石井琢磨×髙木竜馬、盟友のふたりが奏でる2台ピアノツアーが華やかに開幕! 確かな技量とコンビネーションで客席を魅了
ウィーンで青春時代を共に過ごし、現在、リサイタルツアーやCDリリースなどで活躍する、注目のピアニスト石井琢磨と髙木竜馬。二人が贈る『2台ピアノコンサートツアー2025 Happy New Year』が、2025年1月4日(土)紀尾井ホールからスタートした。デュオ結成から3年、ツアー形式での公演は2023年に続いて2度目となる。この日の紀尾井ホール公演は完売で満席。音楽による豊かなコミュニケーションと、それぞれのもつ確かな技量で客席を魅了した演奏をレポートする。
「Happy New Year」と題されたとおり、新年の幕開けを飾る今回のプログラムは、今年2025年に生誕200周年を迎えるヨハン・シュトラウス2世作曲で、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでもおなじみの《美しく青きドナウ》、《トリッチ・トラッチ・ポルカ》で始まり、前半はミヨー《スカラムーシュ》、チャイコフスキー、「バレエ《くるみ割り人形》」。後半はホルスト「組曲《惑星》」より〈金星〉、プーランク《2台ピアノのためのエレジー》、そして得意のラヴェル《ラ・ヴァルス》という、バラエティーに富んだプログラムだ。
《美しく青きドナウ》は、2nd 髙木のドナウ川の水面のきらめきのようなトレモロからスタート。続いて1st 石井が優しく上品に旋律を歌い始める。楽器を豊かに鳴らし、2台の音がホールが広がる。ともすると単調になりがちなワルツだが、主旋律を受け持ったときに演奏からにじみ出る二人のキャラクターを追っていると、ずっと耳を傾けていたくなる。石井は華やかで牽引力があり、一方の髙木は味わうように歌い上げる。そのラリーが会話のようで、この作品のもつ新たな魅力を教えてくれたようだった。瞬くようなピアノ、躍動感のあるはつらつとしたフォルテといった多様なダイナミクスが心地よく、意図した通り、リサイタルの明るい幕開けとなった。
ここでMCタイム。お正月休みで姪子さんとたくさん遊んで声の出づらい石井に代わり、本日は髙木がメインMCを務めるという。一フレーズ話しては、確認するかのように石井の顔を見る髙木に、石井が「お客さんの方を見てくださいね」と呼びかけ、笑いが起こる一幕も。
冒頭にヨハン・シュトラウス2世を取り上げた理由について、オーストリアは二人にとって第二の故郷。「ニューイヤーの定番曲で晴れやかな気持ちになってもらえたら」と選曲に込めた願いを語った。
2曲目は《トリッチ・トラッチ・ポルカ》(佐藤卓史編)。「トリッチ・トラッチ」とはおしゃべりのぺちゃくちゃした様子を表す言葉。速いテンポのなかで機敏に付けられた強弱は、おしゃべりが弾む様子を彷彿とさせた。
ミヨー《スカラムーシュ》は子どものための喜劇の付随音楽として生まれ、その後2台ピアノ用に編曲された作品。お祭り騒ぎのような第1曲、温かくゆったりとした第2曲、そしてミヨーが滞在先ブラジルのサンバに触発されて生まれた「ブラジルの女、サンバのリズムで」と記された第3曲からなる。
第1曲は、おもちゃ箱をひっくり返したような賑やかなサウンドを息を合わせて響かせる。近づいては離れ、呼び合い、また手をつないで走り出すようなスリリングなやり取りで客席を圧倒した。第2曲は、石井が幸せな夢のなかでまどろんでいるように旋律を奏でる。すると、髙木はやさしく合いの手を入れる。それらが気負わず絶妙なバランスの上で成り立っていて、コンビネーションの見事さを物語っていた。石井はMCのなかでこの曲の聴きどころを「2台の絡み合い」と語っていたが、その言葉通りの優しいやり取りを堪能することができた。
