團子の狐忠信が跳ね、隼人の碇知盛が散り、松緑の権太が勝負を賭ける~歌舞伎座『義経千本桜』第一部・二部Aプロ観劇レポート

17:00
レポート
舞台

第一部『義経千本桜』「鳥居前」佐藤忠信実は源九郎狐=市川團子 /(C)松竹

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2025年10月1日(水)に、歌舞伎座にて『錦秋十月大歌舞伎』が開幕。松竹創業百三十周年を記念し、義太夫狂言の名作『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』が、通し狂言として一挙上演中だ。

舞台は、源平の合戦が終わりを迎えた頃。勝敗を決した壇ノ浦の合戦で、源義経は、源氏を勝利へ導いた。しかし兄の源頼朝から謀反を疑われ、さらに平家の残党からも命を狙われる身となる。『義経千本桜』は、そんな義経の逃避行を軸に展開する。ただし主人公は義経ではない。義経の道程に現れる、義経を取り巻く人々だ。立場の異なる主人公たちの、出会いや別れ、生きざまが描かれる。

全五段のお芝居のうち、二段目(第一部「鳥居前」「渡海屋・大物浦」)、三段目(第二部「木の実 小金吾討死」「すし屋」)、四段目(第三部「吉野山」「川連法眼館」)を、1日がかりで上演。さらに公演期間の前後半で、配役も変わるため見ごたえ抜群の1か月となる。この記事では、公演前半のAプロの第一部、第二部をレポートする。

■第一部 11時開演(Aプロ)

源九郎狐と出会う「鳥居前」

幕が開くと、舞台は都の外れの伏見稲荷の鳥居前。朱色の鳥居が鮮やかだ。先ごろ、弁慶が頼朝の家来を討ってしまったことで、兄弟関係の修復は絶望的になり、義経は都を落ちて西国を目指す。危険な旅となるため、義経は、愛妾・静御前を都に残すことに決めていたが、ここまで赤い振袖姿で追いかけてくる。

第一部『義経千本桜』「鳥居前」(左より)鵜の目鷹六=市川青虎、佐藤忠信実は源九郎狐=市川團子 /(C)松竹

坂東巳之助の義経は、目に声に、遠くまで抜けるような品性が光る。追いすがりながらも、立場をわきまえた笑也の静御前。その慎ましさの分だけ、義経への思いが溢れ出した時、憐れみと愛しさを感じた。懇願もむなしく、静御前は初音の鼓とともに木に縛りつけられ、置きざりにされてしまう。さらに頼朝方の家来・鵜の目鷹六(市川青虎)に見つかり、大ピンチの静御前。そこへ義経の家来、佐藤忠信実は源九郎狐(市川團子)が現れて……。

團子にとって、『義経千本桜』は、祖父・二世市川猿翁ゆかりの作品だ。猿翁の忠信でも静御前を勤めた笑也が、團子の忠信を支え、猿翁のもとで修業を積んだ青虎の鵜の目鷹六が、品よく道化味を出し、芝居を盛り上げ、かつ引き締める。

第一部『義経千本桜』「鳥居前」(左より)佐藤忠信実は源九郎狐=市川團子、静御前=市川笑也、武蔵坊弁慶=中村橋之助、源九郎判官義経=坂東巳之助、駿河次郎=中村吉之丞、伊勢三郎=中村玉太郎、片岡八郎=市川男寅、亀井六郎=大谷桂三 /(C)松竹

いよいよ勢いよく登場する忠信。團子は初々しく生命力に溢れ、清新なスター性で輝きをみせる。役名から明らかな通り、忠信の正体は狐だ。ぴょんと跳ねれば、人間離れした滞空時間で観客を驚かせ、立廻りでは長い四肢に、しなやかに力をみなぎらせて軍兵たちを次々になぎ払った。花道でみせた狐らしい素振りの可愛らしさには、頬が緩む。義経と静御前の別離のかたわらで始まった狐の物語は、第三部へ続く。

