鴻上尚史×石黒賢が語る、野沢尚の傑作青春群像劇『反乱のボヤージュ』~時を経て新たに演劇として立ち上がる名作のゆくえ
人気テレビドラマの脚本を数多く手がけたヒットメーカー・野沢尚。小説家としても活躍し、『破線のマリス』で江戸川乱歩賞をはじめとした数々の文学賞を受賞した。このたび、はじめて舞台化されることになった『反乱のボヤージュ』は、テレビドラマ化もされた野沢の代表作のひとつである。
舞台化にあたり、鴻上尚史が脚本、演出を手掛け、石黒賢が主演、ほかに岡本圭人、大内リオン、加藤虎ノ介、南沢奈央、益岡徹と、若手からベテランまで幅広い俳優が集まった。
舞台は、名門大学の歴史ある学生寮。大学側による廃寮計画を阻止しようと、学生たちが奮闘する。彼らの前に立ちふさがるのは、大学側から送り込まれた舎監・名倉(石黒)。かつて機動隊に所属し、浅間山荘事件にも出動したツワモノだ。学生たちと舎監、敵対は避けられないようで、次第に互いの心の交流がなされていく。それぞれの登場人物の状況や感情を丁寧に描いた群像劇で、社会問題も伴った骨太の物語は、第52回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞し、注目された。
小説刊行より20年以上の時を経て、はじめて舞台化されたとき、観客は何を見るのか。鴻上尚史と石黒賢が語り合う。
――それなりに分厚い原作のエッセンスをまとめあげるご苦労はありましたか。
鴻上尚史(以下鴻上):いえいえ、楽しく、やりがいのある作業でした。野沢尚さんの伝説の名作といいますか、読むものの心を熱くする作品を舞台にできるというのはとても幸福なことです。観客の皆さんにも、僕が感じたような熱い思いと興奮を伝えられるような舞台にできたらいいなと思いました。休憩時間を含まないと、2時間10分くらいになるんじゃないかな。お話しだけでだいたい2時間ぐらいです。劇中歌を入れると、2時間15分前後かなと想定しています。
石黒賢(以下石黒):ということはかなりスピーディに進むわけですね。長台詞もありますが、早くしゃべることになりそうですね(笑)。
――原作は、小説家のみならず、脚本家としてヒットメーカーだった野沢尚さんです。野沢さんの作品について、おふたりはどんな印象を持っていましたか。
鴻上:野沢さんとはほぼ同世代で、僕の舞台も見に来てくださったこともありましたが、深く会話したことはありませんでした。野沢さんの作品を見たり読んだりすると、我々同世代が考えていることを作品に取り上げていると感じていました。この『反乱のボヤージュ』も単なる学生と大学の対立ではなくて、その外側に膨大な無関心の若者たちがいます。これが僕らの前の世代だったら、おそらく、寮を残したい学生と寮をなくしたい大学の戦いだけを描くだろうけれど、僕らの世代は、彼らを取り囲む一般学生という視点があると僕は思っています。原作は20年前くらいに書かれたもので、その時代、すでに若者たちは声をあげて戦うことはなくなっています。石黒さん演じる大学の舎監・名倉憲太郎が、岡本圭人さん演じる学生・坂下薫平に『お前たちはフワフワしている』と指摘します。自分が学生と戦っていた時代は、ちゃんと学生は地に足がついていたのだと。ただ僕は、世代の違いや、闘う、闘わないという違いはあれど、人の持っている熱量はみんな同じと思っています。今の時代だと、その熱はSNSなどに注がれていますよね。名倉のセリフに代表されるように、ちゃんと熱くなることは恥ずかしいことじゃないよねということが物語を通して伝わればいいなと思っています。