第3曲は今にも踊りだしたくなるサンバの音楽。洒脱なリズム感が“フランス人が作曲したサンバ”の上品さを際立たせる。強弱のコミュニケーションが抜群で、石井、髙木どちらの声部にも聴き入ってしまう刺激的な演奏だった。演奏が終わると、石井がサムズアップで髙木にサインを送り、客席からも拍手が沸き起こった。
前半の最後は1st 髙木、2nd 石井に入れ替わってのチャイコフスキー「バレエ《くるみ割り人形》」より〈行進曲〉〈金平糖の精の踊り〉〈花のワルツ〉(エコノム編)。〈行進曲〉の前半は主題のスタッカートが効果的で、姿勢を正しキビキビと行進する子どもたちの姿が目に浮かぶよう。対して後半は、交互に差し込まれるアルペジオをきらびやかに聴かせ、バレエの華やかなステージを彷彿とさせた。
〈金平糖の踊り〉では、髙木がチェレスタのパートを奏でる。丁寧な打鍵は、チェレスタのような伸びやかな響きを引き出していた。中間部では声部をくっきりと際立たせながら応酬しあい、原曲では埋もれがちな声部を浮かび上がらせた。原曲では気づかなかった作品の魅力を提示してくれるのも2台ピアノの醍醐味だ。
オープニングのヨハン・シュトラウス2世で感じた「この二人には優雅な曲がぴったり」ということが確信に変わった〈花のワルツ〉。冒頭からの管楽器で演奏される箇所は、優しく品の良い歌い回しで、そしてフォルテのワルツ部分は、多幸感あふれる石井の低音に支えられ、髙木が豪華に歌い踊る。2つの楽器が共鳴しあい2台ピアノならではのふくよかなサウンドを響かせていた。再び戻ってきた主題とワルツでは、さらに音色が輝きを増す。石井の華やかな合いの手は、幾重にも咲く花を想起させた。柔らかい音色を保ちながら、楽器をたっぷりと鳴らし終曲。
後半はおなじみの「ただいま」の挨拶を髙木が受け持つ。続くMCでは二人の“馴れ初め”が語られた。初めて出会ったのは髙木16歳、石井19歳の浜松国際ピアノアカデミーにて。刺激的な日々を共に過ごし、意気投合した二人はウィーンで再会し、切磋琢磨した。
「ウィーンでの日々は楽しいだけではありませんでした。それぞれ国際コンクールに挑戦して、結果が良ければ祝賀会を開きましたが、悔しい結果に終わったら泣きながら飲んだりもしました」(髙木)
「コンクール前は弾き合い会をしてアドバイスをしあいました。だから僕らの関係はライバルでもあり、親友でもあり、先生でもあるんです」(石井)
「いつか一緒にデュオができたら」と語りあった夢がこうして実現できたと、当時を振り返る二人のうれしそうな表情が印象的だった。
また、後半のプログラムがホルスト、プーランク、ラヴェルであることにも触れ、今回は「楽しい」というテーマだけでなく、「大人な雰囲気」を出すことも意識したという。
ホルスト「組曲《惑星》」より〈金星〉。「《惑星》のなかで〈金星〉が一番好き」と語った2nd 髙木の、伸びやかな上行系の単音から曲が始まる。それに呼び起こされて、石井の光を放つ明るい音が下降系で降りてくる。研ぎ澄まされた音が掛け合い、溶け合う。音の数は多くなく、だからこそどう聴かせるかが問われる旋律線を、伸びやかに雄弁に語る。最後は冬の夜空に輝く眩しい金星のようなきらめきを残して曲を終えた。鍵盤から手を離すと髙木が小さく頷き、二人の間に充実した時間が流れていたことを彷彿とさせた。
