BRAHMAN、熊本県八代市へ――取り壊し迫るライブハウス、最後の夜の『幡ヶ谷再生大学 八代キャンパス』

ニュース
音楽
17:00
 撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

画像を全て表示(18件)

BRAHMAN『幡ヶ谷再生大学 八代キャンパス』2026.9.11(FRI)熊本・八代 RESTAURANT BAR Z

ライブ後半、みちみちのフロアで誰かが叫ぶ。「あちーよ!」。

すかさずTOSHI-LOWが返す。「うるせぇ。熱いに決まってんだろ、ライブハウスだ。俺たちは熱いライブやりに来てんだよ!」。

最高だ。再びの大地震に見舞われた熊本県、被害が甚大だった八代市。地震の影響で取り壊しが決まっているライブハウスが、最終日、狂ったように熱されていた。サウナにいるような汗が噴き出るが、何ひとつ不快ではない。ひとり静かにととのう感じではなく、ダンゴ状態のフロアが爆発的に元気になっていく。終演後には笑顔で肩を組む地元民が多数。いいおっさん二人がナチュラルにハグをして、すぐさま体を離し「……びっちゃびちゃやないか!」と互いに爆笑していた光景が、なんだか忘れられないものとして残っている。

いかにしてこの夜は生まれたのか。まずは幡ヶ谷再生大学の歴史を簡単に振り返っていこう。

ランニングや格闘技など、仲間たちと作ったサークルとして始まった「幡ヶ谷再生大学」が、復興支援の動きを見せるのは2011年3月の東日本大震災以降である。のちにNPO法人化していくが、BRAHMANがまず始めたのは、支援物資を集め、届ける、そしてキャンセルが相次ぐ被災地のライブハウスで音楽を鳴らすという、いかにもバンドマンらしい発想だった。同年3月27日には水戸で『幡ヶ谷再生大学 茨城キャンパス』が、続く4月には『岩手キャンパス』『宮城キャンパス』と銘打ったライブが行われる。架空の名前だった大学に、初めて実践の場所が生まれた瞬間だ。

10年前の熊本地震の時にも『幡ヶ谷再生大学 熊本キャンパス』は行われた。会場は熊本市にあるNAVARO。熊本で人を集めるならば最も人口の多い県庁所在地へ。当然の発想だ。「今回の地震がなければ、俺は八代をヤシロと読んだまま、ただ通過するだけだっただろう」とはライブ中のTOSHI-LOWの弁。

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

しかし、熊本市から1時間ほど南下したこの街にもライブハウスは存在するのだ。オーナーは谷口昇。現在77歳。ライブスペース兼DJバー、飲み屋、スナックと、形態をいくつか変えつつ、生演奏できるステージがある場所をずっと地元に提供してきた。上田正樹や日野皓正が贔屓にしているそうだが、プロアマ問わず、地元の音楽ラバーはここに集まり、谷口氏のもとで親交を深めるのが常だった。食事もできるレストランバーができたのは2013年のことで、「これが最後。最後に自分のやりたいことをやる」との意味を込めて店名はZに決まった。その心意気を受け、東京でダンサーをやっていた息子・慎一も八代に帰郷。そろそろ高齢になってきた父と一緒に店を切り盛りしていく。

ここにスタッフとして関わり出した若者がいる。蓑田真史。地元は八代より南の水俣で、熊本よりも鹿児島のほうが近いため、鹿児島に根を下ろすWALK INN STUDIO!主催のフェスに出演したり、イベントを手伝うことが多かった。八代の女性との結婚をきっかけに居を移し、以降はレストランバーZでPA仕事を手伝うようになる。すっかり地元の音楽好きたちに溶け込んだ頃、八代全体が大きく揺れたのが7月28日だった。

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

それぞれの自宅は激しく被災したが、レストランバーZの損傷も大きかった。エレベーターは動かず、水道管の破裂によりトイレが使えない。ビルの管理会社から「修復不可能、建物の解体決定」が告げられるのは8月上旬のことだ。谷口店長の心はぽっきりと折れた。トシもトシだから次はないと考えるしかない。ただ、閉店を発表した日から、彼のスマホは「もう1回やってくれ」のメールで埋め尽くされることになる。その数、1日200〜300件。プロアマ問わず、演者か観客かを問わず、地元民たちが一斉に「続けてくれ!」の声を上げたのだ。

「音楽の鳴る場所を止めたくない。これが私の仕事」と谷口昇は痛感した。「やらんといかん」。親子で語り合う。次は隣のビルの3階、スナックだった空きスペースを借り、店名は新たにZEROとする。これが最後と思っていたZが、文字通りゼロからの再スタートになったのだ。「みんなの声に支えられて、ほんと突き動かされた感じですね」と息子の谷口慎一が笑う。Z閉店発表から2週間、驚くべきスピードでZEROの再開が発表されている。

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

これらの動きを間近で見ていたスタッフ蓑田真史が、WALK INN STUDIO!の15周年記念イベントの手伝いに行ったのは8月27日のこと。出演バンドのひとつはBRAHMAN。WALK INN STUDIO!オーナーの紹介を通じ、八代ライブハウスの状況がバンド側に伝えられる。「そのハコで最後にライブできないか?」とTOSHI-LOWが言い出すのは自然な流れだった。もちろん修復不可能と判断されたビルだ、下手に人を集めて崩壊騒ぎになってはシャレにならない。イベントの翌日、BRAHMANチームは八代へと下見に行き、谷口店長たちと話をつけ、「ここでやれる」と判断。たった2日で決まった『幡ヶ谷再生大学・八代キャンパス』であった。解体が決定してから電気も止まる予定だったが、この日、9月11日までは通電してもらえることも、店長たちの尽力により決定した。

