田中圭「長年の“稽古嫌い“がなくなったかもしれない」~舞台『陽気な幽霊』で演出家・熊林弘高と9年ぶりタッグ
田中圭
2025年5月の東京・シアタークリエを皮切りに、舞台『陽気な幽霊』が全国3ヶ所で上演される。20世紀の英国を代表する劇作家ノエル・カワードが描いた本作は、1941年7月にロンドンで初演、その後今日に至るまで世界各地の劇場で何度も上演され、さらには映画化もされている傑作コメディ。今回は演出家の熊林弘高が、主演に田中圭を迎えて本作に挑むが、二人がタッグを組むのは2016年の『かもめ』以来約9年ぶり。本作に向ける思い、舞台に立ち続ける理由、そして熊林との創作に期待することなどを田中に聞いた。
駆け抜けた30代、真剣に考え続けたのはお芝居と役のことだけ
ーー今回の戯曲を読んだ感想から伺えますか?
男女の間にある嫉妬やマウントの取り合いが描かれていて、80年以上前に書かれた作品にもかかわらず今読んでも「おもしろそう」と思える、普遍的な話だと思いました。でも熊林さんが演出ということは、今の時点では想像もつかない色々な表現方法が足されていくはずなので、僕が読んだ印象の通りにはいかないんでしょうね。そこが難しさでもありつつ、それ以上に楽しみなところです。すでに『陽気な幽霊』をご存知の方が今回の舞台を観たら「全然違うじゃないか」と驚くかもしれないです。そういう点も含めて、すごく楽しくなりそうな作品です。
田中圭
ーー田中さんの演じるチャールズは再婚した妻と暮らしていますが、ある日亡くなった先妻が幽霊となって姿を現したことから、二人の間で右往左往することになります。現時点で、田中さんはチャールズに対してどのような印象をお持ちですか?
今の時点では……女性が「こういう男性は嫌だな」と思うような男。妻に対してよくない言葉をぶつけるし、すぐに揚げ足を取ろうとするし、都合が悪くなると話を逸らしたりごまかしたり……ダメな男だなと思います。
ーーもしも田中さんご自身がチャールズになったとしたら、この三角関係をどう乗り切りますか?
ひとりは幽霊なので……。普通に怖いですよね(笑)。
ーー確かに(笑)。先妻と現在の妻を演じるお二人についてはいかがですか?
先妻を演じる(若村)麻由美さんとは同じ事務所ですが、きちんと共演するのは今回が初めてです。すごく真面目でストイックな印象があるので、怒られないといいなと思っております(笑)。現在の妻役の門脇(麦)さんとは先日たまたま一緒に食事をする機会があって、その時に「圭さん、絶対ダメ出ししないでくださいね」と言われました。するなんて言っていないのに(笑)。他の共演者の皆さんもすごく個性豊かで安心感もある方々ばかりなので、思いっきりお芝居に集中できる良い環境だろうなと思います。
ーー今回のようなコメディを演じる際にはどんなことを心がけていますか?
基本的には一生懸命やる、くらいです。作品にもよるけれど、基本的に演じている側はコメディと意識しないことが鉄則だと僕は思います。今回のチャールズで言えば、彼が真剣であればあるほどおもしろいと思います。
田中圭
ーー田中さんがこれまでに出演されてきた舞台と比べても、エンタメ性の高いものになりそうですね。
僕は舞台に関しては結構難解なものが好きで、出演する作品はそういうものを好んで選んできました。「ザ・エンタメ」という舞台にはおそらくほとんど出演したことがありません。今回はお話の筋がシンプルでも演出家がシンプルな演出をされる方ではないので(笑)、絶妙な楽しさを追求していくことになるのかなと思います。
この作品も最初は「熊林さんらしくない」と思いましたが、読み返してみると人間のシンプルな感情、特に女性同士の嫉妬やいがみ合いが描かれていて、そういう意味では「意外と熊林さんの得意分野では?」と思い直しました。
熊林さんとは9年ぶりですが、俳優に演出をつける時の言葉が独特なので毎回驚きます。最初は「どういうことなのだろう?」と思うのに、不思議と感覚だけは伝わるんです。
ーー熊林さんは稽古をメディアに公開しない演出家さんですが、稽古場でどんなことが行われているのか教えていただけますか?
