松尾スズキ作・演出の伝説的な衝撃作 三度目の出演にして初役・コオロギに挑む阿部サダヲに意気込みを訊く!
阿部サダヲ
1991年に<悪人会議>(当時WAHAHA本舗の村松利史と当時パラノイア百貨店の岡本圭之輔と大人計画の松尾スズキによる演劇プロデュースユニット)の“第0回公演”として初演された伝説の舞台『ふくすけ』。その後1998年には<日本総合悲劇協会>の公演として再演され、2012年にはBunkamuraシアターコクーンにて再々演された、この松尾の代表作にして衝撃作が12年ぶりに、しかも物語の舞台ともなっている“歌舞伎町”で蘇る。
4度目の上演となる今回はタイトルを『ふくすけ2024-歌舞伎町黙示録-』とし、物語の軸を少年フクスケから、彼が入院していた病院の警備員コオロギと、その妻で盲目のサカエに変えて、台本をリニューアル。キャストの顔ぶれもガラッと変わる。1998年版と2012年版でフクスケを演じていた阿部サダヲがコオロギを演じるほか、サカエに黒木華、フクスケに岸井ゆきの、フタバに松本穂香という松尾の舞台作品に初参加の3人が扮し、荒川良々、皆川猿時、伊勢志摩、猫背椿、宍戸美和公ら大人計画劇団員に加え、内田慈、町田水城、河井克夫、菅原永二、オクイシュージというクセモノたちも勢揃い、さらには松尾作品に多数出演している秋山菜津子がマス役で今作初参加、そして松尾本人もフクスケを監禁していた製薬会社の御曹司ミスミミツヒコ役として登場する。
まだ稽古開始前の4月下旬、阿部サダヲに『ふくすけ』という作品への想いや、今回初めて演じるコオロギ役への意気込みなどを語ってもらった。
COCOON PRODUCTION 2024 『ふくすけ2024-歌舞伎町黙示録-』
ーー『ふくすけ』の12年ぶり4度目の再演が決まったことへの想いを、特に阿部さんは今回少年フクスケからコオロギに役が変わることも含めて、お聞かせいただけますか。
まず、コオロギという役は、役者としてもいい役だな、いつか手を出してみたいなと思っていました。
ーーその気持ちは、以前から持っていたんですか。
そうですね。だからコオロギを演じられるのは嬉しい。けれど、プレッシャーはありますね。フクスケという役もすっごい役でしたけど(笑)。12年前に演じた時、もし次にこの作品をやることになったらフクスケ役はもうないかもしれないな、コオロギ役とかやれたら面白かったりして、なんてことは思っていました。
ーーでは、フクスケ以外ならコオロギを演じてみたかったんですね。
そんな気持ちはあったんですけど、実際やるとなると別で。改めて台本を読み返してみたら、やっぱり難しい役だし、どうやって演じよう? と思いました。しかも妻のサカエ役も今回は黒木華さんに変わるので、どうやって一緒に作っていくんだろうなあ、と思っています。フクスケもそうなんですけど、とにかく登場人物たちが得体の知れない人たちばかりだから。
ーー出てくる人が全員、得体が知れないかもしれません(笑)。
そうそう(笑)。なんなんだ、この人たち! みたいな感じがあるので。その点は、やりがいがありますね。
ーー新しい台本を読んでみると、やはり今回の物語の視点はコオロギとサカエに移っていると思われましたか。
自分的には、そう思いました。今回、これまで描かれていなかった、コオロギとサカエとの出会いの場面も描かれていましたし。
阿部サダヲ
ーーそれは、新しいパートが加わっているということですか。
そうです、コオロギとサカエのエピソードゼロ的な(笑)。そのあとの流れは大まかにはこれまでと同じなんですが、逆に最初に読んだ時「あら? あれがない!」と思う部分もあったりして。
ーーではコンパクトになる部分もあれば、足されている場面もある、と。
ごっそり違うものが入ってきたみたいな印象のところもありますし。前回から12年が経ったんだなと思えばいいんじゃないですかね(笑)。
ーー確かに、そうですね(笑)。ちなみに、コオロギの人物像としての印象の変化はありましたか?
いや、新しい場面はあっても、途中からはセリフも大きく変わっていません。とはいえ、自分がコオロギを演じる時に、これまでのキャラクターのコピーにならないようにしたいですし。ただ、このコオロギさんがとても怖い人で、口にするセリフもやたら印象的なんですよ。空っぽなんだけど、空っぽじゃないみたいな。何度も言うけど、とにかく得体が知れない。そういう人を演じるにあたって、何をモチーフにしていいのかわからないですけど、まずはやはりこれまでのコオロギを演じていた松尾さんやオクイ(シュージ)さんがやっていたものがベースにはなるんだろうなとは思います。ぜひ、松尾さんに演出をつけてもらいたいとも思いますけど、意外と演出してくれなかったりして(笑)。
ーー何も言ってくれなかったり?
