ホフディラン デビュー30周年、紆余曲折の歩みと記念ライブ『30ディラン』目前のバンドの近況を語る

インタビュー
音楽
2026.7.6
ホフディラン 撮影=山川哲矢

ホフディラン 撮影=山川哲矢

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2026年7月12日日曜日、渋谷区文化総合センター大和田さくらホールにて、ホフディランがデビュー30周年ライブ『30ディラン』を行う。1996年デビュー、2002年11月に活動休止するが、2006年9月には再開、そこからすでに20年。その記念すべきライブのビジョンと、この30年間の紆余曲折について、ワタナベイビーと小宮山雄飛に訊いた。デビューも休止も再始動もリアルタイムで知っていて、そういう節目でインタビューもしていて、今でもちょいちょいホフディランのライブを観ていて、一応現役でフリーの音楽ライターをしている。という私のような存在が、思えばほとんどいなくなったので(30年というのはそういう年月です)、ご依頼くださったのだと思います。ではどうぞ。

──この30周年ライブをやろうというのは、だいぶ前から決めていたんですか?

小宮山雄飛:1年以上前ですね、めずらしく。だいたい僕ら、いつもライブ企画を決めるのギリギリなんですけど、今回は会場の抽選があったので。

ワタナベイビー:毎年7月3日にやっていたので、いい感じの会場を探していて。それで今年は12日になったんですけど。

──ご存じない方もいるかもしれないので、7月3日がなんの日なのかを──。

ベイビー:7月3日がデビュー記念日なんですよね。「スマイル」がリリースされた日。

雄飛:もっと前から活動はしていたんですけど、一応、この業界では、メジャーデビューした日がデビューの日、という習わしで。

──どんなライブにしようと考えているか、言える範囲でお願いできますか。

雄飛:開演前にVTRを流したりとか、考えてるんで。お客さんには早く来てほしいですね。

ベイビー:ライブが始まる前から、楽しい空間だよ、という。

雄飛:で、中身は……僕ら、どっちかというと、普段、何かコンセプトがあるような、変わったライブが多いので。30周年はそうじゃなくて、直球で、バックはコーラスの真城(めぐみ)さんとBEST3(Dr:田中ゲンショウ、Ba:キタダマキ、Gt:堀内順也)で。それで、とにかくちゃんと曲をやる、という……サニーデイ(・サービス)から学んだこととして──。

ベイビー:じゃあ、あと2時間やんなきゃいけない(※サニーデイの最近のワンマン・ツアーは平均約4時間)。

雄飛:だから、特別ゲストを迎えてにぎやかに、とかっていうよりもがっつりちゃんとバンドで演奏しよう、っていう方向ですね。……20周年の時は、真心(ブラザーズ)とか出てもらったし、あと──。

ベイビー:そうそう、20周年の時は、対バンが真心とサニーデイ、スペシャルゲストがチャボさん(仲井戸麗市)。(※2017年7月2日、渋谷O-EAST『20周年最後の晩餐』)

──みんなが聴きたい曲を全部やる的な?

雄飛:いや、聴きたくない曲をやろうと思って(笑)。みんなが聴きたい曲は、いつもやってるんで、どちらかというと、いつも聴けなかったような、30年応援してくれた人が喜んでくれるような……それこそライブで初めてやる曲とかを、何曲か入れようかなと。だから、我々的には挑戦というか、リハがけっこう大変なんじゃないかな、っていう。

ベイビー:どっちがいいと思います? 30周年だから、王道の方がいいですかね?

──僕個人の意見ですけど、両方。で、尺を長くやるのがいい気がします。

雄飛:あ、尺は長く想定してますね。演出よりも、曲をちゃんとやろう、という──。

ベイビー:普通に、ライブをやるぞ。

雄飛:それいらなかったね、いい感じだったのに(笑)。

ワタナベイビー

ワタナベイビー

──で、途中で休止はありましたが、30周年ということで。何年休んだんでしたっけ?