石黒:僕の演じる舎監の名倉憲太郎は本当に響くことを言うんです。原作のいいセリフを、鴻上さんがそのまま生かしてくださっています。野沢さんというと、その昔、僕は、木村拓哉さん主演のドラマ『眠れる森』(98年)が印象に残っています。あれが本当に面白かった。登場人物、ひとりひとりに物語があって、視聴者のみならず、演じる側もすごく意気に感じるだろうと思いましたし、いつか野沢さんのドラマに僕も出たいと願っていたので、今回、ようやく野沢さんの作品を演じることができることになって光栄です。以前、ドラマ化されたときは、名倉を渡哲也さんが演じていて。尊敬する渡さんがおやりになった役を僕がやるなんておそれ多い気持ちです。
鴻上:ドラマ化されたのは、20年くらい前ですよね(2001年テレビ朝日系でスペシャルドラマとして放送された)。ソフト化されていないのが残念ですが。あの時代は、野沢さんも、テレビドラマも勢いがあって、巨大なものに闘いを挑む物語が作られていたんですよね。
――名倉は舎監になる前は、機動隊に所属し、浅間山荘事件で命の瀬戸際を経験したという設定です。そういうハードなシーンもありますか。
鴻上:いや、浅間山荘事件はあくまで名倉のバックボーンですから、それは小説にもハードには描かれていません。ただ、そういうバックボーンは、やりますよ。
石黒:いまのテレビドラマではなかなかそういうものはやれないですよね。
鴻上:いま、『反乱のボヤージュ』をやれるのは演劇ならではかもしれませんね。
――学生運動のような演出もありそうですか。
鴻上:学生の頑張りでお客さんを熱くしたいのですよね。ただ、予算が限られているので、できる範囲ですが(笑)。つまりアンサンブルを50人も出すというようなことはできませんが、そこは40年近く舞台演出家としてやってきて培った腕の見せどころかと思っています。知恵を駆使して、お客さんに派手なスペクタクルを見せるつもりです。石黒さんはじめ芸達者の俳優が集まっていて、巧い俳優たちがスパークする風景を見ることができて面白いと思いますよ。
石黒:舞台は俳優のもので、映画は監督のものとよく言いますよね。映像だと、俳優の芝居が尺の都合でカットされてしまいますが、舞台は我々俳優が、2時間や2時間半ぐらいの間、ノンストップで命を削るかのような感覚でやっている姿を、お客様はフルサイズで見ることができます。舞台上に存在する俳優、ひとりひとりの姿を余さず見ることのできる唯一のエンターテインメントですよね、舞台は。
鴻上:コロナ禍、一時期、配信が増えましたが、増え続けることはなくて、次第に減りましたよね。やっぱり演劇が好きな人は、最初は配信でも見てくれたけれど、やがて配信はやっぱり違うよねというふうに再認識したのでしょうね。もちろん、が買えなかった人、地方在住で見に来ることができない人にとって、配信はいいことなのですが。劇場に来て、みんなで同時にざわついたり同時に声を上げたり、とにかく同時にリアクションすることは劇場のすごさだなぁとコロナ禍を経て、改めて思います。
――石黒さんは、70年代を闘った人間の熱や凄まじさみたいなものをどう表現しようと思いますか。
石黒:まだ稽古が始まっていないので確かなことは言えませんが、こういう風にやろうかなと漠然と思っていることはあります。修羅をくぐり抜けてきた男だからこそ、あえて淡々といきたいですね。ともすればちょっと熱くなってしまいそうですが、訴えたいことを大きな声でがなり立てる表現ではない気がして。特に薫平とのシーンは淡々とやりたい。ただ、新橋演舞場ほどの大きな劇場でそれをやってお客さんに伝わるだろうか、というのは気になりますが。そこは稽古で、鴻上さんと相談しながら調整していきたいと考えています。