僕の9年前の記憶で言うと、朝稽古場に行くと熊林さんがピアノを弾いていたことがありました。それと、こだわるシーンは何回も繰り返してやるけど、決まったことを何回もするというのではまったくありません。一度演出を受けてそれをやってみて、その次に言われることもちゃんと難解で。熊林さんが伝えてくる感覚を「こういうことかな?」と解釈して返していくような難しい作業だからこそ、時間があっという間に過ぎる。9年経ってそんな熊林さんの感覚はより強くなっているのか、あるいは逆にマイルドになっているのか。そういうところがすごく楽しみです。お互い離れたところで経験を積んで、こうやって再集合できるのがこの仕事のいいところですよね。
ーー田中さんご自身には9年の間にどのような変化がありましたか?
いや、もう何から何まで違うと思います。僕は今40歳ですが、30代の間に仕事でも仕事以外でもいろんな経験をして駆け抜けてきた中で真剣に考えていたことなんて、お芝居のことくらいで。忙しい中でも、お芝居と役のことだけは絶対に間違えないように、と思って考え続けてきたから、それで成長していないとしたら大変です。今回熊林さんに「全然変わっていないですね」とか言われたら「ぇえ~っ!?」ってなってしまいます(笑)。
田中圭
上演時間中ずっと役を生き続けられるから舞台が好き
ーー田中さんの舞台に対する考え方についても伺いたいです。ドラマや映画などの映像作品でお忙しい中でも、こうして定期的に舞台に出演することにはどのような理由がありますか?
若い頃から「舞台はやらなきゃ」という感覚がずっとあって、2年以上舞台に出なかったことはおそらくないと思います。「やりたくないけど、やらなきゃいけない」というような気持ちを分解すると、やりたくない理由の一つとしてとにかく稽古が嫌いということ。なんというか、受験勉強みたいで。でも去年『Medicine メディスン』という舞台で、稽古が長いことで知られる白井晃さんの演出を受けたら、なぜか稽古が嫌いではなくなったんです。これはもしかしたら稽古嫌いがなくなったのかもしれないと。若い頃とは感じ方や見え方が色々と変わっているとしたら、それは自分としてはすごくうれしい発見ですね。だから、この作品の稽古に入ることも嫌だと思っていません。それはもう、自分にとって初めての感情です。
ーーじゃあ稽古が好きになってから初の……。
好きではないです!(笑)
ーー失礼しました(笑)。稽古が嫌いじゃなくなってから初めての熊林さんとのお仕事ということですね。
熊林さんの舞台で稽古を嫌いになることはないと思います。稽古がそんなに長くないので(笑)。
田中圭
ーーこれまでの「稽古嫌い」が気になるのですが、本番も嫌いですか?
本番は全然嫌いではないです。ただ、本番が始まる5分前くらいまではずっと嫌だなと思っています。1日2公演ある日も憂鬱度は高いです。
ーー本番以外の時間が好きではないと。
そうですね。映像のお仕事でも、「スタート」の声がかかれば嫌なことを全部忘れます。それでなんとか日々生きてきました。仕事中は役の人物でいられるけど、カットがかかると田中圭に戻る。なのでやっぱり、田中がダメなんでしょうね(笑)。
舞台でも映像でも、お芝居をしている状態が単純に好きなんです。そう考えた時に、お芝居をする上で一番贅沢な環境がやっぱり舞台だなと。2時間の舞台だとしたら、その2時間丸々役を生き続けることができる。映像は映像でもちろん大好きですが、カット割があったり、何度も同じシーンをやらないといけない。そういう意味では、ずっと役のままでいられる点で舞台が好きというのは、自分としても腑に落ちる。だから、なんだかんだ言ってお芝居が好きなんだなとは思います。
それに、舞台は自分の中に蓄積されるものが大きいという感覚がどうしてもあります。その中でも演出家の方からもらうものは本当に大きい。熊林さんとは何度もお仕事していますが、毎回違うものを受け取っています。何をもらったかというのを簡単に言葉にできないので説明が難しいのですが、今回また素敵なものをもらう時期なんだろうなと思っていて、とても楽しみです。
田中圭
取材・文=碇 雪恵 撮影=福岡諒祠
公演情報
2025年5月3日(土祝)~29日(木)東京 シアタークリエ
2025年6月2日(月)~8日(日)大阪 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
2025年6月11日(水)~15日(日)福岡 福岡市民ホール 中ホール
キャスト
田中圭
若村麻由美
門脇麦
天野はな
あめくみちこ
佐藤B作
高畑淳子
作 ノエル・カワード
翻訳 早船歌江子
演出 熊林弘高
日程:2025年6月5日(木)
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ (大阪府)
開演:18:00~
最速プレオーダー
受付期間:2025/3/7(金)12:00~2025/3/11(火)23:59