超必見作『ハミルトン』の当日券騒動と私的観劇記

レポート
舞台
2016.2.6
『ハミルトン』を上演中のリチャード・ロジャース劇場

『ハミルトン』を上演中のリチャード・ロジャース劇場

抽選もパフォーマンスもオンラインに

以前「スゴすぎる動画」として紹介したリン=マニュエル・ミランダと故カイル・ジャン=バティストの《対決》は、今ブロードウェイで最もチケットが取れないミュージカル、『ハミルトン』の当日券(最前列の21席を各10ドルで販売)抽選中の余興として行われたものだった。「#Ham4Ham」と題されたこの余興はその後も毎週続けられ、ケリー・オハラ、マシュー・モリソン、レア・サロンガ、ノーム・ルイスといった超大物スターが次々と参戦。わずかな当選確率に賭けて集まるファンを少しでも楽しませるために始まったはずが、余興自体が話題と人気を呼んでしまい、ボックスオフィス前の狭いスペースに1500人以上が詰めかける事態になっていたという。

このままでは事故が起きかねないと、今年1月5日より抽選がオンライン化される予定になっていたのだが、初日になんと5万件もの応募が殺到してサイトがクラッシュ。その日の当日券販売は中止となり(つまりは最前列が空席に)、翌日から再び劇場前での抽選が始まった。その後およそ1か月をかけてサイトの再構築が進められ、2月2日、遂にオンライン抽選がスタート。ひとまず冬の間だけということにはなっているが、今のところ順調のようで、名物となりつつあった抽選の光景もしばらくは見ることがなさそうだ。とはいえ、「#Ham4Ham」が消滅したわけではなく、こちらもオンライン化=動画での配信に。時代の寵児となったミランダにしかできない、趣向を凝らした動画が毎週配信され、ミュージカルファンを楽しませ続けてくれている。


オンライン版「#Ham4Ham」一発目となったアラン・メンケン・メドレー
 

以上が、二転三転した当日券騒動の顛末。そして実は、オンライン化される寸前の1月某日、NY滞在中だった筆者はダメ元で『ハミルトン』キャンセル待ちの列に並んでいた。大雪で公演が中止になった直後で雪がまだ路肩に残っており、「#Ham4Ham」が行われる日ではないとはいえ、大勢の人が押し掛けては危険との判断で当日券抽選が中止に。その分がキャンセル待ち中の我々に通常の1階席料金で放出され、なんと最前列で観ることができてしまった。ブロードウェイに毎年通っているといっても、日本公演に関わってこない限りは飽くまで趣味としての鑑賞であり、英語が全て聞き取れるわけでも、またヒップホップに特に詳しいわけでもない分際で論じる資格はないのだが…何しろ噂以上に画期的な作品だったので、この幸運に免じて、少しだけ私的レポートすることをお許しいただきたい。

歴史のコマを一気に進めたミュージカル

『ハミルトン』のPLAYBILL(無料パンフレット)

『ハミルトン』のPLAYBILL(無料パンフレット)

ひと言でいえば、全てが全て新しい、ミュージカルの歴史のコマを一気に進めてしまったような作品だった。ミュージカルの概念を変えたと言われる『レ・ミゼラブル』や『オペラ座の怪人』が初演された頃、筆者はまだ物心ならぬ、ミュージカル心がついていなかった。古き良きミュージカルを観慣れていた人が、囚人の絶望を真っ向から見せるあのオープニングや、巨大なシャンデリアが落下するあの1幕ラストを、何の予備知識もなく初めて観た時の衝撃はいかほどだったろう。そんなことを想像する遊びをよくしているのだが、その類の衝撃を、『ハミルトン』で初めて想像ではなく体験できたような気がする。

まず画期的なのは、ラップで時代劇をやってしまったことだ。ミランダのブロードウェイ・デビュー作である『イン・ザ・ハイツ』も、ヒップホップ音楽を前面に押し出したことが評価された作品だが、あちらは現代のNYが舞台のごく身近な物語。ヒップホップを聴いて育ったミランダが、ヒップホップを使って身の周りのことを描けば、成立するのはある意味で自然なことだった。だが今回の題材は、アメリカ合衆国建国の父のひとり、アレクサンダー・ハミルトン。言ってみればギャル語で幕末を描くようなものなのに、これが見事に成立している。成立しているどころか、韻を踏んだ早口のラップだと史実の説明すら心地よく響くし、政治家の弁論もラップだからこそ説得力がある。時代劇を描くのに、ラップはむしろ最高の手段なのではないか、と思わされてしまうのだ。

もちろん、ラップであれば何でもいいわけではなく、成立しているのは作詞・作曲・脚本・主演をひとりでこなすミランダの驚異的な才能があってこそ。建国への道を切り開くハミルトンの姿に、ミュージカル界を切り開くミランダ自身が重なるのも効果的だ。だが、決して彼の才能だけが独り歩きしていない点がまた、ものすごく画期的。衣裳はちゃんと昔風なのに髪型が思いっきり現代のヒップホップ風だったり、廻り舞台と振付が見事に融合して時代の潮流を表していたり、ワンフレーズワンフレーズがグッとくる編曲だったり。それらに奇をてらった跡がひとかけらも見えず、才能あふれる各プランナーが自分たちの表現を真摯に追求した結果、観たこともない舞台に結実しているといった印象だ。

構成、演出、照明、音響、キャスト…スゴいところは、ほかにもまだまだたくさんある。だが結局のところ何がいちばん画期的かって、“かっこいいこと”なんじゃないかと私は思う。歌うことと踊ることがあまりに本能的であるが故に、誤解を恐れずに言えば、ミュージカルというのは基本“ダサい”というか、言い方を変えればちょっと“いい子ちゃん”な匂いのするカルチャーだ。おしゃれな人から趣味を尋ねられて「ミュージカル鑑賞」と答える時、なんとなく気恥ずかしい気持ちになることはないだろうか。だが『ハミルトン』は恐らく、誰が観てもかっこいい。それでいて、もちろん本能的な喜びにも満ちているのだが、ミュージカルを完全にかっこいいものにしたことこそ、この作品の最大の新しさであるように思うのだった。

イベント情報
ミュージカル『Hamilton』

■日時:ロングラン上演中(チケットは2017年1月29日公演分まで発売中)
■会場:リチャード・ロジャース劇場(ニューヨーク)
■公式サイト:http://www.hamiltonbroadway.com/
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