鴻上:石黒さんのパブリックイメージはすごくいい人ですよね。いわゆる温厚な人だとか、頼れるお父さんだとか、何かあったらすぐ助けてくれるすごく優しいヒーローみたいなイメージがあります。ところがそれと名倉はある種真逆です。名倉は、俺のことを理解しなくていいんだと、俺は俺で生きているわけだからというような、周囲に対して極めてぶっきらぼうな人物です。石黒さんがおっしゃるように修羅の道を通り過ぎて達観したかのような名倉を、石黒さんがどう演じるのか楽しみですよね。名倉の男臭さや、父親らしさのようなものがどう出すか、大変な作業になると思いますが、石黒さんなら安心して任せられます。
石黒:名倉は僕がこれまであまり経験してきたことのないようなキャラクターです。物言いが丁寧になりすぎないようにしなきゃなというふうに思っています。父親というのはこの作品のキーワードのひとつでもありますよね。自分の親父もそうでしたけれど、言葉ではっきり言ってくれる人ではありませんでした。やはり男の子にとって、父親という存在はいつか越えたいと思うものですよね。越えたいと思いながら、気がつくと、どこか似ていることがあったりして。だんだんと年を重ねてくると、そんなことを思えたりするものなんですよね。名倉は子どものいない設定ですが、残りの人生が見えてきた時期に、自分が生きていた意味を、後に続く者たちに少しでも残してあげたいと思うようになる。もしかしたらそれがある種のエゴでしかないかもしれませんが、自分という人間がここにいたんだということを知ってもらいたいと思うようになるという物語ですね。
――先ほど、観客が一斉にリアクションする面白さが舞台にあるというお話しがありました。たとえば、花道から俳優が出たり去ったりするときはまさにざわつくものです。新橋演舞場と大阪松竹座には花道がありますが、今回、花道は使用しますか。
石黒:どうやら僕は花道を使うらしいです。それがちょっと気恥ずかしいんですけれどね(笑)。
鴻上:石黒さんの花道、かっこいいと思いますよ。僕は脚本を書きながら、こりゃかっこいいぞ!と思っていましたよ。
石黒:ははは(笑)。せっかくはじめて新橋演舞場に呼んでいただいたので、覚悟を決めて花道を歩こうじゃないか!と思います。もちろん、僕、ひとりが目立つということでなく、舞台上で、学生たちとの心の距離をうまく表現できたらいいなというふうに思っています。当時の学生たちの思いだったり熱量だったり、大人たちとの関係性をしっかりと舞台上でも表現できるように、稽古場に入ったら学生役の皆さんと仲良く過ごしたいですね。
――石黒さんは演舞場に初出演、大阪松竹座には2011年以来ということですが、松竹座の思い出を教えてください。
石黒:それは本当に忘れもしなくて……。ちょうど3.11があったときに松竹座に出ていました。昼公演と夜公演の間の休み時間で、大阪でも揺れました。家族に電話をしてもつながらなくて、ようやく連絡が取れたのは夜ホテルに帰ってからで。道頓堀のグリコのネオンが消えて、舞台があちこち休演になって、これからどうなるのかと心配ななか、野田秀樹さんが劇場の火を消すなと声明を出しました。逆境のときってみんな一丸となりますよね。そういう思い出のある場所に久しぶりに出演します。
鴻上:演舞場も松竹座もどちらも温かいいい劇場ですよね。なかにはよそよそしい劇場もありますが(笑)、ここは温かいです。
取材・文=木俣冬 撮影=敷地沙織
公演情報
<東京公演>2025年5月6日(火)~5月16日(金)新橋演舞場
<大阪公演>2025年6月1日(日)~6月8日(日) 大阪松竹座
原作:野沢尚(『反乱のボヤージュ』集英社刊)
脚本・演出:鴻上尚史
名倉憲太朗・・・石黒賢
坂下薫平・・・岡本圭人
江藤麦太・・・大内リオン
司馬英雄・・・小日向星一
本多真純・・・駒井蓮
葛山天・・・小松準弥
田北奈生子・・・谷口めぐ
沖田・・・前田隆太朗
茂庭章吾・・・財津優太郎
立花・・・渡辺芳博
神楽・・・葉山昴
久慈刑事・・・加藤虎ノ介
日高菊・・・南沢奈央
宅間玲一・・・益岡徹