「なんかやってみてよ」みたいに言われたら、すごいイヤだなあ(笑)。でも一緒にいる場面が多い黒木さんが初参加だから、その流れで僕にもきっと優しくしてくれるんじゃないかなと思います。でもなあ、前回松尾さんがコオロギを演じていた時より、僕のほうがかなり歳をとってるんですよね。当初、20代の松尾さんが演じていたガンガン攻めていく感じのコオロギもありですけど、僕ももう50歳過ぎていますから。ちょっとイヤ~な感じに歳をとったコオロギっていうのも表現してみたいですね。だけどなんでコオロギは、このサカエっていう人とずっと一緒にいるんだろう。その点については、もうちょっとわかりやすく演じてみたい。また、よくコオロギは「幸せか?」って人に聞くんです。そこも、なんだかイヤですよね。
ーーなんでわざわざ聞くの、と?
そう、そこがイヤなんだけど、同時にすごく気になる。以前もすごく印象に残る役だったので、その点ももっと強く出していきたいですね。どうしても、ビジュアル的にフクスケの存在が強烈に印象に残るはずなので、僕もちょっと頑張ります、としか今は言えないですけど。
阿部サダヲ
ーー今回が初見の方も多いと思いますので、コオロギの役回り、どういうキャラクターなのかということもお聞きしておきたいのですが。
コオロギっていう人に関しては僕もまだよくわからないのですが(笑)。その場で思いついたことをどんどんやっていくと、それがいい方向に転がっていったりするので、ラッキーな人ではありますね。今、世の中には詐欺師の話がしょっちゅう出て来ますけど、こういう人がその大元にいるんじゃないかとも思える。そんな人間が転がっていく姿というのは、面白いだろうなと思います、僕自身は決して羨ましくはないですけど。それにしても今現在の時代が逆にこの作品に近づいている感覚があるというか、本当によくわからない事件が実際に起きているじゃないですか。何が起きても不思議じゃないような現実になってきちゃっているから、今回初めて観る方も普通に受け入れちゃうかもしれない、という怖さも感じています。
ーーでも、ものすごい衝撃を受ける方もいっぱいいそうです。
そうですね。「舞台って、こんなことをやっているんだ!」と思う人も多いかもしれない。そういう作品に岸井さんや黒木さん、松本さんたちが出るんですから。「へえ、演劇って面白いんだな!」と思っていただけたら嬉しいですね。
ーー『ふくすけ』への出演は12年ぶりとなりますが、ご自身の変化、前回との違いみたいなことを感じる部分はありますか。
自分の変化としてはどうだろう、あまりないかもしれないですね。でも確かに、フクスケという役をやることで「そういう役もできるようになったんだね」と言われたりして、そこで自分が役者としてひとつ変われたという気持ちになれた役ではあったので。今回コオロギという役をやって、また「そういう役もやるんだ」と思われるような変化を起こしたいような気はします。前回の『キレイ』の時も自分がマジシャン役をやれるとはそれまで思っていなかったですから、僕もちょっとずつ変わってきているのかもしれないし、松尾さんの僕に対してのイメージが少し変わってきたのかもしれないですね。
ーーそもそも、コオロギ役はこれまで松尾さんとオクイシュージさんが演じていた役でもあり。特に作者で演出もされる松尾さんが自ら演じていた役を、今回初めて阿部さんが演じることでどういうところに違いが出てくると予想されていますか。
コオロギはとても怖い人ではあるんですが、でも僕はやっぱり笑いが好きなので、笑える部分も多めに出していきたいなと思っているんです。今回、自分が演じることになって、松尾さんがちょっと僕にあて書きしてくれているようなところもある気がしていて。キャラクター自体は、それほど大きくは変わらないんですけどね。怖さと笑いって、紙一重みたいなところがあるじゃないですか。そこがうまく出せたら面白くなるんじゃないか、と。なんだかどんどん転がるようにハマっていってしまう怖さ、というものもコオロギをやってみたいと思ったポイントでもあったし。もともとは病院の警備員だったのに、流れで宗教をやり始めたらなんかそれっぽいことを言うようになって「妙に馴染んじゃってるよこいつ」みたいなところとかは、役者として演じてみたら楽しそうですね。僕自身も、いろいろなところで馴染んでいきたい気持ちが自分の中にはあるし、変わりたいという願望もあるから。だから全編でずっと同じ役を演じるよりは、警備員をやっていたと思ったら、次は宗教の教祖様の横でいかがわしいふるまいをしていて、家に戻ればサカエに毒づいたりする。そんな目まぐるしさって、かなり面白そうじゃないですか。
