松緑が「自分らしい辰之助」を送り出す三代目辰之助の『菊畑』、團十郎と八代目菊五郎の『助六』~歌舞伎座『團菊祭五月大歌舞伎』夜の部観劇レポート
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夜の部『鬼一法眼三略巻 菊畑』(左より)奴智恵内実は吉岡鬼三太=尾上松緑、奴虎蔵実は源牛若丸=尾上左近改め三代目尾上辰之助
2026年5月3日(日)に歌舞伎座で『團菊祭五月大歌舞伎』が開幕した。「夜の部」をレポートする。
一、鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)
菊畑
尾上左近改め三代目尾上辰之助の襲名披露演目だ。歌舞伎座はお祝いムードに満ち、辰之助、父・尾上松緑、そして松緑と歩んできた“戦友”が顔を揃える。
幕が開くと、菊が咲き、紅葉が色づく庭が広がった。庭の掃き掃除を終えた奴の智恵内(尾上松緑)が、床几にどっかりと腰をおろし髭を抜いている。その姿と美しい景色に拍手が起きた。智恵内には、もし近所の公園のベンチで髭を抜く人を見かけても、まず感じることのない色気があった。抜け感がありながら隙のない存在感で、張りのある声とかっ達な笑い声は、観客の気分を明るくする。
これは平家が力を持ち、源義経がまだ牛若丸だった頃の物語。牛若丸は虎蔵、家臣の吉岡鬼三太は智恵内と名前を変え、吉岡鬼一法眼の屋敷に奉公人となって潜入している。ふたりの目的は、鬼一法眼の手元にある「虎の巻」だ。鬼一は、かつては源氏、今は平家に仕えている。素性を隠す鬼三太、牛若丸と鬼一のハラの探り合いが始まる…。
鬼一法眼(坂東彦三郎)は、豪奢な衣裳を品良くまとい、美しい菊に目を細めれば、知性と余裕が滲んでいた。ただ、この館でのどかに暮らしているわけではない。智恵内とのやりとりが進むにつれ、兵法家らしい鋭さが垣間見えてくる。
鬼一と智恵内が、竹本の義太夫とともに束ね上げた重量感のある空気に、清新な風を吹き込むのが、奴虎蔵実は源牛若丸(左近改め尾上辰之助)だ。花道からの登場を、客席は熱い拍手で迎えた。拍手を浴びるほどに輝くような、瑞々しい若衆だった。襲名披露に本作を選んだのは、辰之助本人だったという。父、祖父、曾祖父の演じなかった役を、自分のものにしてみせる。そのしなやかさと勇気に、この先の舞台への期待が高まる。
夜の部『鬼一法眼三略巻 菊畑』(左より)奴虎蔵実は源牛若丸=尾上左近改め三代目尾上辰之助、皆鶴姫=中村時蔵
赤い振袖の皆鶴姫(中村時蔵)は、鬼一の娘。まさに歌舞伎のお姫様と呼びたくなる皆鶴姫が、牛若丸を恋い慕えば、辰之助自身の若々しさが、青年・牛若丸の魅力に落とし込まれていく。虎蔵たちの計画を阻もうとするのが、笠原湛海(坂東亀蔵)だ。物々しい拵えの悪役だが、亀蔵が勤めることで古典の世界観はそのままに、清涼感が生まれていた。
劇中には、襲名披露の口上も行われた。左より、亀蔵、時蔵、辰之助、松緑、彦三郎が並び、松緑はまず「戦友の皆さま」の列座に感謝を述べた。彦三郎は「成長著しい」辰之助への変わらぬ後援を願い、亀蔵も本人の努力はもちろん、観客の力添えが欠かせないと呼びかける。時蔵は、女方も勤める役者としての将来に期待を寄せた。松緑は、自身が二代目辰之助を襲名した時(1991年)には、まだ1987年に早世した父、初代辰之助の印象が鮮烈に残っており、それに囚われた苦労があったとふり返る。新辰之助には「自由な、自分らしい辰之助を目指してほしい」と語った。淡々とした語り口ながら、深く響くエール。父の戦友にも見守られ、辰之助の挨拶にも覚悟がこもっていた。
夜の部『鬼一法眼三略巻 菊畑』(左より)笠原湛海=坂東亀蔵、皆鶴姫=中村時蔵、奴虎蔵実は源牛若丸=尾上左近改め三代目尾上辰之助、奴智恵内実は吉岡鬼三太=尾上松緑、吉岡鬼一法眼=坂東彦三郎
