ニュートラルに、使命感と継承と憧れのために 尾上菊之助インタビュー『伽羅先代萩』と歌舞伎への思い

2024.4.13
インタビュー
舞台

尾上菊之助

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2024年5月2日(木)、歌舞伎座で『團菊祭五月大歌舞伎』が開幕する。

九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎の功績を顕彰し、「團菊祭(だんきくさい)」と銘打たれた公演だ。尾上菊之助は次のように意気込みを語る。

「劇聖と言われた九代目さんと、私の高祖父である五代目。江戸時代から明治期に変わる演劇を支えたふたりですね。そして『團菊祭』は、十二代目團十郎のおじさまと、父の菊五郎がずっと守ってきた興行でもあります。今回は、現在の團十郎さんと昼の部『極付幡随長兵衛』で共演させていただき、夜の部『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』では、私が『御殿』の乳人政岡(めのと まさおか)をつとめ、團十郎さんが『床下』に仁木弾正で出演されます。皆様に九代目團十郎さん、そして五代目菊五郎を偲んでいただける月となれば幸いです」

菊之助が政岡をつとめるのは、これで3回目。今回は「飯炊き(ままたき)」と呼ばれる場面を含めた上演となる。

歌舞伎座5月公演『團菊祭五月大歌舞伎』

『伽羅先代萩』は仙台藩伊達家で実際に起きた御家騒動が題材にした作品。幼くして家督を継いだ若君・鶴千代は、御家乗っ取り派から命を狙われている。乳人政岡は実子の千松とともに、鶴千代を守ろうとするが……。

本公演では、千松に菊之助の長男・尾上丑之助。鶴千代に中村種太郎という配役。菊之助に作品の見どころや役への思いを聞いた。

■母の情愛と忠義の心が溢れ出るように

ーー菊之助さんにとって3度目の政岡です。

尾上菊之助(以下、同じ):

初役でやらせていただいた時は、政岡たちが御家騒動の渦中にあることがお分かりいただける「竹の間」からの上演でした。今回は「御殿」からとなりますが、それでも政岡たちが大変な状況にあることを、皆様にお伝えできるようつとめたいです。

ーー城内でさえ敵だらけ、という状況からはじまります。政岡は御家乗っ取り派を警戒し、「鶴千代は病気だから」と偽って男子禁制の奥御殿にこもります。

親とは「身体に悪いものは口にしてはいけない」と教えるものです。しかし政岡は、常に鶴千代のそばに千松をおき、気丈にも「何かあれば、あなたが鶴千代の身代わりになりなさい。毒と疑うものがあれば、あなたが進んで食べなさい」と教えているんですね。千松もそれを理解し、お毒見役をつとめています。

ーーいかにもお城らしい豪華な空間にいながら、幼いふたりはお腹を空かせています。

食事に毒が仕込まれているかもしれない状況ですから、出されたものに手をつけられません。政岡は自ら用意をするのですが、それも充分な量があるわけではなく1日1食。ほんのちょっとだけ。もっと食べさせてあげたい。けれども食べさせてあげられない。ふたりも、もっと食べたいけれども「ひもじい」とは言いません。

『伽羅先代萩』政岡=尾上菊之助(平成29年5月 歌舞伎座)

政岡は、乳人として鶴千代にもお乳をあげて育ててきましたし、千松は実の子です。鶴千代にも千松にも愛があり、そして忠義の心も持っています。ふたりの子どもたちも、彼らなりにお家のために懸命に生きています。

ーー3人が身を寄せる部屋に台所はありません。そこで政岡は茶釜を使います。

ふたりが遊ぶ間にお茶の作法にのっとって、茶釜でご飯を炊くんですね。これが「飯炊き」と呼ばれる場面です。早く食べさせてあげたい気持ちを持ちながら、お茶の作法で淡々と進めます。当時は精米といっても、石やゴミが混ざっていたでしょう。それも丁寧に取り除いてあげる。茶道の作法からは、若君への忠義。ご飯を炊くという行為には「はやく食べさせてあげたい」という幼い子供たちへの情愛。思いを深めるように一つひとつの手順をふんでいくことで、忠義と情愛が、同時に溢れ出てくる場面です。そのようにお見せできればと思います。

