90年代英国の並外れたクリエイティビティが京都に上陸――『テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート』が開幕
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コーネリア・パーカー 「コールド・ダーク・マター: 爆発の分解イメージ」1991年 テート美術館 撮影=ハヤシマコ
テート美術館 ー YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート 2026.6.3(WED)~9.6(SUN)京都市京セラ美術館
6月3日(水)より、京都市京セラ美術館 東山キューブにて『テート美術館 ー YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート』が開幕した。同展覧会は1980年代後半〜2000年代初頭にかけて制作された、英国美術に焦点を当てるもの。2月〜5月の東京・国立新美術館での開催を経て、このたび京都へと巡回した。同展では、英国を代表する国立美術館のひとつ・テート美術館のコレクションを中心に、「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」と呼ばれた作家たちと同時代のアーティスト、50名を超える作家による約90作品を通じて、1990年代英国アートの革新的な創作の軌跡を検証する。今回は、開幕前日の6月2日(火)に行われた記者内覧会の模様と、展覧会の構成をレポートする。
YBAは多様な表現と実践が交差する「星座」のような存在
YBAとは、1980年代末から90年代にかけて英国で登場した若手芸術家の呼称。激動のサッチャー政権(1979〜1990年)を経て、緊張感が漂う英国社会の中で、既存の枠組みを壊しながら自由な発想と実験的な試みで作品を生み出し、その後の現代アートに大きな影響を及ぼした。表現方法も絵画、彫刻、写真、映像、インスタレーションと実に多様だ。
名を連ねるのは、フランシス・ベーコンをはじめ、ダミアン・ハースト、ジュリアン・オピー、ルベイナ・ヒミド、トレイシー・エミン、ヴォルフガング・ティルマンスなど、世界のアート史に名を刻むアーティストたち。日本においてこれほど多くのYBAを含む90年代のアーティストの作品が一堂に会し、これほどの深さと規模感で展示する機会は初めてとなる。
内覧会の前には、京都市京セラ美術館の青木淳館長、テート美術館のテッド・マクドナルド=トゥーン国際連携部長が同展の説明を行った。
京都市京セラ美術館の青木淳館長
青木館長は1960年代以降の日本でのイギリス文化の影響の大きさを述べ、「YBAは、ある意味で悪ガキどもの作品。だけど伝統あるテート美術館に収蔵され、展示されている。市場世界の中にありながら、反抗的な姿勢を持つ新しい文化が成立した。そして『YBA & BEYOND』というタイトル通り、YBAだけではなく、関連する時代も一緒に伝えてくれる。我々にとっても身近に感じる、大変興味深い展覧会になっていると思います」と挨拶。
テート美術館のテッド・マクドナルド=トゥーン国際連携部長
テッド・マクドナルド=トゥーン国際連携部長は「主題もメディアもスタイルも多様な作品の中で、彼らを結びつける共通点は‟社会への関わりの感覚”。私たちが生きるこの世界、その難しさ、喜びとの関わりについて触れています」と説明。社会と芸術が地続きであることを口にした。
さらに「YBAと呼ばれるこの世代のアーティストたちは、必ずしもみんながその呼称を気に入っていたわけではありません。YBAはあくまでもひとつの呼び名にすぎず、何か宣言を掲げた集団でも、単一の傾向があるわけでもなく、むしろアーティストとして非常に多様な表現と実践を持った、星座のような集まりを指すもの」と指摘。また、「当時はYBAとしてあまり語られなかったアーティストや、前時代の作家も含めて、より包括的な物語を伝えたい」と同展の狙いを語った。さらに「2000年のミレニアムから26年を経た今は、YBAを振り返るのにふさわしい時期。激動の時代を経て到来した90年代はイギリスのアートを変え、日本を含む世界に大きな影響を与えた。インターネット時代の幕開けに生まれたアートを振り返ると、これらの作品が社会と結んだ関わりが大きな意味を持つことがわかると思います」と、挨拶を締めくくった。
