東京バレエ団『M』(振付:モーリス・ベジャール)公開リハーサル・レポート
東京バレエ団『M』(振付:モーリス・ベジャール)公開リハーサル (Photo:Shoko Matsuhashi)
東京バレエ団が2025年9月20日~21日、23日、東京文化会館でモーリス・ベジャール振付『M』を上演します。ベジャール(1927年—2007年)が1993年に東京バレエ団のために創作した『M』は、戦後日本を代表する作家である三島由紀夫(1925年—1970年)をテーマにしており、パリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座など海外公演も反響を呼びました。5年ぶりとなる今回は、三島生誕100年を飾る上演。公開リハーサルの模様をレポートします。
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ベジャールが歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」をバレエ化した『ザ・カブキ』(1986年)、『舞楽』(1989年)に続いて東京バレエ団に振付した『M』。Mとは、Mishimaの頭文字であり、海(Mer)、変容(Métamorphose)、死(Mort)、神秘(Mystère)、神話(Mythologie)などの意味合いが重ねられている。45歳で自決した三島の人生と、『仮面の告白』『潮騒』『鹿鳴館』『鏡子の家』『豊饒の海』ほか彼の代表作のイメージが重なる。明確な筋書きはなく、伝記でもない。ベジャールの目を通した三島の世界がイマジネーション豊かに展開される。音楽は黛敏郎が書き下ろした楽曲を中心に、クロード・ビュッシー、ヨハン・シュトラウス二世、エリック・サティ、リヒャルト・ワーグナーを用いる。
(Photo:Shoko Matsuhashi)
公開リハーサルでは、まず「武士道~月の場面」が披露された。三島は、若き日から言葉を扱うことに長けていた。戦後に作家となり高い精神性を獲得したが、そこに肉体の思考を加え、精神と肉体の相関関係を強めた。ボディビルに励んだことはよく知られよう。日本古来の武士道においては、まさに精神と肉体の合一が重んじられる。
(Photo:Shoko Matsuhashi)
舞台には少年(子役)の姿。彼は少年時代の三島で、全編にわたって活躍する。続いて、「イチ」(柄本弾)、「ニ」(宮川新大)、「サン」(生方隆之介)、「シ」(池本祥真)が登場。彼らは三島の分身で、4人で三島を表す。少年がよく通る声で三島も愛読した「葉隠」の有名な一説を言う。「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」と。
(Photo:Shoko Matsuhashi)
謡と囃子が流れ、男たちが現れ踊る。「イチ」「ニ」「サン」「シ」を含む彼らはリハ―サルでは上着を着ているが、舞台上では鉢巻姿で上体を露わにして踊る日本男児である。まもなく上手から聖セバスチャン(樋口祐輝)がゆっくりと現れ、少年に弓を授ける。聖セバスチャンは、官能美と完全な純粋性を備えた三島の理想のシンボルだ。振付の基本はバレエだが、重心の低い動きも入る。柄本、宮川、生方、池本の切れのよい踊りや樋口がドビュッシーの劇音楽「聖セバスチャンの殉教」のファンファーレと共に伸びやかに踊る輝かしいソロが冴える。さらに、男たちの群舞の気迫の凄まじいこと。足音や時に発する声が力強く響く。バーを使った動作に始まるバレエのレッスン風の場面など、雄渾にして色香あふれるベジャール節が炸裂といった趣で、男性ダンサーの魅力を活かすことにかけて、21世紀の今でもベジャールの右に出る者はいないのではないか。
(Photo:Shoko Matsuhashi)
男たちの踊りが終わると、次第に照明が落ち、笛の音がひそやかに響く。海上の月(金子仁美)が登場する。三島の母親をイメージしたと解釈されることもあるキャラクターで、舞台上では白の総タイツ姿で踊る。金子は均整の取れた肢体を活かし、おおらかな存在感を醸し出す。続いては「金閣寺~シ-Ⅳの場面」。『金閣寺』は三島の代表的な長編小説で、学僧が金閣寺に放火した事件に取材し、絶対的な美への憧れと恐れという相克を描く。「ニ」と「サン」が相まみえるように踊ったりするが、そこへ一輪の花(本番では火を灯した蝋燭)を手にした「シ」が少年を連れて、しずしずと現れる。そして……。
(Photo:Shoko Matsuhashi)
その後「シ」のソロへ。「シ」は三島の分身の1人で「死」を象徴する存在でもあり、狂言回しの役柄を果たす。ここでは、謡と囃子に反応して腰を落としたかと思えば軽々と跳躍したりするし、最後には刀を使った所作もある。「シ」を踊る池本は、前回公演時に絶賛されたのが記憶に新しいが、捻りの続く振付を身体に自然と落とし込み、自在に踊り舞う。
(Photo:Shoko Matsuhashi)
指導にあたったのは芸術監督の佐野志織。元東京バレエ団プリンシパルで『M』初演にも出演している大ベテランだ。2011年からバレエ・ミストレスを務め、昨年8月、芸術監督に就任。このたび、佐野の芸術監督としての指導風景が初めて公開された。佐野の指導は緻密かつ作品の奥行を広げる。少年が「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」と言う場面で、子役に「真っすぐ前を見たまま、客席の遠くにいる誰か1人に伝えるように」と助言するいっぽう「声はよく出ているよ」と優しくフォロー。「月の場面」では、男たちに「遠くにある月を見てくださいね。涼やかに」とイメージが膨らむ説明が印象深い。
(Photo:Shoko Matsuhashi)
バレエ・スタッフの木村和夫も隅々にまで目を光らせ、ダンサーたちとコミュニケーションをとり、作品の完成度を高めていく。ちなみに木村は「ニ」の初演者。今回の『M』では、佐野、木村、彼らと同じく初演に出演した高岸直樹、後藤晴雄らの指導陣、小林十市(モーリス・ベジャール・バレエ団バレエマスター)のリモート指導を得て万全を期す。一部のリハーサルに接した限りでも、人から人へと作品継承が進んでいることを実感した。
同じベジャールの『ザ・カブキ』同様、東京バレエ団にしか上演できない唯一無二の名作だ。踊りに次ぐ踊り、変幻自在な演出、三島の人生と作品への深いオマージュによって織りなされる、壮大な神話のような世界観。男女問わず多くのダンサーたちの魅力が存分に生きる大作で、ベジャールの創造力がいかんなく発揮されている。5年ぶりとなる大変貴重な公演であり、2027年の生誕100年を前にベジャール熱がさらに高まるだろう。
取材・文=高橋森彦
公演情報
音楽:黛 敏郎、C.ドビュッシー、J.シュトラウス二世、E.サティ、R.ワーグナー
■日程:2025年
9月20日(土)14:00
9月21日(日)14:00
9月23日(火祝)13:00
■上演時間:約1時間40分(休憩なし)
■おもなキャスト:
※未就学児のご入場はお断りいたします。
※音楽はピアノの生演奏、および特別録音による音源を使用します。
※本公演には休憩がございません。開演に遅れるとご自分の席に着席いただけませんので、時間に余裕をもってご来場ください。
■NBS(公益財団法人日本舞台芸術振興会)公式サイト:https://www.nbs.or.jp/