ヴァイオリンの貴公子レイ・チェンにインタビュー

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RAY CHEN(レイ・チェン) 撮影=原地達浩

RAY CHEN(レイ・チェン) 撮影=原地達浩

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 今、クラシック界には若手の才能ある演奏家が続々と出てきている。一流音楽家の世界では、楽譜通りに、ミス無しで正確に弾くというのは当たり前。そういったヴィルトーゾぶりの上にどんな、個性や感性を見せつけてくれるか、というところの勝負になるが、キャリアのしょっばなからそこのところを確信を持って表現してくる若手が近頃、ぐっと増えてきている。「この演奏はモーツァルトではない。バッハではない」という“正しい演奏”がコンテストなどで取りざたされるが、芸術性とは関係がないそういった狭量な方向に研鑽を積むのではなく、「私の音楽はこれです。どうだ!」というモチベーションのありかただ。

 権威あるエリザベート王妃国際コンクールで最年少優勝を果たしたレイ・チェンもそういった演奏家の一人で、その姿勢は、CD『ヴィルトーゾ』に収録されたフランク作の『ヴァイオリンソナタ イ長調』を聴けばよくわかる。この言わずと知れたバイオリンソナタの大名曲に関しては、私も数々の演奏を好んで聴いてきたが、その私的脳内アワード中で、ただ今、レイ・チェンの演奏が俄然一位を奪還。特質すべきは、彼がこの曲において旋律に忍ばせている絶妙なポルタメント使い。そう、この曲はその手法で揺らぎを見せてこそ現れる「霊気」があったのだ。ちなみにこの曲においては、その透明感と弱音のあわいが見事な高音のレガートも素晴らしい。

「私の先生アーロン・ロザンドの影響だと思います。彼はハイフェッツやミルシュタイン等に代表される、伝統的なものに根差した奏法・表現なんです。ロザンド先生はイザイの直弟子サメティーニにも師事していました。ちなみに、フランクのソナタはイザイの結婚を祝って献呈されていますしね。声楽にベルカントという歌唱法があるように、フランクのようなロマン派の音楽には、理想的な奏法が存在します。そして私はこの伝統的な系譜の中で、それらを学べるという幸運に恵まれたんです。」

RAY CHEN(レイ・チェン) 撮影=原地達浩

RAY CHEN(レイ・チェン) 撮影=原地達浩

 ベルカントという例が出たが、レイ・チェンの演奏は、人が何かを語りかけるようなナラティヴな情感がある。まあ、ヴァイオリンは非常に歌唱に近い表現の楽器ではあるが、彼の場合はもう一歩踏み込んで、その旋律そのものが“まるでそこに人がいるような”肉体的なイメージさえも連れてくる。

「パガニーニのような超絶技巧の曲は、そのテクニックに、演奏者自身の本来的な芸術性の有無を隠せてしまう場合もあるのです。しかし、それが通用しない曲もある。ベートーベンを弾くとき、演奏家は裸にされてしまい、内面や個性のあり方、深遠さが浮き彫りになってしまう。」

 5月には、指揮者・佐渡裕のたっての希望で、彼が音楽監督を勤めるトーンキュンストラー管弦楽団とともに、来日公演を行うレイ・チェン。楽曲はまさに演奏者が“裸にならざるを得ない”ベートーベンの『ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品61』。佐渡とは同曲をすでに2年前にコペンハーゲンで共演しているが、どういった音楽作りをふたりはしたのだろうか。

「リハーサルの段階から、私達には音楽的に多くの共通点がある事に気づいたんです。彼の目指す音楽は、まさにマイ・タイプ(笑)。佐渡さんとは仕事以外でも多くの共通点があって、たとえば、私たちは食べることが大好きです。佐渡さんは、おいしいお店をいっぱい知っているんですよ。そして、オンとオフの切り替えがはっきりしているところも似ています。オフステージでもシリアスな人もいますが、私たちはそうではないんです。私にとって理想の共演者は、音楽に対して同じ方向性がある人がいいですよね、その上で私に新たな挑戦を与え、より高いレベルへ持っていってくれる人が理想です。特にツアーだったら、あるパートでお互いの意見が合わない時は、例えば6回本番があるとして、この回ではあなたのやり方で演奏してみる、次の回では私の表現で演奏するとどうなるかと、実際の演奏で試して、よりいい演奏を創り上げていくことができるんですよ。もしそれが上手くいかなかったとしても、別に間違いではなく、ただ自分にあった表現ではなかったという事に過ぎません。そして同じ共演者でも、しばらくたって再共演すると、お互いに経験を積みますから、また新しい表現が生まれてくるんです。」

