世界のパレオアートで恐竜研究の歴史を辿る“化石展示のない恐竜展”へ 特別展『恐竜図鑑』レポート

レポート
アート
2023.6.15
特別展『恐竜図鑑-失われた世界の想像/創造』

特別展『恐竜図鑑-失われた世界の想像/創造』

画像を全て表示(16件)

特別展『恐竜図鑑-失われた世界の想像/創造』が2023年5月31日に東京・上野の上野の森美術館で開幕した。7月22日まで行われる本展は、19世紀初めから現代まで続いてきた恐竜研究の歴史を、化石などの科学的根拠に基づいて復元した「パレオアート」を中心に約150点の恐竜絵画などで辿るという画期的な企画だ。開幕前日にはプレス内覧会が開催され、企画担当者によるギャラリートークも行われた。ここでは、その様子を交えながら本展の主な見どころを紹介していこう。

約200年にわたる恐竜研究の歴史をアートで紐解く

今春、神戸で開催され、大好評だった特別展『恐竜図鑑』が東京に上陸。“恐竜展”といえば、巨大恐竜の化石や骨格標本の展示が並ぶことが一般的だ。しかし、博物館ではなく美術館で行われる本展は、世界から集められた「パレオアート」を通じて恐竜研究の歴史を辿るという斬新な企画である。

会場外観

会場外観

導入となる最初の空間では、展覧会のタイトルである「図鑑」の巨大パネルが来場者を迎えてくれる。それに続いて、最も早く化石が発見された恐竜のひとつであるイグアノドンを例に、恐竜研究の歴史における恐竜復元像の変遷が映像を用いて紹介されている。

「図鑑」をイメージした最初の空間

「図鑑」をイメージした最初の空間

約2億5000万年から6600万年前にかけて生息していたとされる恐竜だが、世界で恐竜の存在が知られ始めたのは、イギリスで古生物の化石が発掘されだした19世紀前半のこと。その中で1820年代の初めに地質学者のギデオン・マンテルによって発見されたイグアノドンは、新たな化石の発見や研究の進歩により、そのイメージを大きく変えていった。

荒木一成/フェバリット 水晶宮に展示されたイグアノドンの模刻 (ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズによる)2003年 作家蔵

荒木一成/フェバリット 水晶宮に展示されたイグアノドンの模刻 (ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズによる)2003年 作家蔵

現代では鋭利に尖った前脚の大きな親指が特徴とされるイグアノドン。しかしマンテルらが発見した当初はサイのように四本足で地を這い、鼻の上に角を持つ動物と考えられていた。その後、1870年代の後半からベルギーの炭鉱で大量の化石が発見されたことをきっかけに、後脚と尻尾で体を支えながら二足歩行で立つイメージに。さらに約百年後の1960年代から起こった「恐竜ルネサンス」と呼ばれる研究上の大規模な改革のもと、それまでよりも前傾姿勢で俊敏に動き回る動物へとイメージが塗り替えられていった。

この大きく3段階にわたる変遷はパレオアートの進化にも重なった。本展では、パレオアーティストをはじめ、時代ごとのキーパーソンに光をあてている点も注目のポイントである。

想像力を磨いて恐竜を描いた黎明期のパレオアーティストたち

4章で構成される展示のうち、第1章「恐竜誕生-黎明期の奇妙な怪物たち」には、パレオアートの歴史が幕を開けた主に19世紀の作品が展示されている。まず初めにあるのは《ドゥリア・アンティクィオル》という一枚のリトグラフだ。

ジョージ・シャーフ(ヘンリー・デ・ラ・ビーチによる)《ドゥリア・アンティクィオル(太古のドーセット)》 1830年 ロンドン自然史博物館蔵

ジョージ・シャーフ(ヘンリー・デ・ラ・ビーチによる)《ドゥリア・アンティクィオル(太古のドーセット)》 1830年 ロンドン自然史博物館蔵

別名「太古のドーセット」と呼ばれる本作は、イギリス南西部のドーセット州で1811年にイクチオサウルス、1821年にプレシオサウルスを発見した化石ハンター、メアリー・アニングの功績を称えて製作されたもので、史上初の古生物復元画といわれる作品である。空には翼竜、水中にはアンモナイトとさまざまな生物が登場する中、画面の中心では魚竜のイクチオサウルスが首長竜のプレシオサウルスに噛み付くという“戦闘”の様子も描かれている。

