歌舞伎界のホープ・中村虎之介、12ヶ月連続舞台出演の原動力は「なりたい役者像をブラさないこと」ーー映画『国宝』へのライバル意識も
中村虎之介 撮影=キョートタナカ
吉沢亮、横浜流星が主演をつとめた大ヒット映画『国宝』(2025年)の劇中劇として登場した「二人藤娘」などが上演される、歌舞伎公演『市川團十郎 特別公演』が10月10日(金)から26日(日)まで京都・南座で開催される。演目は、昼の部では主要登場人物のうち七役を市川團十郎が演じ分ける「三升先代萩」、夜の部は「Invitation to KABUKI 歌舞伎の世界」と題して「二人藤娘」「車引」などを楽しむことができる。そんな同特別公演に出演するのが、中村扇雀の息子で若手ホープの中村虎之介。そこで今回は、出演する演目「三升先代萩」「二人藤娘」「車引」について話を訊いたほか、同演目で共演する大谷廣松も同席した取材会の模様もお伝えする。
中村虎之介
●「歌舞伎の踊りにおいては絶対的な見た目の良さも必要」
――「三升先代萩」は長編の中にさまざまな人間関係が描かれており、現代的な共感が得られるのではないかと思います。
起承転結もはっきりしていますし、現代ドラマとして見ても分かりやすい内容です。一つ一つの言葉の意味は難しく感じることもあると思いますが、大まかな内容を捉えておけば楽しんでいただけるはず。なにより團十郎さんが一人で何役も演じられていて、どれだけの数をやっていらっしゃるのか、それを見つけるおもしろさもあります。あと「鞘当(さやあて)」がミックスされているのも、設定としてとても興味深いです。
――「鞘当」は歌舞伎の出し物の一つで、武士がすれ違いざま、刀の鞘が当たったことで喧嘩へ発展することですね。
「鞘当」は成田屋(市川團十郎家の屋号)の公演でないとできないもの。また、僕が演じる名古屋山三は自分の仁(ニン)でもあるので、演じる機会をいただけたのはとても嬉しいです。
――「二人藤娘」は、映画『国宝』の劇中でも披露されている演目として知られるようになりました。つれない男の気持ちを引こうとする藤の精たちの踊りが見どころですね。
歌舞伎俳優の踊りは、舞踊家さんの踊りとはまた違い、芝居としてやるもの。唄があり、歌詞に合った振りがあり、そしてそこに感情を込めます。歌舞伎俳優としては特に舞踊に魂を入れること。踊っているときもそういうことを考えています。音、振り、感情、この三つが一つになり「歌舞伎舞踊」と呼ばれるものになります。
――どういうイメージで藤の精を演じられますか。
自分が女方で出るときは、よく知られている女優さんを思い浮かべることが多いんです。「藤娘」だけではなく、歌舞伎の女方はいずれもあざとさが魅力。特に、お酒を飲んで、酔って踊るというのは、色気とかわいらしさが大事。酔う前と酔った後の踊りの違いも見せどころですし、なにより僕は見た目にもこだわりたいです。
――というと?
先ほど「感情が大事」と言いましたが、歌舞伎の踊りにおいては絶対的な見た目の良さも必要です。どんなに踊りがうまくても、見た目が美しくなければよく見えません。もちろんそれを振りでカバーしてかわいらしく見せることもできますが、僕の個人的な理論は、「圧倒的にかわいければ、踊りをずっと見ていられる」なんです。
――では、女方として舞台に上がる前、楽屋の鏡を見て「今日の私はかわいいな」と思うことも?
ええ、世界で一番かわいいと思っています。そうじゃないとできないんじゃないかなって。女方をやるときはいつもそのモチベーション。周りのお弟子さんにも「今日、めっちゃかわいくない?」と(笑)。
――一方「車引」は、虎之介さんが演じる梅王丸の「荒事」が見せ場になります。
荒事は歌舞伎独特のジャンル。歌舞伎の一般的なイメージは「見得」だと思いますが、荒事はそれの究極型。つまり、歌舞伎のなかでも究極的に格好いいのが「車引」だと考えています。形、台詞、ノリ、すべてが派手ですし、だからこそ歌舞伎俳優にとって憧れの役。自分の格好良さを全面に出せますから。
中村虎之介
中村虎之介
●「僕は自由人。良い意味で遠慮せず、等身大でありたい」
――そして今回、これらの演目で、虎之介さんと共に歌舞伎界の若手ホープと称される大谷廣松さんが共演されるのも話題の一つ。
自分より年上(廣松は1993年生、虎之介は1998年生)で、また三十代の俳優さんと踊りを踊ったりするのは、ほぼ初めてです。特に僕は性格的に自由人なので「ドーンと受け止めていただけるかな」と。
――どういうところが自由人なのですか?
