笹森裕貴、桜花浪漫堂 朗読劇『人間失格』で新境地へ!~「これだぜ、これがやりたかったんだ」っていう姿を観てほしい。
太宰治の『人間失格』を原案とする桜花浪漫堂 朗読劇『人間失格』で主人公・大庭葉蔵を演じる笹森裕貴。パブリックイメージとしては「意外なキャスティング」という印象だが、本人曰く「“まだ見せてきていない自分”がここには描かれている」。俳優として願ってきたより幅広い表現への挑戦が待つ作品を目の前に、意欲溢れるその胸中を語ってもらった。
──朗読劇『人間失格』。これまで笹森さんが出演されてきた作品とはまた一味違った“文芸路線”です。出演が決まった時のお気持ちから伺えますか?
僕でいいのかなとは思いましたね。自分で意外だなと思いましたし……こういう純文学の作品に自分が呼ばれると思っていなかったんで。でも声をかけていただいてすごく嬉しかったですし、「僕のことを知ってくれているんだ」という嬉しさがありました。いろんな作品に挑戦したい気持ちは常日頃ずっと抱いていましたし、やはり「いろんな人間の人生を歩ける」「いろんな人間に自分がなれる」のは役者という仕事の特権だなって思ってるので。その中でも大庭葉蔵のような結構不安定な……感情の浮き沈みが激しいような役はずっとやってみたかった。もう、やりがいしかないなという印象です。
──朗読劇というスタイルについては?
独特の空気感がありますよね。演出にもよりますけど、普通の演劇とは違って舞台上の役者同士顔があまり見れないというか、基本的には正面のお客様に語りかけるというのも勝手が違いますし。まずは自分の耳で相手のセリフを聞いて、そこからどんどん心を動かしていかないといけないので……すごくムズかしいです(笑)。普通のお芝居、演劇だったら熱量を大事にしますけど、違うアプローチが必要になるんじゃないかと思います。間とか呼吸とか、お互いにすごく繊細に、ちゃんとキャッチしなければ、と。
──今作では笹森さん以外の男性は女性役も演じる面白さも用意されています。
恋愛相手の女性を演じているのは男性。そこにどうのめり込んで恋ができるのか、今はまだ正直不安です。性愛の表現、男女の関係の見せ方もリアルなところはリアルですし……みなさんのお芝居のアプローチにも呼応しながら、チームワークで世界観を作っていければと思います。
──劇伴は和楽器。やはり原作本来のクラシカルな匂いを大事にしていくのでしょうね。
そうなんだと思います。でも僕、最初にそれを聞いた時に結構「不気味だな」と思って……その不気味な感じがこの作品に似合っていて、すごく魅力的だと思いました。とても文学的だし、いつも僕の舞台を観に来てくださるお客様も、新しい観劇体験になってくれるんじゃないでしょうか。
──「人間失格」は昭和23年に発表された小説です。
作中ではさまざまな描写にその時代の背景がすごく映し出されていますしそこが重要でもあるので、それを今の僕が……当時を知らない26歳の若者が演じるということで一見軽い印象で取られてしまうかもしれないとは思います。でもだからこそ自分の年代にしか出せない雰囲気をも生み出せるんじゃないかと思っています。そこはいい意味で“新しいもの”にもなるんだろうなっていう予感もあります。
──笹森さん演じる大庭葉蔵の「恥の多い生涯を送って来ました。自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。」という原作のフレーズも非常に有名です。大庭は一言で表すのなら相当生きづらい心地の人物。今はどんなイメージで役に向き合っているのでしょう?
僕はこの現代社会で生きている人間全ての人に、きっと葉蔵っぽいところがあると思っていて。僕自身も役者という仕事を通して迷ったり、頭がいっぱいになることがすごく多くて。大庭は結構僕自身の性格とリンクしてるな、みたいなとこも多々あって。
──具体的に言うと?
僕がやってる役者という仕事では、どんな役を演じるにしても、正解がないんです。結局、自分のいいなと思ったものをお届けするしかないし、決まりはないんですよね。だから余計自分が「いいな」と思えるモノに向かって試行錯誤し、さらに頭がこんがらがってしまう。もちろん、それがこの仕事のいいところでもあり大変なところだと思うんですけど、数学みたいに正解がない中で惑う自分と、自分の人生で迷っている大庭の姿はやはりリンクしてるところが多いと思います。それによっていろいろ考えて、心があっちいったりこっちいったり……。根本では大庭の精神、僕もわかるなぁって感じました。集団の中にいるのが苦手っていうのもすごく理解できます。
──大庭は美男子だというのも大きな要素。それによって災難も、救われることも出てくる。
あれも才能ですよね。だから僕も生まれ持ったこの顔面を生かして……って(爆笑)。でも女性が「私が養ってあげますよ」っていうくらいの大庭って、見た目だけじゃなく何か特別な魅力があるんでしょうね。
──絵描きでもある大庭は芸術家気質ですよね。
この仕事をしていて常々思うんですけど、ものづくりをするクリエイティブな人って変わってる人が多いですよね……めっちゃ褒め言葉なんですけど。いい意味でちょっとネジが外れてるような人だからこそ、他の人とは違う発想で新しいものを生み出すことができるというか。となると、普通に考えたら人前でお芝居をするのだって結構奇を衒っているし、それを平気でやっているこの世界の人たちって、結構すごいですよ。
──自分はそうではない?
