3月は忠臣蔵一色! 仁左衛門と愛之助の由良之助が率いる四十七士、歌舞伎座通し狂言『仮名手本忠臣蔵』Aプロ観劇レポート
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夜の部(16時30分開演)
『三月大歌舞伎』夜の部は、16時30分開演。『仮名手本忠臣蔵』「五・六段目」は、昼の部『落人』に登場した、元・塩冶家の侍、早野勘平が主人公として再登場する。勘平に尾上菊之助、女房おかるに中村時蔵という配役。
■五段目
山崎街道鉄砲渡しの場
同 二つ玉の場
幕が開くと、夜の山崎街道。蓑を着た男が、笠をかざして雨をしのいでいる。隠れていた顔をみせれば、月明かりのような美しさの色男、勘平だ。拍手とともに夜の部が始まった。
夜の部『仮名手本忠臣蔵』(Aプロ)配役 「五段目」(左より)早野勘平=尾上菊之助、千崎弥五郎=中村萬太郎 /(C)松竹
勘平は、今は女房となったおかるの生家に身を寄せ、猟師に身をやつしている。この日、偶然かつて共に塩冶家に仕えていた千崎弥五郎(中村萬太郎)と会い、仇討ちに加わるチャンスを得る。後日会う約束をして、2人は別れた。同じ夜、山崎街道を通り家路を急ぐ百姓がいた。しかし不幸にも、盗人に懐の大金と命までもが奪われてしまう。この百姓が、実はおかるの父・与市兵衛(中村吉三郎)だった。大金は、聟の勘平が侍に戻れるように、おかるが祇園の一文字屋に身を売ることで、工面したものだった。それを平然と奪った斧定九郎(尾上右近)は、ぞっとするような冷たく濡れた色気を放っていた。その時、花道を猪突猛進してきたのは……! さらに鉄砲の音! 続いて鉄砲をもった勘平が登場!
夜の部『仮名手本忠臣蔵』(Aプロ)配役 「五段目」(左より)早野勘平=尾上菊之助、斧定九郎=尾上右近 /(C)松竹
テンポよく展開する要素は、六段目への伏線となるので見逃せない。暗闇の中で、人を撃ってしまったこと、さらに定九郎の懐に大金があることに気づいた勘平は、迷いつつも金を奪いその場を去る。勘平の花道の引っ込みは、歌舞伎らしい踊るような、流れるような足取り。忠義を尽くせる喜びと、人を殺めた無意識の動揺が溢れているかのようだった。
■六段目
与市兵衛内勘平腹切の場
翌日、勘平は意気揚々と帰宅する。観客からすれば「あんな出来事の後なのに?」とも思えるが、武士としての名誉挽回の希望に満ちていた。いつ千崎が来てもいいように、紋付に着替える姿は、後になって振り返れば幸せそうで、健気でさえあった。
夜の部『仮名手本忠臣蔵』(Aプロ)配役 「六段目」(左より)女房おかる=中村時蔵、早野勘平=尾上菊之助、(後)母おかや=上村吉弥 /(C)松竹
家には、女房おかると母おかや(上村吉弥)、そしておかるを引き取りにきた一文字屋お才(中村萬壽)と判人源六(市村橘太郎)がいる。五十両を受け取った与市兵衛が帰ってこないことを、皆で心配していた。勘平の懐には、血のついた縞の財布。勘平にはお金が必要。勘平は鉄砲を撃った。おかるは連れていかれてしまう。与市兵衛の亡骸が届く。おかやは勘平を責め立てる。そこへ千崎と不破数右衛門(中村歌六)がやってくる。とんでもない情報量の中、大小さまざまな歯車が悪い方へ、悪い方へ噛み合って……。
夜の部『仮名手本忠臣蔵』(Aプロ)配役 「六段目」(左より)千崎弥五郎=中村萬太郎、早野勘平=尾上菊之助、不破数右衛門=中村歌六 /(C)松竹
あらすじだけを読むと「早とちり過ぎる!」とツッコミたくなる。しかし観客として、昼の部で「四段目」の事件の一部始終を見届けた。観劇というより目撃に近い体験をしたことで、“あの場”に立ちあえなかった勘平の悔恨に、ぐっと寄り添う気持ちになる。背中でおかやの声を受け、侍としての道も絶たれ、追い詰められて思考が狭まっていく様が、生々しいほどリアルだった。そんな勘平が、疑いが晴れたと知った時は、命が尽きかけた中でも喜びに輝いていた。あまりにも哀れなハッピーエンドに、同じ切腹でも「四段目」とは質の違う余韻が続いた。
■七段目
祇園一力茶屋の場
