『モネ 連作の情景』芳根京子インタビュー “難しい”意識を持っていたアートへの向き合いの変化
『モネ 連作の情景』展覧会ナビゲーター・芳根京子
世界中から愛されている、印象派を代表する画家のクロード・モネ。彼の国内外40館以上の作品を厳選した100%モネの展覧会『モネ 連作の情景』が、2023年10月20日(金)から2024年1月28日(日)まで、東京・上野の森美術館にて開催される。
本展覧会では、同じ場所やテーマに注目し、異なる天候・時間・季節を通して一瞬の表情やときの移り変わりを写し取った、モネの革新的な表現方法「連作」に焦点を当てた。〈積みわら〉や〈睡蓮〉など、日本でも広く親しまれている多彩なモチーフの「連作」のほか、印象派が誕生する以前の作品など、代表作を堪能できる贅沢な機会となっている。
本展の音声ガイドナビゲーターは、俳優・芳根京子。「アートに詳しくないんですけど、興味はすごくあった」ことを同展記者発表会でも語っていた芳根が、いざモネの作品に触れると「想像が全部覆った」ほどの衝撃を受けたという。特別番組の収録でフランスを訪れた芳根に、モネにまつわる様々な思いや、これを機に大きく変化したというアートへの向き合いまで、あふれる熱意を単独インタビューした。
「美術館はハードルが高いところ」だと思っていた
――『モネ 連作の情景』展覧会ナビゲーターのオファーがあった際、芳根さんはどんなふうに受けとりましたか?
もともとアートは難しいもの、わからないと楽しめないもの、と自分で勝手にハードルを上げてしまっていたんです。だからまずは「どうして私なんだろう?」と思いました。お話を伺ったら、「アートに詳しい方というよりも、興味があるけれどどこから手をつけていいのかわからない人はいっぱいいるから、その気持ちがわかる芳根さんにお願いしたかったんです」とおっしゃっていただけて。さらに「美術館はハードルが高くないところだよ、まずは1回『モネ』展に来てほしい」ことを伝えたいという強い気持ちを受けて、私ができることなら、きっかけになるなら「ぜひやりたい! モネのことを知りたい!」と思って飛び込みました。
ということなので、私にはとても難しいことを求められているのではなくて、「たくさん吸収してください」という感じでした。自分をスポンジだと思って(笑)、吸収できるものは全部吸収する思いで、今回、挑戦させてもらいました。
――音声ガイドの収録を終えて、挑戦した感想も伺いたいです。
正直、先ほど(※取材の直前)終わったばかりなので、まだ振り返ることができていないんです……! 達成感はまだ湧かなくて。普段、声のお仕事のときは映像が流れていて、見ながら声を入れることが多いんですけど、今回はスクリプトだけの状況で本当に声だけを録ったので、すごく緊張しました。自分が見たモネの絵画や感じたことを思いながら、大切に収録したつもりです。
スタッフさんたちが「OK」と言ってくれたことをいまは信じよう、と思っています(笑)。一応、自分がイメージしていたガイドの感じを受け入れてもらえたので、ちょっと安心しました。私も音声ガイドを聴きながらモネの作品を見るのが楽しみだな、と思っています。
アートに対する印象ががらりと変わったフランスでの4日間
――今回の収録にあたり、モネについて様々なことを知っていかれたんですよね?
はい! モネについて知ることは、本当にめちゃくちゃ楽しかったです……! 特別番組の撮影では、実際にモネが住んでいた(フランスの)お家や、モネが描いた景色の場所をたくさん見に行かせていただきました。そうすると、とたんにモネを近い存在に感じることができたんです。「ここで生活をしていたんだ、ここで絵を描いたんだ、同じ地面を踏んでいるんだ!」と思うとまず嬉しくて!
――現地の美術館で驚いたこと、初めて知ったことなどもありましたか?
