ピアニスト髙木竜馬が贈る『ピアノの森 ピアノコンサート』5年目の夏がスタート!
2021年に始まった『ピアノの森 ピアノコンサート』が5周年を迎えた。ショパン国際ピアノコンクールを舞台に、若きピアニストたちの人間ドラマを描いた一色まこと原作の漫画『ピアノの森』。2018年に放映されたテレビアニメ版で主人公のライバル雨宮修平のピアノ演奏を担当した髙木竜馬が、物語に登場するピアノ作品を中心としたプログラムを演奏し、原作の世界、そして名曲の世界を旅するこのコンサートツアーは、夏の風物詩としてすっかり定着した感がある。
一色まこと描きおろしの公演ビジュアル
2025年夏のツアーは、7月30日(水)、3年ぶりとなる橋本公演からスタート。平日昼間、最高気温は34℃を超す猛暑、そしてツアー初日ながら、会場の「杜のホールはしもと」は完売で、明らかにこのコンサートのリピーターと思われる人も多い。
今年はショパン国際ピアノコンクールの開催年ということも踏まえ、物語には登場しない曲も含め、ほぼショパンの作品によるプログラムとなっている。学生の試験やコンクール以外では珍しい、多くの練習曲が並んだプログラムでもあるが、これには髙木自身の「挑戦」の意味も込められているとのこと。気合い十分、マンネリとは無縁で、今年も開演前からワクワクさせてくれる。
オープニングは、ベートーヴェンの「エリーゼのために イ短調 WoO.59」。毎年、このコンサートの冒頭を飾っている作品であり、今回は唯一ショパン以外の作品となる。静寂を破って始まった一音目のとろけるようなppの音色は、まるで身体に染み込んでいくようで、会場の耳が一気に吸い寄せられるのをはっきりと感じた。曲のほとんどがpで演奏されているにもかかわらず、そこには激しさすら感じさせるドラマが凝縮されており、1曲目から髙木の表現の引き出しの多さを見せつけられた。
ここからはショパン・プログラム。「小犬のワルツ」は物語の主人公、一ノ瀬海が、恩師の阿字野壮介に弾いてもらった思い出の曲で、このコンサートでも毎年のように演奏されている。粒の揃った、滑るようなレッジェーロはずっと聴いていたいような心地良さで、予想外のふんわりとした終わり方も素敵。
続いては、いよいよ髙木の「挑戦」となる練習曲。前半ではOp.10から3曲を取り上げ、まずはショパンの練習曲の中でも指折りの難曲であり、テレビアニメ版のオープニングテーマにもなっている「Op.10-1」。先の2曲と違う、太く力強い響きが広がり、フレーズを大きく捉えたダイナミックな演奏で最後まで一気に駆け抜けた。
『ピアノの森』には登場しない「別れの曲」は、今年初めて演奏された。演奏者によってテンポの解釈に差がある曲だが、髙木の演奏はゆったりとしたテンポ。品を失わずロマンティックに歌う絶妙なルバートには、髙木のセンスの良さと、ショパンへの深いリスペクトが感じられる。
「Op.10-4」も大変な難曲だが、切れ味抜群の指さばき、メリハリのあるアクセントがグルーヴを醸し出し、何かに駆り立てられるような焦燥感と抑えきれない激情が見事に表現されていた。
一旦舞台袖に下がり、トークを挟んで弾き始めたのは「幻想即興曲」。劇中では海がバイト先のバーで演奏していた曲だ。左右の手のリズムのズレが不安を煽るが、中間部のメロディのビロードのような音色は、まるで夢を見ているよう。
前半の最後は「スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31」。雨宮修平がコンクールで演奏した曲であり、このツアーでも2年目からずっと取り上げられている。囁くような序奏から、悪魔的な部分と天使的な部分が交錯するが、この二面性を表現し得る髙木の成熟した音楽性、人としての器の大きさを感じずにはいられない。
休憩後は「聴きやすい作品で再スタート」するのが髙木流で、まずは胃腸薬のCMでもお馴染みの「前奏曲 第7番 イ長調Op.28-7」から。温かな音色は、この上ない美しさだ。演奏時間は約40秒ほどだが、会場の呼吸を整え、この後も続くショパンの世界へ誘い込むには十分だ。
トークを挟み、続いては「前奏曲 第20番 ハ短調 Op.28-20」。お腹の底に響く豊かなffで始まり、その後はpとppの差に驚いた。同じ音型が続く、たった13小節の曲だが、まるで3回の起承転結が見えるような構成力には目を見張るものがある。演奏後は大曲を聴き終えたような充実感と、この曲の持つ虚無感、相反するものが同居する不思議な気持ちになった。
そして後半の「挑戦」は、練習曲Op.25から4曲。「Op.25-7」は、コンクールで弾かれることは少なく、『ピアノの森』にも登場しないが、髙木は「ショパンのエチュードの中で最も深遠な作品」と言う。秀逸なレガート、わざとらしさは皆無の自然なカンタービレ、くぐもったような音色が感動的。練習曲は決して指を速く動かすためだけのものではない。耳を研ぎ澄ませ、音の減衰と次の音の打鍵の絶妙なバランスで生み出される美しいレガートは、ピアノ奏法の最も重要なテクニックであることを、髙木の演奏で再認識する。
続く「Op.25-10」は、オクターブの連続を、火のように、しかもレガートで弾く難曲だ。髙木はこういった怒涛のような曲を弾いても、決して音が割れない。そして、二度と戻れない遠い想い出のような中間部は、美しさがゆえに一層切なさが増す。