ベイビー:3年半ぐらいですね。10年ぐらい空いているような気がしてたんですが、年表を見て「え、これだけ?」と。2002年の11月から、2006年の9月までだから。

■ちょいちょい美化されてるんですけど、言葉の端々が(笑)。(雄飛)

──その活動休止以外にも、いくつかターニングポイントがあったと思うんですけども。

ベイビー:いちばん最初のターニングポイントは、ふたりとも曲を書いて、ふたりとも歌って、ふたりともフロントマンでやろう、って、誘った時なんですよ。

雄飛:それ、ターニングポイントじゃないよ。始まりだよ。

ベイビー:いや、でも、なんとなく活動が始まって、当時ホフディランはけっこう話題になっていたんだけど、そのままで行かずに、そこで大幅にチェンジ、大きく覚悟をして。「きみも曲を作って、交互に歌いたい」って、雄飛を誘ったんですよ。あれがなかったら、僕、30年プロでやってこれていないと思うんで。自分だけだったら、2~3曲はもてはやされたかもしれないけど、10年とか20年とか30年は、無理でしたから。ふたりとも曲を書くシステムにしたっていうのは、僕にとっては、人生のターニングポイントぐらい大きいこと。

──もともとはワタナベイビーのデモテープがあって、その曲をライブでやるために、集まった人たちだったんですよね。

雄飛:そうです。そのデモが仲間の身内で出回っていて、僕はうちの従兄弟からもらったのかな。

──それをライブでやる時に雄飛くんも呼ばれた、っていうのが最初?

ベイビー:そうですね。

雄飛:いや、呼んですらいない。さっきから、ちょいちょい美化されてるんですけど、言葉の端々が(笑)。「こいつをライブに出そう」ってなった時に、まとめ役の人がいろいろ声をかけて。僕とか、従兄弟とか、かせきさいだぁとか。ワタナベくんは何も言ってない。

ベイビー:最初のリハーサル、誰が来るのかわからなかった。

雄飛:それで、かせきさいだぁとか、PVディレクターのよっちん(タケイグッドマン)とかもメンバーにいて、あと606っていうドラムマシン。極めて変わった編成でした。

■僕のビジネスの才覚をね、感じましたね。小宮山雄飛というソングライターを、芽生えさせて。投資家だった。(ベイビー)

──音楽をやっている人が、雄飛くんだけだったんですね。

雄飛:でも、僕は僕でバンドをやってたんで、サポートの気持ちだったんですけど。

ベイビー:それで出たソウルセット(TOKYO No.1 SOUL SET)の渋谷クアトロが、初ライブですからね。

雄飛:だから6人組だったんですけど、僕はユウヒーズもやっていたし……結果、ユウヒーズの方が先にCDが出たんですけど、ホフもデビューが決まって。メジャーデビューともなると、やっぱりちゃんと音楽をやっていこうっていう人じゃないと、続かないんじゃないか、ということで。選抜のふたり、みたいな感じで、このホフディランになったんですね。他のメンバーはみんな、それぞれ仕事があったり、ユウヒーズの順也はまだ学生だったりしたんで。

ベイビー:で、ふたりになる時に、「ダブル・フロントマンでいきたい」と。

雄飛:まあそれも美化されてますけど。そう言われたことはないんですけど。

ベイビー:僕のビジネスの才覚をね、感じましたね。あそこでこういう投資をして──。

小宮山:なんのたとえなの? 

