愛の狂気がもたらす究極の愛憎劇、オペラ『カルメン』の魅力とは ―― カルメン役の糀谷栄里子、十合翔子、ミカエラ役の中西千尋、奥田敏子に聞いた
関西二期会オペラ『カルメン』主要キャスト 中西千尋、糀谷栄里子、十合翔子、奥田敏子(左より)
1幕の序曲冒頭からお馴染みの音楽が鳴り響き、ギュッと心を鷲摑みされて作品の世界に引き摺り込まれる。劇場のライブでしか味わうことの出来ない感動体験が約束されているジョルジュ・ビゼーのオペラ『カルメン』に、関西二期会が満を持してベストな布陣で挑む。
声に関係なく役を選べるなら「カルメンがやりたい!」との本音から始まった、カルメン役とミカエラ役4人による座談会。「カルメンはホセのことを愛していたの?」「魔性の女と言われるカルメンの魅力とは?」「ミカエラはホセのお母さんのハナシばかりするけど、一体どんな女性?」といった疑問をぶつけあい、語り合った先に見えたオペラ『カルメン』の魅力とは。カルメン役の糀谷栄里子、十合翔子、ミカエラ役の中西千尋、奥田敏子にそれぞれの役への思いや、見どころなどを語ってもらった。
●オペラ『カルメン』は名曲揃いの上に、ストーリーもわかりやすく誰もが楽しめます
――オペラ『カルメン』の人気の秘密は何だと思いますか。
糀谷栄里子:何と言っても魅力的な音楽ではないでしょうか。クラシック音楽を知らない人が聞いても楽しめるキャッチ―な曲ばかりで、捨て曲一切無し! どこを取っても、金太郎飴みたいにイイ曲が詰まっています。管弦楽版としても独立していて、オーケストラだけでも演奏されるくらい素晴らしい曲たち。素晴らしい音楽が人気の秘密だと思います。
カルメン役 糀谷栄里子(メゾソプラノ)
十合翔子:私も音楽だと思います。小学校の時の音楽会の合奏で『カルメン』を演奏しました。私はグロッケン・シュピール担当だったのですが、特定の楽器だけでなく、生徒全員が楽しめる曲です。時代や世代を超えて、老若男女が楽しめる音楽。そして、聴き終わった後も頭からメロディーが離れない、余韻が残る音楽だと思います。トレアドールの闘牛士の歌を口ずさみながら家路につくお客様がいらっしゃるかもしれませんね。
カルメン役 十合翔子(メゾソプラノ)
中西千尋:もちろん音楽は素敵ですが、私はストーリーとキャラクターにも惹かれます。見始めるとすぐに引き込まれて、中だるみが一切ありません。オペラにはどうしても難しいシーンや眠たくなる場面もあるイメージですが、『カルメン』にはそれがありません。またカルメンのキャラクターが強烈な上に、彼女を取り巻く出演者のキャラクターも分かりやすく魅力的。ラストまで、ジェットコースターのように一気に見入ってしまいます。何回見ても、えー、もう終わり! 時が経つのを忘れてしまうオペラです。
ミカエラ役 中西千尋(ソプラノ)
奥田敏子:皆さんが話されている通り、誰もが楽しめる名曲揃いの上に、ストーリーも簡単に言えば愛憎劇でドラマチック。オペラ初心者もわかりやすく楽しめます。一方で、精通した方が聴いても和声感やメロディの組み立てなど音楽的に見事で、ストーリーも色々な見え方があり、どんなタイミングで観ても楽しめると思います。私も、カルメンはホセのことを本当はどう思っていたんだろうと、ずっと気になっていたのですが、今日はそれをカルメン役のお二人に聞けるということで、楽しみにしてきました(笑)。
ミカエラ役 奥田敏子(ソプラノ)
――イイですね。そんな感じで雑談っぽくワイワイとやりましょう。まず、カルメンとミカエラは、声によってどちらの役か決まってしまうと思うのですが(カルメン役はメゾソプラノ、ミカエラ役はソプラノ)それを取っ払って、どちらでも選べるとしたら、皆さんはどちらの役がやりたいですか?
全員:カルメンがいいです!
