国立劇場で15年ぶりの公演!『3月新派公演』囲み取材レポート

レポート
舞台
2016.3.20
『遊女夕霧』

『遊女夕霧』

遊女の悲哀、そして複雑な女心を綴る新派屈指の名作公演が幕を開けた――。
 
明治の世に生まれ、今もなお日本人の美しい心を謳い上げる演劇、劇団新派。その新派が、3月3日から15年ぶりに『3月新派公演』として国立劇場 大劇場で公演を行っている(27日まで)。
 
注目の作品だが、まずは新派の名優・花柳章太郎の代表作「花柳十種」の一つである『遊女夕霧』。新派にも数々の作品を書いた劇作家・川口松太郎が、自身の小説を劇化したもので、気立てが良く情け深い遊女・夕霧の健気な姿と悲哀の物語。夕霧は、これが当たり役の波乃久里子が8年ぶりに演じる。相手役の与之助は、今年1月に歌舞伎から新派入りし、9月には喜多村緑郎を二代目として襲名する市川月乃助。ほか、夕霧の妹女郎の小紫に鴫原桂、与之助が迷惑をかけた悟道軒円玉に柳田豊、講釈師の桃川如燕に田口守、円玉の女房に伊藤みどり。
 
もう一つは、幕末の京を背景に、寺田屋を切り盛りする女将・お登勢の、坂本龍馬への切ない心模様を描いた『寺田屋お登勢』。新派の名女優・初代水谷八重子の当たり役「八重子十種」の一つで、お登勢を演じるのはその娘である当代の水谷八重子。これが28年ぶりの上演となり、坂本龍馬に中村獅童、やがて龍馬の妻となるお龍に瀬戸摩純、龍馬の姉・乙女に英太郎、陸奥源二郎(後の宗光)に月乃助など、両作品とも劇団が総力をあげて挑んでいる。
 
『寺田屋お登勢』

『寺田屋お登勢』

【あらすじ】
 
『遊女夕霧』
大正10年(1921)頃。馴染み客から贈られる「積み夜具」は遊女にとって最上の誇り。この紋日の晩、夕霧(波乃久里子)は客と刃物沙汰を起こした妹女郎・小紫(鴫原桂)を抱えるように部屋に戻る。夕霧に諭され、頷く小紫。それを聞いていた夕霧の客・与之助(市川月乃助)は小紫を褒める。小紫が笑顔を取り戻すと、座敷に芸者たちを呼び、賑やかな祝宴が開かれる。宴の後、二人きりの座敷で、永年の望みの積み夜具を無理して叶えてくれたと与之助に心から感謝する夕霧。だが与之助の表情は曇り、当分足が遠のくと告げる。その理由を知った夕霧は…。
 
『寺田屋お登勢』
尊王攘夷の気運が日毎に高まる幕末の京・伏見。船宿の寺田屋は、亭主・伊助(立松昭二)は長州筋で大の薩摩嫌いだが、その薩摩藩士の定宿。店を切り盛りするお登勢(水谷八重子)は、志士たちにも「女丈夫」と称され、侠気と慈愛にあふれる35歳の女盛り。盛夏、宿に久々に坂本龍馬(中村獅童)が顔を見せる。世界の大局を見据えた龍馬の才気に感じ入り、姉のように世話を焼きながらも、それ以上の思いが湧きあがるのを止められないお登勢。やがて、龍馬の紹介で寺田屋の養女となったお龍(瀬戸摩純)の存在により、お登勢の心は乱されていく…。
 
初日前日の3月2日、舞台稽古の合間をぬって囲み取材が国立劇場で行われた。会見には水谷八重子、波乃久里子、市川月乃助、中村獅童が出席。それぞれの挨拶の後、取材陣の質問に応えた。
 
市川月乃助、波乃久里子、水谷八重子、中村獅童

市川月乃助、波乃久里子、水谷八重子、中村獅童

 
【挨拶】
 
水谷八重子 (波乃)久里子さんは今舞台を踏んで、終わって、泣いて泣いて全部お化粧がとれておりますが(笑)、私はこれからなので、ドキドキしておりまして、何をお話していいかわかりません。ただ一人でも多くの方に、たった23回しか公演がございませんから、23回ともこの劇場が超満員になるぐらいお客様にお運びいただきたい。自分の出来を棚に上げて、そればっかり祈っている気持ちでございます。私は幸せなお登勢です。素敵な龍馬さんとばかり出会えて。今度の龍馬さん(獅童)が素敵すぎて、とてもドキドキしております。
 