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

「不安はなかったです。バンドが全部受け止めてくれたし、BRAHMANに経験があるから全部託せた。寄り添ってもらってることを実感してます」とスタッフ蓑田。もうすぐ19時。開演だ。長らくZを活動の場としてきたDJ DEMONが大音量でパンクロックを流し、フロアには300人を超える地元民が詰め込まれていく。久しぶり。元気だった? 耳に飛び込んでくる会話の中に、まだ「炊き出し」や「テント」といった単語が混ざっているのが生々しい。

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

BRAHMANはいつものライブをした。奥行きのないステージなので、ドラムRONZIが後方ではなくMAKOTOの左手にいる、という配置以外は普段通りの内容。ただ、ここが被災地ド真ん中だからだろう、曲の響き方が圧倒的にリアルだ。始まりの「霹靂」や「賽の河原」の物悲しいメロディ、途中から激しく燃え上がる展開、〈世界の沈む姿を見つめる〉〈えぐれた爪痕胸に 再び ここに立つ〉といった言葉たちが、真実そのものとして突き刺さってくる。突然の悲劇を、消えゆく命を見つめるTOSHI-LOWの歌は、昔からテーマが何ひとつ変わらない。20代の頃はネガティブに惹かれがちな人なのかと思っていたが、違う。それは好き嫌いの話ではなく、どうしたって続く話だからだ。地球が生きている限り天災も厄災も終わらず、人の命はあっけなく奪われ続ける。悲嘆に暮れて、心が折れても、それでも生き残った者は再び立ち上がらなければいけない。その営みだけをBRAHMANは歌っている。

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

不思議なことに、悲しみを見つめる彼らの姿は、ステージにおいて、生きている喜び、力強いエネルギーそのものに反転する。歌の世界を飛び越えて行動する肉体があるからだろう。その意味で彼らの表現は「無限に広がり、地域や世代を超えていくもの」とは真逆。有限の肉体と共にある、この場限りのライブソングである。ハードコアに民族音楽を混ぜた音楽性が、ビートルズの名曲のように歌い継がれていくとは思えない。バンドが止まればこの音の担い手も消えるだろう。ただ、孤立する被災地に飛び込んでライブソングを鳴らした、その姿勢だけが誰かに引き継がれていく。東日本大震災の時に30代後半だった彼らは今50代。このバンドになら全部託せると思った蓑田は、15年前ハタチそこらの若造だったが、今は30代半ばとなり、地元のために全力で動ける青年になっている。そうやって繋がる音楽の形もあるのだ。

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

印象的なシーンがいくつもあった。「ご苦労さま。大変な中、来たんだろ? 歌って帰れよ!」というMCから始まった「今夜」で、隣にいた女性の二人連れが大粒の涙をこぼしていた。〈しっかり掴まれよ 振り落とされるなよ〉とTOSHI-LOWが拳を差し出す「ナミノウタゲ」では、いくつもの手がそこに重ねられていた。さらには「震災がなかったほうがいいに決まっている。けど起きちまった。そして、震災がなかったら、俺たちはこの歌を歌わなかった」という一言から始まる「満月の夕」。もはや作り手が誰かという説明も不要の名曲である。斜め向かいの男性が泣きながら歌っていた。泣いていたが笑顔だった。とても綺麗な表情だ。

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

これら一瞬一瞬が救いになり、温かい力になり、明日も起きて立ちあがる一歩になっていく。都合のいい幻想ではないだろう。はっきりと目に焼き付くリアルがあった。最後に蓑田に話を聞かせてもらう。「優しいライブだったから、みんな『頑張ろう』を持って帰ったと思う。これがあるのとないのでは大きく違うじゃないですか」。彼もまた、はっとするほど綺麗な表情をしていた。

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

翌日はメンバーとスタッフ、そして全国から集まった有志たちが幡ヶ谷再生大学 復興再生部として動き出す。この日は宇城、宇土で3班に分かれての活動。地震の被害にあった家屋の家財の収集や集積所への運搬、屋根へのブルーシート掛け、傾いたままだったブロック塀の解体、撤去、などの作業が迅速に行われる。ライブがオンで移動日がオフという考え方はこのチームにはないのだろう。生きている限り、タフに動ける体がある限り、何度でも手を差し伸べ、共に助け合い続ける。これがBRAHMAN唯一の道だ。

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)


撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

取材・文=石井恵梨子 撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)

セットリスト

BRAHMAN『幡ヶ谷再生大学 八代キャンパス』
2026.9.11(FRI)熊本・八代 RESTAURANT BAR Z

01. 霹靂
02. FOR ONE'S LIFE
03. 賽の河原
04. BASIS
05. SHADOW PLAY
06. 露命
07. BEYOND THE MOUNTAIN
08. 知らぬ存ぜぬ
09. 汀に咲く
10. 最終章
11. 空谷の跫音
12. Z
13. charon
14. 今夜
15. ナミノウタゲ
16. 満月の夕
17. 鼎の問
18. 順風満帆
19. THE ONLY WAY


BRAHMAN official

販売情報

BRAHMAN '26.09.11 幡ヶ谷再生大学 八代キャンパス
@八代 RESTAURANT BAR Z 公演の写真を公開、販売中

 
Artist : BRAHMAN
Photo by Tsukasa Miyoshi
シェア / 保存先を選択