景が隠されていたが、この最新作でもその「憑依」をテーマに、大学生人気ユーチューバーの「パダ」と、その身体を「3か月だけ貸してくれ」と頼む幽霊「チャン」が織り成す物語となっている。十八番の作風なだけに、ファン作曲家が最も得意とする軽快で暖かいメロディが炸裂しており、発表が終わった瞬間、隣の韓国人関係者たちと「これは選ばれそうですね」と囁き合ったほど。東京のショーケースで披露される際には、日本の皆さんに「韓国・大学路ミュージカルの今」を最も感じていただけるクリエイターになることは間違いないだろう。
上記以外に、惜しくも選出はされなかったものの、Webtoonを原作とした壮大な物語『THE ボクサー』、韓国の作家と日米の作曲家が組んで東日本大震災を題材にリモートで創作した『明日、海へ』、植民地時代に実在した歴史的な女性スナイパーの話『ファラン』、等、充実した候補ラインナップが並び、他の年に出品されていれば必ずや選出されていたのでは?と思えるほど、今年度はレヴェルの高い競争であった。本公演には至ってないものの、すでに他で支援を得て台本のリーディング公演を発表をしている作品もあり、着実に作品のクオリティを上げていく過程ができているのも、韓国オリジナル・ミュージカルの特徴である。
ともあれ、今回の熾烈な争いを勝ち抜いた『カタリーナ』『スペクトラム』『ゴースト・ノート』の3作品、日本でのショーケースの際には、ぜひそのクオリティを確かめていただきたい。
発表の仕方はチームそれぞれ。ナンバーに英語の歌詞をつけた『スペクトラム~君と友達になるための完璧な計画~』(写真左)。発表するクリエーターも非常に若くてポジティブなエネルギーに満ち溢れている(写真右=『カタリーナ』のビョン・ジミン作曲家) 2025.6.3 Theater ON
■[完成作品ピッチング]
すでに韓国内の観客の前で有料上演されたことのある完成作品10本の候補から今回選出されたのは、『スイカのプール』、『とっても楽しいお嬢さんたち』、『タンポポの笛』、『アナーキスト』、『ナルチスとゴルトムント』の5作品だった。これらのチームは、今年東京都内で行われる「K-Musical Roadshow」の舞台に立つことができる。「K-Musical Roadshow」とは、韓国人俳優による韓国語での上演で、大学路を代表する俳優達の来日が予定されている。
今年度のK-Musical Roadshowに選抜された作品。上段左から『ナルチスとゴルドムンド』、『スイカのプール』、『タンポポの笛』、『アナーキスト』、『とっても楽しいお嬢さんたち』。
『スイカのプール』
筆者が特に注目したのは、日本でも出版されている韓国の同名ベストセラ―絵本(アンニョン・タル著)をベースに創作されたミュージカル『スイカのプール』。「暑い暑い夏に涼しいスイカの中で水泳できればいいな」という、子供たちの夢が全部詰まったような内容なのだが、書籍では困難なことなくスイカのプールを描けていたものを、舞台でしかできない想像力を駆使し、ミュージカルナンバーと演出で見せたのが本作だ。
筆者も昨年の夏にこの公演を見たのだが、絵本で描き切れてなかったストーリーを新たに創作し、最後の最後に文字通り舞台上にスイカのプールが現れる驚きに、会場中の子供たちと一緒になって興奮したのを覚えている。現在、韓国のミュージカル界でも急激に成長しているのが、この子供/青少年ミュージカルのカテゴリーであるため、その勢いを感じさせてくれるのにぴったりの作品といえる。
『とっても楽しいお嬢さんたち』
今年春の上演で韓国の公演関係者からの絶賛を浴びた『とっても楽しいお嬢さんたち』も強い印象を残した。‘女の子’であったために学校に通えず、文盲だったおばあさん(ハルモニ)達が、苦労した年月を経て文字を学び、詩を書き始めるという感動の物語。詩を書く実在のハルモニ達のドキュメンタリーと書籍をベースとしており、ミュージカルの歌詞は実際にそのハルモニ達が書いた詩から引用されている。
