愛さずにはいられない、自由でユニヴァーサルなピアニスト紀平凱成と音楽の旅へ~デビュー5周年記念ツアー〈東京公演〉をレポート
ピアニスト紀平凱成が、全国9都市を巡るデビュー5周年ツアーを開催中だ。2024年2月10日(土)には、浜離宮朝日ホールにて東京公演が開催。SPICEでは、同公演の模様を音楽ライターの小田島久恵氏にレポートしてもらった。
デビュー5周年ツアーも後半に入った2月10日、浜離宮朝日ホールで紀平凱成の東京でのコンサートを拝聴。前回初めて紀平の演奏をライヴで聴いて以来、稀有の音楽性と底なしのパワー、愛さずにはいられないパーソナリティの大ファンになった筆者。浜離宮は超満員で、見たところお客さんの世代は様々のようだ。ピアノ学習を始めたばかりに見える若い人もいる。
終演後にはサイン会も行われ、多くのファンが列をつくった
紀平が両手を振ってステージに表れる。妖精のようなオーラ。このツアーのタイトルが「Blue Bossa Station~時空を超えた夢の音楽旅へ~」というもので、ドビュッシーの「夢」から始まったのは演奏会のコンセプトにぴったりだった。音楽、特にクラシック音楽は風に乗って遠い広い場所へと飛び立っていくような性質をもつもので、石の中に閉じ込められているような窮屈な表現ではない。ドビュッシーの初期作品には甘いロマンティックな響きがあり、作曲家自身は後年になってこの曲を評価しなかったというが、もはや曲は皆のものだ。紀平のドビュッシーは過去の誰の演奏にも似ていない。テンポも響きも作曲家とピアニストが一対一で向き合ったもので、その純粋さにはっとする。一曲ごとに袖に戻って曲解説が行われる。それがとても愉快で、舞台に戻ってくるピアニストを見るたびに新鮮な気持ちになった。
前半は紀平のオリジナル曲、ジャズ・メドレー、カプースチンの前奏曲、紀平編曲のカプースチン、そして紀平アレンジのチック・コリア「スペイン」が続いた。紀平が弾くカプースチン作品の素晴らしさは定評があるが、シャープなリズム感覚とモダンな和声感、わくわくするような躍動感は去年よりさらに進化していた。「’トッカータ’による奇想曲」はカプースチンが聴いたら仰天したのではないだろうか。
後半は紀平アレンジのディズニー・メドレー、それに自然とメトネルの「夕べの歌」が続く。プログラムには作曲家の国籍と作曲された年が記されているのだが、その並びは自由そのもので、2018年から2023年までの紀平のオリジナルに、1890年フランスのドビュッシー、1918年ロシアのメトネル、1971年イギリスのジョン・レノン(「イマジン」)が連なっている。
後半のオリジナル曲は「Tears for Everything」「No Tears Forever」「Taking off Loneliness」ツアータイトルの「Blue Bossa Station」。ロビーではスコアも販売され、紀平凱成というアーティストがコンポーザー・ピアニストであるということを改めて実感した。
アンコールで弾かれた「Happy Birthday」はこの日がお誕生日のお母さまに捧げられたが、2月10日生まれのお母さまには「凱成さんを産んでくださってありがとう」と伝えたくなった。天才を天才と最初に認める知性が肉親になければ、こんなに自由でユニヴァーサルなピアニストは育たない。
終演後、ファン同士が仲良くプレゼント交換をしている姿なども見え、ホール全体が天国のような雰囲気。クロークで気難しい紳士同士が「ぶつかった」だの何だのと喧嘩するクラシックの演奏会もあるが、ここにはそんな人たちはいないのである。ありのままで愛され、自由に時空を旅するピアニストの人気は、ますます(爆発的に)高まっていくだろう。2024年とは音楽にとってそういう転換の年なのだ。
取材・文=小田島久恵 撮影=池上夢貢