――全員カルメンですか。やはりそうなりますよね(笑)。歌手の佐藤しのぶさんはソプラノですが、自主企画で『カルメン・ファンタジー』と銘打って、カルメンとミカエラをの二役になり切って代表的なアリアを歌われています。声的にはソプラノでもやれるものですか。
糀谷:カルメンに与えられている音域は低いところもありますが、高い部分も多いのでソプラノの方も歌えるのではないでしょうか。ただ、ソプラノの方だと楽に出せる高音を我々メゾソプラノはかなり頑張って出しています(笑)。そういった部分で、表情や表現などに違いは出てくるかもしれません。
糀谷栄里子(メゾソプラノ) 写真提供:関西二期会
●カルメンは純粋で素直でとても強い女性。決してファム・ファタールや魔性の女ではありません
――カルメンはどんな女性ですか。糀谷さんご自身と比較して如何ですか。
糀谷:私のロールモデルみたいな女性です。このオペラが書かれたのは今から150年ほど前のこと。今よりもずっと男女が不平等で、「女性はこうあるべき」という価値観が根強く存在する時代ですが、カルメンはそんな固定概念を打ち破る人だと思います。カルメンは自分の信念に従い、自分の信じる事を真っ直ぐに貫いています。そういう揺らがない強さがある人は魅力的で、追いかけたくなると思うんです。だから彼女はモテる。カルメンのことをファム・ファタールとか、男を凋落させる魔性の女とか、そう言いたくなる気持ちは分かりますが、私にとってカルメンはそのような女性ではなく、純粋で素直でとても強い存在です。その素直さと強さに私は憧れます。「たとえ殺されても、貴方の言いなりにはならない。」これが私に言えるかどうか(笑)。
『フィガロの結婚』マルチェリーナ糀谷栄里子(左から3人目)(2019.10.26 兵庫県立芸術文化センター) 写真提供:関西二期会
――糀谷さん、強いですね。
糀谷:はい。カルメンは私のロールモデルですから(笑)。
――十合さんはいかがですか。
十合:カルメンは私にとってもそうですが、メゾソプラノにとっての憧れの役の一つだと思います。実は私がオペラの世界を志すきっかけになった作品がカルメンでした。釘付けになるドラマ、歌手とオーケストラの奏でる音楽の素晴らしさ。また、当時バレエを習っていたこともあって、間奏曲で登場するバレエが魅力的でしたし、元気な児童合唱も出て来ます。衣装の面でも、物語の進行に準じてカルメンが庶民の服装から、ラストでは豪華に着飾って出て来るシーンは見どころです。様々な芸術が集まり一つの舞台で輝く様を見て、オペラが「総合芸術」と言われる所以がふと理解出来たんです。そうしたらもう、これがやりたい!と思っていました。
十合翔子(メゾソプラノ) ©FUKAYA Yoshinobu/auraY2
――カルメン役は今回が初めてですか。
十合:はい。実はイタリア留学から帰国する際、師匠から「次からカルメンを勉強しよう」と言われていました。勉強は始めていたものの、こんなに早く、この役をやらせて頂けるとは思ってもいませんでした。関西二期会さんには心から感謝しています。カルメンは、これからも大切に演じて行きたい役。それだけに、偉大な先輩たちが演じて来られたカルメンを、今の私がどのように演じればいいのか、楽しみでワクワクしています。楽譜を開く度に発見があります。最初のカルメンのイメージは妖艶で格好いい女性でした。しかし読み込んでいくうちに、意外と素直で可愛い女性だと思うようになりました。真っ直ぐだからこそ、それが凛としている様に映るのでしょうね。例えば劇中、何回もノーという。それも、フランス語のお腹から出る感じのノー。それを言える強さを、しっかり出して行きたいです。初役に挑む上で、今回神戸女学院の先輩方が一緒というのはとても心強いです。
みつなかオペラ『コジ・ファン・トゥッテ』ドラベッラ十合翔子(右から3人目)(2022.11.5 みつなかホール) 写真提供:みつなかホール
糀谷:実はこの4人全員が神戸女学院卒業なので、絆も強く感じますし、とても心強いです。私は卒業してから会社員をし、その後京都市芸大の院に入学したのですが、その時に先生から「貴女はカルメンを勉強しなさい。いつか絶対にやる事があるから。」と言っていただきました。発表会でラテンダンスをした姿を見て「魂がカルメンだ!」と確信されたそうです(笑)。大学院オペラの演目も『カルメン』でしたので、2015年の春からずっと勉強してきた作品です。
「SPICE」取材風景 「実は、この4人全員が神戸女学院卒業です!」
●ミカエラは芯が強く、愛情の深い女性。そうでないと3幕のアリアは歌えません