平家の猛将の壮絶な最期「渡海屋・大物浦」

義経一行は、船で西国へ逃げるべく大物浦(だいもつのうら。現在の兵庫県尼崎市)へ。そこで立ち寄った廻船問屋の渡海屋(とかいや)が、次の物語の舞台となる。主人公は、渡海屋銀平。実は平家の武将、平知盛だ。壇ノ浦の戦いで入水したはずが実は生きており、渡海屋の主人を装って、打倒義経のチャンスをうかがっていた……。

中村隼人の銀平は、花道に颯爽と登場。すらりとした長身に、初役でありながらも早くも「この先、何度もこの役を演じていくのだろう」と期待が高まった。隼人の知盛は、真っ白な甲冑で正体をあらわした時から、悲劇の気配がぬぐえなかった。弱そうなわけではない。足りないものがあるわけでもない。怒りに満ちてもなお、品と自信を湛えた知盛はいかにも平家方の武将らしく、そこに平家が辿った運命への“抗えなさ”を予感した。

第一部『義経千本桜』「渡海屋・大物浦」(左より)渡海屋銀平実は新中納言知盛=中村隼人、お柳実は典侍の局=片岡孝太郎、銀平娘お安実は安徳帝=守田緒兜 /(C)松竹

平家の人々の悲劇の気配は、知盛一人が作ったわけではない。片岡孝太郎の銀平女房実は典侍の局は、人当たり良い女房ではじまり、雅やかな衣裳で平家の豊かな時代を思わせた。安徳帝を抱き上げ海の八大竜王に向かっての台詞は、気高さに涙が溢れた。さらに入江丹蔵に尾上松緑、相模五郎に坂東亀蔵。序盤で大らかに観客を楽しませた二人が、後半では、平家滅亡の切迫感を肌身に感じさせる。「大物浦」では、満身創痍の知盛が長刀で戦い続け、舞台上にたった一人の時でさえ、殺気が場内を飲み込んだ。それでも、冷静な義経(巳之助)たちの登場で、いよいよ終わりなのだと痛感する。知盛は哀れだったが、決してみすぼらしくはなかった。華々しく美しく、大きな碇とともに海に消えた。大物浦の波音をかき消すように、会場では大きな喝采が起きていた。

第一部『義経千本桜』「渡海屋・大物浦」(左より)源九郎判官義経=坂東巳之助、銀平娘お安実は安徳帝=守田緒兜 /(C)松竹

義経は「鳥居前」で静御前と別れ、「大物浦」では知盛の最期を見届けた。その眼差しに、長編物語を繋ぐ無常が滲んでいた。Aプロの安徳帝は、巳之助の長男・守田緒兜(おと)。大きな声で堂々と勤めた。祝福に満ちた拍手の中、義経とともに花道より揚幕へ。中村橋之助の弁慶が、場内の空気を今一度大物浦へ戻し、法螺貝の音の余韻の中で幕となった。

■第二部15時開演(Aプロ)

伏線が張り巡らされた「木の実・小金吾討死」

大物浦に登場した平知盛の甥・平維盛もまた生き延びていた。維盛の妻・若葉の内侍(中村魁春)は息子・六代君(中村種太郎)を連れて、家来の小金吾(坂東新悟)とともに維盛の行方を探している。道中で立ち寄った茶店で休むことになり、六代君の気晴らしに木の実拾いをしていると、通りすがりの旅人が親切にも木の実を落としてくれた。この旅人が、この段の主人公・いがみの権太だ。親切の裏には魂胆が……。

