林遣都の硬質な魅力が光る、倉持裕の新作舞台『帰れない男~慰留と斡旋の攻防~』 8年ぶりの協働となる二人にインタビュー

2024.3.6
インタビュー
舞台

(左から)林遣都、倉持裕

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倉持裕が林遣都を主演に書き下ろす『帰れない男~慰留と斡旋の攻防~』が、4月から東京・本多劇場ほかで上演される。林が演じるのは、気まぐれに親切にした女に招かれた広大な屋敷から、帰れなくなってしまう男。謎めいた屋敷の住人たちに翻弄され、やがて正気を失っていくという。林の初舞台以来8年ぶりの協働となる二人に、新作への思いを聞いた。

ーー新作『帰れない男~慰留と斡旋の攻防~』は心理サスペンスだそうですね。どういった経緯で生まれた企画なのですか?

倉持:プロデューサーに、なるべく少人数で関係性の濃い話を書かないかと言われて、ちょうどわかりやすいエンタメな芝居を書いていた時期だったので、ちょっと不条理というか、不思議な話を書きたいなと思いまして。だったら主人公の妄想、精神世界みたいなものが具現化されていくような話がいいなと考えた時に、頭に浮かんだのが林遣都でした。これはまさに遣都でやる企画じゃないかと。前からずっと「遣都とまたやりたいね」という話もしていたので、その二つが合致したような感じですね。

:お話をいただいて、本当に嬉しくて。僕の初めての舞台は倉持さんが作・演出された『家族の基礎~大道寺家の人々~』(2016)で、また倉持さんの作品に出たいと思っていました。初めての稽古場ですごく濃密な時間を過ごしたことも、本番でお客さんの生の反応を味わえたことも楽しかったんですが、何よりも自分の力の無さを痛感したことが大きかったですね。自分が成長していくためにも、これからも舞台をやっていきたい、やっていかなければと思いました。

(左から)林遣都、倉持裕

ーー『家族の基礎~大道寺家の人々~』では、お互いにどんなことが印象に残っていますか?

:僕は忘れもしない、立ち稽古が始まってすぐの時に、みんなの前で「映像と同じように(芝居を)やっても通用しないから」と言われたことです。

倉持:えっ、僕が言ったの?

:はい。それが今も深く自分の中に刻まれていて。

倉持:全然覚えてないんだけど……ずいぶん偉そうなことを言ったね(苦笑)。

:いえ、それが良かったというか。今も舞台をやるたびに、初舞台で倉持さんが厳しい言葉をかけてくださったことが、自分にとってどれだけ大きなことだったかを実感するんです。その時は怖かったし、悔しさもありましたけど、僕の中にもどこか、そんなふうに自分を奮い立たせてくれる瞬間や、厳しく指導してくれる人を求めていたところがあったんだと思います。きっとこの期間は自分を成長させられる時間になるんじゃないかなと、ワクワクしたのを覚えています。

倉持:僕の記憶にあるのは、遣都がすごく硬かったこと。最初の頃は足音もうるさくて、歩くたびにバンバンバンバン音がして。たぶん初舞台ということもあって、体にすごく力みがあるんだな、時間はかかるだろうけど、演出家として頑張ろうって思ったことを、よく覚えています。

:僕の足音、そんなにうるさかったんですね(苦笑)。

倉持:でも、勘が良いというか、あれよあれよという間に自由になっていく感じがあって、いつの間にか何の違和感もなく、松重(豊)さんと(鈴木)京香さんの息子になっていましたね。自分の予想は良い方に裏切られて、足音がうるさかったのも序盤だけでした。稽古場で他の役者がどういう体の使い方をしているのかを見ながら、どんどん吸収しているのが見て取れたし、声もどんどん出るようになって、これはすごいなと。

(左から)林遣都、倉持裕

:松重さんや六角(精児)さん、京香さんはもちろん、舞台経験豊富な皆さんが本当にいろいろ教えてくださったんです。「舞台って、こういう時間があるんだな」ということにも感動したし、お芝居に真剣に向き合っている人たちの底力みたいなものを間近で見るのも刺激的で、「舞台の世界には、こんなにもお芝居を愛して追求している凄い人たちがいるんだ」と圧倒されました。体の使い方でいうと、京香さんに嫌々引っ張られていくシーンで、僕が本気で嫌がって引っ張られまいとしていたら、倉持さんに「本気でやってどうするんだ。それだと京香さんは引っ張っていけないだろう」と言われて、「そうか。“そう見える”ようにリアクションをコントロールしなきゃいけないんだ」と気が付いて。そういう初舞台での体験が全部、今の自分の基盤になっています。