――4人全員が神戸女学院出身というのも驚きです。中西さん、ミカエラはいかがですか。
中西:ミカエラ自身のキャラクターが今ひとつはっきり見えてこないなぁ、というのが最初の印象です。彼女はいつも、ホセのお母さんの話を伝えにやって来る。ただの伝書鳩のような存在にも思えていました。それが少し変わったのは、個人的な話で恐縮ですが、つい最近出産をしたからだと思います。自分が母親になり、母と子の絆がとても深いところで繋がっていることを実感しました。遠い地にいる息子をお母さんが心配し、ずっと帰りを待っていること、そしてホセがお母さんを想う気持ち、これらが想像しやすくなりました。ミカエラは、ホセのお母さんの想いをしっかり受け取り、深い愛をまとってホセに会いに行くのだと実感できて、少し見方が変わりました。
中西千尋(ソプラノ) 写真提供:関西二期会
――ご自身の経験から、役の見え方が変わるというのは大切なポイントですね。
中西:3幕では、カルメンという得体の知れない悪女、というか悪魔ですね、デモーンと言っているので。そんな女性に立ち向かう覚悟で、何時間も歩いて危険な場所までホセに会いに行きます。アリアでは、私が彼を必ず引き戻す!という信念や、悪魔に立ち向かっていく強さをお客様にお見せできればと思っています。作品全体では、カルメンとの比較としてミカエラがどういう女性に見えるべきか、を打ち出していかねばなりません。糀谷さんともお話しをして作り込んでいきたいと思います。糀谷さんとは2019年の『フィガロの結婚』では、ケルビーノとマルチェリーナだったので絶妙に絡みがありませんでした(笑)。ずっと憧れの先輩だったので、ご一緒できて嬉しいです。
関西二期会オペラ『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・アンナ中西千尋(右)(2022.3.12 兵庫県立芸術文化センター) 写真提供:関西二期会
――奥田さんはいかがですか。
奥田:2幕で、ホセを盗賊団に引き入れろと言われた時、カルメンは「彼は仲間にはならないだろう」と言います。カルメンは、ホセが自分たちと違うことを分かっている。カルメンが愛を知っている女性だと感じるセリフです。3幕では、愛が冷めたというよりも、愛があるが故に、かえって修復不可能なところまですれ違ってしまったように感じます。ミカエラももちろんホセを愛していますが、カルメンと違う愛のように感じます。きっとミカエラはホセを決して最後まで見捨てません。それは、突き詰めると男女の愛ではないからかもしれません。私は最初、ミカエラのことがあまり好きではなかったんですよ。カルメンへのジェラシーだけでなく、自身のコンプレックスも透けて見えて、でもそれを素直に表さないように見えたからです。けれど今回、三浦安浩さんの演出で見え方が変わりました。彼女は最後までホセを見捨てず、使命感を持ってコチラ側の世界へ引き戻そうとします。その使命感は、神様と繋がったかのような強くまっすぐな使命感。ミカエラというのは天使の名前ですが、優雅で優しい天使ではなく、天の軍団の先頭をいく天使なんです。兵士や消防隊員などの守護者で、魂の公正さを測る秤を持っている。戦うことで人を救うイメージや、本質を見抜く公正さを感じます。その名前を冠する女性なのだと思うと、今回の演出とも繋がってきました。そのあたりを演じていきたいです。
奥田敏子(ソプラノ) 写真提供:関西二期会
――カルメンに対してはどうですか。
奥田:もちろん彼をたぶらかすトンデモナイ女だと思っていたと思います。ただ、3幕で実際に彼女を見た時には、そういったことを超えて、何かシンパシーのようなものを感じたようにも思います。ミカエラも不遇な身の上なので、カルメンの事を直感的に理解しつつも、ホセの方が大事。もっと言うと、ホセを母親のもとに返すことが一番の優先事項だったのではないでしょうか。
関西二期会オペラ『ドン・ジョヴァンニ』ツェルリーナ奥田敏子(2022.3.12 兵庫県立芸術文化センター) 写真提供:関西二期会
――カルメンからミカエラはどんな風に見えているのでしょうか。
十合:もちろん意識していると思います。奥田さんが同じ不遇な身の上と言われましたが、もし自分が流れ流れて、盗賊団の一味という環境に居なかったら、ミカエラ側の立場だったと思ったかもしれません。3幕で二人が対峙した時に、言葉は交わさないけれど、瞬間、ホセは本来自分達とは逆の側、この女の側にいるべき人間だと悟ったかもしれませんね。などと言いつつ、もしかすると既にエスカミーリョに夢中で、何とも思っていなかったかもしれませんが…。要所要所のドラマをどう展開させるのかは、勿論、個人の解釈もですが、プロダクションによって異なってくるのも舞台の面白いところですよね。