ベイビー:小宮山雄飛というソングライターを、芽生えさせて。投資家だった。

雄飛:投資はされてないけど。いちばん投資しない人だから、ワタナベくん。

小宮山雄飛

小宮山雄飛

──で、次のターニングポイントは、やっぱり活動休止ですよね。僕は当時、おふたりバラバラにインタビューをしたんですが。

ベイビー:はい。そのインタビューでも、雄飛が「これは休止という活動だ」っていう言い方をしていたと思うんですけど。僕は当時はね、まだ子供だったから、「なんかうまいこと言ってんねえ」ぐらいの感じでいたんですけど、振り返ると、本当に「休止という活動」をした、という意味だったなと。要するに僕ら、結成してすぐメジャーデビュー決まっちゃって、自分で言うのもおこがましいですけど、わりとすぐ売れちゃったというか。ギターの弦を張ったり、チューニングしたり、そういうことすら全部人がやってくれるような世界に、最初からいたので。で、休止活動の時に、ひとりで旅先に乗り込んで、チューニングしたり。そういう、下積みより前の基礎みたいなのを学んだんですよ。ひとりで毎日ステージがあるとか。『SET YOU FREE』(というイベントツアー)なんですけど。あの休止活動は、今、活きているなと思います。

──休止した時、ワタナベくんはしょんぼりしていて、雄飛くんがやる気に満ちあふれていた記憶があるんですけども。雄飛くんが休止を決めたんですよね。

雄飛:休止したのは……まあ、ワタナベくんが、なかなか大変な時期だったんで、一回休ませた方がいいかな、と。ただ……その時は、僕は、とにかく新しいことをやろうという気持ちが強すぎたのかな、っていう気もしますね。30年間やってみると、もっとうまい具合に長くできるやり方があったかもしれない、と思う。僕は常に、アルバムを出すとしたら、前のアルバムと同じことは絶対やりたくないタイプなんで。そういう感じでやっていたし、だからその時は一回休んだ方がいいと思ったんですけど。でも、今思えば、同じことを30年間続けられるようになったら、休止もなく、やっていけたかもしれないと。要するに、ものすごい音楽性が変わるとかではなくて、同じバンドで同じことをしっかり続けられる、みたいなのだったら……もっと続けられたか、逆に続かないか。どっちがよかったのかはわかんないけど、僕はそれが苦手で、できなかったんですよね。

■ふたりきりで長時間しゃべらざるを得ない環境に置かれて。2~3時間しゃべっているうちに、「じゃあやるか」みたいな話になって。(ベイビー)

──でも、再始動も雄飛くんが言い出したんでしたっけ?

ベイビー:いや、自然の流れっていうかね。僕が映画に出演した時に、セットの中で──。

──あ、信藤三雄さんが監督した『男はソレを我慢できない』(2006年)。観ましたよ。

ベイビー:そう。その映画、雄飛もゲストで出ていて。同じ撮影空間で、長時間、密室で待たされるっていう。

雄飛:密室じゃない。だから、ちょいちょいさっきから話を神秘化してる。セットの中でもなかったし、むしろセットの外だったし。撮影場所は、新木場スタジオコーストだったんですけどね。3時間ぐらい待たされて。

ベイビー:あれ、信藤さんが仕組んだんじゃないかと思えるぐらい、ふたりきりで長時間しゃべらざるを得ない環境に置かれて。僕が思うには、最初から、6年やそこらで終わるふたりではなかったから、あたりまえのことなんだけど、2~3時間しゃべっているうちに、「じゃあやるか」みたいな話になって。

雄飛:信藤さん、我々のCDジャケットとか、いろいろやってくれていたんで。最初は「どう、最近」みたいな感じだったんだけど……撮影に来た段階では全然考えてなかったんですけど、3時間ぐらい置き去りにされて、話すこともなくなって、「じゃあやろうか」と(笑)。たぶん信藤さんが、ふたりを会わせたら、活動再開しないまでも、何か起こるんじゃないか、っていうので、仕組んだんじゃないか、っていう気はします。

■「ワタナベイビー、調子いいぞ」って言われてたけど、僕は勘違いしてて。MCとかの煽りのスキルはものすごい上がって、度胸がついていた。(雄飛)

