巳之助と右近の『八犬伝』、八代目菊五郎の『六歌仙』、そして令和の辰之助が曽我五郎で襲名披露!~歌舞伎座『團菊祭五月大歌舞伎』昼の部観劇レポート

2026.5.8
レポート
舞台

昼の部『寿曽我対面』(前)曽我五郎=尾上左近改め三代目尾上辰之助(後)喜瀬川亀鶴=尾上右近、化粧坂少将=坂東新悟

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『團菊祭五月大歌舞伎』が、2026年5月3日(日)~27日(水)まで開催される。「團菊祭」は、近代歌舞伎の礎を築いた名優、九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎の功績を顕彰した公演。今年も5月の歌舞伎座で開催され、七代目尾上菊五郎、八代目尾上菊五郎、当代の市川團十郎をはじめとした俳優が揃い盛り上がりをみせている。今月は、尾上左近改め三代目尾上辰之助襲名披露もあり一層の賑わいだ。「昼の部」をレポートする。

一、南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)

芳流閣・利根川

犬塚信乃(尾上右近)が、足利成氏(市川九團次)の館、芳流閣を訪ねてきた。かつて足利家に仕えていた父の遺志を継ぎ、名刀の村雨丸を献上するためだ。しかし、刀は気づかぬうちに偽物とすり替わっていた。信乃は館の様子を探りにきた敵の仲間に違いない、と疑われ、捕手たちに囲まれるが……。

大薩摩に引き込まれて浅葱幕が落とされると、舞台いっぱいに巨大な屋根がそびえる。屋根の上には、刀を構える信乃と、捕らえようとする大勢の捕手たち。信乃は肌を脱いで赤い着付、捕手たちも赤づくめ。その鮮烈な色彩とダイナミックな景色が、一気にたかぶった。鍔が鳴り、ツケが響く中、大勢の捕手が次々と討ちかかり、次々ととんぼ返りをし、客席からは何度も拍手がおこる。梯子をつかった見得では、梯子の線、瓦の線が重なり、視覚的な調和で楽しませた。

昼の部『南総里見八犬伝』(左より)犬飼現八=坂東巳之助、犬塚信乃=尾上右近

右近の信乃は、目麗しい少年っぽさと色気があるが、捕手たちの手に負えないほど身軽で強い。そこで呼び出されたのが犬飼現八(坂東巳之助)だ。信乃と現八の対決になると、ふたりの身体表現そのものが目を奪う。拳がめり込んだり、血しぶきが上がるわけではない。黒御簾音楽はむしろゆったりと流れ、ふたりは舞うように躍動する。そんな様式化された動きから、熱いバトルが浮かび上がる。どんでん返し(がんどう返し)の大仕掛けでは、場内の誰もが息を詰め、心の重心が前へ引っぱられるようなハラハラした空気にのみ込まれた。

そして「利根川」の場では、犬山道節(坂東彦三郎)が登場する。太く美しい声に、ダークで揺るがぬ佇まい。轟く雷鳴がよく似合い、もっと大きく鳴り響いてほしいと思うほどだった。さらに大谷廣太郎の犬田小文吾、中村種之助の犬川荘助、大谷廣松の犬坂毛野、市川男寅の犬村大角、中村鷹之資の犬江親兵衛と、注目の花形が揃い「だんまり」となる。

昼の部『南総里見八犬伝』(左より)犬坂毛野=大谷廣松、犬江親兵衛=中村鷹之資、犬田小文吾=大谷廣太郎、犬飼現八=坂東巳之助、犬川荘助=中村種之助、犬村大角=市川男寅、犬塚信乃=尾上右近

歌舞伎には、物語が分からなくても感覚で楽しめる作品がある。本作も、目に耳に飛び込んでくる生身の人間のアクション、色彩、音や音色に、胸がおどった。幕切れは、彦三郎の道節の幕外の引っ込み。物々しい雰囲気に不思議な高揚感が煽られ、大きな拍手を送りながらも「ここで終わっちゃうんだ!」と思わずにいられなかった。

二、六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)

平安時代、『古今和歌集』の序文で、すばらしい歌人として名前が挙げられた6人、六歌仙。そのうち僧正遍昭、文屋康秀、在原業平、喜撰法師、大伴黒主の5人が、小野小町に恋をするという趣向。次々と現れる5人を、八代目尾上菊五郎が踊り分ける。

はじめは「遍照」。髭も真っ白になる高齢の僧。しかし仏罰をも恐れず小町に恋焦がれ、御簾の向こうにいる小町に会いたがる。その姿には切実さがあり、思いがけずとてもピュアに感じられた。小野小町を勤めるのは、中村時蔵。古風な佇まいで、踊れば雅やか。それでいてお姫様とも傾城とも対応力が、本作ならではの引っかかりを作って楽しませる。