第二部『義経千本桜』「木の実・小金吾討死」(左より)権太女房小せん=中村種之助、善太郎=中村秀乃介、いがみの権太=尾上松緑 /(C)松竹

第二部『義経千本桜』「木の実・小金吾討死」主馬小金吾=坂東新悟 /(C)松竹

茶店を営む小せん(中村種之助)と息子・善太郎(中村秀乃介)の生活感のある風景、木の実を集めるやり取りは、「大物浦」のあとの小休止のよう。それでいて、実は「すし屋」への重要な伏線が散りばめられている。印象的だったのは、新悟の小金吾。背も気位も高く、成人間近の雰囲気。しかし、いがみの権太とやりあうには、まだまだ若すぎた。権太を警戒し、怒り、悔しがる反応から少年らしさが滲み出る。捕り手との縄をつかった殺陣は、儚さとアクロバティックな面白さが交錯した。小金吾にとって本意な形ではなかったかもしれないが、この死が、主君・平維盛の命を繋ぐことになる。

家族のドラマと歴史が交錯する「すし屋」

続いての舞台は、弥左衛門(市村橘太郎)が営むすし屋。江戸前ではなく、桶に仕込む釣瓶鮓だ。

その店の娘お里(尾上左近)は、せっせと働きながらも幸せそう。奉公人の弥助(中村萬壽)との祝言が決まったからだ。この弥助が、実は平維盛なのだ。維盛は、源頼朝方から追われる身。弥左衛門は、維盛の父・平重盛への恩義から維盛を匿っていた。この鮓屋は、いがみの権太の実家でもあった。権太は、素行の悪さから家を追い出されているが、母おくらに金の無心にくる。うまく大金をせしめるが、折悪く弥左衛門が帰宅したため、慌てて鮓桶に金を隠す。さらに弥左衛門は、前段で登場するある物を持ち帰ってきた。まもなくこの鮓屋に、頼朝の家臣・梶原景時(中村又五郎)がやってくる。維盛を捕まえにきたのだが……。

第二部『義経千本桜』「すし屋」(左より)弥助実は三位中将維盛=中村萬壽、いがみの権太=尾上松緑、娘お里=尾上左近 /(C)松竹

関西では、いわゆる“悪ガキ”を「ごんた」と言うのだそう。その語源とも言われるのが、いがみの権太だ……といった言葉での説明を諦めたくなるほど、いがみの権太本人を見るような権太だった。悪ガキと粋な男が表裏一体。小石を投げて木の実を落とし、ガッツポーズでもしそうな感覚の延長で、母を騙す。両親も、女房子供も、博打も、分け隔てなく愛する。手を懐に入れれば色気が滲む。矛盾しかねない要素も、松緑という俳優に託せば権太の血肉に変わるようだった。

第二部『義経千本桜』「すし屋」いがみの権太=尾上松緑 /(C)松竹

そんな権太を取り巻く人々の中でも、まずは萬壽の弥助と左近のお里の掛け合いが、舞台のはじまりを明るく彩る。親子以上の年齢差がある二人が、若くて瑞々しく仲睦まじい男女となる。萬壽が懐深く芝居を支え、左近が思い切り良くお里の幸福感を振りまいた。そんな弥助が、高貴な身分の維盛に戻った時、場内の空気もたちまち変わり、思わず背筋を正して座り直した。今観ているのは、ある鮓屋のホームドラマではなく、平家没落の物語なのだ。その歴史物語を一層重厚にするのが、又五郎の梶原。劇中に頼朝は出てこないが、梶原越しに、頼朝の存在の大きさを感じた。権太と家族の結末は、無念というほかない。それでも権太が「おっかさん、おやじさま」と笑った一瞬の表情が忘れられない。悲劇の幕切れにも喝采が続き、第二部は結ばれた。

第二部『義経千本桜』「すし屋」(左より)鮓屋弥左衛門=市村橘太郎、娘お里=尾上左近、いがみの権太=尾上松緑、弥左衛門女房おくら=市川齊入 /(C)松竹


取材・文=塚田史香

公演情報

歌舞伎座 松竹創業百三十周年
『錦秋十月大歌舞伎』
 
日程:2025年10月1日(水)~21日(火)[休演]10日(金)
会場:歌舞伎座
 
第一部 午前11時~
 
竹田出雲 作
三好松洛 作
並木千柳 作

通し狂言 義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
<鳥居前>
 
【Aプロ】
佐藤忠信実は源九郎狐:市川團子
静御前:市川笑也
亀井六郎:大谷桂三
片岡八郎:市川男寅
伊勢三郎:中村玉太郎
駿河次郎:中村吉之丞
鵜の目鷹六:市川青虎
武蔵坊弁慶:中村橋之助
源九郎判官義経:坂東巳之助