んー……それで悩んだこともありました。やっぱり自分は常識人というか、ずっとスポーツをやっていて、結構バカ真面目に生きてきたので。それで「あ、僕つまんないな」とか思ったこともあったけど、今は自然に受け入れられています。「変わっていればいいというわけでもないぞ」と。きっとこういう僕だから得している部分も絶対にあるだろうし……もちろん、損してる部分もあると思うんですけど。でもだからそこは最近気にならなくなりましたね。それは、最終的には自分の中の引き出しでしかお芝居はできないと思ってるから、かな。経験していないことなんてたくさんあるのは当たり前だし、でもそこでもいかに想像力を使えるか、いかに必要な準備ができるか。できる限り材料を集め、それを自分に投影し、自分の役を演じていく作業は結局全部、自分次第だなって思うので。
──では今回の「材料集め」は?
正直に言うと大庭葉蔵みたいな生活に1カ月間に挑戦してみたいです(笑)。笹森裕貴はそんな生活絶対にしないですけど、でも仕事だったらやりますよ、この仕事のためだったら──まあ、現実的には時間もないしやりませんけど(笑)、でも本気でその感覚を養うんだったらそういう行動も正解だと思ってるし、もし実行できたらたぶんこの物語がだいぶ違うものになるんだろうとも思うし。とはいえ僕ができることには限界があるので……限られた時間でできることをやるしかない。要は自分が得てきたエッセンス次第なので……とにかくちょっとずついろいろ摘んでいければいいですよね。「ここでは自分はどこに重きを置いて演じるべきなのか」っていう選択も、今後していかないといけないんだろうなって思いますね。
──デビューからここまで、スピード感を持って精力的に活動されている笹森さんですが、どうですか? 今のご自身の状況というのは。
いろいろやらせていただいてるなという感覚はすごくあるんですけど、結構鈍感で(笑)、これが普通なのか凄いのかっていうのはあまり意識してないかもしれませんね。本当に休みがないぐらいろんなことをやらせてもらってるんだけど、ただやっぱりそれをこなしてるだけでは正直意味ないなって、ずっと思ってます。
でもこの全部がしっかり自分の身になっていたなら、これまでの経験が役者としての自分の肥やしになっていたなら、それはもう表現者としてすごくありがたいことですし……今年は特に「ちゃんと自分に残っていたんだな」みたいなことを思える瞬間が多々あったんです! それは舞台でも、別のお仕事の時でも。なのでこの速度感というかスケジュール感は、自分には合っていたんだと思います。たまに「マジかよ!」と思う時ありますけど(笑)。でもそんなの絶対続かないと思っています。今のこのスピードに乗りながら、そうではなくなるその先の「いつか」のためにしっかり実力を付けておかないと……といつも思っています。今だってどんどん若い俳優さんが出てきてますしね。
──振り返るよりも常に先を見据え、準備もしっかりと。
そうですね。常にギリギリ攻めてる気ではいますけどそれは自分の中での感覚で、周りから見たら、「え、全然じゃん」ていう人もいるとは思います。最近、とある尊敬する先輩に「お前のいいところって、目が座っているとこだよ」って言われて、「それ、役でじゃないですか?」って答えたら、「いや。良くも悪くもだけど、何考えてるかわかんないよね」って。それがもうめっちゃ嬉しくて! なぜなら、自分自身がそういう、「この人何考えてんだろう?」ってつい気になっちゃうような人に憧れていて……そういう人って怖いけど、同時にすごく魅力的。お芝居をする中で常々自分に足りないなって思っていた部分だったので、考え方やここまでの経験によって自分にも何か蓄積されたものができたなら、めちゃめちゃ嬉しいぞと思って。
──笹森さんらしい歩み方で少しずつ肝が据わってきたのかもしれませんね。
だったらいいですね。本来の僕は超子供なんですよ。好きなガチャガチャとかあったらめっちゃやっちゃうし(笑)。だからというわけじゃないけれど、自分とかけ離れてたりする役こそより演じ甲斐がありますし(役に)入れるんですけど……そこでまた、時々自分がわかんなくなる時があるんですよ。ふとした時に「あれ? 僕、こんな時にこんなこと言ってたっけ?」みたいな。考え過ぎかもしれないけど、それが実際の自分の気持ちなんだろうかって疑ってしまうような……。
──人間は日々いろんな影響を受けるものだし、「自分」も絶対変化してますからね。だから多分どの笹森さんもきっと「その時の自分」なんだと思いますよ。
ああ、すごく素敵な言葉。「その時の自分」か。そうですね。バカで無邪気な自分と、変化していく自分と、両方あるのがいいんでしょうね。
──そうやってリアルに揺れ動き続けている心は、この朗読劇にも大いにプラスの作用になる気がします。最後に改めて本番を楽しみにしてくださっているみなさんにメッセージをお願いします。
えー、笹森です! 今回の桜花浪漫堂 朗読劇『人間失格』、僕はこの作品でみなさんが触れたことのない世界に連れていける自信があります。ちゃんと目で観て、ちゃんと耳で聴いて、そしてじっくり肌で感じられるような朗読劇になったらいいなと思うし、そういうふうに絶対したい! これはみなさんの今までの生活に刺激を……何か新しいものをプラスできる時間になるはずです。なので何も気負いすることなく、ひとまずは劇場へ観に来てほしいですね。
こういう役は今後そんなに何度もできるかわからないですし、せっかくの嬉しい出会い、ここまで刺激的で振り切った世界をもう泥臭さ満点でやってやろうと思ってるから──そういう“僕のやりたかったお芝居”、「これだぜ、これがやりたかったんだ」っていう姿を、しっかり観ていただきたいです。
取材・文=横澤由香 撮影=池上夢貢
公演情報
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