『Red Bull Symphonic』直前特集 Awichの軌跡を辿る
Awich
自ら「クイーン」という重責を担い、日本のヒップホップ・シーンを牽引してきたAwich。これまでに多くのチャレンジに挑んできた彼女は、稀有な経験と類稀なる才能、そしてカリスマ性を備えて、ここまで歩んできた。
◼︎沖縄からアトランタへ。Awichを形作った原点
1986年、沖縄県に生まれたAwichは、小学生の頃には2Pacの『All Eyez On Me』と出会い、ラップのパワーに心を奪われる。そして同時期、すでに眠れない夜は自分の気持ちを詩として書き留めるようになり、今の彼女に通じる繊細さとクリエイティヴィティを表出させていく。
彼女の人生を大きく変えたのが、高校を卒業したあとに渡ったアメリカ南部の都市、アトランタでの日々だ。一人の男性と恋に落ち、結婚し、娘を授かる。しかし夫は服役を経て出所した後、銃撃事件によって命を落とす。突然シングルマザーとなり、幼い娘を抱えて沖縄へ戻ることになったAwich。その経験はあまりにも過酷であったが、その経験こそが、一人娘のToyomiとの絆をより強固なものにし、ラップをすることへのモチベーションにもなっていった。
◼︎30歳を目前に訪れた転機。YENTOWN加入、そして『8』
大きな転機が訪れたのは2017年に入ってから。kZmとの出会いをきっかけに東京を拠点とするヒップホップ・クルー、YENTOWNに加入。Chaki Zuluによるプロデュースのもと、「Remember feat. YOUNG JUJU」、そしてANARCHYとの「WHORU?」を立て続けにリリースし、一躍ストリートで大きな話題となる。
同年、これらの楽曲が収録されたアルバム『8』をリリースし、フィメール・ラッパーとしてその存在を鮮烈に印象づけた。30歳を目前にして訪れたブレイク。それは決して遅咲きではない。人生を経験し尽くしたからこそ言葉に宿る説得力があり、その一節一節がリスナーの心を揺さぶった。
◼︎頂点ではなく、シーンを引き上げる“クイーン”へ
2019年にはレッドブルと88risingとともに制作したドキュメンタリー映像、『Asia Rising - The Next Generation of Hip Hop』にRich BrianやJin Doggらとともにフィーチャーされる。ここでは沖縄から世界へ、その熱量を届けようと努力するAwichの姿が映し出されており、すでにアジアを代表するラッパーとしての片鱗を確認することができる。
2020年に発表したアルバム『孔雀』では、その表現はさらに研ぎ澄まされたものに。「洗脳 feat. DOGMA & 鎮座DOPENESS」で放たれた〈バカばっかだ全く〉という一節は、単なる挑発ではなく、既存の価値観や同調圧力に対する宣言でもあった。
そして2022年、続くプロジェクトである『Queendom』はAwichのキャリアだけでなく、日本のヒップホップ史においても大きな転換点となる作品となった。「GILA GILA feat. JP THE WAVY & YZERR)」「口に出して」といったヒット曲を収録したこのアルバムで、Awichは<クイーン>という言葉に新たな意味を与える。それは自分だけが頂点へ立つことではない。当時を振り返るインタビューで、彼女はこう語っている。
ーみんなのためにこのコミュニティの底上げをしたいなという気持ちがあって。自分がかっこよくなるとか、人気が出ること以上に、時代を作るとか新しい考え方を作るとか、よりアイコニックなことをやりたいんですよね。
クイーンとして、アイコンとして、Awichはさらに大きな一歩を踏み出した。その集大成が、同じ年に開催された日本武道館での単独公演だ。多くのゲスト・アーティストらとともに、これまで歩んできた軌跡をステージ上で証明してみせた歴史的な一夜となった。日本の女性ラッパーとしては初めての武道館でのワンマン・ライブ。日本のヒップホップもここまで来た、と確信させる記念すべきライブとなった。
◼︎沖縄、女性、仲間たち。Awichが広げたヒップホップの景色
2023年、Awichの圧倒的な牽引力を象徴となったプロジェクトの一つが「RASEN in OKINAWA」だった。レッドブルの人気企画「Red Bull RASEN」をベースに、唾奇、OZworld、CHICO CARLITOといった沖縄を代表するラッパーたちを招集。東京ではなく、沖縄という土地を舞台に、日本のヒップホップが持つ多様なルーツを発信したこの作品は、現在までに2,600万回以上再生される代表作となった。
同じ年には、NENE、LANA、MaRIと共演した「Bad B*tch 美学」もリリース。男性中心的であったヒップホップ・コミュニティに対して、「女性たちのパワーでここまでやれる」という事実を突きつけ、歴史を塗り替えるアンセムとなった。リミックス版にはゆりやんレトリィバァとAIも参加し、さらに多様な立場からの「美学」をラップで表現したことも意義深かった。Awichはその年に開催された日本最大級のヒップホップ・フェス、POP YOURSではヘッドライナーを務め、日本のヒップホップを代表する存在であることを改めて証明している。