──少なくとも雄飛くんは「もうやりたくねえ」という感じではなかったんですね。

雄飛:はい。それに当時、『SET YOU FREE』でワタナベイビーが調子いいらしいぞ、っていう噂をきいていて。休止活動の前は、それこそMCとかできなかったのが、『SET YOU FREE』では、ひとりで「どうも、ワタナベイビーです!」みたいな。

ベイビー:お客さんを煽ったりね。対バンのパンクバンドたちから学んで。

雄飛:そういう意味で「ワタナベイビー、調子いいぞ」って言われてたんだけど、僕はね、勘違いしてて。調子が良くて人気があるんだ、と思ってたんですよ。で、これはいいんじゃないかと思って再始動してみたら、調子は確かによかったんですけど、よくよくきいたら、地方に行った時、お客が5人だったとか。

ベイビー:調子はよかったけど、売れてたわけじゃない(笑)。

雄飛:ただ、MCとかの煽りのスキルだけは、ものすごい上がってて。要するに度胸がついていた、鍛えられていた、という。

──それが2006年だから、そこからもう20年ですけど。それ以降は、転機はない?

ベイビー:転機は、コロナ。あの時はみんな転機だったんだろうけど、うちはコロナがよく作用したというか。あの時、めずらしく事前に全部ソールドアウトしてたツアーがあったんですよ。『新曲披露会』っていう企画の。

雄飛:ああ、そうだ。

ベイビー:それで「新曲を作るために集まんなきゃな」なんて言ってたら、コロナで全部中止になっちゃった。で、「めずらしく売り切れてるぞ」みたいな、いい空気だったから、この空気を逃すまい、と思って。ふたりでその中止になったライブのリハーサルを始めたんですよ。それでね、毎週会うようになったんです。ライブはないんだけど、毎週、マネージャーも含め3人で会って、やるあてもないリハをやってるうちに、演奏の息も合ってくるし、毎週会うから、ミーティングも円滑に進んでね。それまでも当然、ふたりだから距離は極めて近いんだけど、それがさらにグッと近づいて。「この後の何十年か、大丈夫だ」っていうぐらい、固まったんですよね。

──(雄飛に)この話は美化されてない?

雄飛:これはされてませんね、めずらしく。ほんとに、みんながライブ活動をできない時に、逆に「じゃあ週1で会おう」って。リハーサルだけをずっと1年間ぐらいやっていて。リハもやらない場合でも、とりあえず週1では集まろう、って。それはよかったです。

ベイビー:コロナの時、他のバンドは、何もやることがなくなっちゃって、腐っている人もいる、みたいな時期だったじゃないですか。そういう時に、ちょうど「スマイル」のカバーの話が来たりして(※オロナミンCのCMで森七菜が歌う「スマイル」が、ホフディランのプロデュースで配信リリースされた)。

──そうだ、あれ、コロナ禍になってすぐの頃でしたよね。

ベイビー:もちろん僕らもライブはやれてないんだけど、ホフディランって名前がひとり歩きして。ちょっと得をした。

雄飛:(笑)「得をした」って。

ベイビー:まあ森七菜ちゃんのヒット曲なんだけど、「実はホフディランの曲だ」とか書きたいライターさんとか、けっこういて。コロナ期間、みんなと同じように活動が止まってんのに、大御所感が出て。

雄飛:出たかなあ?

■自分たちで言うのはなんですが、なんとなく百戦練磨感が出てきて。決してすごいパフォーマンスをしてるわけではないですけど。やっぱり、ワタベイビーがやっと「できる」ことを認め始めたっていう。(雄飛)

──(笑)。では、そんな時期を経て、現在はどんな感じなんでしょうか?

雄飛:今は、調子いいんじゃないですか?