ーー『帰らない男~慰留と斡旋の攻防~』では、そんな林さんの“硬い”部分がフィーチャーされるのかなと、公式サイトの倉持さんのコメントを読んで感じたのですが。

倉持:そうなんです。最初は緊張によるものもあったとは思うんですが、硬質な印象というのは、林遣都という役者が生来持っている魅力でもあると僕は思っていて。本人はリラックスしているのかもしれないけど、頑固なふうにも見えるし、警戒しているようにも見えるし、ちょっと臨戦態勢というか、「何か来たらいくぞ」と準備しているようにも見える。そういうムードの役者はそんなにいないから、貴重だなと。この間『浅草キッド』(2023)で遣都がやっていた役も、ちょっと鬱々とした感じで、僕が思っている林遣都に通じるものがありました。本当は思っていることがたくさんあるのに、半分も言えない、みたいな。

:僕自身はよくわからないんですが、そういう自分の部分を作品に生かしてくださるというのは、すごく幸せなことだなと思います。自分としてはあまり好きじゃない部分かもしれないんですが、大切にして演じたいです。

ーー作品のモチーフは内田百閒の小説だそうですね。

倉持:不思議な話、幻想的なものって何かな? と考えた時に、内田百閒の短編を思い出したんです。広くて薄暗い屋敷で、男が迷う話。廊下が恐ろしく長くて、女中についていくんだけど、その女中の足が速すぎて見失ってしまうっていう(笑)。その雰囲気が頭にあったので、時代設定も昭和初期でいこうかなと。「お勢」シリーズと同じくらいの時代になりますけど、あれは原作が(江戸川)乱歩なので、芝居のテイストは随分違ってくると思います。今回は推理物や探偵物ではないし、エログロでもないので。

(左から)林遣都、倉持裕

ーー林さんが演じる主人公は、恐ろしく広い屋敷の謎めいた主人やその妻に翻弄される役だとか。

倉持:そうです。ただ、翻弄されるだけだと、どうしても受け身ばかりになって演劇だと沈んでしまうので、「自分は巻き込まれてないぞ」というつもりでいる主人公、自分が主導権を握っているつもりが、後手に回ってしまっているような主人公にしたいなと思っています。シリアス一辺倒な芝居は作りたくないので、それがところどころ滑稽に見えるようにしたいですね。きっと遣都に似合うだろうなと思っています。

:僕は最初、ちょっと不気味な世界の話なのかなと思っていたんですが、プロットを読めば読むほど「人間ってこうだよな」と感じます。僕が演じる男も、自分はそうじゃない、人としてこうありたいと思っているのに、気付かぬところで真逆の行動をとっていたりするところが、すごく人間味があって面白そうだなと。最近、穏やかな日常を送っているので、この幻想的な世界にまっさらな気持ちで入っていって、僕自身も日常を忘れられるぐらい、どっぷり浸かってみたいなと思います。

ーーご自身が主宰する劇団「ペンギンプルペイルパイルズ」では不条理系の作品を発表されていた倉持さん。やはり基本的に、不条理なものが好きだったりするのでしょうか。

倉持:好きですね。エンタメを書くのも楽しいんですけど、僕は“わからないけど面白い”ものが好きなんです。そういうものに憧れて、自分も作りたいと思って、この世界に入ってきた人間なので。ただ“わからないけど面白い”って、すごく高度で難しい。だから挫折の繰り返しで、もちろん自分の力不足もあるんだけど、そういうものってなかなか受け入れてもらえないんだなと諦めていた時期がありました。でもまた最近、希望の光を感じているんです。宮﨑駿監督がご自身のキャリアのこの段階で『君たちはどう生きるか』を打ち出してきたことは、すごく勇気づけられた。そんなこともあって、やっぱり好きなものは好きなものとして、エンタメと同じように作り続けていきたいなと今は思っています。

:僕も、わかりやすいものばかりやることには、どこか「これでいいのかな」と思っているところがあります。だからこそ、舞台を楽しみにしているのかもしれない。演じる側も観る側も“想像すること”を楽しめる場ですし、想像力を養える場だと思っているので。たとえば、この『帰れない男』のチラシだけでも、いろいろな想像ができますよね。ちょっとカッコよくて重厚感があって、どんな話なんだろう? って。でも、タイトルだけフィーチャーしてみると、どこかバカバカしい感じもある。そんなふうに想像の余地があるところに、やっぱり面白さを感じます。

(左から)林遣都、倉持裕

ーー実力派俳優として、どんどん存在感を増している林さん。出演作を決める時に重視していることは何ですか?

