京都から東京へ、1150年の時を超えて美の物語を紡ぐ 特別展『大覚寺』レポート
開創1150年記念 特別展『旧嵯峨御所 大覚寺 -百花繚乱 御所ゆかりの絵画-』会場風景より
東博に、一足早い春が来た。京都にある真言宗大覚寺派の大本山・旧嵯峨御所大覚寺が2026年に開創1150年を迎えることを記念し、寺社に伝わる貴重な文化財の数々を紹介する特別展『旧嵯峨御所 大覚寺 -百花繚乱 御所ゆかりの絵画-』が2025年1月21日(火)に開幕した。
PR大使は京都出身の吉岡里帆
報道内覧会に先立ち、本展PR大使・音声ガイドナビゲーターを務める俳優・吉岡里帆の取材会が行われた。「牡丹図や紅白梅図の中でも立てる華やかさに加えて、謙虚さのある着物を選びました」と話す吉岡の装いは、古都らしい気品に溢れていた。冬の花である梅に加えて、源氏の象徴・笹竜胆紋を思わせる笹の模様が入っているのも雅趣に富むところだ。
本展PR大使・音声ガイドナビゲーターの吉岡里帆
——吉岡さんは京都のご出身で大覚寺ともご縁があるということですが、大覚寺のイメージと併せてお答えいただけますか。
大覚寺は幼少期に育った場所からとても近くにありまして、父と一緒に大沢池の絵を描きに行った思い出があります。あとは時代劇の撮影場所としても使わせていただいているご縁もあって、私も大覚寺で撮影を経験しました。
——実際に会場をご覧になっていかがでしょうか?
まさにこの空間に圧倒的な100面の障壁画が集まり、お寺の方々もここまで一斉に集まる機会を見ることはそうそうないという、とても貴重な展覧会になっています。天皇家にゆかりのある華やかな空気感も味わっていただけると思います。
——そして源氏ゆかりの刀剣、膝丸と髭切の二振りが東京で揃って展示されるのは初めてですが、吉岡さんもご覧になりましたか。
さっき私も拝見しました。膝丸と髭切を並べて一つの箱で見せている展示にすごく愛情を感じましたし、兄弟がこうやって今、一緒に同じ空間にいるところにエモーショナルを感じていただけるかなと思います。
開幕前の取材会でインタビューに答える吉岡里帆
信仰の要である五大明王も揃い踏み
ここからは担当研究員のコメントを挟みながら、会場レポートをお届けする。まずは第1会場に入ると、五大明王が堂々とお出ましに。その壮大さと迫力に思わず足が止まり、厳かな表情に魅入られた。不動明王をはじめ3体の後ろに燃え盛る炎の意匠は、照明が当たって背面の壁に高くシルエットが映り、崇高な世界観を一層ダイナミックに演出する。
《五大明王像》院信作 重要文化財 不動明王・軍荼利明王・大威徳明王:室町時代 文亀元年(1501)京都・大覚寺蔵、降三世明王・金剛夜叉明王:江戸時代 17〜18世紀
企画課・特別展室研究員の増田政史氏は、「明王は強い心と険しい表情で仏教の敵を倒して、人々の煩悩を切り裂き、悟りへと導く存在です」と解説。明円作の五大明王像は、お堂では正面からしか拝観できないものを特別に独立ケースで展示し、側面や後ろの造形もじっくりと鑑賞できるのが贅沢だ。
院信作《五大明王蔵 大威徳明王》室町時代 文亀元年(1501)
重厚な歴史の語り手となる史料が揃う中、微笑ましく思ったのは後宇多天皇の護摩口決だ。護摩木の積み方の図を丹念にスケッチしたいわば学習ノートで、天皇もこうして熱心に勉強をしていたのだなと人間らしさに心温まる。書道を習っていた吉岡が注目した「厳かな雰囲気で、身震いするような後宇多天皇の宸筆」と比べると、意外なほどラフな雰囲気に面白みを感じられるだろう。
後宇多天皇筆《後宇多天皇宸翰 護摩口決》鎌倉時代 14世紀 ※前期
後宇多天皇筆 国宝《後宇多天皇宸翰 弘法大師伝》鎌倉時代 正和4年(1315)京都・大覚寺蔵 ※前期(〜2/16)
大覚寺に伝わる源氏の重宝「膝丸」が兄弟刀とともに
本展の見どころの一つでもあり、開幕前から注目を集めていたのが日本刀「膝丸」だ。大覚寺に伝わる名刀で、同じく京都の北野天満宮に奉納されている「髭切」とは、ともに源氏を守護したことから兄弟刀として知られる。この二口が同一ケースで展示されるのは、東京では初めての試みとなる。