舞台上では、小道具として実際の江戸中期の茶釜を使わせていただきます。これは(坂東)玉三郎のおにいさんが、小道具さんに寄贈されたものです。以前は江戸後期の釜が小道具として使われていました。しかし江戸初期から中期までと、江戸後期では釜の形が異なるそうで。おにいさんは、作品の時代設定にあわせて、釜も江戸中期のものの方がふさわしいだろうと、ご自分でお探しになられた大変貴重なものなんです。

■切ないほどの業と因果を肯定して

ーー3人が彼らなりのやり方で御家騒動と戦っているところへ、栄御前や八汐たちが“お見舞い”にやってきて、状況が動きます。千松を演じる丑之助さんは、3月に歌舞伎座で『菅原伝授手習鑑 寺子屋』に出演し、松王丸の子・小太郎を勤めました。小太郎も千松も、忠義のために同世代の子どものために命を差し出すところが重なります。

尾上菊之助

大きく違う点として、小太郎はあの寺子屋へ死にに行っています。千松は、あの日あそこで死ぬとは思っていませんでした。その違いはありますが、ふたりの親への思いは通じるところがあると思います。

丑之助が小太郎をやった時に、伝えたことがあります。「小太郎は、ただただ自分は犠牲になるんだ、という気持ちではなかったと思う。大好きなお父さんのために自ら身代わりになりに行くんだ、と彼なりのプライドみたいなものがあったんじゃないか」と。千松もまた、大好きなお母さん(政岡)に“いざという時は”と常々教えられてきたんですよね。

小太郎も千松も、大好きなお父さんや母さんのために、自分なりに肚をくくり自ら守ると決めた。その思いは、ふたりに通じるものかもしれません。

ーー松王丸と政岡にも、そのように似通うと感じられる部分はありますか。

松王丸も政岡も、親の情、子への愛は非常に深いものをもっているでしょう。それでも寺子屋へ小太郎を差し出し、いつ死が訪れてもおかしくない状況に千松を置きます。落語の立川談志師匠が、「落語は人間の業の肯定である」とおっしゃっていました。その表現をお借りするなら、歌舞伎も業の肯定を描く作品が大変多くあります。古典演目はほとんど、と言えるのではないでしょうか。ただ、落語は笑える描き方であるのに対し、歌舞伎はとても切ない。切ないほどの業と因果を描くことで人間を肯定します。その意味で、松王と政岡は深いところで通じていると思います。

ーー菊之助さんと丑之助さんの5月のご共演も楽しみにしています。話は逸れますが、丑之助さんはふだんどのようなお子さんですか?

言うことを……聞ききませんね!(笑) 芝居には没頭してくれるのですが、歌舞伎に出させていただくことと、学校のことの両立は大変なようです。たしかに私自身、あの年の頃はお稽古事もありましたし芝居もしたかった。宿題はまず後回しにしていました。同い年には團十郎さんという強烈な方もいて、一緒に楽屋で暴れて……悪かったですよね(苦笑)。それを思えば、丑之助の方が幾分きちっとしています(笑)。 

■使命感、継承、そして憧れ

ーー菊之助さんは、3月は『寺子屋』松王丸、『伊勢音頭恋寝刃』今田万次郎、4月は『夏祭浪花鑑』で一寸徳兵衛、『四季』で女雛。来月は女方の大役である政岡の他に、『極付幡随長兵衛』で水野十郎左衛門をつとめます。日頃から、立役と女方、世話物、時代物、そして新作歌舞伎まで、幅広い演目や役を意識的に選ばれているのでしょうか?

意識的です。歌舞伎には磨き上げられてきた素晴らしい演目が数えきれないほどあり、自分にもやらせていただきたいと思う演目がたくさんあります。すべて自分にできるとは思ってませんが、曾祖父の六代目菊五郎は役になりきることをとても大事にしていました。岳父(二代目中村吉右衛門)は、役が導いてくれるものだと教えてくださいました。線の太い役なら普段から太くなくては、線の細い役なら普段から……ということではないはずだと思うんです。そもそも女方自体が、非常に創造的なものですから。

尾上菊之助

しかし型通りで行けるのは役の入口まで。役の心情でその型をやるところまで持っていって、初めて成立するのが歌舞伎です。教えていただいたことを懸命に守り、今の自分にできる限り役の心情を想像し、感じられる範囲で演じていく。立役、女方、世話物、時代物、新作でも違いはありません。役になりきるためには、むしろこだわりを持つことなく、どの役にも常にニュートラルに、等身大の自分で向き合うことを大切にしたいです。 

ーーニュートラルなスタンスで数々の役を。菊之助さんは、比較的欲ばりなタイプですか?