[序章]フランシス・ベーコンからブリットポップへ〜[第1章]ブロークン・イングリッシュ:ニュージェネレーションの登場
『テート美術館 ー YBA&BEYOND 世界を変えた90s英国アート』京都市京セラ美術館、2026年、展示風景
トゥーン国際連携部長が「(東京会場に比べると)京都会場はより親密な雰囲気で、作品の強度をより身近に感じられる展示空間になった」と話す同展は、6つのテーマと各章をつなぐ3つの重要な作品「スポットライト」から構成される。
日本庭園を望むガラス張りの回廊を歩いて展示室に足を踏み入れると、最初に迎えてくれるのは、20世紀美術史の巨匠・フランシス・ベーコンの『1944年のトリプテイク(三幅対)の第2ヴァージョン』(1988年)だ。ベーコン自身はYBAのアーティストにあたらないが、同展ではYBAアーティストに深くインスピレーションを与えた作家として取り上げられている。
巨大で真っ赤な3連の絵には、謎めいた生き物が大きく口を開け、歯を剥き出しにして苦悶する様子が描かれている。1944年に『ある磔刑の基部にいる人物像のための三部作』(テート美術館蔵)で戦争の恐怖を描いたベーコンが44年後に同じ主題に向き合い、当時の社会の変化と混迷を抱えた時代の空気を象徴的に表現した。
不穏な空気感を感じながら「第1章 ブロークン・イングリッシュ:ニュージェネレーションの登場」へ目をやると、次に出会うのはダミアン・ハーストの作品だ。ベーコンに多大な影響を受けたハーストは、1988年にロンドン東部の廃倉庫で、ゴールドスミス・カレッジの在学生や卒業生の作品を発表する『フリーズ(Freeze)』展を自主開催した。伝統的なアートギャラリーを介さず、全く新しい視点で作品を発表した彼らは、若き起業家精神でもって、発表の機会を積極的に開拓。この自由な活動がYBAの起点となり、アート界にも衝撃を与え、90年代英国アートシーンを世界的な注目へと導いた。
当時のイギリス国内は、サッチャー政権による新自由主義政策の余波が残り、国民たちは格差拡大や高い失業率に苦しんでいた。第1章では、イギリスのアイデンティティーが揺らぐ社会情勢の中で、アーティストがマスメディアや大衆文化に発想を得ながら、「英国らしさ」を鋭い視点で批評した作品が展示されている。
ダミアン・ハースト 「後天的な回避不能」 1991年 テート美術館
ハーストの『後天的な回避不能』は、オフィスの一室を模した空間に無機質な机と椅子が置かれている。机の上にはタバコとライター、吸い殻の入った灰皿。抜け出せないサイクルに囚われた人間の存在の儚さを問いかける。
他の展示作品もひとつひとつにメッセージ性があり、鑑賞者は早速YBAの創造的で実験的な表現の数々を目の当たりにするだろう。
[第2章]おおぐま座:都市のイメージをつなぐ
90年代初頭には、英国の伝統的な製造業が衰退。経済不況ゆえ、都市の至るところで未完成のビルや空き店舗、廃墟と化した建設現場が目立つように。そんな打ち捨てられた物や空間は、若きアーティストたちの創造の場になっていった。
サイモン・パターソンの『おおぐま座』は、ロンドンの地下鉄の公式路線図の駅名をパターソン自身がスターだと考える哲学者や俳優、政治家など著名人の名前に置き換えることで、信頼できる情報源への人間の思い込みをユーモアを交えながら問いを投げかける作品である。
サイモン・パターソン「おおぐま座」1992年 テート美術館
キース・コヴェントリーの『バージェス・パーク SE5、1983年植樹、1988年に伐採』は、植樹からわずか5年で伐採された都市空間の木とそれを支える杭を鋳造した作品。失われた日常風景の記録でありながら、かつての牧歌的風景を称える記念碑になっている。