左:重要文化財《太刀 銘 □忠(名物 薄緑〈膝丸〉)》鎌倉時代 13世紀 京都・大覚寺蔵、 右:重要文化財《太刀 銘 安綱(名物 鬼切丸〈髭切〉)》平安~鎌倉時代 12~14世紀 京都・北野天満宮蔵
企画課・特別展室長の佐藤寛介氏は、「二口が揃ったことで源氏は勝利に導かれたという物語があり、今回は東京で初めてその二口が並ぶ歴史的な展示。専用の展示ケースと刀掛けを誂えて、美しく見ていただけるように配慮しました。前からだけではなく後ろ側からも見られるので、じっくりと実物のもつ力を感じていただきたい」と紹介した。伝説にふさわしい壮麗な姿には心奪われる。
重要文化財《太刀 銘 □忠(名物 薄緑〈膝丸〉)》鎌倉時代 13世紀 京都・大覚寺蔵
なお、膝丸・髭切はともにオンラインゲーム『刀剣乱舞ONLINE』のキャラクターこと刀剣男士として登場し、2015年の実装時から根強い人気を得ている。本展の音声ガイドには声優を務める岡本信彦と花江夏樹がゲストで登場し、刀剣をはじめとした名品の数々を紹介しているのも必聴だ。刀剣乱舞風に言えば、弟の膝丸は兄者とともに京都から東京へ出陣できたわけである。さぞ喜んでいるに違いない。
《薄緑太刀伝来記》江戸時代 17〜18世紀 京都・大覚寺蔵
第4室を彩る「牡丹図」や「紅白梅図」は圧巻
お待ちかねの障壁画を一挙公開する空間は、足を踏み入れただけで感嘆の声が漏れ出そうになるほど、まばゆい黄金に光り輝く。天井から吊ったバナーにも絵画が投射され、広大な壁一面を彩る花々はまさに百花繚乱だ。
「第4章 女御御所の襖絵——正寝殿と宸殿」会場風景
博物館教育課・教育講座室長の金井裕子氏いわく、「この展覧会の計画の始まりは大体10年ほど前にさかのぼる」というから驚きだ。「襖にはどうしても経年変化があり、そこで大覚寺さんから240面すべてを修理する代わりに、修理が終わった後にお披露目をしたいというご英断とお話をいただきまして、大変長い間温めてきた企画。本当にお寺さんも私たちも感無量というところがございます」と振り返った。
メインビジュアルにも採用された《牡丹図》については「花のデザイン的な配置が見て取れる。非常に調和のとれた画面だと思います」と説明し、「山楽という画家は、写実性とともに調和のとれた美しさを作り出すこともできる」と評価した。
狩野山楽筆 重要文化財《牡丹図》江戸時代 17世紀 京都・大覚寺蔵
「第4章 女御御所の襖絵——正寝殿と宸殿」会場風景
第4章では、吉岡が「何て愛らしい絵なんだろうとびっくりした」と語っていたうさぎもお見逃しなく。各々の仕草をしながら群れるうさぎたちの輪の中で、うつらうつらと午睡にまどろんでいるような黒うさぎは一段と愛らしい。
渡辺始興筆 重要文化財《野兎図》江戸時代 18世紀 京都・大覚寺蔵
吉岡は最後に本展の魅力を聞かれ、「地元の一人としても、大覚寺さんの作品や天皇家とのゆかりのある歴史的な作品など、京都の方から見てもいいなと思うような展覧会になっていると思います」と伝えて締め括った。障壁画を筆頭に、大覚寺が誇る名品をまとめて見られる機会はまたとないはずだ。
特別展『旧嵯峨御所 大覚寺 -百花繚乱 御所ゆかりの絵画-』は3月16日(日)まで、東京国立博物館にて開催中。会期終盤には、上野公園の桜も蕾がほころぶだろう。
文・写真=さつま瑠璃
展覧会情報
◆会期:2025年1月21日[火]~3月16日[日]
◆休館日:月曜日(ただし2月10日、24日は開館)、2月25日[火]
◆開館時間:午前9時30分~午後5時
※入館は閉館の30分前まで
◆会場:東京国立博物館 平成館(上野公園)
◆主催:東京国立博物館、大本山大覚寺、読売新聞社、日本テレビ放送網、BS日テレ
◆協賛:JR東日本、清水建設、竹中工務店、三井住友銀行、三井不動産、三菱ガス化学、三菱地所、三菱商事
◆協力:光村印刷
◆お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)