なお歌舞伎座2階のロビーには、講談師で人間国宝の神田松鯉より贈られた、祝幕の原画(タイトル「青龍」、作:河嶋淳司)と幅30mを越える幕がおさめられていた、大きな立派な木箱が展示されている。
二、歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)
九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎の功績を顕彰した「團菊祭」。その結びに、成田屋の家の芸である歌舞伎十八番の内『助六由縁江戸桜』を上演。市川團十郎が江戸一番の色男である花川戸助六を勤め、八代目尾上菊五郎が吉原一の傾城揚巻を勤める。河東節の演奏は、十寸見会(ますみかい)御連中。
本作は、曽我兄弟の仇討ちの物語を下敷きにしながら、新吉原を行き交う人々が次々と姿を見せる一幕。人物図鑑のようであり、時には動く錦絵のようであり、祝祭感溢れるパレードのようでもあった。中でも一際存在感をみせるのが、助六と揚巻の絶世の美男美女カップルなのだ。
夜の部『助六由縁江戸桜』口上=市川新之助
幕開きは、市川新之助の口上から。本作の成り立ちが語られると、紫色の鉢巻ひとつにも、江戸っ子たちが愛し、成田屋が受け継いできた歴史を感じる。物語の舞台となるのは、新吉原の大見世、三浦屋の店先だ。5人の傾城(坂東新悟、中村種之助、大谷廣松、中村玉太郎、坂東玉朗)の道中に、5人分以上の拍手が重なって早くも客席は高揚感に包まれた。
そこへ、揚巻の花魁道中がやってくる。花道をいく外八文字の歩みと、お酒の酔いで、前帯びの金糸で彩られた飾りが揺れて煌めき、視線がふわっと客席に向けられると、その嫋やかさに場内が支配されるようだった。しかし揚巻が客席を楽しませるのは、見た目だけではない。髭の意休に、間夫の助六を盗人呼ばわりされれば、コテンパンに言い返す。「間夫がなければ女郎は闇」の一言には、凄みと影が同居していた。苦界に生きる女郎の過酷さと、助六がいかに大事な存在であるかに思いを馳せる。
夜の部『助六由縁江戸桜』三浦屋揚巻=八代目尾上菊五郎
そんな揚巻と並び立つ傾城が、白玉(中村時蔵)だ。古風な顔立ちの時蔵が醸し出す、艶やかな品格は、揚巻とはまた違う美しさを舞台に添える。意休にも揚巻にも、角を立てずに言葉をさしだす人となりからは、淑やかさが感じられた。揚巻、白玉、そして5人の傾城が並ぶと、見惚れているうちに、物語においていかれかねない贅沢さが広がる。
夜の部『助六由縁江戸桜』(左より)花川戸助六=市川團十郎、三浦屋揚巻=八代目尾上菊五郎
タイトルロールの助六は、尺八の音色の後に、いよいよ登場。花道で傘をパッと開き見渡せば、視線の先々で拍手が起こる。脚を大きく広げた見得も、遠くを見上げる横顔も、毎秒が絵になる美しさ。それが途切れることなく、スローモーションで続くようだった。いよいよ本舞台で意休と向き合えば、思った以上にやんちゃなキャラクター。意休や子分たちに対する、振り切った横柄さは、一周してもはや爽快。それでいて兄や母の前では、実直さが現れる。
そんな助六や傾城たちと相対し、髭の意休(市川男女蔵)の存在感も大変なものだ。豊かな白髪と白い髭、渋い声、豪奢な羽織。どれだけ挑発されても、わずかな余裕をもって受け流す。あまりにもケンカ好きばかりの中では、上品な人にさえ思われた。助六の“かぶきもの”っぷりを、いっそう際立てていた。
夜の部『助六由縁江戸桜』花川戸助六=市川團十郎、三浦屋揚巻=八代目尾上菊五郎、髭の意休=市川男女蔵
ただし意休の子分たちは愛嬌たっぷり。その対比も面白い。女郎たちに背中を流させようと思いつき、湯につかって待っていたのに誰もこない!と怒って出てくる、くわんぺら門兵衛(尾上松緑)。さらに、その子分で自称「色奴」の朝顔仙平(中村鷹之資)は、三枚目のおかしみをキッパリと見せて、場を弾ませる。