フランスの街自体にもアートがたくさんあふれていましたし、アートが身近な世界なんて素敵だなあと感動していました。あとはいい意味で、フランスの美術館はカジュアルなんだな~と驚きました。日本ほどハードルが高くない印象で。
オランジュリー美術館へ行ったときに、360度《睡蓮》がすごく楽しみだったんですね。ドキドキしていたら、入り口から進んで割とすぐにあったんです(笑)。「ああ! こんなすぐ現れるんだ……!!」とびっくりして。日本だったら割と「さあ……待ってました!」みたいな感じで(最後のほうに)あるようなものが、すぐにあったので「……こんな早くに見てもいいんですか?」みたいな(笑)。
――お楽しみは最初に、という感じでしょうか。実際の土地に行かれてから絵を見ると、感じ方も違いましたか?
こうした(パンフレットを開いて)紙で見る絵は絵じゃないんだ……! と途端にわかった感じがありました。実際の絵をまじまじと近くで見ると、筆の置いた跡などもしっかりと伝わりますし、遠くから見ると、たくさんの色を使っているのにそれが馴染んでいたりして。だから近くで見るのと遠くで見るのとで印象が全然違うんだなあと発見しました。それは紙では絶対に味わえないことだとわかったんです。
私……これまでアートや美術のことを「教科書で覚えるもの、暗記もの」というイメージがあったんです。けど、そういうことじゃなくて、実際に絵を見たときに感じる、溢れてくる感情が大事というか……。何ひとつ間違いなんてないんだと思ったら、絵を見るのがすごく楽しくなったんです。本物の絵を自分の目で見ることの大切さ、楽しさこそが、すごく大きな発見でした。
――モネに触れる前と後では、がらりと印象が変わったんですね。
そうなんです。あとは、モネという人物をどんどん知ることでも絵の見方がすごく変わりました。モネは画家として認められるまで葛藤があったり、実際、自分が描きたい画ではサロン(官展)に通らなかったこともあったり……そういう事実をひとつずつ知っていくと、絵を見たときにただ感動するのではなく、絵の奥行きをこちらがもっと想像することができる気がしました。例えば、ある絵を見て「このときのモネは白内障を患っていたんだ。でもこの後、モネは白内障を乗り越えてまたこういう画が描けるようになったんだ……!」と勝手に受け取ったりして。
実際の美術館でたくさんの絵を見られたことも、モネという人生をたどる旅ができたことも、すごく楽しかったです。自分の人生においてかけがえのない経験だったと強く思いました。日数にしたら4日間だったんですけど、「わずか4日間で人って豊かになれるんだな」と、急成長を遂げた感じがしています。
――目の前の画を見て自分の心で受け取ること、そしてモネという画家の背景を知りより深く楽しむこと、そのふたつは読者にもぜひ勧めたい鑑賞の仕方ですね。
読者の皆さんは、私よりももっともっと詳しい方ばかりだと思うんです。けど、もしハードルが高いように感じている方がいれば、ぜひそんな風に見てほしいです……! 私自身が実物を見たことでアートに対する思いが本当に変わったので。難しく考える必要は何もないので、ぜひ自分の目で本物を見てほしいです。
より楽しむ方法としては、ひとつでも何かに注目してみることを決めたら、もっと面白いのかなとも思いました。モネは光の描き方が本当に美しいので「光」というワードだけでも頭に入れていくだけでも、楽しめるのではないかなと思います。
――お話いただいているように、今回のナビゲーター就任により、芳根さんのモネ観どころかアート観が根こそぎ変わったという感じだったんですね。本当に稀有な経験をされたような。
今まで知らないことが多すぎたので、自分の中で勝手に想像で決めつけていたものがとにかく全部覆りました。だからもっともっとアートのことを知りたいと思いましたし、美術館にも足を運びたいと思いました。今回、私はモネのことを知る旅だったので、逆に言うとモネしか知らないんです(笑)。ただ、こうして作家ひとりずつでもいいから知っていくと、もっともっとアートも美術館も楽しくなるんじゃないかなと思いました。
改めてそういう意味でも、モネひとりに注目した「100%モネ」の今回の展覧会は、アートに対して免疫がない方でも、本当に挑戦しやすいのではないかなと思います。
特別なものではなく、当たり前のことに魅力を見出したい
――ちなみに、もし芳根さんが風景画を描くとしたらどこで何を描いてみたいですか?
