リートの星アップルが日本初リサイタル

コラム
クラシック
2023.11.17

2023年11月28日(火)の東京リサイタル『魂の故郷』のプログラムは次の通り。

◇序章
シューベルト:幸せ D 433

◇由来
レーガー:子供の祈り op.76 No.22
シューマン:もう春だ
ブラームス:子守歌 op.49 No. 4

◇場所
シューベルト:孤独な男 D 800
ブラームス:月夜 op.3 No.5
シュレーカー:森の静寂

◇ひとびと
ブラームス:乙女の唇はバラのように赤い
R.シュトラウス:万霊節 op.10 No.8
シューベルト:夜曲 D 672

◇旅にて
シューベルト:遠くへの渇望 D 770
シューベルト:月に寄せるさすらい人の歌 D 870
A.シュトラウス:僕には確かにわかる。君に再び会えることを

(休 憩) 

◇憧れ
シューベルト:郷愁 D 456
シューベルト:さすらい人 D 489

◇国境を越えて
プーランク:ハイド・パーク FP127 No.2
ブリテン:グリーンスリーヴズ
ヴォーン=ウィリアムズ:静かな午後
ビショップ:ホーム・スウィート・ホーム(埴生の宿)
ウォーロック:私の故郷
ウォーロック:独り身
アイアランド:もし売られている夢があるなら

◇エピローグ
グリーグ:6つの歌 op. 48


今回はあまり披露されない側面、次回以降に希望を託したいアップルの専門領域は現存作曲家との共同作業を通じたリートの世界の拡張だ。ジェルジ・クルターク、キット・アームストロング、マリアン・インゴルズビー、ニコ・ミューリー、スーザン・オーウェル、マティアス・ピンチャーらがアップルのために新作の声楽作品を作曲した。とりわけクルタークとは「ヘルダーリン・ゲザング(ヘルダーリンの歌)」を数度にわたって共同制作、2020年2月にドルトムントで行った対談形式のコンサートで世界初演した。師フィッシャー=ディースカウ顔負けの幅広い挑戦意欲といえる。

(C)David Ruano

(C)David Ruano

リサイタルのピアノはここ数年の固定パートナー、南アフリカ出身で英国王立音楽院を卒業したジェームズ・ベイリューが担う。歌のピアニストとしてウィグモア・ホールの声楽コンクールなどに携わり、日本人ソプラノの中村恵里とも共演している。アップルとベイリューは2020年に「ALPHA」レーベルと契約、2020年7月にスイスのルガーノで中世から20世紀に至る愛の歌のパノラマ『禁断の果実』、2021年10月にロンドンでシューベルトの「連作歌曲集《冬の旅》」全曲をセッション録音した。リリースの順序は名曲の《冬の旅》が先で、『禁断の果実』は2023年の最新盤として出た。収録曲のリストには唖然とする

『禁断の果実』
1. 作者不詳: 恋人にりんごを
2. ガブリエル・フォーレ(1845-1924): 楽園にて ~『レクイエム』 (ピアノ独奏)
3. 「主なる神はエデンの園に木をはえさせた」
4. アイヴァー・ガーニー(1890-1937): りんご畑
5. 「主なる神は人を連れてエデンの園に置いた」
6. フーゴー・ヴォルフ(1860-1903): ガニュメート ~『ゲーテの詩による歌曲集』第50番
7. クルト・ヴァイル(1900-1950): ユーカリ
8. 「人が一人でいるのはよくない」
9. フランシス・プーランク(1899-1963): 捧げもの ~『陽気な歌』 FP 42-6
10. 「喜びの園」
11. レイナルド・アーン(1874-1947): クロリスに
12. リヒャルト・シュトラウス(1864-1949): ばらの花輪 ~『4つの歌』 Op. 36-1
13. ヴォルフ: 恋人に
14. 「アダムとその妻は、いずれも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった」
15. ロジャー・クィルター(1877-1953): 今、深紅の花びらは眠り ~『3つの歌』 Op. 3-2
16. 「そして彼らは結び合い、一体となる」
17. ヴォルフ: 恋人の死を見たいなら ~『イタリア歌曲集』
18. クロード・ドビュッシー(1862-1918): 髪 ~『ビリティスの3つの歌』 L 90-2
19. 「おまえは園のどの木からでも心のままに取って食べてよい」
20. プーランク: バッカスのクプレ ~『陽気な歌』 FP 42-5
21. アーノルト・シェーンベルク(1874-1951): アリア ~《アルカディアの鏡》
22. 「その木の実は目に美しいかった」
レオネッロ・カスッチ(1885-1975): ジャスト・ア・ジゴロ
23. エドヴァルド・グリーグ(1843-1907): 悪魔へ
24. 「さて、野の生き物の中で蛇が最も狡猾であった」
25. プーランク: 蛇 ~『動物詩集』 FP 15b-1
26. 「しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない」
27. ロベルト・シューマン(1810-1856): ローレライ ~『ロマンスとバラード』 第3集 Op. 53-2
28. シューマン: 春の旅 ~『ロマンスとバラード』 第1集 Op. 45-2
29. 「おまえは神のようになり、善悪を知るものとなった」
30. ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル(1805-1847): 尼僧
31. 「彼女はその実を取って食べた」
ローター・ブルーネ(1900-1958): Kann denn Liebe Sü nde sein 愛は罪になりうるか? ~『Der Blaufuchs 青狐』
32. ジェイク・ヘギー(1961-): 蛇 ~『イヴの歌』
33. 「二人の目が開けた」
34. フランツ・シューベルト(1797-1828): 野ばら D 257
35. シューベルト: 糸を紡ぐグレートヒェン D 118
36. ハンス・アイスラー(1898-1962): パラグラフのバラード 218
37. 「蛇が私をだましたのです、それで私は食べました」
38. シューマン: 涙とともにパンを食べたことのない者は ~『「ヴィルヘルム・マイスター」による歌曲集』 Op. 98a-4
39. 「神はケルビムを置き命の木への道を守らせた」
40. フォーレ: 楽園にて ~『レクイエム』 (ピアノ独奏)
41. グスタフ・マーラー(1860-1911): 原光 ~『子供の不思議な角笛』


折々の曲間にはアップルによる「創世記」からの朗読が入り、エデンの園でアダムとイヴ(エヴァ)が食べてしまった禁断の果実の物語を言葉と音楽史の両面から紡いでいく。

『冬の旅』『禁断の果実』の両アルバムを聴き終えて思ったのは過去数年、アップルの声が急激な成熟を遂げ、さまざまな言語を歌い分け、それぞれの楽曲が描く世界、ほんの数分間のドラマを極限まで描く声色の使い分け、表現の切り込みが格段に巧みとなったことだ。もはやドッペルゲンガーどころか、百面相の域に足を踏み入れている。加えて身長196cmで小顔のモデル体型を維持しているようだから、ピアノ1台とのリートデュオ(歌の二重奏)であっても、オペラに匹敵するドラマの起承転結を視覚面も含め、味わえるに違いない。

文=池田卓夫

※出典:いけたく本舗(https://www.iketakuhonpo.com/post/リートの星アップルが日本初リサイタル)

公演情報

『ベンヤミン・アップル バリトン・リサイタル ~魂の故郷』
 
日程:2023年11月28日(火)開演 19:00
会場:浜離宮朝日ホール
出演:ベンヤミン・アップル(バリトン)、ジェームズ・ベイリュー(ピアノ)
シェア / 保存先を選択