こう書くとお涙頂戴の話かと誤解されがちだが、この作品の素晴らしいところは、5人のハルモニ達のキャラクターがそれはそれは魅力的で底抜けに明るいこと。彼女たちの抱える背景は、夢を諦めたり、男性達から差別されたり、最愛の孫に絵本を読んであげることができなかったりと、非常にシリアスである。にも関わらず、ハルモニ達は人生の苦味や涙を前にへこたれず、明るさを失わない。それを踏襲したミュージカル・ナンバーやセリフに、観客は口では笑いつつ、なぜか涙が出てきてしまう。ハルモニ達を演じるのは、30~40代のミュージカル女優。彼女達の芸達者ぶりも見もので、ピッチングの発表の際にはメインキャスト全員が登場し、大いに盛り上がった。
おじいさんと孫のデュエット・ナンバーを披露した『スイカのプール』の発表(左)。 キム・アヨン、ホ・スミという韓国ミュージカル界随一の芸達者な俳優たちが演じる、『とっても楽しいお嬢さんたち』ハルモニ達(右)。立っているだけで愛らしいため、会場中の微笑みを誘っていた。 2025.6.4 Theater ON
『タンポポの笛』『アナーキスト』『ナルチスとゴルトムント』
他に選出されたのは、今をときめく大学路の人気男優たちが大集合し、圧巻の歌声でナンバー披露された三作品。
植民地時代に日本で夭折した詩人ユン・ドンジュとその弟の物語『タンポポの笛』では、『女神様が見てる』、『シデレウス』、『ブラザース・カラマーゾフ』等の大学路の売れっ子俳優アン・ジェヨンと、これまた人気若手俳優のイム・ジンソプがいきなり登場し、その美声に加え、一瞬にして芝居に入る実力を見せつけ、海外からの関係者たちの目もくぎ付けにしていた。
同じく植民地時代が背景の『アナーキスト』と、ヘッセの『知と愛』をモチーフにした『ナルチスとゴルトムント』も人気男優たちが総出演するので、東京の「K-Musical Roadshow」では、本役を務めた大学路を代表するイケメン&実力派男優たちを一気に見れるチャンスとなるだろう。
『タンポポの笛』(左)、『ナルチスとゴルトムント』(右)実演披露の様子。 2025.6.4 Theater ON
■[グローバル・ピッチングー日本編]
[グローバル・ピッチング]は、今回から新設されたカテゴリー。韓国以外の国で作られたオリジナル・ミュージカル作品を韓国及びグローバルの関係者向けに紹介する。ただし、こちらはコンペではなく、あくまで紹介を目的としたピッチング。
記念すべき『グローバル・ピッチング』第一回の発表は日本のミュージカル。そのトップバッターには、東宝が登場。近年バラエティ豊かなオリジナル・ミュージカルを発表しているため、このピッチングでは韓国のIP(知的財産)を使った『梨泰院クラス』だけでなく、『この世界の片隅で』、『SPY×FAMILY』、『ジョジョの奇妙な冒険』と紹介が続き、その本数と規模の大きさに関係者一同、ド肝を抜かれていた。
通常、韓国のオリジナル作品は大部分が10人以下の俳優でインターミッションなしの100分程度で作られるため、大劇場オリジナルをコンスタントに制作・上演しているのがどれだけ大変なのかは皆、身を以て知っている。そのため、それを上演し続ける東宝の凄さにまずは驚きを隠せない様子だった。ただ、このK-Musical Marketにおけるピッチングの時点では、発表のメインであった『梨泰院クラス』がまだ世界初演開幕前だった(東京で初日を迎えたのは6月9日である)ため、ナンバーの披露は『ジョジョの奇妙な冒険』から。ヒロインのソロナンバー披露の援護射撃に登場したのは、日本と韓国二つの国で『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役を務め、両国で絶賛されたミュージカル俳優のルミーナだった。彼女が日本語で歌いあげた迫力のソロは、いわゆる韓国のミュージカル界隈でよく使われる表現である「미친 고음(ミッチン コウム):ありえない高音)」の連続で非常に難易度が高い曲であったのにも関わらず、素晴らしい歌声を聴かせてくれた。多くの関係者は彼女の韓国でのエポニーヌを観ているため、その韓国語はその発音も抑揚もネイティブ・レベルであることは知っているのだが、今回、彼女の母語である日本語での歌い上げを見て、どの言語で歌ってもその表現力と歌唱力が抜きんでていることが証明され、唯一無二の「日韓ミュージカル俳優」としての存在感が光っていた。
