【インタビュー】伊礼彼方&音月桂~奇才サイモン・スティーヴンスの描く、現代社会の闇を深くえぐる衝撃作『スリー・キングダムス』への思い

インタビュー
舞台
12:00
伊礼彼方(右)、音月桂(左) (撮影:田中亜紀)

伊礼彼方(右)、音月桂(左) (撮影:田中亜紀)

画像を全て表示(11件)


『夜中に犬に起こった奇妙な事件』『ポルノグラフィ』『FORTUNE』など、数々の作品が日本でも上演されているイギリスの鬼才サイモン・スティーヴンス。彼が脚本を手がけ、イギリス、ドイツ、エストニアの3カ国のクリエイターによる共同制作プロジェクトとして誕生した『スリー・キングダムス Three Kingdoms​』が上村聡史の演出により、2025年12月に新国立劇場 中劇場にて日本初演が行なわれる。とある女性の死をめぐり、ヨーロッパに広がる国際的人身売買組織の存在が浮かび上がり、国家、そして人間の闇が描かれるスリリングな作品で、デイヴィッド・リンチ監督の映画『インランド・エンパイア』にインスパイアされているという。主人公の刑事イグネイシアスを演じる伊礼彼方と、舞台と観客をつなぐミステリアスな存在に扮する音月桂が、作品への思いを語ってくれた。

<Story>
刑事のイグネイシアスは、テムズ川に浮かんだ変死体の捜査を開始する。捜査を進めるうちに、被害者はいかがわしいビデオに出演していたロシア語圏出身の女性であることが判明する。さらに、その犯行が、イッツ・ア・ビューティフル・デイの名曲『ホワイト・バード』と同名の組織によるものであることを突きとめる。イグネイシアスは捜査のため、同僚のチャーリーとともに、ホワイト・バードが潜伏していると思われるドイツ、ハンブルクへと渡る。ハンブルクで、現地の刑事シュテッフェンの協力のもと捜査を始める二人だったが、イグネイシアスがかつてドイツに留学していた頃の不祥事を調べ上げていたシュテッフェンにより、事態は思わぬ方向に進んでいくのであった。

(撮影:田中亜紀)

(撮影:田中亜紀)


――演出の上村聡史さんは今作について、「2025年の演劇界で、攻めた作品を披露できればと思います」とコメントされています。

伊礼 脚本を読んで「攻めてるな」と思いました。結構踏み込んだ話で、(作り手が)抹殺されてもおかしくないんじゃないかっていう内容なんです。作家はそのくらいの覚悟を持って書いてらっしゃると思いました。だから「やります! 」と。そんな作品をやらせていただけるんだったら、引っ張って行きますよ、という気持ちになりました。

音月 私自身はこれまで白黒はっきりした単純明快な作品に出演することが多かったんです。ところが今回の作品はグレーなところが多くて、「ここってどういう意味があるんだろう」とか、頭の中が曇り状態。新国立劇場にお越しになられるお客様はこういう戯曲が大好きな方が多いと思うので、プレッシャーはありますが、噛めば噛むほど味が出てくる作品を皆さんと創っていく過程がすごく楽しみです。

伊礼 僕はもともと不条理劇が好きで、ハロルド・ピンター作品(『ダム・ウェイター』2021年 小劇場楽園)をプロデュースして上演したこともあります。そのきっかけをくれたのが現・新国立劇場 演劇芸術監督の小川絵梨子さんでした。『今は亡きヘンリー・モス』(作:サム・シェパード 2010年 赤坂レッドシアター)という作品で小川さんと初めてご一緒しました。それまでは読み合わせをしたら、すぐ立ち稽古みたいなスピード感の現場が多かったのですが、その時は3週間ぐらい本を読んで。「この行間の意味は何だろう?」「なぜ次にこのセリフなんだろう?」みたいな話をずっとしていて、それが非常に面白かった。一日1ページも進まない日もあって、「本番に間に合うのか?」って最初はびっくりしたのですが、途中からどっぷり浸かるようになりました。いざ立ち稽古が始まると、なぜこの動きをするのか、なぜこのセリフを言うのかが、皆がはっきりと見えていて、すぐに芝居が立ち上がるのがわかりました。今回の作品も好みドンピシャで、サスペンス要素もあるし、僕の好きなミステリー小説のような要素もあるし、ホラーでもあるし。蓋を開けていくとどんどんいろんな闇が見えてきて、見終わった後、「あれはどういう意味?」と皆で話したくなる作品だと思います。