さらに往来する人々が、吉原の景色に奥行きを生む。出前のうどんを配達する福山のかつぎ(左近改め尾上辰之助)はすっきりした若者ぶりで、花道より駆けてくる勢いも、啖呵も、気持ちが良い。通人里暁(尾上右近)は、サービス精神満点。2時間にわたる長い演目の中で、肩の力を抜いて笑うひと時を作っていた。そして曽我満江(中村雀右衛門)は、武家の女らしい芯と母親らしい情をにじませ、助六たちの別の顔を引き出していた。白酒売新兵衛(中村梅玉)は、上質で丁寧につくられた和菓子のような淡い色彩と柔らかな品性で、この幕一番の可愛らしさを見せる。
夜の部『助六由縁江戸桜』花川戸助六=市川團十郎
これほど多彩な登場人物に囲まれても、観客の目を引くのは助六だ。助六が格好良くなくては、始まらない演目。その意味で、今月の「こんなにも助六な助六をみられるなんて!」とうれしくなる『助六』だった。幕切れには、助六と揚巻が身を寄せて見得をきり、喝采のうちに幕となった。
團菊祭の由来となった明治の團菊は、時代を越えて称えられるほどの存在だ。その舞台は、さぞ素晴らしかったに違いない。けれどもこの日、歌舞伎座の客席でワクワクしたのは、受け継がれる伝統の重みだけではない。新しい辰之助が誕生し、それを見守る層の厚い座組もまた現在進行形で切磋琢磨し、令和の團菊がたしかな力と華で存在感をみせる。
『團菊祭五月大歌舞伎』は、歌舞伎座で5月27日(水)まで。エンターテインメントが飽和する時代において、ここにしかない華やかな非日常を楽しんでほしい。
取材・文=塚田史香
公演情報
■会場:歌舞伎座
一、南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)
芳流閣の場
利根川の場
犬飼現八:坂東巳之助
犬塚信乃:尾上右近
犬田小文吾:大谷廣太郎
犬川荘助:中村種之助
犬坂毛野:大谷廣松
犬村大角:市川男寅
犬江親兵衛:中村鷹之資
足利成氏:市川九團次
犬山道節:坂東彦三郎
二、六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)
遍照・文屋
業平・小町
喜撰・黒主
僧正遍照:
文屋康秀:
在原業平:八代目尾上菊五郎
喜撰法師:
大伴黒主:
小野小町:中村時蔵
所化:中村萬太郎
同 :市村竹松
同 :中村種之助
同 :市川男寅
同 :中村鷹之資
同 :中村玉太郎
同 :尾上菊市郎
官女/所化:市村橘太郎
同 :澤村精四郎
祇園のお梶:中村雀右衛門
三代目尾上辰之助 襲名披露狂言
三、寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)
劇中にて襲名口上申し上げ候
曽我十郎:八代目尾上菊五郎
鬼王新左衛門:市川團十郎
近江小藤太:中村萬太郎
八幡三郎:坂東巳之助
化粧坂少将:坂東新悟
喜瀬川亀鶴:尾上右近
梶原平次景高:市村橘太郎
梶原平三景時:河原崎権十郎
大磯の虎:中村雀右衛門
小林妹舞鶴:中村萬壽
工藤祐経:七代目尾上菊五郎
後見:尾上松緑
一、鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)
菊畑
劇中にて襲名口上申し上げ候
奴虎蔵実は源牛若丸:左近改め尾上辰之助
皆鶴姫:中村時蔵
笠原湛海:坂東亀蔵
吉岡鬼一法眼:坂東彦三郎
奴智恵内実は吉岡鬼三太:尾上松緑
河東節十寸見会御連中
花川戸助六:市川團十郎
三浦屋揚巻:八代目尾上菊五郎
髭の意休:市川男女蔵
三浦屋白玉:中村時蔵
通人里暁:尾上右近
朝顔仙平:中村鷹之資
福山かつぎ:左近改め尾上辰之助
傾城八重衣:坂東新悟
同 浮橋:中村種之助
同 胡蝶:大谷廣松
同 愛染:中村玉太郎
同 誰ヶ袖:坂東玉朗
男伊達山谷弥吉:澤村宗之助
同 田甫富松:大谷廣太郎
同 竹門虎蔵:市川男寅
同 砂利場石造:市川右近
同 石浜浪七:中村吉之丞
文使い番新白菊:中村歌女之丞
奴奈良平:市川九團次
国侍利金太:片岡市蔵
三浦屋女房:市村家橘
遣手お辰:市村萬次郎
くわんぺら門兵衛:尾上松緑
曽我満江:中村雀右衛門
白酒売新兵衛:中村梅玉