今回の発表を終えたルミーナは、「初めて『ジョジョ~』のナンバーを歌わせていただいたのですが、聴けば聴くほど私自身の大好きなナンバーとなりました。そして、日本のオリジナルであるこの作品を、韓国をはじめ多くの国々の皆さんに知らせることが出来たことは、とても光栄でした。客席を見渡しただけでも、様々な国の方々のお顔が見えたので、あのステージで歌えたこと自体に感謝しています。現在、日本と韓国のミュージカル俳優がコンサート等を通して一緒に舞台に立っていますが、今後。両国の俳優たちが一緒に表現できるミュージカル作品があれば、ぜひ参加してみたいです」とのコメントを寄せてくれた。
東宝のピッチングでは、日本と韓国で活躍するルミーナがミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険』から圧巻の歌唱力を披露。ジョジョは韓国でも非常に人気がある漫画なので、関係者たちからの反応も熱かった。 2025.6.4 Theater ON
二番目に登場した劇団四季の発表は、最新作の『ゴースト&レディ』。こちらも大規模な作品な上に、日本と欧米のクリエイターが共に創り上げた舞台とあって、「一度日本に観に行ってみてみたい」という声が発表後に聞かれていた。2006年にソウルのシャーロッテ劇場のこけら落し公演で、劇団四季の『ライオン・キング』が韓国語で約1年間上演され、そのアンサンブルだったパク・ウンテやラフィキ役のチャ・ジヨンが後に韓国ミュージカル界の大スターになったり、当時の技術スタッフ達が今や韓国の公演界にはなくてはならない重鎮になっていたりと、その功績は現在でも残り続けている。約20年の時を経て、当時は小学生くらいだった若い韓国の公演関係者が劇団四季の歴史や現在の作品に触れることのできた今回の発表は、非常に感慨深いものがあった。
三番目はこちらもコンスタントにオリジナル作品を発表し、韓国では大ヒット・ミュージカル『デスノート』のオリジナル制作会社としても有名なホリプロ。ジェイソン・ハウランド作曲による新作『ある男』をメインにしたピッチングでは、なんと韓国の若手ミュージカル界のホープ、キム・ソンシクとノユンが登場。昨年韓国で行われたEMKカンパニーの韓国オリジナル作品である『ベルサイユのバラ』のアンドレとベルナール役の二人の登場に、会場も盛り上がった。二人は東京で8月に世界初演が行われる作品のナンバーから韓国語に翻訳されたソロとデュエット曲二曲を披露してくれた。キャラクターの内面を描くような歌詞とロック調のメロディは、韓国の関係者の耳にもダイレクトに届いていた。今回のK-Musical Market用に特別に韓国語歌詞を書き下ろしたのは、『愛の不時着』、『ナビレラ』、『メアリー・シェリー』、そして『ミセン』の作家であるパク・へリム。今回短い開催期間であるにも関わらず、豪華すぎる俳優陣と翻訳歌詞を用意したホリプロのセッティング力の素晴らしさに、世界的な競争力を見た。
四番目には日本のミュージカル界を代表する演出家である上田一豪の率いる劇団TipTapが登場。日本において『笑う男』、『メイビー・ハッピーエンディング』、そしてトップバッターの東宝が発表した『この世界の片隅で』の演出を担当したということで、注目が一気に集まっていた。その上、劇団オリジナル作品『Play a Life』の紹介では、英語・韓国語字幕が入ったハイライト映像を準備するという周到さを見せ、たった数分の映像であったにも関わらず、国関係なく会場中が物語と音楽に寄り添った歌詞を理解できていた。三人劇で、切ない背景が詰まったラブストーリーでもあるため、明日にでも大学路で韓国の俳優によって上演される『Play a Life』を想像できてしまうほど。大規模なオリジナル作品が続いた後の発表だっただけに、日本のミュージカル界の領域の広さを示す、大きな意味のある内容だった。
劇団TipTap発表後、『Play a Life』の作品紹介をすぐさまチェックし始めた韓国のプロデューサーの様子。 2025.6.4 Theater ON