【Bプロ】
佐藤忠信実は源九郎狐:尾上右近
静御前:尾上左近
亀井六郎:大谷桂三
片岡八郎:市川男寅
伊勢三郎:中村玉太郎
駿河次郎:中村吉之丞
笹目忠太:市村橘太郎
武蔵坊弁慶:中村橋之助
源九郎判官義経:中村歌昇
 
<渡海屋・大物浦>
 
【Aプロ】
渡海屋銀平実は新中納言知盛:中村隼人
源九郎判官義経:坂東巳之助
武蔵坊弁慶:中村橋之助
銀平娘お安実は安徳帝:初お目見得 守田緒兜(巳之助長男)
亀井六郎:大谷桂三
片岡八郎:市川男寅
伊勢三郎:中村玉太郎
駿河次郎:中村吉之丞
入江丹蔵:尾上松緑
相模五郎:坂東亀蔵
お柳実は典侍の局:片岡孝太郎

【Bプロ】
渡海屋銀平実は新中納言知盛:坂東巳之助
源九郎判官義経:中村歌昇
武蔵坊弁慶:中村橋之助
亀井六郎:大谷桂三
片岡八郎:市川男寅
伊勢三郎:中村玉太郎
駿河次郎:中村吉之丞
入江丹蔵:坂東亀蔵
相模五郎:尾上松緑
お柳実は典侍の局:片岡孝太郎
 
第二部 午後3時~

竹田出雲 作
三好松洛 作
並木千柳 作

通し狂言 義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
<木の実・小金吾討死・すし屋>
 
【Aプロ】
いがみの権太:尾上松緑
弥助実は三位中将維盛:中村萬壽
若葉の内侍:中村魁春
権太女房小せん:中村種之助
主馬小金吾:坂東新悟
娘お里:尾上左近
六代君:中村種太郎
善太郎:中村秀乃介
猪熊大之進:中村松江
弥左衛門女房おくら:市川齊入
梶原平三景時:中村又五郎
鮓屋弥左衛門:市村橘太郎

【Bプロ】
いがみの権太:片岡仁左衛門
弥助実は三位中将維盛:中村萬壽
若葉の内侍:市川門之助
権太女房小せん:片岡孝太郎
主馬小金吾:尾上左近
娘お里:中村米吉
六代君:中村陽喜
善太郎:中村夏幹
猪熊大之進:片岡松之助
弥左衛門女房お米:中村梅花
梶原平三景時:中村芝翫
鮓屋弥左衛門:中村歌六
 
第三部 午後6時40分~

竹田出雲 作
三好松洛 作
並木千柳 作

通し狂言 義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
<吉野山・川連法眼館>
※Aプロ『川連法眼館』は三代猿之助四十八撰の内 市川團子宙乗り狐六法相勤め申し候

【Aプロ】
佐藤忠信/忠信実は源九郎狐:市川團子
静御前:坂東新悟
逸見藤太:市川猿弥
亀井六郎:市川青虎
駿河次郎:市川右近
川連法眼:市川寿猿
飛鳥:中村東蔵
源九郎判官義経:中村梅玉

【Bプロ】
佐藤忠信/忠信実は源九郎狐:尾上右近
静御前:中村米吉
逸見藤太:中村種之助
亀井六郎:坂東巳之助
駿河次郎:中村隼人
川連法眼:嵐橘三郎
飛鳥:中村歌女之丞
源九郎判官義経:中村梅玉
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