欲ばり……なのかな(笑)。根本にあるのは憧れなんです。五代目菊五郎、六代目菊五郎、父に受け継がれる世話物。岳父が大事にしてきた時代物。そして今回の政岡のような、玉三郎のおにいさんや祖父の(七代目尾上)梅幸が大事にしている女方。身近に憧れる先輩方がこれだけいてくださり、その方たちのお教えを受けられる。受けた父から教えてもらえる。受け取ったものを大切に、丑之助にも伝えていきたい。音羽屋に生まれた者としての使命感、継承への思い、そして私自身の憧れが原動力だと思います。

尾上菊之助

歌舞伎座『團菊祭五月大歌舞伎』は、2024年5月2日(木)より26日(日)までの上演。
 

取材・文・撮影(尾上菊之助)=塚田史香

公演情報

『團菊祭五月大歌舞伎』
 
日程:2024年5月2日(木)初日〜26日(日)千穐楽(休演:8日(水)、16日(木))
会場:歌舞伎座
 
【昼の部】午前11時開演
 
一、鴛鴦襖恋睦(おしのふすまこいのむつごと)
おしどり
 
河津三郎/雄鴛鴦の精:尾上松也
遊女喜瀬川/雌鴛鴦の精:尾上右近
股野五郎:中村萬太郎
 
 
四世市川左團次一年祭追善狂言
二、歌舞伎十八番の内 毛抜(けぬき)
 
粂寺弾正:市川男女蔵
腰元巻絹:中村時蔵
小野春風:中村鴈治郎
小原万兵衛:尾上松緑
八剣数馬:尾上松也
秦秀太郎:中村梅枝
錦の前:市川男寅
若菜:市村萬次郎
秦民部:河原崎権十郎
八剣玄蕃:中村又五郎
小野春道:尾上菊五郎
 
後見:市川團十郎

 
河竹黙阿弥 作
三、極付幡随長兵衛(きわめつきばんずいちょうべえ)
「公平法問諍」
 
幡随院長兵衛:市川團十郎
水野十郎左衛門:尾上菊之助
女房お時:中村児太郎
極楽十三:中村歌昇
雷重五郎:尾上右近
神田弥吉:大谷廣松
小仏小平:市川男寅
閻魔大助:中村鷹之資
笠森団六:中村莟玉
加茂次郎義綱:中村玉太郎
下女およし:中村梅花
御台柏の前:中村歌女之丞
坂田金左衛門:市川九團次
伊予守頼義:上村吉弥
坂田公平:片岡市蔵
渡辺綱九郎:市村家橘
出尻清兵衛:市川男女蔵
唐犬権兵衛:市川右團次
近藤登之助:中村錦之助
 
 
【夜の部】午後4時30分開演
 
一、伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)
御殿
床下
 
〈御殿〉
乳人政岡:尾上菊之助
栄御前:中村雀右衛門
一子千松:尾上丑之助
鶴千代:中村種太郎
沖の井:中村米吉
八汐:中村歌六
 
〈床下〉
仁木弾正:市川團十郎
荒獅子男之助:市川右團次

 
 
河竹黙阿弥 作
二、四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは)
四谷見附より牢内言渡しまで
 
野州無宿富蔵:尾上松緑
数見役:坂東彦三郎
頭:坂東亀蔵
女房おさよ:中村梅枝
三番役:中村歌昇
浅草無宿才次郎:中村萬太郎
伊丹屋徳太郎:坂東巳之助
四番役:中村種之助
黒川隼人:中村鷹之資
寺島無宿長太郎:尾上左近
生馬の眼八:市村橘太郎
田舎役者萬九郎:中村松江
浜田左内 河原崎権十郎
うどん屋六兵衛:坂東彌十郎
隅の隠居:市川團蔵
牢名主松島奥五郎:中村歌六
石出帯刀:坂東楽善
藤岡藤十郎:中村梅玉
 
 
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