糸あやつり人形一糸座、ラーシュ・オイノ演出でカフカの未完の世界を創る『猟師グラフス』稽古場インタビュー
-
ポスト -
シェア - 送る
江戸伝内が率いる糸あやつり人形の一糸座が、ノルウェー・オスロより演出家のラーシュ・オイノ(Lars Øyno、グルソムヘテン劇団)と劇団員を迎え、カフカの短編小説『猟師グラフス』を上演する。2023年10月5日から8日まで、会場はシアタートラム。グルソムヘテン劇団の俳優、舞踏家のひびきみか、そして一糸座の人形と人形遣いたちが出演し、稲葉明徳が演奏する。オイノは、サイコロジー(心理)ではなくフィジカル(身体)を重視するという。アルトーとグロトフスキーを共通言語に、オイノと伝内がどんな世界を創るのか。オイノ、ひびき、伝内、伝内を父にもつ結城一糸の4人に話を聞いた。
左からひびきみか、江戸伝内、ラーシュ・オイノ、結城一糸。
ドイツ・シュヴァルツヴァルトに住む猟師グラフスは、狩の途中に崖から落ちて死んでしまう。しかし、死の国へ向かうため海へ出た古びた三本マストの小舟が航路を誤り、永遠に海上を廻り続け、様々な国の港に辿り着く。グラフスは生と死の狭間で世界中を彷徨い、千五百年以上にも及ぶ旅をする。カフカが書き終えることのなかった、奇妙な物語。(一糸座HPより)
■未完の世界の生と死を、俳優と人形の身体で
——人間と人形で、カフカの『猟師グラフス』を上演します。
オイノ この作品を選んだのは、伝内さんです。カフカは一度やってみたいと思っていました。そして『猟師グラフス』を読み、面白いと感じました。
グラフスの大きさに合わせた、大きな操作盤をつかう。
伝内 カフカは作品を完結させる人ではありません。全集などで他の作品を読んでもみても、完結しない面白さ、不可解さがあります。その面白さが『猟師グラフス』にもみられます。そして『猟師グラフス』は生と死を扱う作品です。生きている部分を役者たちが、生きていない部分を人形が担い、その両方が寄り添って作る世界を、グラフスは揺らぎながら旅をする。そんな舞台をいつかやりたいと思っていました。どなたとやるか、いつやるかは非常に重要です。そして6年ほど前にオイノさんの作品と出会いました。ノルウェーのオスロまで行き、色々な話をさせていただき、ぜひお願いしたいと伝えました。
——オファーがあった時、どう思われましたか?
オイノ 両国シアターXでの日本公演の時、終演後に伝内さんと挨拶をしたことがあり、一糸座が人形劇をやっていると聞いていました。私の演劇は、フィジカル(身体)に重きをおいたスタイルです。人形との創作は、相性がいいはずだと。そして伝内さんと私の間には、演劇における共通言語がありました。それはそれはアントナン・アルトーとイェジー・グロトフスキーです。
——伝内さんは、アルトーの影響を受けていらっしゃるそうですね。芥正彦さんの演出で、アルトーの芝居も作られています。
伝内 グロトフスキーも、アルトーの影響を受けた演出家の1人なんです。1971年、フランスのナンシー国際演劇祭という前衛演劇のフェスティバルがありました。当時22、3歳だった僕は、結城座の海外公演としてそこに参加しました。グロトフスキーは参加はしていなかったけれど、皆がグロトフスキーを話題にしていたんです。その頃からずっと心の中にグロトフスキーがいて。オイノさんはグロトフスキーとアルトーの影響を受けている。一緒にやらないわけにはいかない、という思いでした。
■台本に繋がる新しい方向性
——台本(日本語和訳版)を拝見しました。ト書きのような、時には不思議な情景描写のようなテキストが書かれていて、台詞はあまりありません。
一糸 原作はとても短い小説ですが、台本からは、オイノさんの創作の世界が感じられます。最初は、これをどう芝居にするのかイメージできませんでした。今は演出を受けて動きながら台本を進めていく中で、見えてくるものがあります。ワクワクしているところです。
オイノ 難しい台本だと思います。詩的なイメージを文で書いたものですから。その台本を基礎に創作していくと、台本通りではないけれど、たしかに台本に基づいたイメージが立ち上がり、動き始めることがあります。そういう時は、「台本通りにしなければ」とは言わず、何が起こるのかを見守ります。なぜなら“フィジカルの台本”が新しい方向性を作りうるからです。そして新しく生まれたシーンを見て、「このシーンはこうあるべきだったんだ」と気づかされます。基礎となるのは台本で、あくまでも基礎を守ろうとしつつも奇妙なもの、新しい方向性が生まれることがある。それはやはり台本と繋がっている。こういうものができることが、とても面白いです。
——人形を演出してみていかがですか? 自由と制限、どちらを感じますか?