(手前)キース・コヴェントリー「バージェス・パーク SE5、1983年植樹、1988年に伐採」1994年 テート美術館
本章は写真や映像作品が多く、当時の英国のメランコリーな街並みや孤独感を想像することができる。
[第3章]あの瞬間(とき)を共有する:音楽、サブカルチャー、ファッション
ジュリアン・オピー「ゲイリー、ポップスター」1988-99年 テート美術館
90年代の英国は、美術、音楽、広告、ファッションが融合したポップカルチャーが隆盛。「第3章 あの瞬間(とき)を共有する:音楽、サブカルチャー、ファッション」では、ロックバンド・ブラーのCDジャケットでもお馴染みのジュリアン・オピーの『ゲイリー、ポップスター』、音楽産業で大量消費され捨てられたものを作品へと変容させたジム・ランビーの『スカは死んでいない』、一見関係のなさそうな音楽を手がかりに英国の歴史の解釈を結びつけたジェレミー・デラーの『世界の歴史』、日常生活や友人たちとの思い出、クラブシーンの輝きを写真で切り取ったヴォルフガング・ティルマンスの作品群などが並ぶ。
ジェレミー・デラー 「世界の歴史」 1997-2004年 テート美術館
そして、3章と4章をつなぐ「スポットライト」には、トレイシー・エミンの自伝的ビデオ作品『なぜ私はダンサーにならなかったのか』を展示。ビデオの前半では自身が生まれ育ったリゾート地・マーゲイトで10代の頃に受けた性差別体験の苦しみを語り、後半では一転、シルヴェスターのヒット曲「You Make Me Feel(Mighty Real)」(1978年)に合わせて踊る自身の姿を映し出し、苦い過去からの解放と勝利を鮮やかに表現する。作品はフェミニズムの課題とリンクし、多くの女性の共感を呼ぶ。
[第4章]現代医学
コーネリア・パーカー 「コールド・ダーク・マター: 爆発の分解イメージ」1991年 テート美術館
HIV/エイズの感染拡大と死者の増加が社会問題となる中、アーティストたちは医療や科学、倫理的なジレンマに向き合い、解剖学、病気、メンタルヘルス、身体を主題にした。本章では、デレク・ジャーマン『運動失調―エイズは楽しい』、ヘレン・チャドウィック『エロティシズム』など、想像を超えたインパクトの強い立体作品が並ぶ。
ヘレン・チャドウィック「エロティシズム」1990年 テート美術館
続く「スポットライト」、コーネリア・パーカーの『コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ』は、マクドナルド=トゥーン国際連携部長も見どころのひとつとして挙げるインスタレーション作品。英国軍に依頼して爆破させた物置小屋の残骸をひとつずつ拾い上げ、密閉空間で上から吊るして中央から強い光を当てることで、爆発の瞬間を切り取ったかのような表現を再構築している。強いコントラストで壁や床に浮かび上がる影や物体の欠片、エネルギーには誰もが圧倒されるだろう。
[第5章]家という個人的空間〜[第6章]なんでもないものから何かが生まれる:身近にあるもの
エリザベス・ライト「B.S.A.社製のレーサータイプ自転車「ツアー・オブ・ブリテン」135%のサイズに拡大したもの」1996-97年 テート美術館
アーティストの眼差しは、家族や家庭、日用品など、身の回りにあるものにも向けられた。時代によって変容する政治、生活様式、社会的役割に抗いつつ、家庭の混沌やジェンダー観を作品に投影したのだ。
マーティン・クリード「《作品No.74(70)》と名付けられた彫刻」1992年 テート美術館刻
電流の流れるキッチン用品、綺麗な円形に丸められたA4用紙、実物よりも135%拡大した自転車など、日常生活で目にする「なんでもないもの」を素材に取り入れることで、人々の価値観や認識を揺さぶる。なかでも印象的だったのが、シール・フロイヤーの『モノクロームのレシート(白)』になぞらえて、京都市京セラ美術館の最寄りのコンビニで購入した「白い」商品のレシートも紹介されており、ユーモラスな展示となっていた。