『カルメン』11/26チーム ミカエラ奥田敏子、カルメン十合翔子(左より)
糀谷:親がいなくて、恵まれない身の上という意味では、カルメンとミカエラはスタート位置は一緒だったのかもしれません。それが、真っ当な道を進んだミカエラと、道を外して盗賊団に入ったカルメンが、同じホセを愛してしまう。ホセの母親の存在は、カルメンには眩しく、大きなダメージとなったのではないでしょうか。
『カルメン』11/25チーム カルメン糀谷栄里子、ミカエラ中西千尋(左より)
――カルメンはホセを愛していましたか? 恋に落ちたのはどのタイミングでしょうか。
糀谷:カルメンは、世の男性はすべて自分に気があると思っているので、私に興味ないってどういうこと?とホセが気になったはずです。だからこそ、興味が湧き、彼に花を投げたのかな、と。すぐに手に入るものよりも、なかなか手に入らないものの方が欲しくなりますよね。1幕でのカルメンの気持ちとしてはホセに興味関心はあるものの、まだ恋愛感情ではないです。
『カルメン』11/25チーム立稽古 カルメン糀谷栄里子、ドン・ホセ小餅谷哲男
十合:そうですね。1幕の「セギディーリャ」のところでもまだはっきりとした恋愛感情は無く、幕切れにホセが自分を犠牲にして彼女を逃がした瞬間に恋心が芽生えたのだと思います。ただカルメン自身、それが恋心なのか、恩義を返そうとしているのか、わかっていないのかもしれません。カルメンの周りにはそういう、自分を犠牲にまでして真正面から愛情を向けるような人間は居なかったのでしょうね。特に2幕の五重唱のところでは、恋する女性の様で可愛らしい。ホセのことが好きだから、その後2人での甘いひと時に彼に帰営すると言われて、あれだけ怒ったのではないでしょうか。
『カルメン』11/26チーム立稽古 カルメン十合翔子、ドン・ホセ水口健次
糀谷:カルメンが恋に落ちる瞬間は描かれていませんが、ホセが2カ月牢屋に入っていた間、カルメンはずっとホセのことを考えていたのだと思います。カルメンはジプシーの掟をしっかりと守る、とても義理堅い女性。その気持ちが恋なのか義理なのか、やはり2幕の五重唱がポイントでしょうね。ただオペラの中で愛し合っている蜜月期間は、描かれていません。その雰囲気が伝わってくるのは3幕の間奏曲だけ。3幕が始まると、いきなり険悪な雰囲気になっている(笑)。
『カルメン』立稽古 ダンカイロ服部英生、カルメン糀谷栄里子、ドン・ホセ小餅谷哲男、ミカエラ中西千尋(左より)
十合:気持ちが離れる瞬間も書かれていません。カルメンはタイトルロールなのに、気持ちの移り変わりが歌詞には明確には書かれていない様に思います。その分オーケストラが語ってくれていたりもするので、そこを汲み取って埋めていかなくてはならない。そういうところが面白くって、何度もやってみたいと思うのかもしれませんね。
奥田:気持ちの芽生えや変化ってその瞬間には自分でも分かっていなくて、後から「あ、好きだ」と気付くものなのかもしれませんね。2幕の五重唱の中で、密輸団の仕事に行けない理由を仲間から聞かれた時、初めて「恋しているから」と言うのですが、カルメン自身その時初めて自分の気持ちに気付いたのかもしれません。
『カルメン』11/26チーム立稽古 ドン・ホセ水口健次、ミカエラ奥田敏子
十合:2幕ではエスカミーリョのようなイイ男でもカルメンの視界に入っていません(笑)。
――エスカミーリョに惹かれるのはどのタイミングですか。
糀谷:盗賊団の中でも仲間に馴染めず、稼業にも向いていないホセに対するカルメンの気持ちは醒めてきています。この仕事を辞めて元の世界に帰った方が方がいいと突き放しても尚、離れようとしないホセにカルメンは辟易するばかりですが、そんな所へ、エスカミーリョが現れる。「カルメンの恋は半年と続かない」と彼は言いますが、カルメンとエスカミーリョは同類です。一人を一途に愛し続けるよりは、その瞬間に燃える恋をするタイプ。自分に対する執着とも言える愛にうんざりしていたカルメンにとって、執着とは真逆の恋に惹かれたのだと思います。
『カルメン』立稽古 ドン・ホセ水口健次、カルメン十合翔子、メルセデス名島嘉津栄、フラスキータ田村香絵子、岡山公演エスカミーリョ萩原寛明(左より)
――ミカエラのここに注目して欲しいというのはありますか。
