ピアニスト菊池亮太、異次元のパフォーマンスで壮大な火星への旅へ~『ピアノリサイタル2025 -For Mars-』開催
ピアニストの菊池亮太が2025年2月9日(日)、東京・Bunkamuraオーチャードホールで『ピアノリサイタル2025 -For Mars-』を開催した。「地球から火星へ」をテーマにしたリサイタルで、入場口で配布されたプログラムの表紙にも、火星越しの地球をデザイン。渋谷から火星へ――。オーケストラパートとピアノパートを1人でこなす、異次元の内容で火星への旅へと誘った、菊池の壮大な演奏に聴衆はスタンディングオベーションで歓喜した。
会場に入ると、ステージの下手側にスタインウェイ、上手側にとベーゼンドルファーが並んでいた。2台のピアノで何が始まるのだろうか――。高揚感が広がる会場に菊池が姿を現すと、大きな拍手がその体を包み込んだ。スポットライトを浴びて中央に立つと、にこやかな笑みを浮かべ、周囲に会釈したが、スタインウェイの鍵盤に向かうと、じっと静寂が訪れるのを待った。
耳が痛くなるような静けさ。1音も逃して欲しくないという気迫に圧倒されながら、滑る両手に目を奪われる。オープニングからプログラムには記載のない、菊池自らのアレンジが施されたノクターンの旋律でコンサートの幕が開く。早くも会場はこれから始まる旅への期待を隠しきれない。そんな中、音を紡いでいくようにつづけて奏でられた「ジムノペディ」は、今年没後100年を迎えたエリック・サティの名曲だが、菊池はアイデア満載の自由な弾きぶりで、同作品に新たな息吹を吹き込んだ。
イタリアの歌劇「トゥーランドット」で歌われる世界で最も有名なアリア「誰も寝てはならぬ」では、情熱的な演奏で確信した勝利と、トゥーランドット姫への愛を歌い上げていく。マグマのように燃え上がる愛の旋律で、会場をとりこにした。
昨年11月、東京オペラシティコンサートホールで、ジョージ・ガーシュウィンの「ピアノ協奏曲」4曲を一夜で演奏する『コンチェルトシリーズ 菊池亮太 ガーシュウィンの世界』を成功させた菊池。高い集中力のまま、「ピアノ協奏曲へ調3楽章」に突入すると、昨年はオーケストラと表現した同曲のオーケストラパートと、ピアノパートを1人で演奏していく。鍵盤の上を躍動する10指は異次元の動き。息をつかせない連打で圧倒し続けた。
息を弾ませた最初のMCでは「えー、はい」と一呼吸置いて笑顔。1年2カ月ぶりとなるソロリサイタルは「後半ヘビーなプログラムになっています。観る方も没入感がある」と説明。「前半は和ませたい」と種明かしをし、オリジナル曲「四季彩的組曲(秋の無言歌ほか)」を展開。音の広がりを確かめるように、ゆっくりと四季の巡りを表現していく。
陽光が反射する雪解け水、暖かい日差しに膨らんでいくつぼみなど、生命の喜びを感じる演奏は物語のよう。初めて演奏する曲も交えた幅広い内容に、聴衆はうっとりと聴き入っていた。〝和ませたい〟と話していたが、本人にとってはヘビーな内容だったのではないだろうか。観客の拍手を受けた菊池はマイクを手にすると「何で前半に新曲を披露しちゃったんだろう。何でこんなに大変なプログラムにしたんだろうと弾きながら考えていた」と本音を吐露。「演奏をした後に、しゃべるの大変」とMCでもファンを和ませていた。
ここで始まったのは菊池らしさが輝く、リクエストコーナー。手を挙げた観客を自ら指名し、映画『タイタニック』の主題歌「My Heart Will Go On」、フランスのポップソング「オー・シャンゼリゼ」、Oasisの「Don't Look Back in Anger」、童謡の「雪やこんこ」、ショパンの「木枯らし」のリクエストを受け付け。イギリス・サウサンプトンから処女航海に出航した豪華客船の舵を取るように、それぞれの曲のフレーズを散りばめた演奏で客席をわかせた。
「もうひとつのお楽しみコーナー」として、客席から好きな「音」を募って即興で作曲、演奏をする企画では「ミ♭」、「B♭」、「G♯」、「シ」、「ド」の5音で、多数決で決めたジャズアレンジで即興演奏。「2秒下さい」と鍵盤に向かうと、さりげなく演奏を始め会場をどよめかせた。モノクロだった世界が、菊池の10指で少しずつ色づけされていく。終盤は再び白と黒に戻っていくが、その白は始まりとは異なり、月の光をたたえ輝いていた。
はじけるような拍手が響いた会場。うれしそうに聴衆を見渡すと「お楽しみいただけましたでしょうか」と呼びかけた。続くカミーユ・サン=サーンスの「動物の謝肉祭より白鳥」は、菊池が中学・高校時代を共にしたピアニストで友人の松田怜が編曲を務めた。チェロとピアノ伴奏という編曲で聴く機会が多いが、この日は主旋律と伴奏、アルペジオを1人で務めた。複雑な指の動きが編み上げた優雅な音色は、越冬のために飛来したハクチョウが湖で羽を休める姿を浮かび上がらせていた。