(撮影:田中亜紀)

(撮影:田中亜紀)

――演じる役柄についてはいかがですか。

伊礼 イグネイシアスという刑事の設定が面白い。守る側の人間が闇に加担しているのかも、という話になってくるのですが、彼自身の、女性との関係性に共通点があるんですよね。妻とも、出会う女性たちとも、15歳の年齢差があって、それがキーになっている。守る側の人間がその裏側の闇に加担しているかもしれないというアンバランスさについて言えば、僕も今はまともに芝居していますけれど、若い時はやんちゃしていた時期もありました。でも、家族ができると守る側になるんですよ。こういうことをするとよくないぞ、とか言っているのですが、それって全部、過去に自分のしたことをダメって言ってるだけで。人間誰しもそういう部分があるし、そこは観客の皆さんが作品とリンクできる部分じゃないかなと思っています。

音月 作品の中の男性性と女性性について上村さんとお話をしたのですが、今、伊礼さんのお話を聞いていても、男性の意見って面白いなと思いますね。宝塚の男役の時にもっとそれを学びたかったですね(笑)。女性の目線でこの物語を見ると、何て愚かなと思ってしまうところもあるんです。

(撮影:田中亜紀)

(撮影:田中亜紀)

――音月さんは性別、空間など、すべてを超越するようなミステリアスな存在に扮します

音月 舞台と客席を繋ぐ役割で、この作品をちょっと遠くから見ているような、狂言回し的な役どころです。海外での上演では男性が演じていたそうで、台本には一切出てこないんです。上村さんからは「桂ちゃんのその“陽”の感じのままでいい」と言われていて。そして、劇中の人物も演じますし、歌も歌います。これまでは、ちゃんと履歴書を書けるような役が多かったのですが、今回はバックボーンがあまり描かれていなくて、どうにでも味付けができそうなので、上村さんや皆さんと話し合って、コミュニケーションを取りながらやっていけたらいいなと思います。宝塚在団中に『エリザベート』のルキーニを演じましたが、物語を客観的に見て面白おかしく笑ったり歌ったりしている役で、楽しかったんです。今回もこの物語を、お客様と一緒に楽しみたいな、と。新しい自分を発見できるんじゃないかと思っています。

(撮影:田中亜紀)

(撮影:田中亜紀)

――おふたりは初共演ですが、お互いの印象をおうかがいできますか。

伊礼 (音月さんが)ミュージカルをやっていらっしゃる印象が実はあまりなくて。

音月 宝塚OGにしてはあまりミュージカルをやっていない方かもしれません。(ストレートの)お芝居が大好きなので。

伊礼 宝塚にいた時から?

音月 外部の舞台が羨ましかったんです。大きな口を開けて笑ったり、ボロボロに泣いたり、人間のドロドロした部分をしっかり表現する舞台が好きで、在団中からよく観に行っていました。男たる者背中で語れ、男は泣かないみたいな、それが宝塚の美学であり良さなのですが、もうちょっと自分をさらけ出せるような現場に行きたいなという思いが強かったですね。お芝居を深く掘り下げていくのが好きなんです。伊礼さんのことは、歌や華やかなイメージが強かったのですが、お芝居がすごく好きとおっしゃるのを聞いて、もしかしたら私と同じ匂いのする方なのかなと。