シール・フロイヤー「モノクロームのレシート(白)」1999年 テート美術館
最後の「スポットライト」であるマーク・ウォリンジャーの『王国への入り口』は、ロンドン・シティ空港の到着ゲートから出てくる人々をスローモーションで捉え、荘厳なBGMを当てたもの。作者の意図としては、空港を国境に接する地帯、かつ現実世界の王国(英国)への入り口として捉え、その場所の持つ政治的または象徴的な意味を浮き彫りにしているとのことだが、スローな動きとBGMにより、ごく普通の風景の中に物語性と芸術性を感じ、印象に残った作品だった。
また、関連プログラムとして、本展の協賛パートナーである英国初のラグジュアリーブランド・バーバリーと、日本を拠点とする若手アーティストを紹介する新たなコミッションプログラム『YJA(Young Japan-based Artists)』を発表。YBAが体現した革新性と挑戦的精神を現代的な視点から再解釈するもので、東山キューブのエントランスでは、京都生まれ上海育ちの顧剣亨と、東京を拠点に活動する䑓原蓉子の作品を展示中。ぜひそちらのチェックもお忘れなく。
京都会場限定グッズや音声ガイドにも注目
ミュージアムショップでは、同展オリジナルグッズを多数販売。図録やバスタオル、ステッカー、アクリルキーホルダーをはじめ、イギリスを代表するスポーツブランド・UMBROとコラボしたアパレルグッズなど、デザイン性の高いアイテムがずらりラインナップ。
なかでも注目したいのが、京都会場限定のコラボレーション商品だ。PAPABUBBLEとの「脳みそマシュマロ」(1,000円)や、聖護院八ッ橋総本店との「聖 ニッキ抹茶」(1,000円)を販売。八ッ橋にはオピーの作品の和紙ステッカー全3種のうち、1枚がランダムに封入されている。
同展のアンバサダーをつとめる細野晴臣と齋藤飛鳥による音声ガイドも必聴。ガイドでは、細野晴臣の未発表曲「Anemo Wheel」をいち早く聴くことができる。
全体的に実験的な空気が充満していた同展。難しいことを感じなくても、ただ見るだけで何かが自然と湧き上がってくる。そして、社会と生活、日常とアートがリンクしていることを実感できるだろう。昨年オアシスが再結成を果たしたり、今年は90年代の英国ユースカルチャーを描いた映画『トレインスポッティング』が公開30周年を記念して日本でリバイバル上映されたりと、まさにYBAを振り返る良い機会。次、日本にこれだけのYBAアーティストの作品がまとまってやってくるのはいつかわからない。貴重なチャンスを逃さないようにしよう。
取材・文=久保田瑛理 撮影=ハヤシマコ
イベント情報
会期:2026年6月3日(水)〜9月6日(日)
開場時間:10:00〜18:00(入場は閉場30分前まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)
会場:京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ
入場料金(税込):一般2,300円、大学生1,500円、高校生900円
※中学生以下入場無料(未就学児は要保護者同伴)
※団体料金は20名以上
※専門学生は大学生料金で入場可能
※学生料金でご入場の方は学生証のご提示をお願いいたします。(小学生を除く)
※障害者手帳等をご提示の方は本人及び介護者1名無料(障害者手帳等確認できるものをご持参ください)
主催:テート美術館、ソニー・ミュージックエンタテインメント、ABCテレビ、キョードーエンタテインメント、京都新聞、FM802/FM COCOLO、京都市
協賛:バーバリー
協力:日本航空、ヤマト運輸
後援:ブリティッシュ・カウンシル
公式ホームページ:https://www.ybabeyond.jp/
お問い合わせ(京都会場のみ):京都市京セラ美術館 075-771-4334
X:@ybabeyond
Instagram:@ybabeyond
Facebook:@ybabeyon