ドイツゆかりの音楽家たちが生み出す濃密な音楽空間~太田雅音(Vn.)&髙木竜馬(Pf.)&ゾルタン・マクサイ(Hr.)『ブラームス ホルン三重奏の夕べ』レポート
2024年8月7日(水)カワイ表参道のコンサートサロン パウゼにて『ブラームス ホルン三重奏の夕べ〈ゾルタン・マクサイ氏を迎えて〉』が開催された。リサイタルには、ヴァイオリンの太田雅音とピアノの髙木竜馬、そしてドイツのホルン奏者、ゾルタン・マクサイが出演。三者ともにドイツ語圏にゆかりがあるアーティストで、プログラムもドイツの作曲家の作品で構成された。
まず、バッハ《ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 第4番》BWV1017。バッハは、この作品をケーテン時代に作曲したとみられている。1音1音をクリアーに打鍵していくShigeruKawaiのピアノとすっきりとしたヴァイオリンの響きが印象的であった。
太田雅音
ここで奏者を紹介しておこう。太田は、東京藝術大学在学中に日本センチュリー交響楽団のコンサートマスターに就任し、2011年3月まで務めた。ドイツに拠点を移したのちは本格的に指揮者としても活動し、ブカレスト国際指揮者コンクールで第3位を受賞するなど国内外で活躍を続けている。
第1楽章では、ヴァイオリンは息の長いメロディラインを透き通るような質感の音で歌い上げていく。綿々と紡がれるメロディは美しく、メランコリックな情趣を湛える。分散和音を奏でるピアノは、音色の変化を繊細に彩る。第2楽章は、ピアノの右手で奏される主題をヴァイオリンが模倣して始まり、緊密な対話を繰り広げていく。それぞれの音の綾は、美しく絡み合い、活き活きとした音楽を創出。第3楽章のアダージョでは、ヴァイオリンは付点のリズムを含むメロディをのびのびと表わし、同時にピアノはヴァイオリンを優しく包み込む。フィナーレでも、音の対話を積極的に展開していく。ヴァイオリンは、ほの暗い情熱をせるなかにも、うっすらと哀愁をにじませる。表情豊かなバッハ演奏であった。
続いて、髙木のピアノ・ソロでシューマン《アラベスク》。髙木は、第16回エドヴァルド・グリーグ国際ピアノコンクールをはじめ、7つの国際コンクールで優勝している。演奏活動に加えて、2024年からは京都市立芸術大学で専任講師として後進の指導にもたずわっている。
この作品は、ウィーン滞在中の1839年に完成した。シューマンはクララと婚約したものの、彼女の父とも裁判を控えた時期の創作である。髙木にとって、シューマンは得意な作曲家のひとり。バッハとは、まったく異なるタッチで夢幻の世界を創出する。
髙木竜馬
冒頭のアウフタクトは、ファンタジーの森へと聴く者をいざなう。柔らか音ではあるけれど、あいまいな響きは一切なく、音の一つひとつを慈しむように織り上げる。ホ短調のエピソードでは、問いかけるようなメロディを、胸に迫る想いを込めて歌う。その後、ハーモニーの移り変わりを繊細に表わす。イ短調のエピソードでは情熱的な側面を示す。デリケートに変化する細やかな表情を丁寧に描き出していた。
リサイタルの前半を締めくくるのは、ベートーヴェン《ホルン・ソナタ》作品17。この作品は、ホルンとピアノの組み合わせによる初めてのソナタとみられている。演奏するマクサイは、ハンガリー出身。首席ホルン奏者としてベルリン・フィルで客演するなど、ヨーロッパのオーケストラと共演を重ね、現在はドレスデン国立歌劇場管弦楽団で首席ホルン奏者を務めている。
ゾルタン・マクサイ
第1楽章は、堂々とした楽想に始まる。ベートーヴェンの時代にはナチュラルホルンが用いられ、細やかなパッセージでは卓越した演奏技巧が求められた。この演奏でも、勇壮さとともに、ニュアンス豊かにメロディを歌い上げていく。ピアノは、音楽にしなやかな流れとともに、ホルン独奏に奥行きをもたらす。第2楽章は、葬送行進曲を連想させる音楽。二人は、その付点のリズムを重苦しくではなく、むしろ深い情感で聴く者を包み込む。音楽は途切れることなく、そのままフィナーレに入っていく。ロンド楽章で、ホルンもピアノも快活に音楽を進める。とりわけ、ホルンは音色彩に富み、ピアノも音の粒をクリアーに作り出し、ホルンの好演を支える。生気あふれるデュオは、感動的であった。
休憩をはさみ、後半はブラームス《ホルン三重奏曲》作品40。1865年、ブラームス32歳の創作だ。
ホルン、ヴァイオリン、そしてピアノの三者は、緊張感あふれる音楽を生み出していた。第1楽章冒頭、ヴァイオリンの揺れ動くような主題は、ホルンへと引き継がれる。そして、ハーモニーの変化を大きく捉え、音楽をドラマティックに展開させる。ホルンはロマンティックな趣を醸し出し、ヴァイオリンは細やかな音の色彩を通して豊かに歌い上げていく。ピアノは楽譜の細部に至るまで深く読み込み、考え抜かれた演奏であった。第2楽章では、リズムを鋭く刻み込み、熱いパッションをみなぎらせているが、中間部の内省的な表現とのコントラストを際立たせる。第3楽章はメランコリーに支配され、きめこまやかな感情表出が印象的である。そして、急速なフィナーレでは、ヴァイオリンは生き生きと音の芯を弾ませ、ホルンは卓越した演奏技巧によってメロディをはつらつと奏でる。ピアノの輝きに満ちた音も魅力的である。そして、音楽をエネルギッシュに推進させ、ラプソディックな表情をふりまき、力強く作品を結んだ。
プログラムを終えた後、舞台上に三人が登場。今日の公演について、太田は「私たちの夢の一つだった公演でした」と語る。髙木は、太田とはローム・ミュージックファンデーション音楽セミナー指揮者クラスで出会って以来の「18年の付き合い」であり、マクサイのホルンの演奏に「何度涙したことか」と振り返る。マクサイは、日本語で「ありがとう」と感謝の意を述べた。
アンコールは、リヒャルト・シュトラウス「明日!」。濃密な音の空間を堪能できた一夜であった。
取材・文=道下京子 撮影=池上夢貢