北欧の画家たちが再発見したアイデンティティ。『スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』レポート

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アート
17:00
『スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』トークセッションの様子

『スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』トークセッションの様子

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私たちが北欧デザインやライフスタイルに感じる心地良さの源流を辿ると、かつて自国のアイデンティティを再発見するために、日々の暮らしに宿る“かがやき”を描き出した画家たちの眼差しに行き着く。そうした北欧ならではの抒情豊かな風景を楽しめる、東京都美術館の開館100周年を記念する展覧会『スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』が、2026年4月12日(日)まで東京都美術館にて開催中だ。

開幕に先立って開催されたトークセッションでは、スウェーデン国立美術館で展覧会部門ディレクターを務めるパール・ヘードストゥルム氏と、ブランド「minä perhonen」デザイナーの皆川明氏が登壇し、開催の喜びを述べた。会場を優しく包み込む北欧の光、そして日常のかがやきをどのように体感できるのか、見どころをレポートしよう。

神話や伝承で扉をひらく、スウェーデン絵画の世界

開幕を飾る一作は、《草原の妖精たち》。スウェーデンといえば、北欧神話や民間伝承を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。儚く幻想的な光景に心を奪われ、思わず立ち止まる。このような題材は画家たちが、「スウェーデンらしい絵画とは何か?」と探究しながら制作したものだ。本展の軸となる部分を最初にここで示される。

左:ニルス・ブロメール《草原の妖精たち》1850年 油彩、カンヴァス

左:ニルス・ブロメール《草原の妖精たち》1850年 油彩、カンヴァス

数歩先の《荒れ狂うボーヒュースレーンの海》は、ドラマティックな景色が見事だ。海と帆船を描いた画家といえば、レンブラントやターナーが思い浮かぶが、ラーションのそれはどちらとも異なる個性を放つ。スウェーデンにこんな画家がいたなんて知らなかったな、と深い学びを得る。

マルクス・ラーション《荒れ狂うボーヒュースレーンの海》1857年(年記) 油彩、カンヴァス

マルクス・ラーション《荒れ狂うボーヒュースレーンの海》1857年(年記) 油彩、カンヴァス

冬が長いスウェーデンでは、夏至を祝う風習もあったという。厳しい寒さとともに生きる人々に、穏やかな陽の光は開放感をもたらしたのだろう。画家たちがそうした自然の景色として、丘や小道など身近な場所にある光を、確かな描写力で表現していたことが伝わってくる。

『東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』展示風景、東京都美術館、2026年

『東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』展示風景、東京都美術館、2026年

一方、人々の営みが垣間見えるような作品も興味深い。《村人たちの噂話》は、視線のやり取りやわずかな身振りを通して、物語の一場面のような人間模様を描き出している。画家たちの多様な表現が見られるところも本展の魅力だ。

アーンシュト・ヨーセフソン《村人たちの噂話》1886年(年記) 油彩、カンヴァス

アーンシュト・ヨーセフソン《村人たちの噂話》1886年(年記) 油彩、カンヴァス

画面手前に木の枝が大きくクローズアップされた構図の《カケス》は、日本の浮世絵から着想を得た可能性が指摘されているそうだ。

隣に飾られた《4種の鳥の習作(セアカモズ、ウズラクイナ、ズアオアトリ、キタヤナギムシクイ)》は、4枚のスケッチが一つの額縁に収められている。額縁は作者のリリエフォッシュ自身がデザインしたもので、日本の襖絵や屏風絵に見られる「貼交(はりまぜ)」という技法を意識したとも考えられている。日本絵画とのつながりを垣間見ることのできる一作だ。

左:ブリューノ・リリエフォッシュ《4種の鳥の習作(セアカモズ、ウズラクイナ、ズアオアトリ、キタヤナギムシクイ)》1886年 油彩、カンヴァス、右:ブリューノ・リリエフォッシュ《カケス》1886年 油彩、カンヴァス

左:ブリューノ・リリエフォッシュ《4種の鳥の習作(セアカモズ、ウズラクイナ、ズアオアトリ、キタヤナギムシクイ)》1886年 油彩、カンヴァス、右:ブリューノ・リリエフォッシュ《カケス》1886年 油彩、カンヴァス

あたたかな家に集う、ささやかながらも豊かな暮らし

フランスから故郷に戻った画家たちは、スウェーデンらしい新たな芸術を生み出そうとする中で、ふとした瞬間に日常のかがやきを見つけ、絵筆でキャンバスの中に表した。展示室内に設けられた窓枠を思わせる装飾には、光が射して長い影が伸びる。画家たちはこのささやかな光の濃淡や形も、きっと愛しんでいたのだろう。格子の間から絵画を覗き見て、スウェーデンの暮らしに想いを馳せた。

『東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』展示風景、東京都美術館、2026年

『東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』展示風景、東京都美術館、2026年

『東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』展示風景、東京都美術館、2026年

『東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』展示風景、東京都美術館、2026年

室内の明るい雰囲気やあたたかさを感じられるような《カードゲームの支度》は、カール・ラーションの作品だ。彼とその妻であるカーリンは、岬の小さな家を意味する「リッラ・ヒットネース」の愛称で呼ばれる家に住み、7人の子どもたちと心地良い暮らしを営んだ。その賑やかでのびのびとした暮らしは同時代の教育学者にも紹介され、国内外で反響を呼んだそうだ。