「新しい作曲家に取り組みたい」と思い、取り上げたというプーランク《2台ピアノのためのエレジー》。プーランクが、親交のあったマリー=プランシュ・ドゥ・ポリニャック伯爵夫人の死を悼んで作曲した作品。
1st 髙木、2nd 石井。一音一音、噛みしめるように奏でる。この曲は一人が主旋律を弾いているように聞こえるが、実は二人で交互に音を紡ぎ一つの旋律線にみせている箇所もある。そんなことを微塵も感じさせないほど、息を合わせて一つメロディーを形作っていた。プーランク自身が「葉巻をくわえて、コニャックの入ったグラスをピアノの上に置いて即興のように弾いてほしい」と記しているが、まさに紫煙の広がりのような儚く、哀愁の漂う響きで会場を満たした。石井がMCで語っていた「抗えきれない欲望を感じさせる」ような甘さとのコントラストも際立ち、説得力のある不協和音を経て、切ないピアニッシモで終わった。
プログラム最後の曲はラヴェル《ラ・ヴァルス》。今年生誕150周年を迎えたラヴェル自身が、本作を「古き良き、ウィンナ・ワルツへの礼賛」と述べており、石井も「10年間ウィーンで過ごした僕たちにとって共感する曲の一つ」と曲を紹介した。髙木も「2台ピアノレパートリーの最終到達点。目でも耳でも楽しんでもらえれたら」と語った。
1st 石井、2nd 髙木。視界を遮るように雲が立ち込め、混沌としたなかに、時折ワルツが浮かび上がる。その弾き分けが巧みで、移り変わる幻想の世界に惹きつけられた。
グリッサンドや、ズシリと響く低音、驚きのある高音などの装飾的な部分も、音色やタイミングが効果的で、説得力や必然性が感じられた。毎回の公演で披露しているだけあり、この作品に関してはとくに二人の音楽的な共鳴が強く感じられる演奏だった。掴みどころの難しいこの作品を、その神秘性を保ちながらもダイナミックに、そして一つ一つの音の役割を明確に聴かせたのは、このデュオのクレバーさと表現力の高さの賜物だ。
せきを切ったような拍手に応えてお辞儀をすると、お互いの健闘を称え合って抱き合い、肩を組んで客席に向かって大きく手を広げ、喝采に応えた。
アンコールはヨハン・シュトラウス2世「《こうもり》序曲」(佐藤卓史編)、《雷鳴と稲妻》(藤川有樹編)。疾走感、軽妙さ、遊び心など二人に深く刻み込まれたウィーン音楽のエッセンスが香り立つ、終始エレガントなアンコールだった。スタンディングオベーションの鳴り止まない拍手のなか、再び抱き合い、客席に手を振りながら退場した。
明るく華やかな石井と、大きく包み込むような髙木。両者の持ち味とコンビネーションを存分に堪能できる充実のプログラム。残り2公演も会場に喜びあふれる音楽を届けてくれるに違いない。
『2台ピアノコンサートツアー2025 Happy New Year』の最終日・岐阜公演(1月12日(日))は残席僅かとなっている。
取材・文=東ゆか 撮影=福岡諒祠
公演情報
2台ピアノ コンサートツアー2025 ~Happy New Year!!
会場:紀尾井ホール
開催日時:2025年1月11日(土) 14:00開演
会場:住友生命いずみホール
開催日時:2025年1月12日(日) 14:00開演
会場:サラマンカホール
石井琢磨(ピアノ)
髙木竜馬(ピアノ)
ラヴェル:ラ・ヴァルス
ミヨー:スカラムーシュ
ヨハン・シュトラウス2世:こうもり序曲、他予定
料金(全席指定・税込)
6,600円
※車いす席でご鑑賞をご希望のお客様は、以下にお問い合わせください。
<東京/大阪公演>イープラス:050-3185-6449
<岐阜公演>サラマンカホール:058-277-1110
共催:サラマンカホール(岐阜公演)