昼の部『六歌仙容彩』文屋康秀=八代目尾上菊五郎

演奏は竹本の義太夫から清元へ。タッタッタッと軽やかに、小町のいる御簾のもとへ駆けてきて始まる「文屋」。身なりは高貴だが、くしゃみ一つで皆を笑顔にしたり、女官との「恋尽くし」では、くだけたノリで巧みに楽しく言葉を返す。恋に翻弄されているようで、楽しんでいるようでもあり、恋も和歌も軽やかな戯れとなっていた。個性強めの女官たちも観客を楽しませる。尾上音蔵改め尾上菊太郎の名題昇進披露もあり、“独楽占い”でワッと盛り上げた。

長唄で始まる「業平」は、御簾が上がり、十二単の小町と並んで登場。ふたりの優美な姿がため息を誘う。業平は、『伊勢物語』の主人公のモデルになったとされる、容姿端麗の貴公子だ。「扇尽くし」も冴えわたる美しさでうっとりさせるが、小町との恋は、やはり叶わず……。

舞台は御殿を離れ、賑やかなお囃子とともに、「喜撰」の舞台となる京の都へ。桜の枝を手に花道に登場するのが、喜撰法師だ。ここでは、小野小町に見立てた茶汲女の祗園のお梶(中村雀右衛門)が相手となる。喜撰がお梶に見惚れて、うっかりお茶をこぼしてしまうと……。お梶の手ぬぐいを使った所作には、雀右衛門の愛らしさに、ふと艶がのぞく。もともとは際どいニュアンスを含む歌詞だったというが、大道芸の「ちょぼくれ」が、喜撰なりの求愛のダンスだと想像したら、丁寧でキレのある踊りが、健気にさえ見えてくる。長唄と清元の掛け合いで贅沢に、さらに大勢の所化たちによる住吉踊りも披露される。

昼の部『六歌仙容彩』(左より)小野小町=中村時蔵、大伴黒主=八代目尾上菊五郎

小野小町は、才色兼備で多くの男性を魅了したと伝わる。しかし、ここまでモテモテなのも大変そうだ……と思ったところで、5人目の六歌仙、「黒主」だ。小町は大伴黒主から、盗作疑惑をかけられる。それでも小町は、守ってもらうヒロインではない。自ら解決してみせる姿が、美しくて凛々しくて、痛快だった。荒事の台詞や仕掛けのある見せ場まで、たっぷりの舞踊と、歌舞伎らしい盛り上がりで結ばれた。一演目で5人を踊りわけ、菊五郎だからこその品と格調の高さが一つのまとまりを生んでいた。日常を忘れるひと時となっていた。

三、寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)

尾上左近改め三代目尾上辰之助の、襲名披露狂言だ。辰之助は、曽我五郎を勤める。「曽我物語」で知られる曽我兄弟の弟で、父の仇の工藤祐経に対面する場面が描かれる。

物語の舞台は、工藤祐経の館。工藤に招かれた大名や傾城、家臣たちが列座し、その格式と華やぎは、幕開きと同時に壮観な見せ場となっていた。正面に並ぶ傾城は、大磯の虎を中村雀右衛門、化粧坂少将を坂東新悟、喜瀬川亀鶴を尾上右近が勤めると言う贅沢な配役。

昼の部『寿曽我対面』工藤祐経=七代目尾上菊五郎

七代目尾上菊五郎の工藤祐経は、この後現れる兄弟にもまっすぐ向き合う。最上級の品格と威厳を備えながら、周りを寄せつけない冷たさではなく、むしろ兄弟を大きく受け止める懐の深さを感じさせた。それは客席にまでゆったりと伝わり、「襲名披露演目」というハレの日の緊張感と居心地の良さを後押しするようだった。中村萬壽の舞鶴は、舞い上がる鶴のような力紙が印象的。たおやかで情があり、兄弟を呼び込む振りも艶やかだった。辰之助の五郎にぴったりの小林だと感じた。

昼の部『寿曽我対面』(左より)曽我五郎=尾上左近改め三代目尾上辰之助、曽我十郎=八代目尾上菊五郎

いよいよ兄弟が現れる時、まずふたりの「かしこまってござりまする」の声に拍手が起こった。兄の十郎を勤めるのは、八代目尾上菊五郎。花道の七三で五郎を留めるように入れ替わる、その柔らかな流れが美しい。工藤との対峙では、憂いのあるまなざしが、この演目の様式美だけでなく、兄弟のこれまでの苦節をも想像させる。

そして辰之助の五郎は、端正な凛々しさ。覚悟が漲る大きな黒目は可愛らしくもあった。古典の型と、共演する先輩俳優たちを信じ、思い切りぶつかる五郎で、その熱さ、清々しさに込み上げてくるものがある。そんな舞台で辰之助の父・尾上松緑は、誰よりも目立たず、しかし辰之助の一番近くで後見を勤める。いわゆる“ごちそう”的なポジションを想像していたが、実際は花道でもグッと身体を寄せ顔も伏せ、ここであえてレポートするのを躊躇うほどに、後見に徹していた。