最後に登場したのは、日本の演劇界で長い歴史を持つミュージカル・カンパニー イッツ・フォーリーズ。約10分間のピッチングで、1977年に作曲家のいずみたくが設立した劇団の背景、そしてこれまで発表してきた作品群が凝縮されている発表で、40年以上続くその歴史とその時代ごとにより沿った作品テーマに会場中が感心していた。特に、子供・青少年向けミュージカルから、『ナミヤ雑貨店の奇跡』や『鉄鼠の檻』等のベストセラ―小説を舞台化した作品を発表し続けているその手腕は、韓国の公演界ではなかなか見ることができないため、多くの関係者が日本オリジナル・ミュージカルの歴史の深さを感じていた。
イッツ・フォーリーズは、10分のピッチング用に音楽を入れ込んだ映像を用意。それを元に劇団の歴史と作品を発表する姿を世界中の公演関係者が見守った。 2025.6.4 Theater ON
今年のK-Musical Marketで日本のオリジナル・ミュージカルが紹介された意義は非常に大きい。なぜなら、劇団四季が『ライオン・キング』のソウル公演を行なった後の約20年の間、韓国は自国のオリジナル・ミュージカルを海外に出すことに集中し、その成果として日本国内での韓国オリジナル作品のライセンス公演こそ盛んになったものの、反対に日本オリジナル・ミュージカルの情報や実際に日本現地に行って作品を観たり、日本の俳優や制作過程に対する‘興味’そのものが欠如している空白の期間の中にいた。現地(ソウル)で暮らしている筆者には、それが顕著に感じられ、日本がこんなにもオリジナル・ミュージカル作品を制作していること自体、関係者の大部分は知識としてなかったし、筆者に対して具体的な質問が向けられることも少なかった。
だがこのグローバル・ピッチング以降、関係者の雰囲気はガラッと変わった。大学路でミーティングをする度に『ミセン』や『梨泰院クラス』の興行スコアについて、『ある男』に関しては、韓国でもジェイソン・ハウランドが書き下ろした楽曲を使用した『SWING DAYS 暗号名A』というオリジナル作品もあるため、同作と並べてピッチングの際の楽曲の感想を言われたり、実際に日本に出向いて作品の視察をしたりするチームが出てきたりと、日本のミュージカルに対する業界の興味が一気に高まったのである。
ピッチング時間は各社約10分程度だったものの、その効果は絶大であり、オリジナル作品を国外に‘知らせる’ということがいかに大切か、今回のK-Musical Marketを通して実感した。来年以降もK-Musical Market事務局はこのグローバル・ピッチングを予定しているということなので、どんな日本オリジナル・ミュージカルが世界に紹介されるか、今から楽しみだ。
■[ショーケース]
[ショーケース]では、すでに韓国内で上演され、成功した作品の中から選ばれた8作品が、イベント期間中毎日2作品づつハイライト上演された。この8本の中から最終的に3本(『レット・ミー・フライ』、『ランボー』、『ダリ、ガラ企画展』)が韓国内外の専門の審査員によって選出され、今年度米国ブロードウェイで行われる英語でのショーケースに進むこととなった。
左から『レット・ミー・フライ』、『ランボー』、『ダリ、ガラ企画展』のポスター
『レット・ミー・フライ』
毎年ショーケースには韓国ミュージカル界のスターが集結するが、ファンタジー・ラブストーリーの『レット・ミー・フライ』には、『アイーダ』で主演を長年務め、韓国の国民的なミュージカル『ジキル&ハイド』のルーシーでもお馴染みのユン・コンジュ(↓写真右の女性)、『ウィキッド』のグリンダ役ことナ・ハナ(↓写真左の女性)、『ビダーシュタント』、『ラフへスト』で近年の活躍が目覚ましいアン・ジファン(↓写真左の男性)、韓国ミュージカル界の重鎮で『ジーザス・クライスト=スーパースター』ではその美声で多くの観客をノックアウトし続けるキム・テハン(↓写真右の男性)が総出演。作品で本役を務めている彼らだけに、たった40分というハイライトの時間制限の中でも、作品の世界観を思う存分見せていた。
『レット・ミー・フライ』ショーケース。写真左=左から、アン・ジファン、ナ・ハナ。写真右=左から、キム・テハン、ユン・コンジュ。 2025.6.3 LINK Arts Center PAYCO hall
『ランボー』