伊礼 僕はいま、意図的にミュージカルを控えている時期で、映像とかお芝居をやりたくて、賭けに出ている時期なんです。ミュージカルの舞台で細かい芝居を追求したことがあるのですが、限界があるなと。空気感は客席の後列まで伝えられるのですが、筋肉の細かい動きまではやっぱり伝わらない。もちろん、ミュージカルにもたくさん良さはありますが、今まで経験してきたからこそ、違う芝居がしたい、もっとリアルな芝居を深めたいなと思ったんですよね。前も3年くらい、お芝居しかやらなかったことがあって、そこで学んだ多くの事がミュージカルに生かされました。ただ、ミュージカルの役者として一つちゃんと大きな挑戦もしたくて『レ・ミゼラブル』をやらせて頂き、お陰様で代表作になりました。最近では映像にも少しずつ出させて頂き、舞台と映像とのお芝居の違いを楽しんでます。舞台だけ、とか映像だけとか垣根を越えて色んな芝居にチャレンジしていきたいですね。

音月 わかります。その気持ち。

伊礼 マネージャーに、一般社会でも長年勤めた会社や仕事にふと立ち止まり転職を考えるタイミングの年齢だよねと言われて、なるほどなと。新しい挑戦をしたくなる時期なんだなと思って、だったら1回賭けに出るかって。今とても怖いし、わくわくしてるんですが、そんな時にこの作品に出会えたんですよね。

(撮影:田中亜紀)

(撮影:田中亜紀)

――3か国を舞台に物語が進行する会話劇です。

伊礼 ヨーロッパでは多言語で上演されて、字幕が出ていたそうですが、今回は日本語で上演すると聞いています。が、突然、上村さんから英語やドイツ語を喋れって言われないか、びくびくしてますが……(笑)。今の段階では、イギリスから違う国に行った際にちょっとした表現方法を変えてみたいなと。イグネイシアスが、最初はすごくスマートな刑事なんだけど、いる国が変わって、いろいろなことが明らかになっていき、裸にされるにつれて次第に、スマートさが崩れないよう一生懸命演じなきゃいけなくなっていく、そんな姿が見せていけたらと思っています。僕自身アルゼンチン生まれなので、日本語で話している時と、スペイン語で話している時ではちょっと違う音色が出る、響きが変わるんです。不思議なもので、心もパッと開けたりするんですよね。

音月 個性の強いキャラクターたちがテンポよく繰り広げる会話劇を、中劇場の空間でお客様に届けなくてはいけない。せっかくなら、3か国をお客様と一緒に旅をしながら、匂いさえもガラッと変わるように、それぞれの土地の空気といったものもお伝えしたいなと思います。お芝居を観た方が、海外旅行から満足して帰国したみたいな気持ちになっていただけると嬉しいです。国同士の力関係とかそういったものも描かれると思うので。

(撮影:田中亜紀)

(撮影:田中亜紀)

――上村さんの演出についてはいかがですか。

音月 上村さんの世界観が好きなので、今回どういう世界に連れて行ってくださるか、すごく楽しみです。何か一筋縄では行かないというか、ロジックを解いていく作業がすごく楽しいんです。日々どんなことを考えて作品に取り組んでいらっしゃるのか興味がありますね。『オレステイア』(2019年 新国立劇場 中劇場)に出演した時は、そういうお話があまりできなかったから、今回はいっぱいお話ししてみたいです。

伊礼 難しい作品ばかり手がけているイメージがあったのですが、『みんな鳥になって』(2025年 世田谷パブリックシアター)を観に行ったら、僕でもわかるような言葉を使っていて。難しいテーマなのに日本語がすっと入ってくる。上村さんが言葉を強く意識しているという話も聞きました。翻訳劇は言葉が難しくなりがちですが、上村さんとなら、きっと稽古場で相談しながら、創り上げていけるんじゃないかと思います。どんなお稽古場になるのか、とても楽しみです。