オイノ 制限を感じることはあります。しかし俳優にも制限はあります。人形とのコラボレーションは初めてなので難しいですが、面白いです。これまで私がやってきた演劇は、俳優からサイコロジー(心情)を切り離し、フィジカル(身体)を使うスタイルでした。時には俳優を人形のように使って。
オイノ だから私は、人形による芝居を自分からかけ離れたものだとは感じていません。そして私の演劇は、心理的な西洋演劇よりも、東洋の古典演劇に近いと感じています。たとえば歌舞伎、インドの伝統舞踊カタカリ、インドネシアのバリ舞踊など。それらの芸能について詳しいわけではなく、その形而上学的な側面からインスピレーションを受けています。東洋の古典的な演劇は、音楽性が高くフィジカルが優先される。リズムは、西洋のものとは対照的です。
ひびき 日本ではまだ浸透していませんが、ヨーロッパでは「フィジカルシアター」というものが確立されているんですよね。一般的なサイコロジカルシアター(役の心理を動機に芝居をし、台詞で物語を運ぶ演劇)に対し、フィジカルシアターでは、役者が動くきっかけがサイコロジーではない。感情も意味も使いません。フィジカルの動きを最優先に作るメソッドです。
——できあがった作品から、結果的に私たちが心理描写を受け取ることはあるのですよね?
ひびき お客さんはそれを得ると思います。けれども、アーティストがそれをする必要はない、という考え方です。
伝内 芝居って説明ではないからね。心理を説明する芝居に対しては、アルトーも否定的です。説明ではなく記号化し、シンプルにダイレクトに観客に向かう。それがフィジカルシアターです。
オイノ (ひびき)みかさんは、私の作品に参加するのが4作目になりますね。
ひびき 自分がやっていることがフィジカルシアターというジャンルに入ると知らないまま、感情からではなく体から動かすことをやっていたんです。グルソムヘテンの初来日公演を見た時に、これは同じメソッドだとすぐに分かりました。
——劇中の音楽へのこだわりもお聞かせください。
オイノ 常に舞台上での生演奏にこだわってきました。音源を流すのではなく、同じ舞台上で演奏します。歌舞伎やカタカリも、音楽家と俳優が一緒に舞台にいますね。舞台上で演奏することで音と俳優がより調和します。
伝内 今回は稲葉明徳さんにお願いをしています。雅楽を学ばれ、伝統的なものから前衛的なものまで、NHK大河ドラマやゲームなど幅広く活躍されている方です。
——台詞はどうなるのでしょうか。先ほど拝見した稽古では、俳優の方が聞きなれない言葉を独特の発声で話されていました。
伝内 ノルウェー語です。シアタートラムでの本番では、日本語字幕が出ます。
一糸 でも感じたもの、見たものをそのまま感じていただいて。意味は探らなくていいんですよね。
——台詞も、サイコロジーから切り離して音として扱う……みたいなイメージでしょうか。
伝内 そう。けれども発声はちゃんとしなくてはいけません。
ひびき 声もフィジカル。演出の時、オイノさんは声をvoiceと言わずにsoundと表現されます。
——ところで伝内さんはフィジカルをどう捉えていますか? 人形と人形遣いで1つのお芝居をされます。
伝内 たとえば新劇の俳優による演劇は、心理と身体が1つですよね。人形芝居は「人形=身振りをする人」、「人形遣い=行為をする人」。人形と人形遣いの間に、はじめからある種の分離がある。さらに人形浄瑠璃になれば、声(太夫の語り)が別のところから発せられます。ロラン・バルトは人形、人形遣い、太夫の声を3つのエクリチュールとみなして「人形浄瑠璃はブレヒトだ」と言っています。
ひびき その分離を人間の俳優に求めるのが、ラーシュのグルソムヘテン劇団なんですよね。役者さんたちは、すごいことを要求されていると思います。人間の中で分かれていないものを、分離するようにと言われるわけですから。
一糸 皆さん、全てをそぎ落とした感じで芝居をされています。
伝内 お能に通じるところもあるでしょうね。世阿弥は「離見の見」という言葉を使いました。演じる自分がいて、俯瞰して見ている自分がいる。その両方が能楽の役者には必要だと。
ひびき 稽古で少しでも俳優のサイコロジーが動くと、オイノさんは「NO!」と指摘します。そこは厳しい(笑)。
——バレるものですか?