波乃久里子 本当に大好きな国立劇場の清々しさで、うちの祖父(六代目尾上菊五郎)の鏡獅子の前で、おじいちゃまに力をもらいたいと思います(笑)。それとお姉ちゃま(水谷)と同じように、月乃助さんが本当にありがたい相手役をやっていただいて、嬉しく思います。私は月乃助さんの役(与之助)を語るところがあり、いつもは自分なりの与之助を出すのですが、今日は月乃助さんの顔がガンガン出てきたことが本当に嬉しくて。一か月、本当に惚れられる月乃助さん、与之助というお役をやっておりますので、どうか一人でも多くの方が観てくださったら嬉しいです。
 
中村獅童 坂本龍馬役を勤めさせていただきます。私は、新派の舞台に初めて参加させていただくのですが、八重子さんも久里子さんもとても尊敬しておりますので、少しでも盗めたらと思っております。また月乃助さんは、歌舞伎以外の舞台でこうやってお芝居を一緒にさせていただくのは初めてで、また新鮮な気持ちです。一生懸命勤めさせていただきます。
 
市川月乃助 今年の1月に劇団新派に入団をさせていただき、ふた月しか経っていませんが、私の母校とも言うべき国立劇場でこうして新派公演をさせていただけるのは、本当に嬉しく思っていますし、先ほど八重子さんも仰いましたが、23回しかできないのも本当に寂しいですが、その23回に嬉しさを込めて、精一杯勤めたいと思っております。

 

『寺田屋お登勢』

『寺田屋お登勢』

 
【囲み取材】>
 
──この国立劇場で3月公演ということですが、改めていかがですか。
水谷 何年ぶりでしたっけ。15年ぶり。遠い親戚のお家に帰ってきたみたいな、懐かしい気がしております。
波乃 (初代)八重子先生がこの世で一番お愛しになった劇場じゃないですかね。最初に出していただいた時に、先生が『滝の白糸』でお出になったんですね。その時はみんな劇団員、滂沱の涙で。それから父(十七代目中村勘三郎)の代役で、お姉ちゃま(水谷)が『京舞』をなさった時、思い出がいっぱいある劇場でございまして。
水谷 ものすごいことのある(劇場)。
波乃 だから、23回を本当に大事に勤めて、先生の霊魂も喜んでいただけたらなと思います。
──思い出が詰まっているし、先代などの思いも乗り移っての舞台でしょうか。
波乃 名優の魂が宿ってくれたら嬉しいと思いますけど(笑)。
──23回しかないので、なかなかチャンスがないので、ぜひ足を運んでもらいたいですが、舞台のみどころは。
水谷 『寺田屋(お登勢)』というのは、今までずっと続いてきた徳川幕府を倒そう、政治を元に戻そう、新しくしようという若い情熱にお登勢が憧れて、その憧れが龍馬さんで、女の愛とも違う、母の愛とも違う、憧れというか、そういうものを感じているのが、私はとても理解できるんです。また、龍馬さんの大変な台詞のなかに、今の世とまったく同じだなと思うような。TPPを思わせるような台詞が出てきてドキッとしたり。ぜひそういうところも併せてご覧いただきたいと思います。まさにずっと幕末が続いてるような気がする、今の世の中なので。
波乃 私はお芝居よりも、国立さんの贅沢さ。装置とか小道具とか、ふんだんに使わせていただくところは本当に観ていただきたいし、この景色、お花見にちょうどいいでしょ?
全員 あはは(笑)。
波乃 それを見ながら、悠長にやらせていただけること。芝居は観ていただかないと、見どころといってもそれぞれ違いますから(笑)。
水谷 新派のお芝居は“カラーグラビア”みたいなところがあって。見開きでカラーグラビア(のような舞台)をご覧いただけるところはなかなかない。それが今回はまさにご覧いただける場所なので、昼の部ばかりなのでお勤めなさってる方はいらっしゃりにくいと思いますが、どうぞ土日に駆けつけていただきたいと思っております。
波乃 3月は仕事を休んでいただいて(笑)。
 