続いては「Op.25-11」。打つような音で始まった髙木の「木枯らし」は、何もかも吹き飛ばす台風のようではなく、冷たく、文字通り木を枯らすような乾いた風が吹く様子を思わせた。
間を空けずにOp25の終曲、「大洋」へ。両手の分散和音が、一度呑まれたら決して抗えない巨大なうねりを生み出す。大自然への畏怖の念を感じさせながら、クライマックスへ。
プログラムのトリは「幻想ポロネーズ」。最晩年のショパンが、自分の死期を悟りながら、絶望と希望の狭間で振り絞るように書いた音楽。「自身の人生を振り返り、したためなければならなかったのではないか」と話した髙木の、熱に浮かされ、夢と現実を彷徨いながら光を探し、命を燃やしたショパンが憑依したような熱演に胸が熱くなった。今年のショパン国際ピアノコンクールでは、この「幻想ポロネーズ」がファイナルの課題となっているが、若いピアニストたちがどのような演奏をしてくれるのか、期待が膨らむ。
アンコールの1曲目は、シューマン「子どもの情景」から「トロイメライ」。未だ「幻想ポロネーズ」の余韻から抜け出せず、毎年必ず演奏する「英雄ポロネーズ」の前に、夢の続きを、というわけだ。弦楽四重奏のように声部が入り組みながらも、ハーモニーの移ろいの美しさがしみじみと心に残った。
最後は、髙木が「大切なパートナーのような曲」だと言う「英雄ポロネーズ」。エレガントでお洒落に歌ったかと思えば、中間部では、ギアを一段上げテンポアップ。この曲のスポーティなカッコよさも前面に出し、観客のボルテージを上げ、コンサートを華やかに締めくくった。
以前、髙木は「この物語に続きがあるとすれば、雨宮修平は必ず素晴らしいピアニストになっていたと想像できる」と話してくれたが、それは髙木自身の姿にも重なる。継続は力なり。これからもこのコンサートを続け、私たちに雨宮修平と髙木竜馬の成長を追い続けさせてほしい。
なお、『ピアノの森 ピアノコンサート』5周年を記念し、これまでの録音音源から本人が厳選したベストアルバムを、各公演会場限定で販売する。ジャケットには、漫画家・一色まこと氏による本企画のための描き下ろしイラストを採用。数量限定の特別な一枚だ。こちらも合わせてチェックしよう。
取材・文=正鬼奈保 撮影=池上夢貢
公演情報
プログラム
ベートーヴェン:エリーゼのために イ短調 WoO.59
ショパン:ワルツ 第6番 変ニ長調 Op.64-1「小犬のワルツ」
ショパン:練習曲 第1番 ハ長調 Op.10-1
ショパン:練習曲 第3番 ホ長調 Op.10-3「別れの曲」
ショパン:練習曲 第4番 嬰ハ短調 Op.10-4
ショパン:即興曲 第4番 嬰ハ短調 Op.66「幻想即興曲」
ショパン:スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31
ショパン:前奏曲 第7番 イ長調 Op.28-7
ショパン:前奏曲 第20番 ハ短調 Op.28-20
ショパン:練習曲 第7番 嬰ハ短調 Op.25-7
ショパン:練習曲 第10番 ロ短調 Op.25-10
ショパン:練習曲 第11番 イ短調 Op.25-11「木枯らし」
ショパン:練習曲 第12番 ハ短調 Op.25-12「大洋」
ショパン:ポロネーズ 第7番 変イ長調 Op.61「幻想ポロネーズ」
ショパン:ポロネーズ 第6番 変イ長調 Op.53「英雄ポロネーズ」
※本公演は映像等の演出はございません。予めご了承ください。
※曲目は変更となる場合があります。
各地公演
8/2(土)水戸市民会館ユードムホール 中ホール【茨城】
8/3(日)東大和市民会館ハミングホール 大ホール【東京】
8/8(金)市川市文化会館 小ホール【千葉】
8/11(月・祝)アマノ芸術創造センター名古屋【愛知】
8/16(土)住友生命いずみホール【大阪】
8/23(土)函館市芸術ホール【北海道】
8/27(水)スターツおおたかの森ホール【千葉】
8/30(土)大宮ソニックシティ 小ホール【埼玉】
8/31(日)小山市立文化センター 大ホール【栃木】
9/6(土)益城町文化会館【熊本】
全席指定:一般 4,500円 / 小学生 2,500円
※7/30(水) 杜のホールはしもと、8/16(土) 住友生命いずみホール、9/7(日) FFGホール公演は全席指定:一般4500円
7/30(水) 杜のホールはしもと、8/16(土) 住友生命いずみホール、9/7(日) FFGホール公演は18歳以下の子供たちを公演にご招待いたします。
詳細はツアーサイトをご確認ください。
アルバム情報
髙木竜馬
価格 ¥2,000(税込)
ベートーヴェン/ エリーゼのためにイ短調WoO59
ベートーヴェン/ ピアノソナタ第14番嬰ハ短調作品27-2 《月光》第一楽章
ショパン/ 即興曲嬰ハ短調作品66 《幻想即興曲》
ショパン/ ワルツ変イ長調作品69-1 《別れのワルツ》
ショパン/ ワルツ変ニ長調作品64-1 《小犬のワルツ》
ショパン/マズルカ作品59-3
ショパン/バラード第1番ト短調 作品23
リスト/パガニーニによる大練習曲 第3番 嬰ト短調 《ラ・カンパネラ》S.141
ショパン/前奏曲変ニ長調《雨だれ》作品28-15
ショパン/ 前奏曲 ニ短調 作品28-24
ショパン/ 練習曲ハ短調《革命》 作品10-12
ショパン/ スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31
ショパン/ ポロネーズ第6番変イ長調作品53 《英雄ポロネーズ》