モネの魅力のひとつに、日常の風景を魅力的に切り取るという才能がありますよね。私もそうなれたらいいな、とすごく思いました。身近な何てことない瞬間を「あ、いまだ」と思うその才能がほしいです。今って “映える” 場所に行ったりするじゃないですか。そうではなくて、自分が映えさせるようなことがいいなと思ったんです。例えば普段の家の中、当たり前にいつも通る道、そういうものを魅力的に描けるようになれたらと思います。
でも、まずはその身近な場所を魅力的に感じる力が欲しいです。当たり前の道を違う視点で見られたら面白いなと思います。
――僭越ながら、芳根さんの俳優業も「当たり前のものを違う視点で」見ているお仕事かと思いますので、芸術家とニアリーイコールで通じる部分があるのかなと感じています。そんなことはないですか?
そうおっしゃっていただいて、いま、ふと思い出しました……!
先日、プライベートで小豆島に行ったんです。『Arc アーク』(石川慶監督)に出演させてもらったときに小豆島での撮影があったので、勝手にロケ地巡りみたいな(笑)。小豆島のパートは未来の設定で、映像はモノクロでポーランド人のカメラマンさんが撮っていたんです。画角や光の受け方が絶妙ですごく未来っぽく仕上がっていましたし、当時は私自身もそう思っていたんです。……でも、この間行ってみたら「ごく当たり前に皆さんが生活している、普通の小豆島だ」という印象を受けて!
――なるほど! 撮影当時に感じていた小豆島の印象と、現在訪れて受けた印象が全然違ったと。当時「当たり前のものを違う視点」を持っていた、それを体感したというお話ですね。
そうなんです! 点と点が結ばれた感じがしました。小豆島に行って改めてロケ地を見たときに、『Arc アーク』の映像の印象と実際の場所があまりにも違ってすごいな、という体験といいますか。3年という時間がたって、きっと自分からあのときのいろいろなものが抜けたというか……。それで見た世界だったので(違う視点で見るという)似たような体験をしたなあと思いました。
芳根京子が展覧会ナビゲーターを務める『モネ 連作の情景』は、上野の森美術館にて2023年10月20日(金)から2024年1月28日(日)まで開催。その後、2024年2月10日(土)から5月6日(月・休)まで、大阪中之島美術館へ巡回予定。
取材、文=赤山恭子 撮影=大橋祐希
展覧会情報
会期:2023年10月20日(金)~2024年1月28日(日)
会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園1-2)
開館時間:9:00~17:00(金・土・祝日は~19:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日:2023年12月31日(日)、2024年1月1日(月・祝)
入館料(税込)※日時指定予約推奨
平日(月~金)
一般 2,800円/大学・専門学校・高校生 1,600円/中学・小学生 1,000円
土・日・祝日
一般 3,000円/大学・専門学校・高校生 1,800円/中学・小学生 1,200円
主催:産経新聞社、フジテレビジョン、ソニー・ミュージックエンタテインメント、上野の森美術館
企画:ハタインターナショナル
特別協賛:にしたんクリニック
協賛:第一生命グループ、NISSHA
協力:KLMオランダ航空、日本航空、ルフトハンザ カーゴ AG、ルフトハンザ ドイツ航空、ヤマト運輸
監修:ベンノ・テンペル(デン・ハーグ美術館館長)
監修協力:マイケル・クラーク(前スコットランド・ナショナル・ギャラリー館長)
日本側監修:島田紀夫(実践女子大学名誉教授)
巡回情報:2024年2月10日(土)~5月6日(月・休) 大阪中之島美術館に巡回予定