ギャラリートークで解説を行った岡本弘毅教授

ギャラリートークで解説を行った岡本弘毅教授

「今の考え方だと魚竜が首長竜を襲うというのは考えられないのですが、この頃は魚竜のイクチオサウルスが圧倒的に強いとされていて、強力な捕食者だとイメージされていました」とギャラリートークで解説してくれたのは、本展の企画担当者である神戸芸術工科大学の岡本弘毅教授。なお、すぐ隣には本作を模して描かれた油彩画もあり、人々が最も初期に抱いた恐竜のイメージを知れる貴重な展示といえる。

第1章の展示風景

第1章の展示風景

続いて展示されている《イグアノドンの国》という作品には、先ほど紹介したギデオン・マンテルの依頼によって描かれたという“角付きイグアノドン”の姿が。一方には、1851年の第1回ロンドン万国博覧会後、郊外に移設された水晶宮(クリスタルパレス)を舞台に、「恐竜(Dinosauria)」という言葉を作ったイギリスの古生物学者、リチャード・オーウェンの監修によって行われた巨大恐竜模型の展示に関する作品も見られる。

ジョン・マーティン《イグアノドンの国》 1837年 ニュージーランド国立博物館テ・パパ・トンガレワ、ウェリントン蔵

ジョン・マーティン《イグアノドンの国》 1837年 ニュージーランド国立博物館テ・パパ・トンガレワ、ウェリントン蔵

CGを駆使した映像作品などを通じて、まるで自分たちと同時代の生き物かのように恐竜をイメージできる現代の我々からすると、初期に描かれた恐竜の姿はワニやオオトカゲのような爬虫類に近い形に見えるかもしれない。ただ、重要なのは、当時の人々が非常に限られた資料の中で、さまざまな想像を働かせながら在りし日の恐竜の姿を描くことに挑んだという点だ。今のように情報が溢れていない時代、その作業はどれだけワクワクするものだったかと思いを重ねてみると、きっとこれらの作品鑑賞がより味わい深くなるはずだ。

ナイト&ブリアン、新時代を切り開いた二人の巨匠

第2章「古典的恐竜像の確立と大衆化」では、1878年からベルギーで起こったイグアノドンの化石の大量発掘と、その後に恐竜研究の主な舞台が北アメリカに移ったことを受けて、20世紀初頭ごろから新たな時代を迎えたパレオアートの歴史を、主に2人の巨匠の作品を中心に辿っている。

1870年代から90年代にかけて、北アメリカでは、エドワード・ドリンカー・コープとオスニエル・チャールズ・マーシュという2人の古生物学者が「化石戦争」といわれる壮大な化石発見の争奪戦を展開。そこで発掘された大量の化石をもとに、恐竜の多様性が一気に明らかになったわけだが、その知見をパレオアートに反映して新たな時代の旗手になったのが、動物画家として活動していたチャールズ・R・ナイトだった。

上:チャールズ・R・ナイト《ジュラ紀ーコロラド》 下:チャールズ・R・ナイト《ペルム紀ーテキサス》 いずれも1931年 プリンストン大学蔵

上:チャールズ・R・ナイト《ジュラ紀ーコロラド》 下:チャールズ・R・ナイト《ペルム紀ーテキサス》 いずれも1931年 プリンストン大学蔵

このナイトの作品と、彼に続いてこの領域の重要画家となったチェコスロバキア出身のズデニェク・ブリアンの作品群は、岡本教授が「本展のハイライト」と語る展示だ。教授は二人を比較して「ナイトは次々と見つかった新しい化石の近くで描いていたのに対して、ブリアンは資料的に厳しい環境にありながら、非常に強い影響力を得ていった。日本でもブリアンの画集が1960年代に翻訳されて、国内の多くのイラストレーターに影響を与えました」と解説。