そこまでお堅くなれない人間なんです。自由の反対表現は「お堅い」だと僕は考えていて。「唯一無二の役者になりたい」といつも言っているのですが、そのためにはなにかに捉われず、ある程度自由じゃないとなれないと思っています。一般的な歌舞伎俳優のイメージって、伝統、家系などどちらかというとお堅い言葉が出てくるはず。歌舞伎俳優はそれを上手に隠して振る舞える人も多い。でも、僕はそれがあまりうまくないというか(笑)。
中村虎之介
――ハハハ(笑)。
たとえば先ほど、女方をやるときに「自分が一番かわいいと思う」という話をしましたが、みなさん、そんなことはあまり言いませんよね。でも、きっと心のなかでは「自分が一番かわいい」と考えているんじゃないかなと。僕はそれをちゃんと口に出したいタイプ。そういう意味でも自由な性格。こうやってインタビューをしていただく際も、良い意味で遠慮せず、等身大でお答えするようにしていますし、そういう自分を大切にしていきたいんです。
――虎之介さんは出演作がずっと続いていますが、長期間、高いモチベーションを維持し続けているところも驚きです。
今回の公演を含めると、12ヶ月以上連続で舞台に出ることになります。目の前の作品をクリアすることばかり考えていると、「あれ? 自分って本当はなにがやりたかったのかな」と迷いが生じるときもあります。自分が叶えたいことを、やれているのか。最近、そういう部分で悩むこともあります。一方で、悔いを感じたことは一度もありません。叶わない物事は多々ありますが、歌舞伎は僕一人の力でどうにかできるものでもありません。みなさんのお力をお借りして、何事も引きずることなく次々と動き出したい。自分の活動の原動力になっているのは、「こういう役者になりたい」という気持ちをブラさないこと。目の前のことをちゃんとやっていきながら、しっかり先々も見て進んでいきたいです。
●大谷廣松、中村虎之介の取材会では『国宝』への対抗心も
左から中村虎之介、大谷廣松
大谷廣松
虎之介のインタビュー同日には、大谷廣松も同席しての取材会も実施された。その席では、歌舞伎を題材にした大ヒット映画『国宝』の話題も。
『国宝』について聞かれた廣松は「初めて歌舞伎を見に来てくださるお客様に素晴らしいものをお見せしなければというプレッシャーはありますが、これを機に歌舞伎の沼にはまってくれれば」と笑わせると、虎之介も「(「二人藤娘」など)同じ演目をやるからには、ライバル意識しかありません。また歌舞伎を見に行ってみようと思ってもらえるようにつとめたい」と対抗心を燃やした。
左から中村虎之介、大谷廣松
さらに虎之介が「舞台袖でグータッチはしないですよ」と言えば、廣松も「手が震えて眉毛が書けない、とかもないです」と『国宝』の名場面のプレイバック。その上で虎之介が「自分たちが培ったものにプライドを持ってやらないと」とあらためて気を引き締めた。
取材・文=田辺ユウキ 撮影=キョートタナカ
公演情報
『市川團十郎特別公演』
夜の部 16時~
不破伴左衛門
足利頼兼
絹川谷蔵 團十郎
乳人政岡
荒獅子男之助
細川勝元
口上
名古屋山三 虎之介
渡辺民部/大江鬼貫 九團次
栄御前/渡辺外記左衛門 市蔵
八汐/板倉采女 右團次
藤の精 廣松
藤の精 虎之介
梅王丸 虎之介
桜丸 廣松
杉王丸 新十郎
金棒引藤内 升三郎
松王丸 九團次
藤原時平 市蔵
四、「荒事絵姿化粧鑑(はなのえすがたけわいかがみ)」
市川團十郎『暫』の拵えを舞台にて相勤め申し候