『遊女夕霧』

『遊女夕霧』

──『遊女夕霧』の冒頭では、男性に騙されてという、現代にも通じる…。
波乃 男に騙された小紫を、鴫原桂という私の弟子がやっていますが、八重子先生とやらせていただいた時に、私も昔は色の一人や二人ありましたから、男に騙されたこともあるから「悔しい~!」ってやったら、「あなたの人生を見たくないのよ」と言われたことを思い出しまして(笑)。同じことを桂に言っておりますが、本当にそうなんだなと。自分の人生じゃないですもんね、明治の(人の)気持ちにもならなきゃいけないし。芝居って、自分と重ねちゃ絶対だめだなと今日も思い出されました。
──でもあのなかの台詞は、傷ついた女性には「あっ」と。
波乃 そうですよね。でも自分が酔っちゃいけませんよね。いい芝居だから、どうしても自分を思い出してやっちゃう時がある。
──ぜひ傷ついた女性にも。
波乃 傷ついてない女性なんていないでしょ?
水谷 でも『(遊女)夕霧』はぜひ男の方に観ていただきたい。「お前さんの苦労を私に負わせておくんなさい」なんて言ってもらえる方、います?
波乃 「自分で苦労しろ」って言う奥さんが多いかもしれない(笑)。
──お二人はいかがですか。
獅童 コメントできるわけないでしょ(笑)。そんなことよりも、今日は僕が飼ってる犬が出演するんです。
水谷 初めてね。
獅童 昨日は違う犬だったんですが、ちょっと大きかったので、うちの犬を連れてきたんです。今日はオーディションで、舞台でちゃんとできなかったら、明日から違う犬に…。だからそのことで頭がいっぱいで(笑)。
波乃 かわいい~(笑)。
獅童 受かるといいんですけどね。
水谷 なんて名前?
獅童 エル。今、楽屋で待機してます。
──お登勢さんは龍馬の良き相談相手でしたが、実際に獅童さんから相談は?
水谷 全然。お互いに舞台の上で、お登勢と龍馬で出会う。素敵な出会いだと思っています。
 
遊女夕霧』

遊女夕霧』

名前のイメージとは遠く、廓の片隅で地道に生きてきた遊女だが、姉女郎の思いやり、与之助に惚れ抜く姿、自分ゆえに身を滅ぼした男の将来を守ろうと、恥を忍んで頭を下げて回る健気さ…。誰もが親身にならずにはいられない波乃の夕霧。端正な佇まいや口調に、育ちの良さとどこか女が放っておけない男の弱さが漂う月乃助の与之助。飄々とした田口の如燕。必死の夕霧に、救いの手を差し伸べる伊藤のお峯。頑固だが、夕霧の覚悟に打たれて願いを聞き届ける懐の深い柳田の円玉。1時間の芝居ではあるが、人々の心の綾が丁寧に描かれた『遊女夕霧』。
 
『寺田屋お登勢』

『寺田屋お登勢』

また、肝が据わった豪快な女将でありながら、大志を抱いて幕末の世を駆けめぐる龍馬に特別な思いを抱き、姉のような存在という立場と自分の本心との間で複雑に揺れ動く水谷のお登勢。お登勢の本心には気づかず、ひたすら信念と心の赴くままに生きる獅童の坂本龍馬。その龍馬とどこか通じる器量を感じさせる瀬戸のお龍。また、長州と薩摩の険悪さを台詞で確かに表現する立松昭二の伊助、弟を案じる英太郎の乙女、佐堂克美の柴山をはじめ、天下国家のため命を惜しまぬ志士たち、月乃助の陸奥など。また近年の新派公演では珍しく盆(廻り舞台)や映像を活用し、立ち廻りもあり、演出の上でもスピーディでスケールの大きな作品となった『寺田屋お登勢』。今の新派の魅力がふんだんに凝縮された、見応えのある公演である。
 
〈公演情報〉
 

『3月新派公演』

花柳十種の内『遊女夕霧』
八重子十種の内『寺田屋お登勢』
出演◇水谷八重子 波乃久里子 瀬戸摩純 英太郎 市川月乃助 中村獅童ほか
●3/3~27◎国立劇場大劇場
〈料金〉1等A席9,500円(学生6,700円) 1等B席6,300円(学生4,400円) 2等A席4,600円(学生3,200円) 2等B席2,600円(学生1,800円) 3等席1,500円(学生1,100円)
〈お問い合わせ〉
国立劇場センター 0570-07-9900 一部IP電話等は03-3230-3000 
 

http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_l/2015/31009.html

 

【取材・文・撮影/内河 文】
 
演劇キック - 観劇予報
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