阿部サダヲ
ーー阿部さんは『キレイ』でもハリコナ役をやったりマジシャン役をやったりされていたわけですけど、同じ作品で別の役を演じる時ってどういう感覚になるものなんでしょうか。
まだ稽古に入る前の今ぐらいの時期って、いろいろなことを考えたり、こうして話したりしていますけど、結局稽古が始まるとその時の考えは一旦なくなっちゃうんです。本番が始まれば、またちょっと考えたりするけど。年を重ねてきたからかもしれませんが、自分が演じたら以前やっていた人とは自然と違うようになるということがわかるようになってきたんですね。自分がやった役を、別の人がやっている姿をフラットに見られるようになったというか。たとえばハリコナにしたって。
ーー自分と同じ役を神木隆之介さんがやっても違うし、小池徹平さんがやっても違うし。
全然違うじゃない! って、自分でも思いますから(笑)。そういうのがわかったので、あまり気にしなくなったのかもしれないです。
ーーでは、今回もそんな心持ちで役に向かっていく。
稽古が始まっちゃったら、そうなのかもしれないです。だけど、今回怖いのは演出の松尾さんがやっていた役だから。
ーー他の人がやっていたのとはまた違う気持ちになるかも?
松尾さん自身も、他の役とは違うでしょうからね。
ーー思い入れ、ありそうな役でもありますし。
そうですよね。でも前回、オクイさんがコオロギをやっていた時は、何かいろいろ言われていた記憶はないんですけど。今回はどうでしょうね。
ーー阿部さんだから、急に厳しく言ってきたりして?(笑)
わからないですけどね。「ちょっと違うなー」なんて言われたらどうしよう(笑)。ともかく今回の稽古が一体どうなるのか、今から楽しみです。
ーー阿部さんから見た、今回のキャストの顔ぶれはいかがですか。
とても新しい感じがします、僕も初共演の方が多いですし。特に女優さんたちは、松尾さんの舞台演出を受けるのが初めてという方たちが多いようなので、その点でも楽しみにしています。
阿部サダヲ
ーーフクスケ役を、岸井ゆきのさんが演じることに関してはどう思われていますか。
楽しみですよ、実際、少年に見えそうだし。ちゃんと共演したことはないんですが、いろいろなチャレンジをしてくれそうな女優さんというイメージを勝手に抱いているので。フクスケも、ずっと芝居をしてるような人ですからね。岸井さんが演じるという事だけでも面白そうだけど、いろいろなことが試せそうな気もします。
ーー阿部さんが岸井さんにアドバイスをするとしたら、どんなことを言ってあげたいですか。
いやいや、特にないです。同じ作品に出たことはあるんですけど一緒のシーンがなかったので、ほぼ初共演みたいなものですし。ただ、一体どう演じてくるだろうな、と楽しみに思っています。
ーータイトルロールでもあるし、かなり覚悟のいる役なんじゃないかとは思いますけど。
ねえ。僕もビックリしましたもん、誰がやるの? ということにはとても興味があったから。岸井さんと松尾さんって、どこかでご一緒しているんですか?
ーー松尾さんの絵本が原作だった『気づかいルーシー』のルーシー役を演じられていたので。
ノゾエ(征爾)くんが演出していた舞台ですね。あっ、そういえば僕、フクスケ役をやるということは本人から直接聞いたんですよ。たまたま仕事の現場で一緒になった時に「フクスケ、やります!」って言われて。とてもビックリしました(笑)。いろいろな役をやられている方だという印象もあるから、今回はフクスケをどう演じるのか、すごく楽しみです。
ーー2024年、このタイミングで再演する意味みたいなものは感じられていますか。
特に今回、東京公演はTHEATER MILANO-Zaですから。『ふくすけ』を、歌舞伎町でやるというのは意味があるというか、いいなって思いますね。松尾さんも、きっとそう思ったんじゃないのかな、サブタイトルに“歌舞伎町黙示録”というのが加わりましたし。そういえばそうなんですよ、これって歌舞伎町の風俗の話なんですよ。舞台の背景になった街で上演できるというのは、なかなかないことですし。あの劇場の舞台上に、どんなセットを作るんだろう、興味深いです。観る方も歌舞伎町で歌舞伎町のお話、それもとんでもなく濃い話を観られるというのはかなり面白い体験になるんじゃないかと思います。
阿部サダヲ
取材・文 田中里津子 撮影=福岡諒祠
公演情報
『ふくすけ2024-歌舞伎町黙示録-』