RAY CHEN(レイ・チェン) 撮影=原地達浩

RAY CHEN(レイ・チェン) 撮影=原地達浩

 クラシック業界には近頃、大きくイノベーションの波が押し寄せている。たとえば、動画サイトのYouTube。以前はCDを集めて聴き込まなければならなかった「演奏家による聴き比べ」も簡単にでき、YouTube内をネットサーフィンしながら、自分の好きなクラシック楽曲の輪郭、というものを持つこともできる。自分の好きな音楽や演奏家を見つけるのが本当に容易になったのだ。レイ・チェンもそのあたりは積極的で、ピアノ二人羽織はするわ、オーケストラとの音合わせコントを披露するわのバラエティー映像をYouTubeにアップしているが、その意図は明白。

「クラシック音楽を習った人はいっぱいいるかもしれませんが、コンサートへ来ない人が多いんです。そういう人たちがこれらの映像を見てコンサートへ来てくれるかもしれません。それは私に興味があるかもしれませんし、映像などの他の事に興味があるのかもしれません。でも結果的に、クラシック音楽に触れる人たちが増えて、クラシック音楽業界にはいい事なんです。SNSやYouTube​の時代では、独自の聴衆を開拓出来ます。実際、私がソーシャルメディアに映像を投稿した頃は批判されることもありました。今はほとんどのオーケストラがソーシャルメディアにチャンネルを持ってて、若い人たちに対して、興味を持ってもらえるよう積極的に情報を発信しています。」

RAY CHEN(レイ・チェン) 撮影=原地達浩

RAY CHEN(レイ・チェン) 撮影=原地達浩

 インタビューの途中に、コミカルに覚えたての日本語をいれてくるので、「ツンデレ」というはやり言葉を教えてあげた。表向きはツンツンしてクールなのだが、内面はデレデレにホットという異性のタイプをこう称するのだが、これはまさにレイ・チェンの、甘さに墜ちないパッショネートな演奏にふさわしい言葉でもある。

「ツンデレ! 面白い。つまり表面はクールだけど、内に熱いものを秘めているという事ならば、それはクラシック音楽そのものを表していますよね。」
 

RAY CHEN(レイ・チェン) 撮影=原地達浩

RAY CHEN(レイ・チェン) 撮影=原地達浩

 5月の演奏会での、裸で対峙するベートーベンの協奏曲が、本当に楽しみだ。
 

■レイ・チェンより動画コメント到着


インタビュー・文=湯山 玲子(ゆやまれいこ)
著述家、ディレクター。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十 路越え!』(角川文庫)、『ビッチの触り方』(ワニブックス)、上野千鶴子との対談『快楽上等! 3.11以降を生きる』(幻冬舎)、『ベルばら手帖』(マガジンハウス)、『文化系女子という生き方』(大和書房)、『男をこじらせる前に 男がリアルに ツラい時代の処方箋』(角川書店)、『喝! 迷える女子の人生相談』(小学館)など。日本テレビ『スッキリ!』MXテレビ『バラいろダンディ』NHK第一ラジオ『すっぴん 音楽コーナー』レギュラー 出演中。日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。

撮影=原地達浩

公演情報
佐渡裕指揮 トーンキュンストラー管弦楽団
音楽監督就任記念 日本ツアー2016

 
<福井県>プログラムA
5月13日(金)
福井県立音楽堂ハーモニーホールふくい
 
<富山県>プログラムB
5月14日(土)
オーバード・ホール(富山市芸術文化ホール)

<新潟県>プログラムA
5月17日(火)
長岡市立劇場

<栃木県>プログラムA
5月18日(水)
足利市民会館

<愛知県>プログラムB
5月19日(木)
愛知県芸術劇場コンサートホール

<神奈川県>プログラムB
5月21日(土)
ミューザ川崎シンフォニーホール
 
<東京都>
5月22日(日) プログラムA
NHKホール

5月23日(月) プログラムB
サントリーホール 大ホール

<静岡県>プログラムA
5月25日(水)
アクトシティ浜松 大ホール

<愛知県>プログラムA
5月26日(木)
愛知県芸術劇場コンサートホール

<滋賀県>プログラムA
5月27日(金)
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール

<大阪府>プログラムB
5月28日(土)
フェスティバルホール

<兵庫県>プログラムA
兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール

プログラムA (ピアノ:アリス=紗良・オット)
ハイドン:交響曲第6番 ニ長調「朝」 
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15
ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 作品98 
※アリス=紗良・オットはすべて【プログラムA】への出演となります。
※出演者、曲目は都合により変更になる場合がございます。

プログラム B (ヴァイオリン:レイ・チェン)
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」 作品40
※レイ・チェンはすべて【プログラムB】への出演となります。
※出演者、曲目は都合により変更になる場合がございます。

 
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