選抜作品二作目は、『ランボー』。大学路でも再演を重ねている作品だけに、日本から観に行った観客の皆さんも多いかもしれない。ショーケースには、詩人アルチュール・ランボー役にパク・ジョンウォン(↓写真中央)、詩人ポール・ヴェルレーヌ役にキム・ジチョル(↓写真左)が参戦。候補作が全て同じ舞台を使用するため、必要最低限のシンプルな舞台と小道具のせいか、逆に二人の歌唱力と繊細な芝居を際立たせていた。
『ランボー』のショーケース。左=キム・ジチョル、中央=パク・ジョンウォン、右=キム・ジチョル&パク・ジョンウォン。 2025.6.4 LINK Arts Center PAYCO hall
『ダリ、ガラ企画展』
最後の選抜作品は、欧米チーム大絶賛の『ダリ、ガラ企画展』。世界的に有名な画家、サルヴァドール・ダリの作品をモチーフに、「ミュージカル」と「絵画の展示」を結合させたユニークな作品。ダリが遺した名画を人によって表現し、その絵が描かれた背景を歌で見せていく。今年2月に斗山アートセンターで行われた本公演では、観客も歩きながら作品の中に‘入る’というイマーシブ公演形式で行われたため、今回のショーケースではどう表現するか楽しみであったが、照明や観客席を自由自在に使用した工夫と遊び心に、専門家たちが感心していた。
『ダリ、ガラ企画展』のショーケース。 2025.6.6 LINK Arts Center PAYCO hall
惜しくも選抜には至らなかったものの、『ドリアン・グレイ』(↓写真左)には、チェ・ジェウン、ユン・ソホが登場。『イソップ物語』では、『メイビー・ハッピーエンディング』のオリバー役を演じた、大学路でも大人気の俳優、チョン・ソヌ(↓写真右・右端)が登場した。各ショーケースは一般の観客にも開放されており、1万ウォン(約千円)で入場できる。オンラインでの予約が基本となるが、席が残っていれば会場では当日券の扱いもある。来年のマーケットでも、きらめく俳優達が総出演することが予想されるので、期間中日本からお越しのゲストは、ぜひ体験してみていただきたい。
写真左=『ドリアン・グレイ』のショーケース。写真右=『イソップ物語』のショーケース(右端がチョン・ソヌ)。 2025.6.6/6.4 LINK Arts Center PAYCO hall
K-Musical Marketには、様々な国からプロデューサー、制作会社代表、バイヤー達が集まるが、今年海外からのゲストが最も多かった国は、総数60名以上もの関係者が訪れた日本であった。イベント最終日には、一般には非公開であるものの、アジア・プロデューサー・フォーラムとして、トップクラスの俳優マネジメントシステム、舞台制作を行っているワタナベ・エンターテイメントが俳優の育成や制作環境について発表。韓国ではこれほど大規模にマネジメントと舞台制作を行っている会社がないため、その経験と知識の共有は、アジアのプロデューサー達にとっても非常に有意義な時間となっていた。
前編の記事でもお伝えした通り、イ・ジェミョン大統領が率いる新政権は、芸術カテゴリーに対する、より一層の支援を約束しているため、来年度以降のK-Musical Marketに関しても、従来以上の財政的な投資や人的支援、プログラムの充実が予想される。今回の現地レポート取材に際して、主催である韓国芸術経営支援センターの現場主任のオ・ジェベク氏から日本のゲストに対して、「今後のK-Musical Marketは、韓国ミュージカルだけでなく、グローバルミュージカルを披露するピッチング、または、より一歩踏み込んだショーケース・プログラムを持続的に広げていく予定です。 これにより、アジア各国の協力によるシナジー効果を創出する方向に我々は進んでいきたいと考えていますので、日本の皆様にも多くの参加をしていただければ、嬉しいです」とコメントが寄せられた。今後、日本のミュージカル俳優達がマーケットで日本オリジナル作品のショーケースを行なう日が来ることも近いかもしれない。これまでは韓国オリジナル作品だけの発信だったものが、日本をはじめ海外諸国のオリジナルを受け入れ、双方間の交流が始まった今年のK-Musical Market。国際ミュージカルマーケットとしての円熟味が、いよいよ増して来ている。
取材・文:YOKO TAKAHARA(高原陽子)
写真提供:韓国芸術経営支援センター(KAMS)
【韓国・ソウルから現地リポート】「2025第五回 K-Musical Market」開催<前編>は下記から