伝内 バレます。分かるものですよ。
——日本の劇場でみられる演劇の多くは、俳優がいかに役の心で動いているかが大切にされています。それに慣れている分、フィジカルに重心がおかれた作品はしばしば難解に感じます。
ひびき 今の時代、頭だけが先にいってしまっていることがあまりにも多いんですよね。身体が欠落していると感じます。何でも頭で考えて数字に置き換えられると思われているかもしれないけれど、そうではない。まだ私達は肉体を持っている。まだ人間はチップで動いてない。フィジカルシアターを通して、身体感覚を思い出してほしい。そんな思いがあります。
——一糸座は、色々な演出家の方々と作品作りをともにされてきました。伝内さんからみて、オイノさんはどんな演出家でしょうか。
伝内 演出家それぞれが、異なる視点を持っていますね。オイノさんも大変面白いです。稽古ではとても自由にやらせてくれるけれど、微細な部分でまとめあげていく力がある。色んな要素を非常に繊細なところではめ込みながら、カフカの世界にまとめ上げていく。日常的なことをリアリズムでみせる演劇とは別のものです。カフカの小説そのものがファンタスティックで、そこに現実的なものの綯い交ぜですから面白い舞台になると思います。
——お話されていることは分かる気がするのですが、正直イメージを掴みきれていません。けれども舞台は、とても面白そうな予感がします。オイノさんの作風や創作スタイルは、ノルウェーのフィジカルシアター界では一般的なのでしょうか。
伝内・ひびき・一糸 いいえ、特殊です(笑)。
(通訳を待ってから)
オイノ No, I'm very special in Norway(一同笑).
ひびき 少なくとも私は、他に出会ったことのないタイプです。
伝内 稽古もやっていて非常に面白いです。
一糸 舞台も、実際に見ていただかないと分からない面白さだと思います。
——だから見にきてください、ということですね。
一同 はい(笑)。
——様々な要素をもった舞台となりますが、オイノさんはこの作品で、お客さんに何を一番感じてほしいですか?
オイノ 一番重要なのは、私たちのパフォーマンスがカフカの世界と繋がっていることです。フィジカルな演劇スタイルの中で、俳優と人形がどう組み合わされるのかも大切ですが、カフカの世界観が守られていることが重要です。人形と人間であることや演劇のスタイルを忘れ、主人公であるグラフスの物語として、カフカの世界を見てほしいです。
取材・文・撮影=塚田史香
公演情報
10月5日(木)19:00
10月6日(金)19:00
10月7日(土)14:00★アフタートーク有
10月8日(日)14:00
■脚色・演出:ラーシュ・オイノ(グルソムヘテン劇団)
■出演:
人形)江戸伝内、結城一糸、結城民子、結城まりな、眞野トウヨウ、土屋渚紗、成田路実
俳優)ハンネ・ディーセル、ジェイド・ハイ、エリーザベッツ・ホルネッツ、ひびきみか
演奏)稲葉明徳