中西:今回の演出では、ミカエラが通常なら出てこないところにも登場しています。歌っていない場面でも彼女の心情をお見せできるチャンスがあるのは有難いです。演出の三浦さんからは、ミカエラの意思の強さを見せるよう言われています。ホセとの二重唱も、会えて嬉しくてキャピッという軽い感じでは無く、もっと深いところで、芯の強さ、愛情の深さを表現して欲しいと言っていただきました。どう演じるか、ずっと考えています。
『カルメン』立稽古 ダンカイロ服部英生、カルメン糀谷栄里子、ドン・ホセ小餅谷哲男、ミカエラ中西千尋(左より)
十合:一人で衛兵隊や盗賊団にも出かけて行くほど、ミカエラは強い女性です。でないと、あの3幕のアリアは歌えないと思います。メロディックで、オペラを聴いたという気分になるスケールの大きなアリアが、ミカエラにだけ与えられています。カルメンに与えられたアリアは基本的にオペラコミックの延長で、ダンスや芝居をしながら歌います。自分と対峙して歌うアリアはミカエラだけ。誰もいない舞台の真ん中で、あのアリアを歌うことこそ、まさにソプラノに与えられ役割だと思います(笑)。生まれ変わったら歌ってみたいです。
『カルメン』11/26チーム立稽古 カルメン十合翔子、ミカエラ奥田敏子、ドン・ホセ水口健次(左より)
中西:私はアリアの中で、カルメンに対する女性としての敵対心や憎悪もしっかり出したいと思います。好きな人を奪われたことへの煮えたぎる思いはぜったいにあるはず。それを表現することができれば、ここが一番お客様にもミカエラに共感してもらえるシーンになるかと思います。ミカエラの人間らしさを表現したいですし、女性としての強さも出したい。
ミカエラの逆襲!「カルメンに対する敵対心や憎悪もしっかり出したいと思います」 カルメン糀谷栄里子、ミカエラ中西千尋(左より)
奥田:ミカエラは、私が最初感じたように演出によっては何も考えていない、深みのない女性として描かれてしまうことがあると思います。事実そのように解説している書籍も目にしたことがありますが、実際は違うということが今回三浦さんのお話でよく分かりました。イタリアの音楽学の先生からもお聞きしたことがあるのですが、使命感というのはミカエラのキーワードだと思います。一方で彼女はごく普通の女性。例えば3幕のアリアでは、普通の女性として感じる様々な恐怖と、使命感。何かどうしてもやり遂げねばならないことがあるという状況の中で揺れ動く心情や、それを乗り越える瞬間の魂の清冽さがあります。普通の女性の内に、清らかさと烈しさが同居する瞬間がある。三浦さんの演出された舞台の中で、実際の上演時にミカエラとしての心がどう動くか、そしてどんな表現が生まれるか、お客様にも感じていただきたいです。
『カルメン』11/26チーム立稽古 カルメン十合翔子、ミカエラ奥田敏子、ドン・ホセ水口健次(左より)
十合:ミカエラだけでなくカルメンもですが、あの時代に女性をここまで強く書いている所が凄いと思います。
『カルメン』立稽古 カルメン十合翔子、メルセデス名島嘉津栄、カルメン糀谷栄里子(左より)
――それだけに最初の登場シーンのインパクトは大切ですね。一瞬にして、お客様の心を掴まないとダメですから。
糀谷・十合:はい、頑張ります。
『カルメン』立稽古 カルメン十合翔子、ドン・ホセ水口健次、カルメン糀谷栄里子(左より)
――今回の『カルメン』は原語上演。フランス語ですね。
奥田:言葉にはその国の文化や国民性を感じます。フランス語はドイツ語ともイタリア語とも全然違いますし、言語が音楽を作る面は間違いなくあると思います。
十合:私は留学していたこともあってイタリア語に馴染みがあるのですが、英語やイタリア語では、会話の中で私を省略する事が多いですよね。しかしフランス語では、主語はほぼ省略しません。フランス語の堪能な知人に、「私」が何をするかが大切だからと聞きました。
『カルメン』11/26チーム立稽古 カルメン十合翔子、ミカエラ奥田敏子(左より)
●『カルメン』は素晴らしいオペラ。ぜひ劇場に足をお運びください
――最後にメッセージをお願いします。
糀谷:今回の『カルメン』は、メッセージ性が強い演出だと感じています。生き辛い世の中で心がくじけそうな時に、鼓舞してくれるパワーや闘える強さを舞台の上で生きるキャラクターたちから感じて頂けると嬉しいです。劇場を出たあと「明日から少し強い自分で頑張って生きていこう」という力を得られるような作品になると確信しています。他人の価値観には決して屈せず、信念を持って自分の意志を貫く。自由を求めてひたすらに真っ直ぐに生きる女性、それが私の演じるカルメンです。皆様をエンパワーできるよう全力で演じ切りますので劇場へ是非お越しください!