イベント開催記録
・司会:チャン・ソニョン
●祝辞
・登壇:韓国、米国、英国、日本、中国各代表者
●基調講演
・登壇:チョン・インヘ(韓国)、ショーン・パトリック・フラハヴン(米国)、エリカ・リン・シュウォルツ(米国)、横山大輔(日本)、チャ・シェニン(中国)
・登壇:レイチェル・サッスマン(米国)
・登壇:アリスター・スミス(英国)
・登壇:ハリエット・マッキー(英国)
・登壇:アネット・タナー(米国/ニュージーランド)
・登壇:アリスター・スミス(カナダ)
・モデレーター:キム・ジョンヒョン
・登壇:韓国、中国、日本のミュージカル製作者各2名
・登壇:韓国・日本・中国・台湾のミュージカル製作者たち
①「The Perfect Plan to Be Your Friend(スペクトラムー君と友達になるための完璧な計画ー)」Presenter Soomin Kim
②「Becoming Forest 化林(ファリム)」Presenter Gyeonghyeon Park
③「Broken Sentence(ブロークン・センテンス)」Presenter Changhee Lee
④「Katherina(カタリーナ)」Presenter Jimin Byeon
⑤「Black Dog(黒い犬の描き方)」Presenter Jaehyun Sung
⑥「Musical <The Boxer>(ザ・ボクサー)」Presenter Jeyoung Park
⑦「Ghost Note(ゴースト・ノート)」Presenter Seyoon Oh
⑧「Decalcomanie(デカルコマリー)」Presenter Byongrok Loki Kim
⑨「Silence(サイレンス)」Presenter JAEJUN SUNG
⑩「Tomorrow, by the Sea(明日、海へ)」Presenter Yunhye Park
⑪「Starworkers(スター・ウォーカーズ)」Presenter Dayeong Song
⑫「Ripley(リプリー)」Presenter Hyerim Lee
①「Special Delivery: Home(スペシャル・デリバリー)」MJ Planet
②「Narcissus and Goldmund(ナルシスとゴルトムント)」SUMNAVI
③「The Watermelon Seed(すいかのプール)」AM CULTURE
④「Dandelion Flute(タンポポの笛)」RAINBOW WORKS
⑤「Anarchist(アナーキスト)」MBZ Company
⑥「Chunja in Wonderland(不思議の国のチュンジャさん)」O Jing O Theatre Company
⑦「Moon Pops(お月さんのシャーベット)」HARLEQUIN CREATIONS CO., LTD
⑧「Emile(エミール)」UNIVERSAL LIVE Inc.
⑨「Granny Poetry Club(とても楽しいお嬢さんたち)」Live Corporation
⑩「Cha Me( #チャミ)」PAGE1
①東宝「梨泰院クラス」
②劇団四季「ゴースト&レディ」
③ホリプロ「ある男」
④劇団Tip Tap「Play a Life」
⑤イッツフォーリーズ「洪水の前」「バウムクーヘンとヒロシマ」
①「Legendary Little Basketball Team(伝説のリトル・バスケットボール団)」IMCulture Co., Ltd.
②「Let Me Fly(レット・ミー・フライ)」Let Me Fly Co., Ltd.
③「Story of Aesops(イソップ物語)」Come In Company
④「Rimbaud(ランボー)」DOUBLE K ENTERTAINMENT
⑤「Popeye(ポパイ)」Baroplay
⑥「Monster Camp(モンスター・キャンプ)」Brush Theatre Co., Ltd.
⑦「Dalí, Gala Exhibition(ダリ、ガラ企画展)」Jakjak Theatre Company
⑧「DORIAN GRAY(ドリアン・グレイ)」PAGE1