市川團十郎の鬼王新左衛門をはじめ、隅々まで贅沢な配役。最後は劇中の口上も。

昼の部『寿曽我対面』(左より)中村萬壽、市川團十郎、尾上松緑、尾上左近改め三代目尾上辰之助、八代目尾上菊五郎、中村雀右衛門、七代目尾上菊五郎

祝幕の原画。原画は河嶋淳司によるもので、贈呈は神田松鯉。

七代目菊五郎は、辰之助の祖父・初代辰之助とは、「ともによく遊びよく学び、兄弟同然の仲」だったと振り返る。同じ名前の新たな「辰之助」の誕生を喜んでいた。八代目菊五郎は、辰之助の父・松緑と幼い頃より多くの舞台で共演してきたことに触れ、今後も「数多くの舞台をご一緒できるのを楽しみにしております」と述べた。團十郎は、自身の新之助時代に、松緑(当時辰之助)、八代目菊五郎(当時菊之助)と共に修業をした三之助時代をふり返り、「年齢は離れていますが、(團十郎の息子の現)新之助、(八代目菊五郎の息子の現)菊之助ともぜひ」と期待を込め、エールをおくる。雀右衛門、萬壽も襲名を祝い、松緑も列座。観客に一層の後援を呼びかけた。辰之助は「一層芸道に精進し」と覚悟を述べると場内から万雷の拍手が降ぎ、「昼の部」は結ばれた。青い龍が大きく描かれた祝幕が引かれていく様は、まさに、龍が飛び立つような景色だった。
 

取材・文=塚田史香

公演情報

歌舞伎座『團菊祭五月大歌舞伎』
■日程:2026年5月3日(日)~27日(水)[休演]11日(月)、19日(火)
■会場:歌舞伎座

 
昼の部 午前11時~
 
 
曲亭馬琴 原作
一、南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)
芳流閣の場
利根川の場

 
犬飼現八:坂東巳之助
犬塚信乃:尾上右近
犬田小文吾:大谷廣太郎
犬川荘助:中村種之助
犬坂毛野:大谷廣松
犬村大角:市川男寅
犬江親兵衛:中村鷹之資
足利成氏:市川九團次
犬山道節:坂東彦三郎

 
二、六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)

遍照・文屋
業平・小町
喜撰・黒主

僧正遍照:
文屋康秀:
在原業平:
八代目尾上菊五郎
喜撰法師:
大伴黒主:
 
小野小町:中村時蔵
所化:中村萬太郎
同 :市村竹松
同 :中村種之助
同 :市川男寅
同 :中村鷹之資
同 :中村玉太郎
同 :尾上菊市郎
官女/所化:市村橘太郎
同 :澤村精四郎
祇園のお梶:中村雀右衛門
 

三代目尾上辰之助 襲名披露狂言
三、寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)
劇中にて襲名口上申し上げ候
 
曽我五郎:左近改め尾上辰之助
曽我十郎:
八代目尾上菊五郎
鬼王新左衛門:市川團十郎
近江小藤太:中村萬太郎
八幡三郎:坂東巳之助
化粧坂少将:坂東新悟
喜瀬川亀鶴:尾上右近
梶原平次景高:市村橘太郎
梶原平三景時:河原崎権十郎
大磯の虎:中村雀右衛門
小林妹舞鶴:中村萬壽
工藤祐経:
七代目尾上菊五郎

後見:尾上松緑
 
 
夜の部 午後4時30分~
 
 
三代目尾上辰之助 襲名披露狂言
一、鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)
菊畑
劇中にて襲名口上申し上げ候

奴虎蔵実は源牛若丸:左近改め尾上辰之助
皆鶴姫:中村時蔵
笠原湛海:坂東亀蔵
吉岡鬼一法眼:坂東彦三郎
奴智恵内実は吉岡鬼三太:尾上松緑
 
 
二、歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)
河東節十寸見会御連中

花川戸助六:市川團十郎
三浦屋揚巻:
八代目尾上菊五郎
髭の意休:市川男女蔵
三浦屋白玉:中村時蔵
通人里暁:尾上右近
朝顔仙平:中村鷹之資
福山かつぎ:
左近改め尾上辰之助
傾城八重衣:坂東新悟
同 浮橋:中村種之助
同 胡蝶:大谷廣松
同 愛染:中村玉太郎
同 誰ヶ袖:坂東玉朗
男伊達山谷弥吉:澤村宗之助
同 田甫富松:大谷廣太郎
同 竹門虎蔵:市川男寅
同 砂利場石造:市川右近
同 石浜浪七:中村吉之丞
文使い番新白菊:中村歌女之丞
奴奈良平:市川九團次
国侍利金太:片岡市蔵
三浦屋女房:市村家橘
遣手お辰:市村萬次郎
くわんぺら門兵衛:尾上松緑
曽我満江:中村雀右衛門
白酒売新兵衛:中村梅玉
 
口上:市川新之助
後見:市川齊入
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