ベイビー:うん。その頃からひき続き、ずっとよくて、たぶん今後もいいんじゃないかな。

雄飛:今は、ふたりでツアーとかやり始めたのと、プラス、オータコージくんと田中貴くんとの4人でのライブ、ホフディランカルテットっていうのを経たり、ソウルセットとツアーを回ったり。あと、今年で言うと、昨日、上野公園で『下町ハイボールフェス』っていう、上野公園で入場無料で、どこからどう野次が来るかもわかんない世にも恐ろしいフェスに出たりとか、大阪で日本酒フェスに出たり、横浜でお客の半分以上が外国人のビール祭りに出たり。自分たちで言うのはなんですが、なんとなく百戦練磨感が出てきて。決してすごいパフォーマンスをしてるわけではないですけど、本当にどこに行っても、ふたりであろうと、バンドであろうと、客が外国人だろうと、酔っぱらったおっさんだろうと、っていう、場馴れ感がすごくて。今はほんとにいいと思いますね。あの、やっぱり、ワタベイビーがやっと、「できる」ことを認め始めた、っていうか。

──どういうことですか?

雄飛:ずっと「できない」っていうキャラクターでやって来たわけですよ。我々にも「大阪のライブ会場の場所、わかんないから迎えに来てくれ」みたいな、そういう感じだったんですけど。最近ひとりでもいろんなところに行くことにより、できなかったらもう終わりじゃないですか。やるしかないから、やれるんですよ。やっと「できる」っていうことを認め始めて。

ベイビー:(笑)。認めてはいないですけど。

雄飛:「実は僕、できるんだけどできないふりしてた」っていうのを認めたんですよ。だから、……特にライブに関しては、強いと思います。

ベイビー:一昨日も、とんでもないところでライブやったしね。

雄飛:一昨日は、全国の鉄鋼業界の組合員が沢山集まるパーティーで演奏するっていう。9割はホフディランのことを知らないわけですよ。でも、僕はほんと尊敬しましたけど、そういうところでもちゃんとできるんですよ、今のワタナベイビーは。ここ1~2年で、どうしてもちゃんとやんなくちゃいけない、っていう場を踏んできたんで。それで「できる」っていうことが証明されて、ここから「できない」っていう言い訳は使えなくなったんで。だから……これはちゃんとした話ですけど、最初は、ワタナベくんの自分事として始まったわけじゃないですか、ホフディランって。自分事だからがんばる、っていう中で、だんだんその、ワタナベイビーというスターが出来上がってきて、そうするとスター生活に溺れる日々が来まして。で、いろいろ経験して来た末にわかったのが、やっぱりワタナベイビーが自分事として考えた時に、がんばるわけですよ。だから、ワタナベイビーが今回、30周年を、相当自分事として考えてるんで。そうやって……あたりまえの話なんですけど、ワタナベイビーが「自分事としてやれんじゃん」っていうところに行けば……要は、25年間ぐらいは、「いや、俺はスターだし、やらないから」っていうスタンスでやってきたから。

ベイビー:(笑)。言ってないです!

雄飛:「スターの僕ちゃんのことをみんなかまってね、僕はできなくてもいいんだから」っていうのが、ついにかまわれなくなって、「自分からやんなきゃ」になった。たとえば日本酒フェスは、かまわれに行かないと、お客は飲んでるだけなんで。我々が自分事として「お願いします!」って行かないと。ファンだけが集まっていて、出て行けばキャーッてなる場とは違うんで。そういう場を一緒に踏んだことで、ホフディランを我々が真剣にやらないと無理だな、っていうことを、遅まきながら、この5年ぐらいで、学んだというか。だから今回も、自分事として、両者も含めて、スタッフも含めて、これが盛り上がんなかったら、もう35年はないぞ、っていう感じでやってるんで。そういう意味で、うまくいっている気がします。


取材・文=兵庫慎司 撮影=山川哲矢

ライブ情報

30ディラン
日程:2026年7月12日(日)
会場:渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール
時間:OPEN 16:00 / START 17:00

前売り: ¥4,900(着席・税込・全席指定)

■特設サイト:https://hoff.jp/e/30th/
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