「明日からも頑張ろうという元気を得られる作品になると確信しています」
十合:昨年に続き、関西の著名なプロダクションによるオペラに出演させて頂けることが、本当に光栄で嬉しいです。しかも憧れのタイトルロールデビュー。幸せな事だと思っています。またカルメンとミカエラを神戸女学院チームでやらせていただく事に、感慨深いものを感じています。素晴らしいマエストロや演出家をはじめ、素敵なキャストやスタッフの力を結集し、人気のオペラ『カルメン』を、エネルギーたっぷりにお届けします。ぜひ、劇場にお越しください。
「憧れの『カルメン』タイトルロールデビュー、幸せです!」
中西:本来なら出てこないキャラクターをダンサーが演じるなどイマジネーションに溢れた演出で、『カルメン』をよくご存知の方にも新鮮に観ていただけると思います。私自身は、出産して体の変化や、睡眠不足など今までにない生活環境に戸惑い、子育てと稽古の両立に苦戦しています。もがき苦しみながらも役と向き合い、今の私にしか出来ないミカエラを皆様にお届けできればと思っています。
「育児との両立は大変ですが、自分にしか出来ないミカエラを皆様にお届けします」
奥田:今回、中西さんがこの『カルメン』に出演されている意義は大きいと思います。女性歌手の場合、結婚や出産がキャリアに響き、そうしたくてもその選択肢が選べない、もしくはキャリアを諦めざるを得ないという時代があったように思います。いま世の中が変わっていこうとしているなかで、私たちもその方向へ向かっていきたい。出演者同士でもできるサポートはして、そのなかで中西さんが堂々といてくださったら嬉しいです。
「今回は指揮者も演出家もキャストも素晴らしいです。ぜひ劇場にお越しください」
糀谷:まさに『カルメン』で、そういったことに挑んでいるところが素晴らしいです。同じチームとしてしっかりサポートさせていただきます。
十合:中西さんには、私たちも勇気を貰っています。心から応援しています。
中西:そういう声が嬉しいです。選択肢が増え多様性が認められる時代になってきていると思うので、そのひとつとして、出産しても歌手として頑張るんだ!という人が増えていくと良いなと思います。頑張ります。
「出産しても歌手としてやっていけるところをしっかりお見せしたいです」
奥田:クラシックやオペラに馴染みのない周りの方が、私が出演するのを機会にオペラを観にきてくださり、そこでオペラの魅力に気付いてファンになってくださることが多くて、これは一番の嬉しいことかもしれません。オペラを好きになることで、人生は間違いなく豊かになります。まだまだオペラの魅力を知らない方は多くいらっしゃいますから、そういった方たちに届くよう、今回こういう形で私たちの声をメディアに掲載して頂けるのは大変有難いことです。『カルメン』は本当に素晴らしい作品ですし、今回は指揮者も演出家もキャストも素晴らしいです。この作品だけは、見逃すのは勿体ないです。このプロダクションでやる『カルメン』は一期一会。絶対にがっかりさせませんので、ぜひ劇場に足をお運びください。
皆さまのご来場をお待ちしております。
――皆さん、長時間ありがとうございました。本番の舞台を楽しみにしています。
取材・文・撮影 = 磯島浩彰
公演情報
関西二期会 第97回オペラ公演
2023グランドオペラフェスティバル in Japan
2023グランドオペラフェスティバル in Japan