(撮影:田中亜紀)

(撮影:田中亜紀)

――今回、ご自分のどんな新しい一面が出せそうですか。

伊礼 僕は今までのミュージカル作品だと、今回伊達暁さんが演じるドイツ人刑事シュテッフェンみたいな役どころが多いんです。わかりやすく言うとドラマを動かす側の人間なんですけど、今回は動かされる側を演じるので、自ら何か行動を起こすことはなく、起こることに対応していくというのがテーマかなと。それによってイグネイシアスのいろいろな部分が剥がれていく。そんな姿を見せていけたらと思っています。

音月 私は、“グレーを楽しむ”ということを追求していけたらと思います。結構白黒をはっきり決めてしまう性格なので、そこは柔らかくいたいですね。考察していく楽しさ、余白を楽しんでもらえるようなお芝居ができたらと。そのためにも、いろいろなものを柔軟に受け取りながらやっていけたらいいですね。

(撮影:田中亜紀)

(撮影:田中亜紀)

――新国立劇場 中劇場での上演です。

音月 私、新国立劇場の主催公演に出ると、なぜか毎回歯がおかしくなるんです。たぶん、頭を使って考えるから、寝てる間に歯を食いしばっているのかな。それぐらい気合が入って没頭して楽しんでいるんだと思うんです。やっぱり、新国立劇場ってみんな出演したいと思うんです。役者なら誰しも夢見る劇場に3回も出させていただける、だから無意識のうちにすごく力が入っているんだと思う。なので今回はリラックスして、歯に負担をかけないようにして臨みます。

伊礼 新国立劇場、国の劇場ですからやっぱり畏れ多いですよね。特に主催作品だと。他とはちょっと空気感が違いますね。何でこんなに緊張するんだろうって、その緊張が解けるまでが結構長いんですよ。あと、音月さんがおっしゃったように、新国立劇場に出るといろいろな人から、いいね、いい仕事してるねって言われるんです。役者って、肩書もないし、保障もない、先も見えない。でも、そういった作品に出演したということが自分の基盤を作ってくれると思います。

(撮影:田中亜紀)

(撮影:田中亜紀)

――最後に、お客様へのメッセージをお願いします。

伊礼 ミステリーって、最初はどんでん返しで、わあって驚いたりするんですけど、全体像が頭の中に入っている状態で見ると、このタイミングでこの世界に足を踏み入れたんだっていう輪郭が明確に見えてくる面白さがあると思うんです。そういった過程は2回目の方が楽しめるんじゃないかなと思うし、見え方も変わってくると思います。ですから、ぜひ2回観ていただけたらなと思います。

音月 新国立劇場でこういったテーマの作品を…となると観にいらしていただくのに少し勇気がいると思うのですが、とにかくリラックスして来ていただいて、感覚で味わってもらえたらと思います。真っ白な状態で観ていただいて、何を感じるかだと思うんです。そして、伊礼さんもおっしゃったように、2回目も来ていただいて、実はここってこうだったんだ! といろいろな角度から観ていただくのも楽しいと思います。

(撮影:田中亜紀)

(撮影:田中亜紀)

取材・文=藤本真由(舞台評論家)

公演情報

新国立劇場 演劇 2025/2026シーズン
『スリー・キングダムス Three Kingdoms』
 
■公演期間:2025年12月2日[火]~14日[日]
■会場:新国立劇場 中劇場
■一般発売日:2025年10月12日(日)10:00~
■e+座席選択先行:10月11日(土)18:00まで受付
 
■作:サイモン・スティーヴンス
■翻訳:小田島創志
■演出:上村聡史

 
■キャスト:
伊礼彼方
音月 桂
夏子

 
佐藤祐基
竪山隼太
坂本慶介
森川由樹
鈴木勝大
八頭司悠友
近藤 隼

 
伊達 暁
浅野雅博

 
シェア / 保存先を選択