勢いはさらに加速する。同年リリースしたアルバム『THE UNION』は、Awichがこれまで築いてきたキャリアの集大成とも言える作品だった。Kアリーナ横浜にて、史上最大規模の単独公演を成功させる。本公演ではオープニングから沖縄の文化や精神性を色濃く打ち出し、自身のルーツを壮大なスケールで表現。キャリアを重ねるほどグローバルな視野を広げながら、同時に故郷・沖縄へのアイデンティティをより強く打ち出していく姿勢は、Awichというアーティストの大きな特徴でもある。
◼︎世界へ進むほど、沖縄へ還っていく
2024年、その名前は世界にも響き渡る。アメリカ最大級の音楽フェス、Coachellaのステージに立ち、さらにニューヨークで開催された88risingが主催するフェス、Head In The Cloudsへ立て続けに出演。そして、FUJI ROCK FESTIVALではGREEN STAGEという最も重要なステージへ立った。
そして2025年、Awichはさらなるグローバル・レベルへと駒を進めていく。韓国のJay Park、インドのKR$NA、中国のヒップホップ・グループHigher BrothersのリーダーであるMasiwei、カンボジアのVannDaら、アジア各国を代表するラッパーと共演した「ASIAN STATE OF MIND」は、日本だけでなくアジア全体を一つのヒップホップ・コミュニティとして提示する意欲作となった。
さらにハーレム出身であり、A$AP ROCKYらとのクルー、A$AP Mobとしての活躍でも知られるFERGを迎えた「Butcher Shop」をリリース。同曲は伝説的なヒップホップ・グループであるWu-Tang Clanの創設者であり、ヒップホップ史を築いてきた最重要プロデューサーの一人、RZAのプロデュース楽曲であり、同年末にはRZAが全曲をプロデュースしたアルバム『OKINAWAN WU-MAN』を発表する。
かねてから東洋文化に深い敬意を抱き、インスパイアされ続けてきたRZAとは、彼が沖縄を訪れた時に交流を深めたという。互いのルーツをリスペクトし、スピリチュアルな部分でも共鳴したコラボレーションは、Awichにとって非常に大きな意味を持つマイルストーンになった。
◼︎成功を、自分が生まれたコミュニティへ還す
しかし、Awichの功績は音楽だけではない。2022年には地元である沖縄において数百年の歴史を持つと言われている伝統的な薬膳酒、ハブ酒をAwich流にプロデュース。その名も「HABUSH」を立ち上げた。
さらに、2024年には英語学習プロジェクトである「Know The World」を発足。沖縄のひとり親世帯を支援し、彼女が大きな影響を受けたアトランタと沖縄を結ぶ留学機会を自ら作り出し、毎年、交換留学を実施している。さらにはファッションやカルチャーへの発信まで、その活動は多岐にわたる。ヒップホップには、自ら成功するだけではなく、生まれ育ったコミュニティへ還元するという精神がある。Awichは、その精神を日本で最も体現しているアーティストの一人でもある。
◼︎Awichの挑戦は、ジャンルさえ越えていく
2026年、Awichはさらにビッグなコラボレーション・プロジェクトを発表。それが、これまでに多くの舞台をともにしてきたラッパーのCHICO CARLITO、世界で活躍するロックバンドONE OK ROCK、そして福岡出身で海外フェスなどの出演が相次ぐバンドPaleduskの4組で構成される YAOだ。
6月29日にヒップホップ専門YouTubeチャンネル「レッドブルマイク」の新企画「Red Bull IN-YO!」でパフォーマンス動画を発表。そして7月7日にはオフィシャルMVを公開した。スケールの大きなこの一大コラボに、オーディエンスは早くも熱狂している。
◼︎そして次なる舞台へ。Awich × Red Bull Symphonic
Awichの歩みは新たな到達点を迎える。世界22カ国39公演を重ねてきた「Red Bull Symphonic」。その舞台に立ってきたのは、Metro Boomin、Rick Ross、Asakeなど、それぞれの国とジャンルを代表するトップアーティストたち。その日本初開催を託されたのがAwichだった。
「Red Bull Symphonic」は、ラッパーとオーケストラが共演するだけのコンサートではない。代表曲を一からシンフォニック・アレンジへ再構築し、オーケストラもまた共同制作者として作品を創り直す特別なプロジェクトである。ヒップホップというストリートから生まれた音楽と、長い歴史を持つクラシック音楽。その二つを結び付ける日本代表としてAwichが選ばれたことは、彼女がいま日本のヒップホップを象徴する存在として世界から認められている証でもある。
さらに今回のステージでは、沖縄という自身のルーツも色濃く反映されるという。Awichが歩んできた人生、ヒップホップ、そして沖縄の文化。それらすべてが、一夜限りのシンフォニーとして鳴り響く。
Awichは、自らの人生をラップし続けることで、日本のヒップホップの景色を変えてきた。そして今、その挑戦はさらにその枠を越え、新たな時代を切り拓こうとしている。新たなコラボレーションの妙を堪能するとともに、すでに不動のアイコンになったAwichというアーティストの魅力を余すことなく味わうことができるエクスクルーシヴなパフォーマンスが期待できるに違いない。
文=渡辺志保
撮影=Suguru Saito / Red Bull Content Pool