現在のスウェーデンには「フィーカ(fika)」という文化がある。家族や友人、同僚たちと談笑しながら、甘いものと一緒にコーヒーを楽しむ習慣だ。まさに、日常のかがやき。画面からも、パンや果物の甘い香りが漂ってくるようだ。

カール・ラーション《カードゲームの支度》1901年 油彩、カンヴァス

カール・ラーション《カードゲームの支度》1901年 油彩、カンヴァス

日常から、現実のかなたへ

後半には、ひときわ異才を放つ作品を取り揃えた章がある。ほの暗さを感じる青い壁面が、静かな雰囲気を醸し出す。スウェーデンの画家たちの中には、自身の感情や気分を表現することに関心を寄せた者たちもいたそうだ。彼らは自国にまつわる宗教や文学、歴史、寓話などを取り上げ、スピリチュアルな内面世界を示そうとした。象徴主義を思わせる、これまでの作風とは違った魅力に興味をそそられる。

『東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』展示風景、東京都美術館、2026年

『東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』展示風景、東京都美術館、2026年

左:エウシェーン・ヤーンソン《ティンメルマンスガータン通りの風景》1899年(年記) 油彩、カンヴァス、右:エウシェーン・ヤーンソン《首都の郊外》 1899年(年記) 油彩、カンヴァス

左:エウシェーン・ヤーンソン《ティンメルマンスガータン通りの風景》1899年(年記) 油彩、カンヴァス、右:エウシェーン・ヤーンソン《首都の郊外》 1899年(年記) 油彩、カンヴァス

この章にある《太古の時代》と、さらに後半に登場する《ダイシャクシギ》の2作品は、音声ガイドにてアートをゆっくりと楽しむ鑑賞法「スロールッキング」を体験することができる。スウェーデン国立美術館でもよく行われているプログラムだ。視線を作品に彷徨わせ、絵の中の光や風を想像し、それを感じた自分自身の心の動きを見つめる。アートの鑑賞をもっと深めたいと考えている方に、ぜひ試していただきたい。

ついに画家たちが見つけた、スウェーデンの光。

パール・ヘードストゥルム氏や皆川明氏もおすすめする第6章は、スウェーデン絵画の真骨頂ともいえる作品が一堂に会する。《夜の訪れ》と題した絵は、夜にしては青っぽく透き通っていることを不思議に思うかもしれない。これこそスウェーデンの夏の夜なのだ。後ろには太陽ではなく、月が輝いている。

作者のニルス・クルーゲルはゴッホの作品からヒントを得て、油絵の上にインクで小さな点や線を重ねる独特な描き方をしたという。なるほど、たしかにゴッホの筆致を思い起こすような幽玄さが印象に残る。

ニルス・クルーゲル《夜の訪れ》 1904年 油彩、カンヴァス

ニルス・クルーゲル《夜の訪れ》 1904年 油彩、カンヴァス

同じく夜を描いた《5月の夜》は、昼とも夜とも夕方とも言えないような幻想的な景色。オレンジ色の光の粒が、画家の心を捉えていたのだろう。郷愁の念が湧き起こるような黄昏に、なんと繊細な絵画表現をしたのだろう、としみじみ思う。画家たちは絵の題材や描き方だけではなく、その風景を通していかに自分の感情や場の雰囲気を伝えるかを大事にしたそうだ。

最後に、北欧のデザインや雑貨が好きな人は、ミュージアムショップも見逃せないだろう。本展では特別企画として、皆川氏がスウェーデンの伝統工芸品である「ダーラナホース」に絵付けを施した。これをプリントしたminä perhonenのバッグも、数量限定で販売予定とのことだ。

皆川 明 絵付けダーラナホース

皆川 明 絵付けダーラナホース

かつてはスウェーデンは、「描くべきもののない国」とさえ言われていた。展示を一巡した今、そんなことない、と心から感じる。画家たちはこんなにも多く、北欧の光と日常のかがやきを見つけ出していたのだから。

皆川氏も、「スウェーデン絵画を日本の皆様に知っていただくことで、100年前、200年前に営まれていた、つつましくも幸福感に満ち溢れた暮らしを理解できるのではないかなと思っています」と伝えた。『スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』は4月12日(日)まで、東京都美術館にて開催中。


作品はすべてスウェーデン国立美術館蔵
文・写真=さつま瑠璃

イベント情報

東京都美術館開館100周年記念
スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき

◆会期:2026年1月27日[火]~4月12日[日]
◆休室日:月曜日
◆開室時間:9:30~17:30
※金曜日は20:00まで
※入室は閉室の30分前まで
◆会場:東京都美術館
◆主催:東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)、NHK、NHKプロモーション、東京新聞
◆協賛:DNP大日本印刷
◆後援:スウェーデン大使館
◆特別協力:スウェーデン国立美術館
◆協力:全日本空輸、ルフトハンザ カーゴ AG
◆企画協力:S2
◆お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
 
【巡回情報】
【山口会場】
◆会期:2026年4月28日[火]~6月21日[日](予定)
◆会場:山口県立美術館
【愛知会場】
◆会期:2026年7月9日[木]~10月4日[日](予定)
◆会場:愛知県美術館
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