舞台は、武家屋敷でもお百姓の家でもない。華やかな遊郭、祇園の一力茶屋だ。仲居や幇間たちに囲まれ、お座敷遊びの手拍子に導かれ、目隠しをした由良之助が登場すると、大きな拍手が起きた。目隠しを外したところで、さらに大きな拍手で盛り上がった。夜の部の大星由良之助は、片岡愛之助。
夜の部『仮名手本忠臣蔵』(Aプロ)配役 「七段目」大星由良之助=片岡愛之助 /(C)松竹
由良之助は、放蕩三昧の日々を送っている。赤穂浪士の赤垣源蔵(中村松江)、富森助右衛門(市川男女蔵)、矢間重太郎(中村亀鶴)たちは、その本心をたしかめにくるが、失望を隠せない様子で帰っていく。由良之助が一人になったところへ、息子の大星力弥(尾上左近)が密書を届ける。花道の木戸口で由良之助が素に戻ると、その大きさ、重さに驚かされた。命がけで届けられた密書が、この後二階から遊女に、床下からスパイに、同時に2人から盗み読みされる。とんでもない(お芝居としては面白すぎる)状況だが、それでも物語が成り立つのは、由良之助の立派さあるからこそにちがいない。
遊女はおかる。六段目で勘平のために身を売った女房だ。実家では、ふとした仕草の折り目の正しさに、腰元の品を感じさせた。二階に姿を見せた時は、すっかり遊女。酔い覚ましに風にあたれば、お酒のいい匂いがしてきそうな色気があった。それでいて兄の寺岡平右衛門(坂東巳之助)と再会すれば、親しみやすくて一生懸命なおかるに戻る。
夜の部『仮名手本忠臣蔵』(Aプロ)配役 「七段目」(左より)遊女おかる=中村時蔵、寺岡平右衛門=坂東巳之助、大星由良之助=片岡愛之助 /(C)松竹
平右衛門は、足軽という身分ながら討ち入りに加わりたい。由良之助の本心を信じている。明るくきっぱりとマインドが、声にも態度にも表れる。平右衛門が刀を抜き、おかるの懐紙が舞い、木戸口まで逃げおおせるシーンでは、ふたりの身体と音楽とツケの一体感が、物語の急展開にマッチして、歌舞伎ならではの高揚感を覚えた。抜き身の刀を片手に繰り広げられる兄妹の喧嘩は、可笑しみを交えながらも次第にシリアスな話題へ。妹を可愛がる気持ちも、忠義の心も、これだけストレートだと絡まったり混じったり澱むこともない。どちらもが真っすぐ矛盾なく成立し、それがおかるにも届いていることに涙がこぼれた。平右衛門は、十一段目の晴れやかな表情も印象的だった。
ふたたび現れる由良之助の格好良さ。おかるが手を添え、思いがけずここでも敵討ちが果たされる。痛快な幕切れに、熱い拍手。幕間をはさんで、いよいよ討ち入りへ。
■十一段目
高家表門討入りの場
同 奥庭泉水の場
同 炭部屋本懐の場
夜の部『仮名手本忠臣蔵』(Aプロ)配役 「十一段目」大星由良之助=片岡愛之助 /(C)松竹
どんどん降り続ける雪を表す太鼓の音と、山鹿流陣太鼓のリズムにつられるように、心拍数が上がっていく。塩冶浪人の原郷右衛門(中村錦之助)や、赤垣源蔵、富森助右衛門、矢間重太郎をはじめ、あの場面、この場面で見知った浪士たちが集まり、大序からの物語を思い出す。それだけで、早くも込み上げてくるものがあった。討ち入りが始まると、緩急に富んだ立廻りが展開。高家の用心棒、小林平八郎(尾上松緑)が別格のオーラで立ちはだかり、竹森喜多八(坂東亀蔵)が挑む。由良之助がついに師直を討ちとると、歓喜や高揚感よりも、真っ白に浄化されるような、まさにカタルシスという心持ちに。浪士たちの強い表情に姿にぐっとくるものがあった。同時に仇討ちは何かを獲得するためではなく、マイナスをゼロに戻すものなのだと改めて感じた。
大星由良之助の衣裳 撮影:塚田史香
物語は、四十七士が揃う「引揚げの場」で結ばれる。馬に乗った服部逸郎(尾上菊五郎)の声が響き渡ると心は晴れ、場内は喝采に沸き、光明寺へ向かい歩き出す浪士たちに、万雷の拍手と大向こうが響き続けた。幅広い世代が魅力を発揮する、歌舞伎座の通し狂言『仮名手本忠臣蔵』。『忠臣蔵』が、歌舞伎が、もっと好きになるに違いない。すでに完売の日も多いが、都合が許す方には1日での通しをおすすめしたい。3月27日(木)千穐楽まで。
夜の部『仮名手本忠臣蔵』(Aプロ)配役 「十一段目」大星由良之助=片岡愛之助 /(C)松竹
取材・文=塚田史香
公演情報
塩冶判官:尾上菊之助
桃井若狭之助:尾上右近
鷺坂伴内:片岡松之助
加古川本蔵:嵐橘三郎
顔世御前:中村時蔵
足利直義:中村扇雀