「水の惑星地球を表現したい」と説明した「『水』にまつわる楽曲メドレー」では、この日のテーマ「地球から火星へ」を体現。2つの源流が合流し、大きな流れとなっていくスメタナの「モルダウ」では、その流れや強さを自在に変えながら、自分の宇宙を創造していく。ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」は再び、オーケストラとピアノのパートを1人で演奏。深い青、鮮やかなブルーなどグラデーションを感じる演奏で、楽しませていた。
15分の休憩を挟み始まった2部では、真っ暗なステージの上を、上手のベーゼンドルファーへと歩みをすすめた菊池。奏でられた「セイキロスの墓碑銘」は完全な形で残っている世界最古の楽曲。一筋のスポットライトの中で優しく沈む音色が、私たちを令和から紀元前へと誘っていく。クロード・ドビュッシーの「沈める寺」では、地球の深部に落ちていくような深い音色を響かせた。「ムーン・リバー」「月の光」「暗い雲」などを織り交ぜた即興の時間は、地球から宇宙空間へと旅立つかのよう。工夫を凝らした光の演出で聴覚と共に視覚も刺激し、高揚させた。ドビュッシーの「花火」では、粒が整ったパッセージで、夜空に花火が広がる前のワクワクなどを表現。繰り出される超絶技巧で魅了した。
「アメイジンググレイス」を前奏曲にして始まった、アレクサンドル・スクリャービンの「焔に向かって」では、揺らめく火をトレモロで盛らせ、全てを焼き尽くす炎へと変えていった。響く重音は闇に引きずり込まれていくよう。荒々しく腕を振り下ろす鬼気迫る演奏で、会場を燃え上がらせた。
狂気の演奏を終えると、グスターヴ・ホルストの「大管弦楽のための組曲『惑星』より『火星』」では、黒く塗られた5つの鍵盤部分も使い、キャンバスに絵を描くように自由にピアノを弾いていく。自ら編曲も手がけ、自分だけの世界を追求していく。一つ一つの音符を輝かせていく異次元の演奏に、聴衆は前のめりになっていく。振り切ったダイナミックな表現に、惜しみない拍手が送られていた。
アンコールではラフマニノフメドレーなどを演奏。ダブルアンコールを受けて登場したMCでは「3時間くらい弾いていたって本当ですか。アッという間でしたが、非常に楽しかった。アンコールで無限に弾いてしまいそうなんですけど」と、充実した表情。「何を弾こうか」と困った表情で「ねこふんじゃった」をなぞる場面も。左右のピアノを行き来しながら、リラックスした様子で最後までステージを楽しんでいた。
取材・文=翡翠
【菊池亮太】今後の出演情報
●公演日時
2025年3月9日(日) 14:00開演(13:15開場)
●会場
橋本市サカイキャニング産業文化会館「アザレア」大ホール(和歌山県)
2025年3月24日(月) 18:30開演(18:00開場)
●会場
紀尾井ホール(東京都)
2025年4月6日(日)
<第1部>18:40~19:10 <第2部>19:55~20:25
平安神宮
May J./菊池亮太
【公演3】ピアノで聴く『のだめカンタービレ』BEST
<日程>2025年5月3日(土・祝)
<時間>開場 15:50 開演 16:30 終演 17:30(予定)休憩なし
<会場>サントリーホール 大ホール
<URL>https://www.kofes.jp/program/1546/
<出演者>
石井琢磨(ピアノ)、菊池亮太(ピアノ)、ござ(ピアノ)、Budo(ピアノ)
<演奏予定曲>
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」より 第2楽章
モーツァルト:2台のためのピアノ・ソナタ K. 448より 第1楽章
ストラヴィンスキー:『ペトルーシュカ』~冨田 勲:「きょうの料理」テーマ
ラヴェル:ボレロ
ほか
【公演】
<全席指定・税込>
S席 こども(小1~19才) 2,000円
S席 保護者(20才以上) 5,000円
A席 こども(小1~19才) 1,500円
A席 保護者(20才以上) 3,500円
P席 こども(小1~19才) 1,000円
P席 保護者(20才以上) 2,500円
【視聴】
視聴 2,000円(税込)
●会場:サントリーホール<東京都港区赤坂>およびアーク・カラヤン広場
●出演:清塚信也、角野隼斗、鈴木優人、チョコレートプラネット、福尾誠、多久潤一朗、池村碧彩、高見侑里ほか
●公式WEBサイト:https://www.kofes.jp/
●主催:公益財団法人ソニー音楽財団
公益財団法人サントリー芸術財団 サントリーホール
2025年5月9日(金) 14:00開演、5月10日(土) 14:00開演
●会場
すみだトリフォニーホール