:“誰とやるか”というところは大事にしています。僕は最初、人前に立つことが恥ずかしくて、この仕事に向いてないなと思った時期もありました。そんな中で倉持さんをはじめ、表現の仕事をずっと続けていらっしゃる先輩方に出会って、そのたびに自分に足りないものを発見して……。僕はひとつのことを考えると、周りが見えなくなりやすいタイプかもしれませんが、その半面、柔軟でいることで、自分の新しい何かが引き出されるんじゃないかという期待も常に持っていて、今回の舞台でも、ご一緒する皆さんからたくさんのことを習得したいなと思っています。もうひとつ、やっぱり共感してもらえる作品にも惹かれますね。たとえば、人の弱い部分を描いている作品だったり、役だったり……そこに寄り添える役者、人間でいたいというのが、自分の中で結構大きなテーマになっていて。逆に、ただただ楽しめるような作品も好きです。観てくださった方が、何かこう、心が軽くなるような、そんな作品に惹かれるんだと思います。

ーー本作品で林さんが初出演する本多劇場には、どんな印象や思いがありますか?

:それこそ倉持さんの作品を観に行ったり、足を運ぶ機会が多かった劇場です。下北沢自体にも、目の肥えた演劇好きな方が集結する街という印象があるので、そこでどっぷりとお芝居に浸かれると思うと、楽しみでしかないです。

倉持:僕にとっては、やっぱり自分が一番やりたい芝居のサイズに合っている劇場ですね。細かいことも全部伝わるし、稽古場で作ったものや感覚を、そのまんま一番後ろの列まで届けられるサイズなので。きっと役者も、やっていて楽しいと思うし、稽古場でやったことを素直に信じられるんじゃないですかね。稽古場で感じたことを、劇場入りした後にあれこれ修正する必要がないから。

:確かに大きな劇場の仕掛けを使った演出だと、稽古場でできないことがいろいろありますよね。稽古がますます楽しみになりました。稽古場での感覚がより大事になってくると思うので、心して臨みます。

(左から)林遣都、倉持裕

ヘアメイク:竹井 温 (&’s management)
スタイリスト:菊池陽之介

取材・文=岡﨑 香      撮影=中田智章

公演情報

M&Oplaysプロデュース
『帰れない男~慰留と斡旋の攻防~』
作・演出:倉持裕
出演:林遣都、藤間爽子、柄本時生、新名基浩、佐藤直子、山崎一
 
主催・製作:株式会社M&Oplays
 
公式HP: https://mo-plays.com/kaerenaiotoko/
 
【東京公演】
日程・会場:2024年4月13日(土)~5月6日(月)本多劇場
料金:8,000円(全席指定・税込)
お問合せ:㈱M&O plays 03-6427-9486
 
【愛知公演】
日程・会場:2024年5月9日(水)Niterra 日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
お問合せ:メ~テレ事業 052-331-9966(平日10:00 - 18:00)

【島根公演】
日程・会場:2024年5月12日(日)島根県民会館大ホール
お問い合わせ:島根県民会館コーナー 0852-22-5556(10:00 - 18:00)
〈休館日〉第2・第4月曜日(祝日・振替休日の場合は翌平日)/臨時休館日あり
 
【富山公演】
日程・会場:2024年5月15日(水)富山県民会館ホール
お問い合わせ:イッセイプランニング 076-444-6666(平日11:00-17:00)

【大阪公演】
日程・会場:2024年5月18日(土)~5月19日(日)梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
お問い合わせ:梅田芸術劇場 06-6377-3888(10:00 - 18:00)

【宮城公演】
日程・会場:2024年5月22日(水)電力ホール
お問い合わせ:ニイタカプラス 022-380-8251 (平日9:30 - 18:00)
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