ズデニェク・ブリアン《ステノプテリギウス・クアドリスキッスス》 1964年 ドヴール・クラーロヴェー動物園蔵

ズデニェク・ブリアン《ステノプテリギウス・クアドリスキッスス》 1964年 ドヴール・クラーロヴェー動物園蔵

今回はアメリカ自然史博物館などからナイトの作品が計13点、チェコのドヴール・クラーロヴェー動物園などからブリアンの作品が計18点来日している。すべて外国の所蔵作品なので1枚見られることも珍しいのだが、彼らの作品をこれだけ一挙に見られる機会もないだろう。

ズデニェク・ブリアンとマチュラン・メウの作品展示空間

ズデニェク・ブリアンとマチュラン・メウの作品展示空間

この時代になると我々のイメージにほぼ近付いた恐竜が描かれており、ナイトの作品からはパステル調の色彩を交えながら、やや愛らしい表情で描かれた印象の恐竜の姿が。一方でブリアンの作品には、より写実的に、生き生きとした恐竜の姿が描かれており、まるで太古の息吹が伝わってくるかのような印象を受ける。

手前:ニーヴ・パーカー《イグアノドン》 1950年代 ロンドン自然史博物館

手前:ニーヴ・パーカー《イグアノドン》 1950年代 ロンドン自然史博物館

そのほか、ニーヴ・パーカーによる迫力たっぷりなモノクロ画や、情景を感じるハインリヒ・ハーダーの作品群などリアルに描かれた恐竜たちは、今は大人になった“かつての恐竜少年”たちを童心に誘うような内容だ。

親子で訪れて、自由研究のテーマ探しにも

階段を上がって2階の展示室では、後半の2つの章が展開されている。

第3章「日本の恐竜受容史」では、国内有数の恐竜グッズ収集家だった田村博のコレクションを中心に、明治時代以降、日本の子どもたちにとっても憧れの対象になり続けてきた恐竜の歴史を書籍や模型を交えて辿る。また、『疾風伝説 特攻の拓』などの作品で知られる漫画家・所十三の恐竜漫画『DINO(2)』の原画展示もある。

篠原愛《ゆりかごから墓場まで》 2010-2011年 鶴の来る町ミュージアム蔵

篠原愛《ゆりかごから墓場まで》 2010-2011年 鶴の来る町ミュージアム蔵

所十三『DINO(2)』 漫画原稿 2002年 作家蔵

所十三『DINO(2)』 漫画原稿 2002年 作家蔵

第4章「科学的知見によるイメージの再構築」では、1960年代以降の「恐竜ルネサンス」後、さらに進化を遂げる最新のパレオアートを展示。さらに、現代の日本における代表的アーティスト、小田隆に光をあてている。

ルイス・V・レイ《カルノタウルス・サストレイ》 1995年 インディアナポリス子供博物館(ランツェンドルフ・コレクション)蔵

ルイス・V・レイ《カルノタウルス・サストレイ》 1995年 インディアナポリス子供博物館(ランツェンドルフ・コレクション)蔵

小田隆《篠山層群産動植物の生態環境復元画》 2014年 丹波市立丹波竜化石工房蔵

小田隆《篠山層群産動植物の生態環境復元画》 2014年 丹波市立丹波竜化石工房蔵

なお、本展では、恐竜ファンの一人である女優・南沙良が担当した音声ガイドを無料で利用可能。会場入り口に設けられたQRコードをスマホでかざし、特設サイトにアクセスして聞くことができる。また、同じく入り口にはクイズ形式のジュニアガイドも用意されているので、夏休みに向けた自由研究のテーマ探しにもおすすめの展覧会だ。

特別展『恐竜図鑑-失われた世界の想像/創造』は、7月22日まで上野の森美術館で開催中。

イベント情報

特別展『恐竜図鑑―失われた世界の想像/創造』
会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園1-2)
会期:2023年5月31日(水)~7月22日(土)会期中無休
開館時間:10:00~17:00(土日祝は9:30~17:00) ※入場は閉館の30分前まで
料金:一般2300円、大学・専門学校生1600円、高・中・小学生1000円
※未就学児は無料(高校生以上の付き添いが必要)
※団体券は会場の当日券窓口のみ販売
※障がい者手帳をお持ちの方と介助者1名は無料
※学生、各種お手帳をお持ちの方は、証明できるものをご提示ください
※一度購入されたの券種変更、払い戻し、再発行はいたしません
展覧会公式サイト: https://kyoryu-zukan.jp/
シェア / 保存先を選択